第五話 実家に帰らせてもらいます!
一日遅れの投稿になってしまいました。
ごめんなさい。
そういえばpixivへの「花びら姫〜」のイメージイラスト投稿も再開しました。
二年ほど前に作ったAIイラストですが、こちらに挿絵として使わなかった分を中心に投稿していきます。
よろしかったら覗きに来てみてください。
『師走瑠璃』でご検索くださると嬉しいです。
お時間ある時にどうぞ。
「…………王女さま? 隣の国の?」
銀色の髪の儚げな少女を薄暗い林道で保護した翌日の朝、彼女に関しての調査をお願いした海夜の侍衛官たちが、それぞれ掴んだ情報を報告してくれた。
それによると、保護した少女はやんどころない出身の、身元不明のまま預かっていてはいけない身の上の人物であるということがわかった。大いに驚いたが、意外というほどでもない。彼女が身につけていた品々を考えれば、むしろ納得いくものだ。
「はい。二ヶ月ほど前に友好親善のご使者として訪問された方と、同一人物のようです」
倮須平少尉の報告に、海夜は思い当たることがあった。
約二ヶ月前、海夜は予定外に界渡りをし、日本からこの黄國へと渡ってきてしまった。その時点ではまだ、海夜の存在は国外へは公表されていなかったらしい。つまり、黄花・サディルの貴種皇女は、対外的には存在していない体だったのだ。それなのに、隣国からの使者団は黄國内に留まる間の接待役として、海夜を指名してきた。明らかに海夜の存在を知った上で、事実確認のためにやって来たとしか思えなかった。
そこには国同士の駆け引きによる政治的な思惑や精霊が絡んだ動きがあり、黄花・サディル皇家を守護する役目を預かる海夜の婚約者の判断によって、使者団の要望は却下されていた。
そもそも、人に近寄ることもできなかったあの時の海夜の心身状況では、まともに接待など出来る筈もなかったから、武尊の判断は正しかったのだろう。
けれど、そうやって皇女としての務めを疎かにしたばかりに、身元のしっかりしている人物に気づくこともできなかったのでは、職務怠慢もいいところだ。
自分にがっかりし、皆に気づかれないように小さく息をつく。
「その方のお話なら耳にしているわ。そう、王女さまがご使者に立たれていたのね。さっきお名前をお聞きしたの。ラムリリィさまと仰っていたけれど」
確認のために名前を明かすと、倮須平少尉は「ラムリリィ・シルヴィア・ルイズ殿下と仰るそうです」と頷いた。
客室で一晩預かり、先ほど見舞った当の人物は、保護した時とは見違えて顔色が良くなっていて安堵した。色々訊きたいことはあったが、まずは身支度と食事が先だろうと思い、席を外した時間で皆からの話に耳を傾けている。
長椅子に腰掛けた海夜に向かい合い、背筋を正して立つ薔珠は少々悔しそうに項垂れた。
「あの時は、私は姫君の側近として隣国に顔を知られるのは不都合だと、キアリズ殿下のご命令により使者殿と顔を合わせることはありませんでした。それゆえ、王女に気付くのが遅れたのです……、申し訳ありません」
「薔珠が謝ることじゃないわ。あの時の状況を考えれば、武尊の判断は正しいもの」
「使者団の訪問時期は、姫君の湖の館でのご静養期間と重なっていましたね」
眞爾大尉が気づいたように言うのに頷いて、海夜は今度こそ嘆息した。
「わたしの体調不良も突然だったけれど、ご使者のご訪問も唐突だったみたい。婚約発表前だったこともあって、わたしは関わることがなかったの。……でも周辺国のことをきちんと勉強していれば、お隣の国の王女さまのお顔ぐらい、知っていた筈だわ……」
情けない、と内心で自分への自己嫌悪が顔を見せる。
体調不良だのなんだのと理由をつけるけれど、単に海夜自身に一国の皇太子と結婚するという自覚が足りていなかったのだ。高校を卒業したばかりで、学生気分も抜けていなかった。……要するに海夜が甘えた子どものままだったことが、黄國内でのラムリリィ王女の立場を微妙なものにしたかもしれないのである。他国で一晩行方知れずなんて、王女という身分には醜聞以外の何者でもないだろう。
情けなさに落ち込みかけたが、後悔しても仕方がない。起こってしまったことだ。これからどうするかを考えなくては。
気を取り直して顔を上げる。
