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ユリーカ様にワインとフルーツとスイーツを運ぶだけの簡単なお仕事です


「婚約おめでとう、オリアナ」


「……はい、ありがとうございます。ユリーカお義姉さま」


「お相手は確か、隣国のレムナント王国の国境沿いの辺境領地を任されてる武家の家系だったかしら。この政略結婚の意味はちゃんと理解していますの?」


「はい。100年にも渡る長い戦争がようやく終わりを迎えて平和の時代訪れました。そして、魔法技術を得意とする我が国ハウル公国と、機械技術を得意とするレムナント王国との合同で魔導機械開発が行われるようになり、友好の懸け橋となるべくこの度私の婚約が取り決められました」


「はぁ……オリアナは何も分かっていないのね。本当に友好を結ぶつもりなら、公爵家正室の娘であるこの私こそがレムナント王国の王太子と結ばれることになるのよ。だから、貴女の婚約はただの厄介ばらい。お互い、いつでも"切れる程度"の関係でいるために、公爵家を穢した卑しい奴隷民族エルフの側室の血が混じってる貴女が選ばれたというわけ」


「私はただ、今回の婚約でハウル公国とレムナント王国お互いに良い関係を築けるよう責務を果たそうと……」


「あら、そうやって貴女の母親のようにレムナント王国に色目を使ったり卑しく媚びを売ろうって魂胆かしら? 実に下賤なエルフらしいわね」


「私……そんなつもりは……」


「まぁいいわ、末永くお幸せにね? オリアナ」


 ……さて、ただのしがない一般兵士であるはずの私はこのやり取りや景色には既視感を覚えていた。この後の展開を私は何故か知っている。


 この先レムナント王国とハウル公国は我らハウル公国側の仕掛けた陰謀によって再び戦争が始まることになる。


 我が国の計画は魔導機械製造施設爆破事件発生と同時にレムナント王国に夜襲を仕掛けて制圧し、レムナント王国の王家に爆破事件の罪を着せて民衆の前で処刑し、お飾りの王を立てて傀儡政権を作る。ここまでは上手くいく。


 しかし、オリアナ様が嫁いだ先の田舎の武家貴族が実はレムナント王家の隠し子で、戦争の最中で多大な貢献をし、我らハウル公国やその他の列強国もまとめて蹴散らして大陸の覇者となってしまうのだ。


 そして、その過程でユリーカ様はオリアナ様と対峙して戦死する。その最期は、ユリーカ様が自分でばら撒いたオイルがオリアナ様の魔術によって引火して火だるまにされ、見るも無残な御姿になったと聞く。


 ちなみに、ユリーカ様の仕事の9割9分はワインを飲んでフルーツを食べるくらいだった。流石のユリーカ様も気まずかったのか、公爵に「私に何かできることはございませんか?」と尋ねたところ「お前に仕事を任せる時はちゃんと指示を出す」と言ったきり2年間放置され続け、思い出した時には辺境の武家貴族に挑発しながら宣戦布告する役目を任されたくらいだ。


「ユリーカ様、今日の3時のワインとフルーツをお持ちしました」


 こうして水で半分に割ったワインと商人が持ってきたよくわからんフルーツをユリーカ様に渡す役目を貰った兵士が私だ。


「おや、そろそろ呼ぼうと思っていたのに気が利くわね、お前」


「はい、この仕事も3年目になりますから」


 ユリーカ様の事なら私は大抵の事は知っている。


「? お前が配属されたのは昨日じゃなかったかしら?」


「あ、いえ。"以前"も似たような仕事をやっておりましたので」


 私は、ユリーカ様が美味しそうにフルーツを食べる姿を見るのが好きだ。水で薄めた安物のワインを高級ワインだと思い込んで優雅に飲み耽るユリーカ様が好きだ。実は眼つきや人相が悪い事をかなり気にしてたり、オリアナ様の美貌をねたんでいたり、辺境武家貴族に思わず一目惚れしてしまいオリアナ様をその場で罵倒したせいで辺境武家貴族に嫌われて3日くらい寝込んだ挙句周囲に八つ当たりしたりするユリーカ様が好きだ。実はスタイルを気にして持て余した暇な時間に身体を鍛えてるところが好きだ。


