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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【二.五章】それは彼女に聞いてくれ
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第五話 それは彼女に聞いてくれ

これで完結です。







 薄暗闇の応接室に桜色の光がぼんやりと浮かぶ。

 カーテンの隙間から差し込む早朝の、薄い朝日に霞んで消えてしまう程うっすらと。


 「…………おはよう、シャイマ」


 自分に聞かせるように小さく呟くと、桜色の影がふんわり微笑んだ。

 そう見えたというだけの、ゆっくりとした時間。


 シャイマに見える彼女は、シャイマではなくただの影。あの日からずっと、事件現場に立ち続けるシャイマの影だ。

 海夜が先日この部屋へ戻った時、シャイマの姿は変わっていた。美しく凛々しく綺麗な桜色の髪の、記憶の中の姿に。


 そもそもあの時、痛々しいあの姿のまま残っている事が不思議だった。

 無念だろう、苦しかっただろうと悲しかったけれど、この部屋は浄化の鈴が代々鎮座していた部屋だ。そんな部屋に苦しい時の姿のままでいるなんて、いくら長年鈴が不在だったとしても考えにくい。


 海夜の左手首に掛かる鈴は、“おう”と呼ばれる黄花・サディル皇家の守護者だ。

 どれぐらい昔から存在しているのか誰も知らない。これが精霊なのか付喪神つくもなのかも、実はよくわからない。


 ただ、海夜の絶対の味方。家族のような存在。

 そんな存在が、海夜を大事にしてくれた人物を苦しいままにしておく筈がない。だからどうしてあの時、あんな哀しい姿のままなのだろうと不思議だった。


 所謂心霊、というものがこの目に映る事はあった。貴種だからというより、人ならざる存在の父方の遺伝のせいだろう。

 けれど海夜では、その分野は見えるだけで普段は意思疎通もできない。シャイマもその存在だろうから、ただ見ている事しかできないと思っていた。


 でも違った。

 昨日、あのお茶の中の付喪神に出会って突如理解した。


 このシャイマの影は、感情だ。

 悲しみに暮れていた海夜の感情に、シャイマが寄り添って遺してくれた。

 だから落ち着いた海夜の感情に伴って、今のシャイマはピシリと美しい姿で立っている。

 おそらく黄花・サディルという古い血筋に憑いた付喪神なのだろう。


 「……あんな瀬戸際の時に、わたしの事なんて気にしなくてよかったのに………」


 悲しいけれど、嬉しくもある友人の気遣いに、ちょっとだけ泣き笑う。


 シャイマらしいと思った。

 冷静なのに情に厚い、最期の瞬間にも周囲の人間を気遣う誠実さ。

 シャイマ自身はきちんと逝くべきところにいけただろうか。

 確かめる術もないけれど、そうであったらいいと思う。

 

 悲しすぎて感情を引き止めた海夜と、同じように感じている人物はきっと他にもいるから。


 その人の為にも。


 









 「招宴? わたしの?」


 武尊の早朝訓練の見学を終え、朝食の席で出た話題に驚く。思ってもみない言葉だった。


 「小規模なものだが。父がどうしてもと譲らない」


 簡単に頷いて武尊はこちらに目を向けた。訓練後の汗を流したばかりで、眼帯を着けていない左右異色の瞳は特に感情もない。


 「えぇと……。以前一度開いていただいてるわ。それでは不十分?」


 夜のガーデンパーティーという、人の顔も判別しにくい環境ではあったけれど、しっかり歓迎を受けている。

 これ以上は過剰な気がするのだけれど。


 首を傾げると、彼は一つ息をついた。

 

 「あれは皇女の身分を伏せた宴だった。父曰く、正しい身分で歓待するのが礼儀だそうだ」

 「そうかもしれないけど、わたしはまだあんまり公けに顔を出さない方がいいのでしょ?」

 「公けといっても主要家門五家が揃うだけだ。以前の宴では全てが揃わなかったからな」

 「そうなの?」


 あの時一気に沢山の貴族家の方の紹介を受けた。

 祖母から主要五家の事は習っていたのに、記憶を封じていたあの頃の海夜ではその家門の事も忘れていて、誰が誰だったのか一致していない。

 きちんと皇家の一員として認めて貰うには、その五家の当主と会うのは必須だろう。


 「陛下と我が父が言い出した事ですが、正式に招宴を開く事は私も賛成です。今までの姫君への扱いの方が業腹でしたから」

 「そう?」


 壁際に控えていた薔珠が当然と言うのを聞いて、更に首を傾げた。

 十分歓迎されているし、大事にもされているのに?


