表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【二.五章】それは彼女に聞いてくれ
81/91

第二話 初めてのお出かけ

メリークリスマス!






 

 黄國おうこくは蜂蜜色の岩石がよく採れる国で、地震も少ない国柄故に伝統的にその石を利用して建築物が作られて来た。


 皇都は湖と山を背後に抱く皇城を中心に、同心円状に街が広がる。煌びやかで美しく、平和的な雰囲気と歴史の重みもある。

 皇城からは見えなかった街の様子は華やかで、蜂蜜色の建築物が並ぶ様子はメルヘンな中世西洋を思い起こさせた。そんな中に長年来訪者と呼ばれる日本人が訪れている影響か、暖簾や家紋入りの軒瓦が使われた建物などもあって不思議な懐かしさもある。


 目に入る物全てが目新しくて、あれは何これは何、と子供のように質問しては三影が丁寧に、武尊が簡潔に答えてくれる。

 流石の皇族の二人は都市機能の面から都民の社会生活、防災防衛に関する話を織り込んで説明してくれるので、ものの目的と理由、結果の関連性を把握し易い。


 その一方で貴族御用達の店舗やブランドを教え損ねないのも、三影ならではの心遣いだと感心する。


 海夜はこれから皇太子妃おうたいしひとして、貴族社会での立ち位置をしっかり定めなければならない。

 祖母から“きさいがね”として教わった知識は数十年前のもので、現代社会と齟齬があるのは当然だ。まずは属している身分階層の生活様式に慣れながら、改めてお妃教育が始まる。

 今回の外出はその一環も兼ね、皇城のお膝元の街を社会見学目的で歩く事になっていた。

 

 「でも普通の外出と変わらないよ。堅苦しく考えないで、欲しい物じゃんじゃん買おう」


 貴族女性に流行りのブランド服飾小物店で、微かに煌めく生地の手袋を手に取った時、三影が後ろから覗き込んでニンマリと笑った。


 「わたしが勝手に決めていい事じゃないでしょ? 身の回りの物は税金が使われてるって」

 「ええ? 誰が言ったのそんな事? 黄花こうか・サディル家の私物は昔も今も私費から出てるよ? 皇族としての品位維持費は国の予算があるけど、公式行事以外でそれ使う事無いなあ。公式行事の被服費だって、予算はそれ用だから別枠扱いだし、品位維持費は実質未使用」

 「………そうなの?」

 「夜花やかさまがそう仰ったの?」

 「ううん、祖母からは同じように教わったのだけど……」


 少し前に知り合った人から皇族の生活費について指摘され、祖母から教わった事とだいぶ違っていたので驚いた事があった。

 時間の経過の中で変化していく事もあるのだろうと納得したのだが、それ自体が誤った情報だったという事は二重に驚いた。


 「五十年前の事件で黄花・サディル一族自体が衰退したし、そう考える人もいるかもね。でもそれで断絶したいくつかの傍系の財産は今の皇家管理になってるから、うちって有数のお金持ちってやつだよ。毎年の運用利益だけで大貴族名乗れるくらい。ねえ、兄貴?」

 「管理しているだけだ。接収して私物化したわけじゃない。おまえが臣籍降下すれば爵位や領地と共に分与される」

 「そう、だから俺もお金持ちの一部。何も気にしないで欲しい物買おう」


 店内には興味も示さず窓の外の通りを見ていた武尊に声をかけて、三影はご機嫌に笑顔を見せる。

 何にせよ、海夜自身が確認もせずに他人からの情報を鵜呑みにした結果、間違った知識を付けた事になるので気をつけようと思い直す。


 沢山は不要な物を買ってもそれは無駄遣いだからと、手にしていた手袋は元の棚に戻した。


 「あれ、要らないの? 似合いそうなのに」

 「手は一つしかないもの」


 先日、大量の服飾小物を注文した。

 靴もアクセサリーも帽子も手袋も、こんなに必要だろうかと思うような量を、しかもオーダーメイドで。


 「これからはねえさんの持つ物には注目がいくんだよ。同じ物が欲しいって令嬢方が増えればそこに流行が出来て、流通業界は大喜びなんだから」


 需要と供給の話はわかる。消費する側、供給する側各々の都合も祖母から学んだ。

 世界の経済は祖母の頃と案外変わりがないのかもしれないが、山奥のど田舎でひっそり育った身には一日に何度も着替えて小物もそれに合わせて変え、金具に髪が引っ掛かっただけで二度と身に付ける事はない高価な宝飾品がある生活は、まだ刺激が強い。


