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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【三章】何者でもない私の悪役日記
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第四話 憑依者の立場





 眩しい。

 なんか知らないけど、すごく眩しい。それに、いい匂いがしている。香ばしい食欲を誘う香りだ。たとえば焦がし醤油とニンニクでさっと炙った肉の匂いのような。


 「あら、目が覚められまして?」


 匂いにつられてぼんやりと目を開けたら、声が聞こえた。

 聞き覚えのない声だ。といっても、今の自分では聞き覚えのない声が殆どだけど。

 栗色の髪の可愛い系美人の女性が、確認するようにこっちの顔を覗き込んできたけれど、やっぱり見覚えがない。


 「お顔色はよろしいようですね。主人に知らせますので、少々お待ちください」


 にっこりと微笑まれて、こちらに敵意がないことを認識する。裏のない笑顔を向けられるのは、憑依してから初めてのことかもしれない。

 ごそ、と起き上がり彼女が言った“主人”という単語に、誰かに仕える使用人なんだと理解して辺りを見回す。

 日当たりのいい大きな窓に、美麗な彫り細工の天井。吊り下がる小ぶりなシャンデリアはカットガラスに陽が当たって、虹色の反射光を室内に揺らす。

 自分が寝かされていたベッドも、ヘッドボードに緻密な彫り細工が施され、寝具類もフカフカの高級品だ。


 おかしい。

 確かに、“この子”の身分を考えればこれぐらいの待遇当たり前なんだろうけど、普段使っている部屋は内装は良くても窓は小さなものがいくつか付いただけの、日当たりの悪い部屋だった。それに若干、内装の色味が“この子”のお家と違う感じがする。

 不思議に思って、肩にショールをかけてくれる栗色の髪の女性に訊ねた。

 

 「……あの、ここは……?」

 「皇宮内の客室です。詳しいことは主人から……、あ、いらっしゃいましたわ」

 「……皇宮……?」


 何のてらいもなく答えをくれた女性は、扉口の方を見て気づいたように笑顔を浮かべる。

 おうきゅう。

 平たくいえば、まぁ、王族の住居。

 でも目が覚める前までの記憶は、旅先に向かう馬車からの風景を見ていたところで途切れている。うっかり寝てしまったんだろうか。

 皇宮、と言われてこの旅の目的地がそんなようなところだったとすぐに思い当たるが、到着した時の記憶が一切ない。もしかしたら自分が寝ている間に“あの子”が代わりに動いていたのか……いや、代わりって言い方は違うか。元々この体の持ち主は“あの子”だ。

 でも自分が憑依してから、“あの子”は表に出てくることはなかった。そもそも、そんなに簡単に入れ替われるものなのか。よくわからない。

 ううぅん、と内心で唸りながら首をひねっていると、ベッドサイドの椅子に誰かが腰掛けたことに気づいて顔を上げる。


 「こんにちは。目が覚めてよかったわ」


 ふわりとそよ風のような柔らかな声音で話しかけられて、思わずぱちり、と大きく目を瞬いてしまった。

 ハーフアップにしたゆるく波打つ髪は、亜麻色とでもいうのか黄色味がかった明るい茶色で、陽に当たるとキラキラと金色に光る。陶器のように滑らかで白い肌、通った鼻筋、小ぶりな唇はさくらんぼのように弾力よく艶めいて、惹きつけられる魅力があった。

 何より目を惹くのは、その瞳だ。おそろしく透き通った琥珀色の中に、金色や橙色、朱色や紅色といった様々な色が焔のように揺らめいて見える。ただ見ているだけでも吸い込まれそうだ。

 その不可思議に美しい虹彩を包む目も形良いアーモンド型で、髪色と同色の濃く長い睫毛が縁どり、彼女が瞬きするたびに光の粒を散らして琥珀の虹彩が煌めく。

 美しいパーツを集めて完璧な配置で顔貌を作り上げているような。

 そして顔だけならまだしも、座る姿からでもわかる体型のバランスの良さ。華奢なのに、女性らしい円やかさもある肢体。品のある空気感。

 なんというか、これは……とんでもない美形だ。モニター越しの芸能人たちをリアルに見たら、きっと圧倒されるだろうけれど、そういう類とも違う。“この子”も初めて鏡で見た時は、まあ綺麗な子、とその儚い美しさに感心したけれど、耳目を集めるという意味ではきっとこの美少女の方が上をいく。視界に入れた瞬間に背後に花を背負って見えるなんて、どんな少女マンガ的幻覚なのか。

 

 「あ……あの……、えぇと……」


 本物美少女のオーラに圧倒されて意味のないうわ言を口の中で繰ると、彼女は気づいたように小首を傾げて微笑んだ。

 うわ、まぶしい。


 「わたしは海夜といいます。ここに来るまでのこと、覚えていらっしゃる?」


 ミヤ。

 ファンタジーなこの世界に、少々和風な名前……いや、音だけで聞けば洋風と取れなくもないのか。どちらにしろ可愛い名前だ。この美少女によく似合っている。

 そんな感想を持ちながら、質問されたことをとりあえず考える。残念ながら、自分が浚える記憶の中に、こんな状況になった原因を探ることはできそうになかった。白い靄がかかったように、思い出しづらくなっている。

 

 「ごめんなさい、……覚えていません」


 正直に答えれば、海夜という美少女は小さくひとつ頷いて、それから次第を教えてくれた。


 「あなた、林の中をひとりで歩いていらしたの。そこで倒れたところを保護させていただいたのよ」


 林の中を一人で歩く?

