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ユリーカ様にワインとフルーツとスイーツを運んでたら絞首台に登るハメになりそうです

 我が国ハウル公国最強の将軍が辺境武家貴族の領地に侵攻を仕掛け、そして私の知る歴史の通りに敗北した。これに調子づいたレムナント王国の地方貴族達は辺境武家貴族が擁立した王太子を旗頭に集結しだしたのだ。


 20倍の大軍を退ける武力。それは我が国だけではなく、その他の列強諸国にとっても激震が走るような凄まじい戦果だ。そして、辺境武家貴族を取り込もうと画策する国はこぞって辺境武家貴族に援助を行い、我が国ハウル公国と戦わせることによって"共倒れ"を狙い、その後を美味しく頂こうと動き始めるようになる。


 盤面や戦力比だけを見るならば依然として我が国は圧倒的有利ではあるが、後の歴史を知る私にとっては、既に断頭台を登りはじめてるとしか思えない。今はしたり顔で援助して辺境武家貴族を支配したつもりになっている諸外国も後に思い知るだろう。


 あれはたった1万の軍で列強2カ国と同時に二面戦争してもなお、勝つのだから。


「どうしてこうなるの? 何故オリアナが勝っているの? 意味が分からない」


 オリアナ様は辺境武家貴族軍でもとくに目立った活躍をしているため、国内外にもオリアナ様の噂は広まっていた。美しく優しく気立ての良いエルフの姫として、ある者にとっては羨望の対象だ。


 そして、レムナント王国内に残存する反ハウル公国派閥がオリアナ様を持ち上げる際にはこういった噂も流れ始める。


 顔も心も醜いハウル公爵の娘ユリーカ。と。


 地方のニュースでは過去に行われたオリアナ様に対するユリーカ様の罵倒などをあげつらっては、晒しものにし、笑いものにしている。事実と誇張されたウソや憶測を混じえて並べ立てながら。


 そして、このような記事をレムナント王国だけではなくハウル公国内部ですら鵜呑みにし始める者が出始める。日に日に、ユリーカ様に対する周囲の目が変わり始める。


 少数民族のエルフに対する不当や差別を救済するのは賞賛される一方で、ユリーカ様のような分かりやすい悪役を作りあげては事実無根の不当なレッテルを貼り付けて批判するのも賞賛される。 隣国で行われてるように、宗教的理由からエルフに無い罪を着せて奴隷労働させるのと一体何が違うのだろうな。


 私には分からない。だが、世は残酷で、無慈悲だ。


 周囲の悪意ある噂が、ユリーカ様を蝕み、さらに歪めて行った。


「スイーツをお持ちしました」


「うるさい! お前も、さっさと出て行きなさい!」


「ユリーカ様……」


 もはや、ワインやフルーツも食べては下さらない。噂が真実であるかのようにユリーカ様の人相は日に日に悪くなり、疑心暗鬼と被害妄想に苛まれるようになってしまったのだ。


 そして、例の日が訪れた。


 軍議が終わり、解散する手前ユリーカ様が父君であられる現元帥閣下に対し訪ねたのだ。


「お父様……私にも何かできることはございませんか……?」


 多くの貴族達が見ている前で、ユリーカ様は恐らくかなりの勇気を振り絞って発言したはずだ。声が震えているのだから。


「その時が"あれば"私から指示を出す」


 実質的に"役立たず宣言"だった。ユリーカ様は言葉を失って立ち尽くし、これを見てハウル公国に下った腰巾着共は嗤いを堪えていた。それでも、ユリーカ様はこの場では泣かなかった。


 現元帥閣下は徹底的な実利主義者だ。役に立つ者は徹底的に利用し、歯向かう者には粛清する。それは実の娘に対してすら例外ではない。


 我が国の自由は、やはり、無慈悲だ。そして、ただの一兵士でしかない私もまた、無力だ。私には何かを変える力などない。


「ユリーカ様、ワインとフルーツとスイーツをお持ちしました」


「出ていけ! 次に来るようならお前を絞首台に送ってやる」


「承知致しました」


 部屋から離れるフリをして立ち止まって聞き耳を立てた。


「許せない。オリアナめ……あいつさえいなければ……絶対に、殺してやる」


 行き場のない怒りと絶望と憎悪を、架空のオリアナ様にぶつけていた。公爵家でさえも、欲しいモノが自由に手に入らないのが我が国ハウル公国だ。


 翌日、全財産を叩いてなるべく最高のモノを揃えた。もう、後の事は考えなくても良いだろう。どの道、私は一兵士であり続ける限り、遠からず辺境武家貴族と相対して間違いなく死ぬ。そして、その未来はそう遠くない。


 諸外国の支援のもとに辺境武家貴族は挙兵し、王都の制圧に向けて動きだしているのだから。そして、この戦いでユリーカ様は戦死する。ならば、殺される相手を選ぶ自由くらいはは望んでもいいはずだ。


「ユリーカ様、ワインとフルーツとスイーツをお持ちしました」


「絞首台に送ると言ったのを覚えてないのかしら? 殺すわよ」


「勿論、承知しております。故に、ユリーカ様の手によって絞首台に上がるために、ワインとフルーツとスイーツを持ってまいりました」


「馬鹿ね、お前は」


「ええ、ただの馬鹿でございます。返す言葉もございません」


「いいわ、その馬鹿に免じて許可してあげる。入りなさい」


「はっ! 失礼致します」


 久しぶりに間近でみたユリーカ様は変わり果てていた。素顔は幽鬼のように蒼ざめていて、美しかった銀髪にはボサボサの白髪が混じり始めている。


「笑いなさい」


「……」


「笑いなさいよ! 醜いと!」


「私は馬鹿ですので、美醜の判断は出来ません。例えば、水で薄めた安いワインを美味しく飲める者もいれば、安いワインを不味いと決めつけて高いワインでしか飲めない者もいます。しかし、どちらが優れた味覚の持ち主であるかを断ずるかなどと、私にはできません」


「つまり何がいいたいのかしら?」


「いずれにせよ、持ち味があるものです。良いには良いなりに、悪いには悪いなりに」


「……はぁ、狐に化かされた気分ね。 スイーツを寄こしなさい」


「どうぞ、お納めください」


 ユリーカ様はスイーツをスプーンで切り崩し、それを一口頬張った。


「味がする。美味しいわね。これは高いスイーツなのかしら」


「安物です。私の私財で購入できる程度の、ですが」


「お前は、今までずっとそれをやっていたわけね。一度下げたモノをわざわざ出来立てに作り直してまで」


「ええ、まぁ」


「本当に馬鹿ね、私が一言命令すればもっと楽に手に入ったでしょうに、どうしてもっと早く言わなかったのかしら?」


「なんせ、馬鹿ですから」


 一瞬、ユリーカ様の目尻には涙が溜まっていたが、それを悟らせまいとすっと指で拭いはらってみせた。


 人前、特に下賤な身分の者の前では決して涙を見せない強いお方だ。そういう意味ではオリアナ様とも似ているのだろう。



「では、後日、私は罪を償うために絞首台に上がりましょう。あとはよろしくお願い致します」


「何故、私がわざわざそんな面倒な手続きを一介の兵士でしかないお前如きのためにしてあげなくてはいけないのかしら? 身の程を弁えなさい」


 これだ、私はこのように蔑んで欲しかったのだッッッ!。


「はっ、申し訳ございません!」


「それと、明日からもちゃんとワインとフルーツとスイーツを持って来なさい。それとハーブティも飲みたいわ」


「承知致しました。誠心誠意努めさせて頂きます」


 あと2,3日は夜の仕事を続ける必要がありそうだ。

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