 「流通業界が捗るのは良い事だけど、気に入った物を大事に使いたいの」

 「じゃあ気に入った物見つける為にも、色々試さなきゃ」


 買い物は楽しいけれど、購入したばかりの同じ物を買う程酔狂じゃない。

 少々助けを求めて婚約者を見れば、何やら制服姿の女性に話しかけられている。

 ここの店員だろうか。他にも若い女性客がいるのに、明らかに場違いの武尊に声を掛ける辺りあの顔面は隠しておくべきだと思う。


 (立ってるだけで女性を吸い寄せる顔って、何なのかしら)


 呆れ気味で何を話しているのだろうと近寄ってみると、店員の横の棚の鮮やかな色の香水瓶が目に留まった。

 大人の女性が好みそうな美しい瓶の数々は、海夜に献身的に仕えてくれる侍女の二人が思い浮かぶデザインだ。


 キレイ、と手に取ると「ではこちらもお包みしますね」と店員女性のひそめた声が聞こえる。

 不思議な言葉に振り向けば、武尊の横に立った女性と目が合った。ニコリと向けられた柔らかな笑顔には、微笑ましくも羨望するような色が見える。


 「………あの?」

 「あ、失礼致しました」


 首を傾げると慌てて頭を下げられた。

 

 「お嬢さまのお連れさま方は、とても素敵でいらっしゃいますね」

 

 はい? 素敵?


 笑顔で同意を求められて何度も瞬く。

 

 ええ、それはもうこの二人は素敵よ。

 見た目だけはどこに行っても目を引く。何でこんなに目立つの、と女の子たちの視線の強さに慄いた。

 でも今この言葉に込められている意味は、微妙に違う。見た目の話じゃない。


 相変わらず無表情で立っている婚約者に目を遣ると、無感情に見返される。

 けれど無感情なわけない。知ってる。


 何かある。


 「………何言ったの」

 「別に。何も」


 平坦な声。

 いつも通り。

 

 でもホントに?


 「お嬢さまがお手に取られた物は、全てお包みするようにと。お店に立って何年にもなりますが、そういったご要望は初めてです」

 「え」


 ちょっ……。


 羨ましそうに含み笑う店員に、青ざめて聞き返したい衝動を堪える。

 問うべきは彼女ではなく、とんでもない事を言ったらしいこの男だ。


 「な、何言ってるのっ」

 「あ、その手があったかぁ!」


 横から口を挟む三影を、ちょっと待ちなさいと押さえつけて件の婚約者に目を向ける。


 「手に取った物全てっ? もう持ってる物も沢山あるわ」

 「足りていない、と侍女たちから報告を受けている。おまえが気に入った物があるなら、それを手元に置くのが一番いい」

 「ちょっと眺めただけよ」

 「目に付く時点で気に入ってるだろう」


 超理論……っ!!


 色々すっ飛ばした発言に口元が引き攣る。

 喜んでいい筈なのに、理不尽さが際立つのは何故なんだろう。


 買うつもりもないのにあれこれ触ったのはお行儀が悪かった。反省する。

 けれど自分が欲しい訳ではなく、他のみんなに似合いそうだと思ったのだと説明すると、「他?」と腕を組んで微妙に首を傾げられる。

 

 人に贈り物考えた事ないんだわ、この朴念仁!