「ご使者として滞在なさっている王女さまだということはわかったわ。随分長いご滞在なのね」
「いえ、友好親善の使者団は半月ほどの滞在で帰国されたそうです。ラムリリィ王女もご一緒に帰られていらっしゃる筈です」
「? 筈って? はっきりしていないということ?」
倮須平少尉の曖昧な物言いに首を傾げれば、眞爾大尉がその言葉を引き継いだ。
「外交部の出入国管理には、確かにラムリリィ王女の出国が記録されています。ですが、使者団が帰国した日、国境の検問所での記録には王女の名がありませんでした。不審に思いさらに調べると、使者団が帰国した日より半月も後に、王女が検問所を通過した記録を見つけました。明らかなタイムラグのある帰国です。半月もの間、ラムリリィ王女がどこでどう過ごしていたのかは不明ですが、一度帰国されたことは確かなようです」
「……一緒に来た人たちと帰らずに、単独で黄國内に滞在していた期間があったということ? それでまた、間を置かずに訪問していらっしゃったの? 行方知れずで今ごろ騒ぎになってるんじゃ」
「今回は使者団の代表というお立場ではないようです。一晩行方知れずとなっている現状でも、先方がラムリリィ王女を探している様子はありません……どういうわけか。前回の行方知れずの件は、キアリズ殿下も不審に思われて調査なさっているようです」
「え、武尊が?」
元検非違使の調査能力を遺憾なく発揮する眞爾大尉に頷きながら、会話の途中で持ち出された名前に小さく動揺する。
焦るような気持ちになるのは、王女を保護した時に彼女が呟いた言葉が気になっているからだ。
“助けて”と、うわごとのように繰り返していた。青ざめた顔色で、悪路に足を取られて怪我をすることも顧みずに。痛々しいその姿が海夜の胸につかえている。
武尊にそんなことを言ったところで取り合わないのが目に見えているから、できるならまだ王女のことは隠しておきたい。
「姫君、シルヴィア・ルイズ王家は貴種王家です。そして、貴女にしつこく求婚の申し入れをしている家でもあります。キアリズ殿下が危険視される理由は十分あるのです。ご理解ください」
皇弟の娘であり、武尊の従姉妹でもある薔珠に穏やかに嗜められて、内心を見透かされたようで居た堪れなくなる。二人はよく似た思考回路をしている。海夜の考えることなど手に取るようにわかるのだろう。
何も言えずにうぐぅ、と押し黙ると、眉間の皺を見た薔珠はチラリと苦笑した。
「ご安心を。キアリズ殿下には、まだ王女の保護の件はご報告しておりません」
「そうなの?」
意外な言葉に何度も瞬いて確認すると、薔珠は物思うように伏目がちに頷いた。
「シルヴィア・ルイズ王家は貴種を至上と戴く家門です。現皇家の家族構成は国王を筆頭に、王子二人と王女一人。貴種であった王妃は既に亡く、未子のラムリリィ王女の母親は亜種だそうです。つまり、王女は貴種王家の一員でありながら一人だけ亜種なのです」
「……ひとりだけ……」
それは海夜もよく知る誰かを思い起こさせた。
同じ親を持っていても、ひとりだけ違う種であるということは複雑な環境だろう。無表情がデフォの婚約者を思い出させて、なおさら心につかえる。
海夜の曇った表情に、薔珠は浅く息をついた。海夜の心中を察したような表情は、シャイマの事件からこちら、何度か見かけるようになった表情だ。
薔珠の中でも、あの事件は何かの転換点になったのかもしれない。
「そのようにお心にかけるだろうと思いましたので、姫君のご判断を待って、キアリズ殿下へご報告するつもりです。王女の不審行動は気になりますが、近くで監視できればその方が都合も良いでしょう」
「親しくお話ししていても、武尊にはまだ言わないでいてくれるの?」
「シルヴィア・ルイズ王家は警戒すべきですが、あの王女から得られる情報があるならばそちらの方が有益です。……王女というには痩せ過ぎていますが」
保護した時に彼女を抱き上げた薔珠は、彼女の体が異常なほど痩せ細っていることを不審に思ったようだ。着替えさせた海夜の侍女たちによれば、背骨や肋はもちろんのこと、肩や腰骨まで浮いて見えるほど痩せているらしい。