 まだ仕事に慣れていなかった時とか。


「だらしがないのね」


 と言われるとそれだけで絶頂しそうになるくらいに好きだ。とはいえ、私以外にワインとフルーツをユリーカ様の元に運びたがる人間は滅多にいない。大抵、嫌味や悪口を言われて気を病んでしまうのもあってか、私がクビになることはないのだが。


 おっといけない、鼻血が出てきた。


「どうも、お前の視線が怖いのだけれど?」


「申し訳ございません。私は生まれつき眼つきが悪いのです」


「……そう。それは大変ね」


 その日から、ユリーカ様は私に対して少しだけ優しくなった。だが、その優しさだけではユリーカ様に今後訪れるであろう焼死を避ける事はできないだろう。 


 私は貴族ではない。ただのしがない兵士だ。よって政治に関わったり軍を組織してユリーカ様をお守りすることなど出来はしないし、仮にソレができたとしても、はっきり言って化物揃いの辺境武家貴族やその家臣達と相対したら一瞬で殺されるだろう。


 例えば天候を自在に操り嵐を引き起こし雷を人間に向けて落とす、などという一人の人間を殺すにはあまりにも破壊力過多な魔法を平気で無数に繰り出してくるし、銃弾を一瞬で蒸発させる炎のオーラを纏うなんてことはオリアナ様も当たり前のようにやってくる。それどころか太陽を落としてくる始末だ。


 つまり、私が戦っては"絶対に勝てない"相手だ。


 もし、ユリーカ様が助かる方法があるのだとすれば、それは、ユリーカ様自身がどうにかするしかないだろう。所詮、私に出来る事など、ユリーカ様に水で薄めた安物のワインとフルーツを渡すことしかないのだから。


 次の日、ユリーカ様がスイーツを食べたくなる時間を見計らって予めシェフに根回しをしておいた。むろん、一介の兵士の頼みなど専属シェフが聞いてくれるわけもなし、こういった場合多くの悩みを解決してくれるのは"金"だ。


 私の月の給金の半分をシェフに支払い、スイーツを召喚したのだ。


「スイーツをお持ちしました」


「……気持ち悪いくらい気が利くわね、お前」


「ユリーカ様のお喜びになる姿を見るのが、私の至上の悦びですから」


「私を狙ってでもいるつもりかしら? ただの兵士の分際で、身の程を弁えなさい」


「はっ、申し訳ございません。ただ、そのお美しい銀髪を一目入れたいと思いまして、打算のあまり差し出がましい真似を致しました。以後二度と同じことは致しませんのでどうかお許しください」


「……待ちなさい。スイーツは持ってきなさい。毎日で構わないわ」


「毎日は……厳し……、いえ、誠心誠意励ませて頂きます!」


 それから、夜の仕事を始めた。一兵士の安月給でユリーカ様が満足できるスイーツを毎日用意するなどと無理だ。ユリーカ様がスイーツを作れと指示したという話であれば、私が私財を投げうつ必要はないだろう。だが、スイーツを運ぶのは私がよかれと思って"勝手にやっている"ことだ。


 その事でユリーカ様の命令を騙るなどと言語道断。死罪に値する。


 よって、私が毎日のスイーツをユリーカ様に提供するためには金を稼ぐ必要があり、思いつく限りで一番簡単に稼げそうだったのが、下町で非合法に行われてる裏の男娼だった。


 そして私は、尻の処女を失った。際どい売女の恰好をしては尻を掘られ、男のアレをくわえながら下品な淫言を口走る程度でユリーカ様の御顔が見られるのなら安いものだ。


 一介の兵士と貴族との間にはそれ程の"差"が生まれながらにしてあるのだから至極当然の話だろう。世の中には、命を賭して身を削った程度ではどうにもならないことが沢山ある。それは、貴族や王族でさえも例外ではない。


 世界は、戦争は、無慈悲なのだから。その結末を知る者として、せめてユリーカ様にはたった2年間の陽だまりを与えて差し上げたい。

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