ユリーカ様にワインとフルーツとスイーツを運ぶだけで出世できるらしいです
ユリーカ様がレムナント王国主催で開催される2国間合同魔導機械製造施設完成記念平和式典に出席することとなり、外遊なされた。
そこで行われるのは舞踏会、武闘会、魔演会、最新機械の展示会……。集まった各国それぞれが軍事力、技術力、経済力を披露することで国内外に威信を示す場だと言われている。
そして、もう一つ大きなイベントが同時に行われる。オリアナ様と辺境武家貴族との婚約パーティだ。ユリーカ様はそちらにお顔を出されるのだ。
そして、私の知る記憶の通りであれば、辺境武家貴族殿の前でその妻となるはずのオリアナ様を盛大に罵倒する。
尤も、ただのしがない一兵士でしかない私には全く関係のない話でもあるのだが。ハウル公国に帰ってこられたユリーカ様の様子を見れば、どういう結果となっているのかは予想がついた。
「キィイイイイイ! オリアナのクセに生意気なのよ! しかも、あの方は私にだけ送迎の挨拶を返さなかったわ! きっとオリアナが私の悪口を吹き込んだのね!! 許せない!」
ドゴォ! という激しい轟音と共に、城内に軽い地震が発生した。何が起こったのかと言えば、ユリーカ様が八つ当たりで壁を蹴られたのだ。
「ははっ、自業自得だろ」
私の隣で共に警備の任務をしている兵士がそんな台詞を呟いたように、ユリーカ様をよく思われない者は少なくない。
我が国は実力主義で成り上がることが許されている風土を持つ国だが、そのせいもあってか数限りある重要なポストをめぐって互いに陰謀をめぐらし足を引っ張り合うのは当たり前だ。現元帥閣下であられるユリーカ様の父君もそうして成り上がったお方なのだから。
そして、ユリーカ様はこれといった実績を持たず、元帥閣下の娘であるというただ一点だけで重要なポストにつくことを許されているという見方をする人間も、少なくはないのだ。
まぁ、ただのしがない一兵士である私には全く関係のない話なので、普段通り何食わぬ顔でユリーカ様の私室の前でノックする。
「ユリーカ様、スイーツをお持ちしました」
「要らないわ」
「……そうですか、今は手に入りにくい稀少な最高級生クリームをふんだんに使用したショートケーキだったのですが……」
「三時間後にワインとフルーツと一緒に持ってきなさい、その時にでも頂くわ」
「分かりました。その時にもう一度お持ちします」
部屋を離れるフリをしてしばらく立ち止まっていると。
「ああ、もう! 部屋にガレキが散らかっている! 誰よこんなに散らかしたのは!」
使用人を呼ばずに一人で片付けをなされる所は素直に感心してしまった。尤も、我が国で使用人を使わない貴族も少なくはない。なんせ、他国の間者や密偵である危険性を排除できないのだから。
ハニートラップなどを用いた篭絡や機密情報の持ち出しなどは当然のように行われており、ユリーカ様がお一人で自分自身の身の回りの整理を行うのはおかしなことではないのだ。
とはいえ、スイーツに毒を盛られる事も当然のようにありうるわけで、その辺が少し抜けてる点も私がユリーカ様をお慕いしている理由の一つだ。
無論、私に毒を入れる意志が無かったとしても、製造工程のどこかで盛られる可能性もある。故に、銀の食器を用いたり毒見をするくらいは私が予めにやっている。それでも100%安全とは言えないのが我が国の"事情"でもあるのだが。
「さて、三時間もほったらかしたらスイーツが下がってしまうな。こんな生ごみをユリーカ様のお口に入れるわけにはいかない。新しいのをシェフに作ってもらわねば」
私の一月の給金を全額生贄にして、の話だが……。まぁ、それは今はいい。コレをただ捨てるのも勿体ないし、私は実の所甘いモノはあまり好きではない。自分で食っては胸やけがしてたまらんし、毒見をするのも案外面倒だ。
よって、残飯の最終処理は適任の奴らにでも任せればいい。
「よう、チビ共、エサの時間だ」
下町の哨戒任務の合間をぬって、飢えて乞食をやってるガキ共にでもくれてやるのが後腐れもない。万が一偶々毒が入ってて死んでしまった所で誰も悲しまないのだから。
「お兄ちゃん、いつもありがと~~」
「俺の血便の味は美味いか? チビ共」
「何言ってるかわかんないよ~~」
我が国は実力を至上とする"自由"な国だ。だが、逆に言い返せば、実力のない者は容赦なく落ちぶれる。生まれも教育もロクに選べず、そこら中で野垂れ死ぬガキンチョ共が腐る程いる。他者の求めた自由によって自由を侵害されることなど当たり前なのだから。