 「父がおまえに何をしたか忘れたのか」


 食後のお茶を手にしながら、武尊が呆れたように言うのを聞いてそうかと納得する。

 そういえば、國皇には武尊を後継者に据える為の釣り餌にされるという、随分な扱いを受けたのだった。

 後で本人の口から語られ謝罪もされたけれど、兄はぷりぷり怒って聞く耳持たず、いまだに國皇に近づくなと口煩い。

 

 でも。


 「それって武尊が言える事?」


 にこり、と微笑んでひと言刺してやれば、侍女二人と揚羽以外の全員が詰まったように押し黙った。

 不穏に微笑む侍女二人と、「阿保ジャノウ」とあっけらかんと嘲笑う揚羽に、ノッポの虎が小さく身を縮こませている。「うちの皇子が本当に申し訳ありません………」と嘆くように呟く彼に、武尊が小さく舌打ちした。

 

 ちょっと? その態度。


 海夜を囮扱いした件は、過ぎた事だし何となく謝罪された(と思う)。だからもういい。

 問題は海夜にそれを黙っていた事で、それが海夜を守る事だと思っている事だ。

 間違っている、と海夜の父に断言されて更に頑なになった気もするし、武尊のこの思い込みを変えるのは中々難しい。


 海夜は彼の伴侶になるのに。


 「………時々おまえは恐ろしい」

 「どうして?」

 「忘れた頃に辛辣さを発揮する」


 普段はぽやぽやしているくせに、とディスられたのだけは分かる評価に、少々頬を膨らませる。

 するとその顔に少し笑った武尊は、切り替えるように話を元に戻した。


 「とにかく、祖父がおまえに会いたがって招宴の話が本格的になった。近い内に開かれるだろう」

 「えっ。お祖父さまが?」


 祖母の元婚約者だという、武尊の祖父。

 ご高齢だと思うけれど、パーティは疲れてしまわないだろうか。


 「個人的に会わせるつもりだったが、公的な行事がいいとぬかしてな。何を企んでいるやら」


 えぇ……。

 祖父に対してその辛口はどうなの。

 というより、孫にこんな風に言われる祖父も一癖ありそうだ。


 「武尊のお祖父さまなら、國皇陛下のお父さまでしょう? 花梨さまの……」

 「皇配だ。長年父の摂政だった。古狸だ」

 

 うわぁ……、一癖どころじゃなさそう。あの國皇の摂政を長年務めるとか……。

 一筋縄ではいかない國皇の性格を思い出して、ちょっと背筋が寒くなる。


 食事を終えて立ち上がり、武尊は重ねて言った。


 「おまえの準備は白玖音はくね眞苑まそのが中心に進める。おまえは今日から始まる授業に集中していろ。随行侍衛官も決まったら知らせる」

 「え? 薔珠が付いてくれるんじゃないの?」

 「薔珠は善道ぜんどう公爵家の一員として参加する。祖父がいる席で軍人として立つわけにはいかない」


 そうだった。薔珠は武尊の父方の従姉妹で、彼の祖父は薔珠にとっても祖父という事だ。


 「姫君の大事な席ゆえ、お傍でお守りしたかったのですが、申し訳ありません」

 「ううん、薔珠にも立場があるもの。他の侍衛官の皆がいてくれるなら大丈夫よ」


 残念そうに謝る薔珠に笑いかけると、彼女も笑顔を返してくれる。

 そうして執務に向かう武尊を見送って、ちょっとだけ息をついた。


 ……招宴。

 今度はきっと入念な準備の元に開かれるだろうパーティ。その場に薔珠という慣れた護衛がいないとは考えていなかった。


 海夜の侍衛官は、海夜が言うのも何だが個性が強い。ほんの数日しか観察していないけれど、それでも気づくぐらい全員個性的だ。

 眞爾大尉に至っては、手作りのお菓子を渡しただけで泣かれた。大人の男の人でも泣くんだ、と衝撃だった。


 (そういえば……)


 ふと、昨日の軍人墓地での出来事を思い出して、浅黒い肌の彼を思い出す。


 海夜に一切近寄ろうとせず任務だけに忠実な誉古継よこつ中尉は、それとは裏腹に軍とか体制とか、国そのものに興味がなさそうだ。

 人間に興味がない武尊と似ているようで似ていない。海夜が話しかける度に、鬱陶しいのを我慢して答えているのが明白だからだ。

 嫌いでも存在を無視できないらしい。


 (……だからたぶん、信じられる人)