少し話しただけの海夜でも、骨ばった首筋や指、折れそうに細い手首が目についた。頰がこけるほどではないようだが、不健康な痩せ方なのは確かだ。食が細いのか病気がちなのか……、だとしたら尚更、あんなところを一人で歩いていたことが気にかかる。
「……彼女が“助けて”って言っていたことが気になるのね、薔珠も」
「………複雑な環境だということは容易に想像できますが、……貴種の子でありながら亜種であることは、どうしようも出来ぬ事実なのです。本人も周囲も受け入れねば、ただ苦しむだけ。不毛で……不幸です」
貴種の子である亜種の薔珠から、生まれの境遇を感じさせる言葉を聞くのは初めてかもしれなかった。
薔珠の特殊な性別のことも鑑みれば、周囲と軋轢があったことは明白だ。彼女と家族に蟠りがあるようには感じられないが、それは表面的な話で、当事者でない者にはわからない何かもあるのだろう。……もしくは、皇弟一家だというその身分による、障りのようなものも指しているのか。
立ち上がり、薔珠の元へ一歩踏み出した時、背後にある扉口から掛けられた、硬く平坦な声に動きを止めた。
「それは同情のつもりか」
申し訳程度に扉をノックしながら、許可も待たずに入室してきた隻眼の婚約者に動揺する。
居並ぶ侍衛官たちも同じように息を飲んでいた。
「武尊……、……どうして……」
肩越しにその姿を見て周囲に目を向けると、外の扉口に控えるように立つもう一人の侍衛官にはっとなる。
「誉古継中尉、これは貴官の独断か」
硬い声で訊ねるのは薔珠だ。
室内の面々が非難するような目を向ける誉古継中尉は、そんな空気に怯みもせず冷静な目で立っている。
彼の姿がないことには気づいていたが、彼はあまり群れたがらない性格なので、この場にいないことは気にならなかった。ただ、職務には忠実なのに、朝から姿が見えないことは不思議ではあった。侍衛官の中で共有された情報を、上官である武尊に報告しに行っていたのなら納得がいく。
「不都合が? 薔珠大尉」
無表情のまま腕を組み、かすかに首を傾げて質問する武尊の声は、普段以上に平坦で冷たい。まるで当てこするような質問に、海夜の眉間にも皺が寄る。
意地悪な訊き方だと思ったのだ。薔珠も同じように思ったのか、目元を鋭くしながら返事をしている。
「我らがお仕えする主人は海夜皇女殿下です。まずは姫君に事の次第を報告し、判断を仰ぐことが侍衛官としての務めかと考えます」
「黄花・サディルに危険が及ぶ可能性が排除できない場合、まずは護衛責任者に報告するのが筋だ。それを怠っておいて同僚を非難できる立場か」
「待って、そんな言い方しないで。薔珠たちはわたしの立場を優先してくれただけよ。後からきちんと武尊に話すつもりだったわ」
対峙するように二人が睨み合うことが納得いかず、侍衛官たちを庇うように声を上げると、武尊は白々した視線をこちらに向けた。
無感情のその表情は再会したばかりの頃によく向けられた、何を考えているかわからない表情によく似ていた。
「……シルヴィア・ルイズの王女とやらはどこにいる」
「………王女かもしれない、怪我をした女の子よ。そんな刺々した態度の人間に絡まれたら、余計に怖がらせるわ」
「名を確認したか」
「………………」
海夜の話なんて、全く耳にも入れないように武尊は質問を重ねる。悔しくて答えるもんか、と押し黙ると、彼は成り行きに困惑している他の侍衛官たちに、無表情のまま視線を巡らせた。
「眞爾大尉、中にいる人物の名は」
「………ラムリリィ殿、とお聞きしております」
「中を検める」
「ちょっ……!」
皇太子の詰問に抵抗などできない立場の侍衛官に圧を掛け、無理やり答えを引き出した武尊はすぐさま身を翻した。
大股にまっすぐ向かうのが食事室の扉だとわかって、慌てて止めようと袖を引く。
「……話を聞いてっ」
「シルヴィア・ルイズの名が出ている以上、悠長に構えるつもりはない」
「……っ待って、まだ本人かわからないわ、同じ名前の別人ってことも……っ」
「本人に会えばわかることだ。おまえは関わるな」
音が立つ勢いで扉を開け放ち食事室へなだれ込めば、朝食の並べられたダイニングテーブルについた銀髪の少女が、驚いたようにこちらを振り返る。
その姿を確認した武尊は、心底面倒そうにため息をついた。