こうしてただのしがない一兵士を続けることでさえも、最低限の実力は必要だ。
さて、ショートケーキを新しく作るにはおよそ1時間かかる。あまり時間は無駄にしてられないな。
「は? またショートケーキを作れだと? 私はディナーの仕込みもしなければいけないんだぞ」
「そこを何とかお願い致します」
「なら普段の倍を出せ」
「はい、どうぞ」
「ふんっ」
これから数日は飯抜きか、残飯でもあさるハメになりそうだな。まぁ、ただのしがない一兵士をやる前に戻ったとでも思えばどうとでもない。
新しく出来たスイーツを回収して厨房を去る間際、シェフ達が私に聞こえるようにワザとこう言った。
「大方、あの家名だけの行き遅れの性悪無能女に媚でも売って見果てぬ夢でも期待してるんだろうな。必死すぎて惨めな野郎だ」
「しかもアイツ、噂じゃ女装してケツ掘られてるらしいぜ? けつさくだな! なんつって。がっはっはっは」
ケツが裂けたにかけた所は中々の評価に値するが、公爵家の風評を著しく損なうような言動は粛清の対象となりうる。例えば、私が密告でもすればあのシェフ達は問答無用で絞首台や石打ち刑送りになるだろう。
だが、私はそんなことはしない。彼らの吐く毒によって被る不利益以上に彼らの作るスイーツが遥かに有益だ。毒も薬もまとめて喰らう程度の損得勘定も出来ない輩は我が国では生きていけない。
「ワインとフルーツとスイーツをお持ちしました」
「入りなさい」
「失礼いたします」
室内をさっと目星をしてみると、壁紙が新しく張り替えられた跡がある。どうやらガレキは粉々に粉砕した後袋詰めにでもしてタンスに押し込んだのだろうか?
ユリーカ様の目の周りが腫れていることから、恐らく泣いていたのだろう。オリアナ様との婚約が定められた辺境の武家貴族に一目惚れするというのも難儀な話だ。
だが、無理もないのかもしれない。私が女だったとしても、辺境武家貴族に惚れない理由がないくらいには現実離れした人間なのだから。
レムナント王国を一晩で落としたハウル公国最強の将軍が率いる主力軍およそ20万を20倍差もある辺境武家貴族の軍1万だけで大した犠牲も出さずに撃退するという離れ業をやってしまう程巧みな用兵をするのは勿論、容姿端麗で人柄も良く、不正を許さず、善政をしいては民に好かれ、冷静で機知にも優れた判断を下す事も出来、他国で差別されている奴隷エルフ解放までやり遂げてしまう。
一説ではレムナント王国の王族よりも王に相応しいと噂されてしまう程度にはカリスマ性を持っているのだ。一言でそのような人間を称するのならば、理想の英雄、とでも称するべきなのだろう。
まぁ、しがない一兵士でしかない私には全く関係のない話なのだが。そんな相手の妻を罵倒してしまったばかりに徹底的に嫌われいずれ戦うことになるのがユリーカ様の現状だ。辺境武家貴族は味方であればこれ以上ないくらい頼もしい相手だが、敵にするとこれ以上恐ろしい相手はいない。
私も、辺境武家貴族のいる戦場にだけは立ちたくはないな。立ってしまったらもれなく"最期"がやってくるのだから。
「ではユリーカ様、私はこれで失礼致します」
食事をテーブルに並べ終えて部屋から立ち去ろうとした時だった。
「お待ちなさい」
「はっ」
「"近いうち"にお父様がレムナント王国を支配し、私はその補佐を務めることになります。よって、お前もレムナント王城の警備に配属されることになるでしょう。だから、今のうちに身辺の整理をしておきなさい」
「承知致しました」
「それと、そこでもワインとフルーツとスイーツは忘れないように」
「……はっ! これからも誠心誠意努めさせて頂きます!」
放心してユリーカ様に対する返事が遅れてしまった。このような言葉をかけてもらうなどと、光栄にありあまり過ぎて絶頂しかけた。
前回の私がレムナント王国警備に配属されたタイミングは、辺境武家貴族との戦いによって我が国のレムナント王国常備軍の主力が削がれ兵数が不足してしまったが故に、我が国から急遽転属になるという流れだった。
つまり、"何らかの力が働いた"からこそ、私の転属のタイミングが早まったのだ。
尤も、だからどうしたという話でもある。所詮しがない一兵士でしかない私一人で出来ることなどユリーカ様のおやつのメニューにスイーツを追加することくらいなのだから。