 海夜の侍衛官として、おそらく適任。

 近づきすぎず仕事は有能なら、うまく立ち回ってくれる筈。踏み込む場面も引く場面も心得ているだろう。


 (自分の命を優先できる、そう信じられる人)

 

 深い藍色の目を見つめても、後ろ暗い事などないと逸らさずにいる彼の姿勢は、そう信じてもいいだけの強さがあった。

 

 








 ※








 最悪だ。

 こんな嫌な気分は任務に失敗した時以来だった。


 朝の訓練を終え任務に着くべく護衛対象の部屋へ向かいながら、響紀は重く深くため息をついた。

 休日明けだというのに冴えない。

 身体も気持ちも重い。


 昨日は半休だった。

 久々に元同僚の墓参りに行って、そこでたまたま以前の隊でトラブルのあった上官とその取り巻きに鉢合わせた。

 散々罵られ、一方的に責められて面倒臭くなった時、強い視線を感じてそちらに目を遣り硬直した。

 思いもしない人物が、こちらを眺めていたのだ。


 響紀の様子に気づいた元上官たちも、悪態をつきながらそちらに目を遣って、襟から棒でも差し込まれたように一瞬で直立した。


 黒い猫科の肉食獣。

 そんな形容が似合う年若い軍のトップが、無表情に無感情にこちらを眺めている。

 

 その視線には興味も感情もなく、真実眺めているだけのようだった。

 そりゃあ、勇敢に殉職した仲間の眠る場所で諍いを起こす部下たちにいい印象はないのだろうが、それでもあの皇子の白々した瞳は人形のようでゾッとする。


 さすがに自分が選抜した侍衛官の顔は見忘れないらしい。ひた、と視線を当てられ注意を受けるのかと構えれば、皇子は無言で目を眇めあっさり視線をそらした。

 それだけなら気にならないのに、皇子はそのまま面倒そうに深くため息をついたのだ。


 まるで興醒めだと、失望でもしたかのような態度に若干不快感が込み上げる。


 休日をどう過ごそうと個人の自由だ。

 たとえ他人から見て眉を顰める出来事でも、ため息をつかれる覚えはない。

 

 バツが悪くて逆ギレの思考に陥っているとも考えず、居直るように顔を上げる。

 元上官たちが弁明しようと慌てて皇子に向かって歩き出したところだった。


 「で、殿下っ、……これは、その……っ」

 「寄るな」


 ひと言、静かだが真っ直ぐ弾丸が撃ち抜くような声に、元上官たちは近寄れずにピタリと足を止める。


 「諍いの理由に興味はない。偉大なる先達たちの眠りを妨げるほど重大な事案なんだろう。だが墓参の者たちには耳障りだ。さっさとね」

 「いえっ、ですが、我々にはこの者を糾弾すべき理由があるのですっ! この者は戦争犯罪者で……」


 言ったきり完全に無視を決め込む皇子に更に慌てる元上官たちは、ふとその目障りな動きを止めた。

 

 皇子を宥めるように、その手に柔らかく手を重ねた白く細い指が見えた。

 覗き込むようにこちらを窺う華奢な人影に皆が息を呑んだ。特に自分は様々な意味で息を呑む。

 残念なような逃げ出したいような、何故ここに、という八つ当たりのような。


 木漏れ日に金色に透ける髪と、同じ色の長い睫毛で縁取られた琥珀の瞳がこちらを射抜く。

 皇子の背に隠されていた姿を、覗き込むように現してこちらの全員を観察しているのは、響紀の新しい主人でもある海夜皇女だった。


 そうだった。

 午前中、自分たち侍衛官は皇女の護衛についていたのだ。皇子がいるのに護衛など要るか?  と思ったが、侍衛官の街頭訓練の演習も兼ねると通達された。


 存在自体に感慨はないが、その姿だけは確かに誰もが振り向く美形だ。そこは響紀も否定しようがない。

 公けに姿を出していない事も相まって、存在が公表されるや否や様々な憶測が国中に飛び交った。噂に疎い響紀の耳にさえ届くそれは姿に関するものが大半で、実家の家族にすら近くでお仕えできるお前が羨ましいと言われた。