 一体どこの林を、こんな弱々しい“この子”が一人で歩いたっていうんだろう。それにそれは一体、何のために?


 「そうだわ、お名前をお伺いしてもよろしい?」


 黙り込んで考えこむ自分に、美少女は気を取り直すように明るく話題を変えてくれた。答えのない自分には、その気遣いはありがたい。

 ありがたいが、ここはどう答えよう。

 “この子”の名前って、簡単に名乗っていいものなのか。しかもここは、“この子”の家と何やら因縁ある国の皇家らしい。

 その皇家の皇宮の中で身分ある立場らしい美少女に、迂闊に“この子”の身分がわかるような振る舞いをしていいものなのか。

 ………わからない。根っこが庶民なもので、こういう時の判断が的確なのかどうか。

 とりあえず、当たり障りなくファーストネームだけ名乗っておくに止めよう、と顔を上げる。


 「えっと………ラムリリィ。ラムリリィと申します」

 「ラムリリィさま。きれいなお名前ね。どこか痛いところや苦しいところは? お腹は空いていらっしゃらない? あ、手のお怪我は転んだ時のものよ。軽いすり傷だそう。よかったわ、お顔にお怪我をなさらなくて」


 抵抗なく名乗ったことで安心してもらえたのか、美少女は安堵したように微笑み、矢継ぎ早に質問を重ねる。警戒していると思われていたようだ。助けてくれたらしい恩人にそう思われるのはいけない、申し訳なかった。

 どうやらこの美少女は簡単に近寄るには戸惑うぐらいの容姿をしながら、その性格はお人好しで気さくなようだ。物語なら、まさしく主人公ヒロインと呼ばれる立ち位置そのものの人物だろう。


 (いるんだな、リアルにこういう人って)

 

 少々感心していると、先ほどの栗色の髪の女性がそっと美少女の耳元に声をかけるのが目に入った。


 「姫さま、大尉たちが見えられました」

 「ええ、少し待ってもらえる?」

 「かしこまりました」


 短く会話を終えて下がっていく女性を見送り、美少女は姿勢を正してこちらに視線を寄越した。

 雰囲気が変わったことを感じて、若干身構える。


 「あなたをどちらにお帰しすれば良いのかわからなかったので、少しお持ち物を拝見しました。着替えさせたのはわたしの侍女なので、ご安心下さいね」

 「……持ち物って……」

 「普通の貴族のご息女なら、家紋の入った小物を持ち歩かれるのが一般的なので。……けれど、あなたの持ち物には一つも家紋が見当たりませんでした」


 見られて困る物を普段から持ち歩いているわけじゃない。だから別に持ち物を検分したと言われても、特に焦る必要もないのだけれど……帰る場所、といわれると困ってしまうのは確かだ。

 

 「身に着けられている物は全て一級品でいらっしゃるし、発音も上流階級の方でいらしたので皇宮で保護したんです。ご連絡したい方がいらっしゃるなら、教えていただければこちらでご連絡いたしますよ?」

 「………えぇと………」


 遠回しに何か事情があるなら力になろう、と言われているのを感じながらも、ふたたび言葉を濁して目を逸らしたこちらに、美少女は静かに微笑んで立ち上がった。

 

 「無理にとは申しませんから、ゆっくりお考えになって。お食事が用意できていますので、お支度なさったらいらしてね」

 「あ………」

 

 何かを感じているのだろうに無理強いしない思いやりに、上手く返事もできないまま、部屋の扉を閉める美少女の後ろ姿を見送ることしかできなかった。





 

 身支度を整えて案内された部屋へ入室すると、目が覚めた時にいい匂い、と思った香りと同じ匂いが鼻先をくすぐった。見るとダイニングテーブルの上に、沢山の料理類が並べられている。


 「こちらへどうぞ」


 栗色の髪の女性に椅子を引かれて、料理の並べられた席に着席を促される。

 これを食べてもいい、ということなのだろうか。正直お腹は空いている。

 でも勧められてもいないのに、無断で手をつけるのはマナー違反だ。ここはおとなしく誰かの指示を待とう。

 そう思って両手を膝の上に置いた時だった。


 「其方ソナタ、面白イノウ? ソレハワザトカ?」


 少年の声ながら古めかしい言葉遣いで話しかけられて、その声の主を探す。きょろり、と辺りを見回して、人影は先ほどの栗色髪の女性しか見えないことに首を傾げた。


 (空耳? でも、しっかりはっきり聞こえたんだけど)


