たまにはおハーブティーもよくってよ?
魔導機械製造施設の責任者は現元帥閣下の異母兄弟の息子ルドルフ様だが。ルドルフ様は非常に優れた技術開発能力の持ち主ではあるが、野心が特に強すぎたがあまりユリーカ様の父君であられる現元帥閣下に危険視されていた。
よって、ルドルフ様は魔導機械製造施設爆破事件のどさくさに紛れて暗殺され、歴史の裏に葬られることになった。そして、ルドルフ様の死を口実にレムナント王国軍との戦争が開始され、一夜のうちにレムナント王国の首都は我が国ハウル公国によって占領されたのだ。
レムナント王国の風土は一言で言えば、封権的な貴族制度によって支配された国だ。王や大貴族達が利権を独占し、何重にも作られた貴族のためだけのルールが民衆に圧し掛かっている。
故に、我が国ハウル公国はその隙を突いた。
民衆には一切危害を加えないように奇襲をしかけ、地方の武家が集結する間も与えずに迅速に王都を制圧し、捕えた王族にルドルフ様暗殺の罪を民衆の前で公開自供させた後に処刑し、腐敗した貴族から全ての利権を取り上げ、傀儡の王を立てては貴族のためのルールを全て破壊したのだ。
無論、不満を持ち、暗躍を図ろうとする貴族もいる。そういった者達は見せしめに粛清していった。
まぁ、しがない一兵士でしかない私にはあまり関係のない話なのだが。民衆にとっては以前よりは"良い暮らしになった"ともいえなくはないだろう。だから、王都では目立った反乱は発生していないし、新たな治世に対する民衆の不満はそこまで上がってはいない。
「はぁ……」
ユリーカ様はスイーツに口を付ける事も無く、大きなため息をついていた。
「本日はえらくお疲れのようですね」
「ええ……そうね。真っ先に自分の国を売った"腰巾着"共の相手ばかりをしていると疲れるもの。あの気持ち悪い笑顔を見ていると吐き気がするわね」
ユリーカ様が腰巾着と称したのは元々利権と政治を牛耳っていた腐敗貴族達のことだ。我が国ハウル公国に内通し、自身の身の安全と利権の確保のために、未だ劣勢ながらも命を賭して戦おうとする他のレムナント王国貴族達の足を引っ張るような輩であり、こうしてユリーカ様が私に愚痴を聞かせたくなる程度にはクソッタレな連中だ。
あの、自身が害される可能性を微塵も疑っていないような余裕ぶった笑顔は、傍から見ていても腹が立ってくる。"自由"の国で過ごしたからこそ抱ける感情なのかもしれないが。
「ユリーカ様の気分転換にと思いまして、本日はレムナント王国特産のハーブティを用意してみました。気持ちが落ち着くと思われます」
「お前、茶の心得もあったのね」
「ええ、必要になると思い、我が国の大図書館で本を読んで覚えました」
大図書館は庶民にも無料で開放されている我が国の誇りだ。学ぼうとする者には学ぶ機会は奴隷であるエルフにさえも平等に与えられている。だが、実際の所は大図書館を利用する……という発想にすら思い至れず、学ぶことの重要性を殆ど知らぬままに落ちぶれていく。
自分に必要な知識を自分で学べない者は我が国の"自由"の中では生きていけない。そして、広すぎる自由はかえって人の選択の幅を狭めてしまう。
人間という奴は、必要に迫られなければ怠惰になってしまうし、束縛の中にあるとむしろ創意工夫をしようと考えてしまうものなのだから。
「いっそ、侍従にでもなったらどうかしら? その方がお前に向いてるのではなくて?」
「いえいえ、私はただの兵士ですので」
だからこそ、私はただのしがない一兵士として、ユリーカ様を応援致すのだ。
「……そう」
そう言うと、ユリーカ様はハーブティを一口付けてカップを置いた。
「苦いわね、これはもう要らないので下げなさい」
「申し訳ございません」
……やはり、新しい事に挑戦をすると上手くはいかない。ユリーカ様の機嫌を損ねてしまっただけだった。
「だけど、たまにはこういうのも悪くはないわね。それと、私はもっと甘めの方が好みなの。覚えておきなさい」
「はっ! 脳裏に刻み込んでおきます!」
一塊ですらかなりお高い角砂糖を既に4個も投入している。ならば倍の8個くらいが適量だろうか? スイーツよりはマシとは言え、実質的には一日で私の月の給金の約7割五分が消し飛ぶので中々厳しいな。
寝る時間をさらに削って夜の仕事を増やしてみるか、あるいはもっと過酷な代わりに金回りのよい方法にするべきか。
「ところでお前、少し顔色が悪いのではなくて?」
「いえ、全く問題ございません」
「そう……。ならばもう下がりなさい」
「はっ! 失礼致しました」
しかし、今日は入室してから退出までにおよそ半刻過ぎてしまっていた。普段ならば、軽い挨拶をしてフルーツとワインとスイーツを置いたら退室してしまうのだが。
私如きに"気遣いをみせる"などと、我が国に居た頃の普段のユリーカ様ならばあり得ぬ話だ。それくらい王都ではユリーカ様の気苦労が絶えないのかもしれないな。
我が国最強の将軍が常に目を光らせているとはいえ、王都で利権を貪っていたレムナント王国の腐敗貴族がいつ寝首をかいてくるのかも分からないのだ。何かがほんの少しでも揺らげばバランスなどすぐに崩壊する。
事実、辺境武家貴族が他国の援助を元に蜂起して我が国に攻め上って来た時は、腰巾着共は一斉に手のひらを返したのだから。