 事実、元上官たちも瞬きも忘れて食い入るように皇女を凝視する。

 そうして彼女はそんな視線に気づきもせずに皇子を見上げて、内緒話でもするように耳に手を当て話しかけている。


 何を言われたのかわからないが、皇子は呆れたように息をついて一つ頷き、こちらを見た。


 「どんな理由であれ墓参者には迷惑だ。貴様らが去らないならこちらが去る」

 「で、殿下……っ、どうか話をお聞きに」

 

 はっと正気に戻り食い下がる元上官たちに目もくれず、皇子は皇女の背を誘導するように踵を返した。

 その時皇女と目が合ったが、彼女は何も言わずにただ微妙な苦笑を見せただけで背を向けてしまった。


 それが響紀にとっての昨日のハイライトだ。

 片方には深くため息をつかれ、もう片方には微妙な苦笑をされたという。


 任務対象というだけの存在に、私事の気まずい場面を見られて疲れるなという方が無理だ。ため息も出る。


 (なんて面倒なんだ、人間関係ってのは……)


 何度目かのため息をついて顔を上げると、皇女の部屋の取次の間まで来ていた。


 取次の間から続く廊下の先に控え室があり、取次の間の扉前には守衛が立つ。

 守衛は近衛第一小隊の当番制で、毎日違う者が立つように手配されている。そうする事で奥宮内の官同士の癒着を防ぎ、尚且つ近衛第一小隊全員が皇女と身近に接する事ができるようになっていた。


 「おはようございます、誉古継中尉。チェックをお願いいたします」


 今日の当番は響紀もほんの少し言葉を交わした事がある、数少ない同僚の一人だった。

 オレンジ色の金髪にくすんだ茶色い目。目立つ風貌だが驕らず人当たりも良く、響紀のような無愛想な人間にも気軽に声を掛けて来る。


 侍衛官として新たに発行された身分証の貴光石を扉のチェックに翳し、親指の指紋認証まで終えて問題なく扉の鍵が開く。

 

 「結構です。本日もお役目ご苦労様です」

 

 扉を開けて入室を促す同僚に、何となく咳払いしながら確認してみる。


 「………皇女殿下はお目覚めか」

 「はい。キアリズ殿下の日課の早朝訓練を見学なさり、今はご一緒に朝食を摂られておられます。先ほどお声がけ下さり、干菓子を頂きました! 昼食交代の際にいただこうかと」


 制服の胸ポケットから取り出した小さな包みを満面の笑みで見せる同僚に、幸せそうでいいなと若干恨み節が出そうになる。


 第一小隊はこうしてあの皇女にしっかり餌付けされている。軍人としての矜持はどこへ、と首を傾げるほど皆があの皇女にやに下がるのは、彼女が見た目に反してぽやんとした空気の持ち主で、人に警戒心を起こさせない雰囲気を纏っているからだろう。