 何度見回しても他に誰も見当たらない。

 困惑の体で栗色髪の女性を見ると、彼女は苦笑して「揚羽あげはさま、お客さまが困っておいでです」と、やはり第三者の存在がいるかのように振る舞う。


 (んん? 一体どこに? こっちから見えない死角でもあるのかな……)


 再度辺りを見回してみようと首を巡らせた時、視界の隅で何かが動いたことに気づいた。

 何気なくそちらに目を遣って、目に映った存在に眉間が寄る。


 「………犬?」

 「違ウワ。無礼ジャノウ」


 金色に光る、青い獣が扉口近くに座っていた。

 犬にしては大きい。でも被毛の生え方といい、四足歩行型の姿といい、ふっさりした尻尾や立ち耳は、自分の知識の中では犬や猫の類しか浮かばない。

 けれど……、けれど。

 

 「っ、……っしゃべ……っ!」


 丸顔の鼻の低い愛嬌ある顔から人語が飛び出して、大きく驚き息を飲む。

 悲鳴が出そうになって、栗色髪の女性が慌てて駆け寄り肩をさすって宥めてくれた。


 「落ち着いて下さいませ、お嬢さま。あの方は受肉精霊でいらっしゃいます。主人にうけいを下さったお方なので、危険はございません」

 「無力ナ小娘一匹ナンゾニ何モセンワ。全ク、今時ノ者ドモハ受肉精霊ガサホドニ珍シイカ」

 「じゅにく……せいれい……」


 自分が憑依したこの世界はだいぶファンタジーな世界で、発達した科学文明と共に精霊という生き物が共存しているらしい。

 憑依した“この子”……ラムリリィも精霊が見える体質で、時々不可思議なものが見えるなぁ、と思ったことはあるけれど、万人の目に共通で写る精霊にこんな所で会うなんて思わなかった。

 というのも、ラムリリィの住む王宮には実は何体か存在するらしいのだ。彼女の記憶の中にはその存在を見た記憶があるから、確かなんだろう。

 でも憑依人格の自分が会うのは初めてなんだから、悲鳴が出るのもしょうがないじゃないか。

 何とか落ち着いた様子の自分を見て、青い獣の精霊はふん、と鼻を鳴らして目を細めた。


 「マァ良イ。ソレデ、其方ノソレハ何ジャ? ドチラガ本性カ」

 「え?」

 「輪郭ガ歪ンデオル。気ヅイテオラヌワケデハナカロ?」

 「……揚羽さま?」


 こちらに目を凝らすように視線を当てられ、確認するように問われる。

 栗色髪の女性も訝しそうに精霊とこちらを交互に見るが、どういう意味か測りかねているようだ。

 だが指摘されたこちらは、思い当たる節があるので緊張して身体が強張った。


 (どちらが本性? そう訊いた? この精霊……)


 もしかしたら見えているのだろうか。

 この“ラムリリィ”という少女の身体に、二人の人間の存在が。

 “自分”が“ラムリリィ”に憑依して、約一ヶ月ほど。

 憑依なんて現象は信じてもらえないと思って、誰にも話したことはない。むしろ黙っていなければと、隠すことに必死になっていた。たとえラムリリィを知る人間が、今の表面化している“自分”に疑問を持ったとしても、中身まで見ることはできないのだから別人だと疑われることはないはずだ。そう、たかを括って。

 だから、ラムリリィに成り済ますために必死に努力した。彼女の身体を借りるからには、怪我や病気をしないように気を配ったし、人間関係もなるべく壊さないように気をつけた。

 でもそんな努力も、別の視点を持つ生き物たちには何の意味もないことだったのかもしれない。


 「……あの? お嬢さま、大丈夫ですか? お顔色が……」


 栗色髪の女性が気遣うように覗き込んでくるが、視線を合わせられない。

 今しもお前は偽物か、と断罪されるような気がして、体を縮めて膝の上の両手を強く強く握りしめた時だった。


 「……っ待って、まだ本人かわからないわ、同じ名前の別人ってことも……っ」

 「本人に会えばわかることだ。おまえは関わるな」


 申し訳程度に扉をノックする音がした後、返事も待たずに勢いよく扉が開いた。

 言い争うような会話を交わしながら雪崩れ込んできたのは、あの琥珀色の美少女。それに……。


 こちらを見据える冴えざえした隻眼の黒い瞳と、烏の濡れ羽色のような黒髪。

 しなやかな長身のその人物を見た時、体の内側が大きく鼓動を打ったのを感じた。



 

お読みいただきありがとうございます♪

次回更新は12/14(土)の予定です。

よろしくお願い致します。


ブックマーク等大変嬉しいです。励みになります!

ありがとうございます。

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