「二度目の来訪となられるか、ラムリリィ・シルヴィア・ルイズ王女。どういう心算でこの場に座っておられるのかは知らないが、客人としては少々目に余る行動だ」
「ここにいるのは、わたしがお招きしたからよ。怪我をして気絶されたんだもの、保護するのは当然でしょう?」
凍るような冷たい目と声にびっくりしたまま動けずにいる少女を、両腕を広げて背に庇うように武尊の視線の間に入る。
「目を覚まされたのもついさっきなの。これから状況を整理しようと思っていたところにあなたが来て、彼女もとっても驚いてるわ。反省して」
「状況整理? そんな猶予はやらなくていい。ラムリリィ王女、厄介な人間を連れての再来訪だが、何のつもりで海夜に近づいた」
質問というより確認のような問いに、彼はラムリリィがこの状況を故意に作り出したと思っているようだ。そんなはずないのに。
「わたしが彼女を見つけたのは偶然よ。ご身分だってさっき知ったばかりのわたしを、ラムリリィさまがご存知のはずないでしょ」
「おまえの認識はまだ甘い。亜種の精霊使いはごまんといる。貴種の子ならば尚更だ」
つまり彼はラムリリィが精霊を使って海夜の居所を知り、ここに居座っていると危機感を募らせたようだ。それはきっと、彼女が前回の訪問の時に取った不審行動が根拠になっている。
確かに不審行動の謎は解き明かすべきだが、だからといって、今目の前にいるこの儚げな少女をすぐに危険と排除できるわけがない。
どうしたものか、と悩ましく眉根を寄せた時、背後に庇った少女がか細い声をあげた。
「あの……、あの、私がここに居ることでご迷惑になるなら、すぐに出ていきます」
武尊のどこまでも冷たい態度と無表情に、震えながらも呟いたラムリリィの言葉は、つまり要約すればごめんなさい、と謝っている内容だ。
慌てて彼女に向き直り弁明する。
「ちがいます、そうじゃないの。行き違いがあっただけで、ラムリリィさまがご迷惑とかではないのよ」
「……出て行くのは結構だが、その前に再来訪の目的とここに居る企みは話してもらいたい」
「武尊、いい加減にしてっ」
怯える年下の少女に追い打ちをかけるような武尊の冷たい言葉に、とうとうカチンと来て声が高くなる。
けれど彼はどこ吹く風で冷静に見返してきた。
「おまえが関わる必要はない」
「またそれなのっ? わたしが関わることに関わるなって、どこまで子ども扱いするつもりっ?」
「子ども扱いはしていない。こちらの事情におまえは疎いだろう」
「それは武尊が秘密にするからでしょうっ?」
さも当然のように海夜の無知に言及する武尊に、八つ当たりと責任転嫁と承知しながらも責める声を止められない。
もう何度目なのか。
こうして彼の秘密主義に振り回され、打ちのめされ、腹を立てるのは。
しかも一番頭に来るのは、その秘密主義の自覚がないことだ。
「秘密? 何を?」
案の定、心の底から不思議そうに首を傾げられて、積もりに積もった不満が心の中でブチリと簡単に振り切れたのは、ある意味当たり前だったのかもしれない。
海夜の握りしめた拳が小刻みに震えるのを見て、やり取りを狼狽えながら見守っていた面々が、戦々恐々と唾を飲み込んでいる。
どうしようもない。
ほんとうに。
これはもう、海夜では覆せない。
頭にきすぎて、考えるより先に海夜は口走っていた。
「……っ実家に帰らせて頂きますっ!!」
その瞬間の皆の、特に武尊の驚きに間の抜けた表情は、どう表現したらいいのかわからない不思議な表情だったと、海夜は後で思った。
けれどもう、止められなかった。
「あなたのっ!!!」
「…………………はぁ?」
付け足した言葉に返った問いは、さらに間の抜けた声だった。
その言葉通り、海夜はその日のうちに武尊の“実家”に身を寄せた––––––すなわち、彼の産みの母である黄國皇妃、ひかる・黄花・サディルの住まいである、皇妃の宮へと逃げ込んだのだった。
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痴話喧嘩の後に逃げる先は相手の実家最強説、すき。
次回更新は12/29(日)の予定です。
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