 猫科の肉食獣のイメージの、あの皇子が絆されている辺りで分かるじゃないか。


 なのに、あの微妙な苦笑は何だったんだ。


 眉間に力が入る響紀に同僚は慌てて干菓子をしまい、「これは自分が頂いた物ですので」と居住いを直す。

 誰が盗るか、と睨み加減にすると開いた扉の向こうで声が近づいてきた。


 まずった。

 朝食を終えた皇子が側近を伴って執務に向かうようだ。


 いや、なぜまずいなどと考えるのか。

 昨日のアレはプライベートだ。

 任務に支障をきたしたわけでもない。

 堂々としていていい筈だ。


 それでも内心動揺するのは、あれが軍人墓地での出来事で皇子は軍の頂点でもあり、元上官が口走った“戦争犯罪者”の言葉が気にかかるからだ。

 響紀自身が忘れようとしても、ついて回る汚名。


 それをあの二人がどう受け止めたのか。


 気配が間近に近づいたのを感じて守衛と共にドア際に整列する。

 平常心、と呪文を内心で唱えながら、側近と共に現れた皇子に軍式の礼を拝す。


 こちらに気づいて興味なさそうに一瞥した皇子は、そのまま執務に向かう足を止めなかった。

 が、二、三歩行った所で突如足を止めて振り向くと、ピタ、と隻眼をこちらに当てた。

 ばっちり照準を合わせられた視線に背筋が伸びる。


 「誉古継中尉、昨日の報告書は三日以内に侍衛官代表で貴官が提出しろ」

 「……は。自分の所見になりますが」

 「構わない」


 若干首を傾げる指名ではあったが、確かに他の侍衛官たちはそれぞれ別の任務も兼任している。

 現時点で報告書の作成ができるのは自分くらいだろう。


 だがそれだけか。

 会話が面倒だというだけあって他人に興味がないのだろうが、墓地での事は上官ならばひと言苦言があってもいいぐらいの出来事だった。


 疑うような目つきになっていたのか、皇子は一つ息をついて腕を組んだ。


 「用はそれだけだ。任務につけ」

 「…………殿下、おそれながら御大将ぎょだいしょうの位におられる方が看過していい出来事とは、いえなかったのではないでしょうか」

 「何の事だ」


 不思議そうな態度に、とぼけているのかと不敬にも考える。


 「……昨日の者たちは、私の元の部隊の上官です。あのような醜態を晒し、何のお咎めもないとは思えません」

 「ああ……、アレか。私事プライベートだが。咎められたいのか」

 

 記憶をさらうように微かに首を傾げた皇子は、確認するような質問を寄越す。

 ぐっと詰まり何も答えられずにいれば、彼はどうでも良さそうに目を逸らした。


 「貴官の経歴は把握している。それを踏まえて侍衛官に推薦したのは私で、それを受けたのは貴官だ。今更ではないか?」

 「……ですが皇女殿下の周囲に置いて良い人材でもないでしょう」

 「ならば何故推薦を受けた」

 

 ざくりと切り裂くように本質を突かれて、もう一度詰まる。


 「咎められたがっている人間を咎めてやる程、私は親切ではない」


 言い切って踵を返す皇子の背に、感情は一切見えない。

 だから、訊いた。


 「……っ皇女殿下は、どう思われるでしょうか」

 「それは皇女に聞け」


 能書も慰めもない。

 慰め?

 そんなもの、あっても気色が悪い。


 ほんの少しこちらを気にかける様子を見せる薄金髪の側近を伴い、皇子はさっさとこの場から立ち去って行く。

 思わず舌打ちが出そうになり、隣に立つ守衛の存在を思い出して代わりにため息が出た。

 

 「………中尉も沢山喋る事ができるのですね」


 微妙な空気を持て余して守衛が空惚けるのを、ありがたいような逆のような気持ちでバツが悪くなる。


 「殿下にあれ程の口を利けるとは、中尉は肝が据わっているのですねぇ」

 「………ほざけ。肝が冷えたに決まってる」


 内心冷や汗を掻き、心臓が早鐘を打っているのに平然と見えるのか。


 やはりおっかない人だと思うのは間違いじゃない。

 何故あんなに顔色一つ変えないのか疑問になる程、皇子は感情が窺えない。そんな人間にどうして自分はあそこまで食い下がり、今更な事を言ったのか。

 頭を抱えたくなる。


 「私事を掘り下げるのは野暮ですので、今見聞きした事は胸にしまっておきます。皇女殿下にどう思われるのか、中尉が可愛い事を気にされてる事も」

 「お前、随分気安いな」

 「とんでもないです。お仕えする主人の心象は気になるものですので。中尉も他と変わらなくて安心致しました」


 どうだかな。

 別に自分の事を皇女にどう思われようと関係ない。

 ただ、自分に付随する出来事をあれこれ詮索されて、結果迷惑を被る人間がいる事が気になるだけだ。


 「大丈夫ですよ。殿下が推薦されたならと、小隊の者は皆、今回の侍衛官人事に納得しておりますから。皇女殿下もキアリズ殿下のご采配なら安心されていらっしゃるでしょう」


 疑う事もなく満面の笑みの守衛を、何となく蹴りつけてやりたいと思いながら、扉の把手に手を掛ける。


 皇女が安心している?

 知るか。

 そんなのはあれだ。

 

 それこそ皇子が言った通り。


 「………それは彼女に聞いてくれ」


 ため息を飲み込んで自嘲の空笑いをしながら、本日のお役目へと足を向けるのだった。


 

 

 



 


これにて完結です

お読みいただきありがとうございました。



第三章は五月頃開始予定です。

パーティ伏線を張ったのでその辺を楽しく書ければ、と模索中です。

よろしければ第三章もお読みいただければ嬉しいです!


明日か明後日に番外編を一本更新予定です。

時事ネタになるかと。

よければどうぞ。

よろしくお願い致します。


ブックマーク等大変嬉しいです。励みになります!

ありがとうございます。

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