 残念な気持ちになるけれど、同時にこういう人だったと呆れた心境にもなる。

 顔が良くてとびきり有能で、でも肝心のデリカシーがない。あるとしてもきっと人とは別の場所にある。


 何度か抵抗のやり取りをした中で、お店の売り上げ貢献、という三影の言葉にとうとう折れてしまった。

 ハラハラとやり取りを見守っていた店員女性が、にこやかな笑顔で海夜が手に取っていた品を並べ、魔法のような手つきでラッピングしてくれる。

 見る間に箱の山となって、こんなに沢山見てた!? と我ながら恥ずかしい。


 「……美鈴たちとのショッピングでもこんなに触り散らかしてたのかしら、わたし……」


 こちらの世界でのショッピングなんて物珍しくてつい色々触った自覚はあったけれど、それがこんな結果になるならもう少し自重したのに。

 日本での自分の振る舞いまで反省するに及ぶ。


 「好奇心だろう。何がいけない」

 「ショッピングのつもりでお店に入った訳じゃなかった自分に、びっくりしてるのよ」


 ただ外から綺麗な物が見えたから。

 それだけの理由だった。

 そうしたら、ここは貴族女性がこぞって通うお店だと三影が教えてくれた。

 綺麗な物が綺麗に見える理由を知った気がする。

 自然に惹かれてしまうのだ。


 「お店側は滞店時間の長さが購買に繋がるってよく研究してるし、ウィンドウディスプレイに釣られたねえさんは鯛って事だね。しかもでっかい鯛」

 「武尊がおかしな事言うから」


 小切手を切り戻ってきた三影に笑われて少々口を尖らせる。単純だと言われたのだ。


 「荷物、皇宮おうきゅうに届ける手配にしたから帰る頃には届いてるよ。そんでバレたから、そろそろ行こっか」

 「バレた? 何が?」

 「明日には皇族ご用達の看板が掛かるかも、ここ」

 「え?」


 先に外に出た武尊に続き、エントランスの扉を閉めた途端店内で悲鳴のような歓声が上がった。

 何事かと振り向けば、店内に居た客や裏方のスタッフだろうと思われる人々まで、窓からこちらを覗き込むようにしている。


 「!?」


 ぎゃっ、と肩を竦め、慌てて被っていたボンネットを押さえる。


 バレたってこういう事か。

 何も気にせずに歩いていたけれど、この二人が誰にも知られない筈がなかった。

 店内の騒めきが伝わって来そうで気まずくて、足早にその場を離れる。

 

 「高級商業地区だから、貴族やそれなりの家門の人間ばっかりなのに。この辺で買い物してる身分なら皇族なんて気にしないでほしいな。ねえさんの顔、チラチラ確認する人も居たし」

 「琥珀色の目ってだけよ。亜種にも琥珀目の人たちいるでしょ?」

 「ねえさんの瞳は唯一無二。ただの琥珀じゃなくて、金も橙色も混って透き通るなんて、亜種の目じゃないよ。婚約発表で黄花・サディル家の貴種皇女の存在も知られたんだから」


 揶揄うようにこちらを見てニヤリと笑う様は兄弟そっくりだと思う。

 

 黄國に引っ越した海夜の初仕事は、ここにいる第一皇子、武尊・キアリズ・黄花・サディルとの婚約発表だった。

 だがそれは、新年に先だって行われた彼の皇太子受諾発表のおまけで、まだ公に姿を晒してはいない。

 勉強する事も慣れる事も沢山で、存在を公表はするが三年後の結婚式まで大袈裟に騒ぎ立てる事はしない、という皇家の意向もあったからだ。

 あの國皇の性格を考えると、黄花・サディルの貴種皇女の帰還なんて大々的に祝ってもおかしくないのに、おそらく息子たちに(ついでに娘にも)押さえつけられたのだろう。


 「元々露出少ないから、うち。國皇夫妻も新年の祝賀と黄花おうかの祝祭日ぐらいしか姿見せないし。子供たちとなったらホントに存在してんのか疑われるレベル」

 「じゃあ、二人の顔知ってる人って皇宮内だけなの?」


 ずっと疑問だった事を訊ねると、三影は曖昧に肯定した。


 「父方の祖父の所で育ってるからさ、俺たち。皇族の立場での知人はその時点では少ないよ。庶民みたいに出歩いてたから知り合い多い場所もあるけど、皇族だとは思われてない」

 「武尊は成人の時に姿を公開したのでしょ?」


 海夜の主治医の一人、美津里みつりによれば、ほんの少し姿を公開しただけで大変な反響があったと聞いた。


 「横からの姿を数十秒ね……」

 「えぇ……」


 聞きしに勝る露出嫌い……。


 呆れた目を向ければ、やっぱり無感情に背中が答えた。


 「顔を知られていい事はない」

 「犯罪者か何かなの?」

 「俺もこの夏に成人だけど、秋にある成人の儀の宴どうしようかな」

 

 宴。パーティー?


 「成人式にパーティーがあるの?」

 「今年成人する人たちを中心にお祝いするんだ。各自治体が主催だけど皇宮でも開催されるから、都民なら大体皇宮に来るよ。身分関係なく入場できる唯一の機会だしね。収容人数限られてるから、早い者勝ちだけど」

 「皇宮内なら近いもの、三影くんも楽しめるでしょ?」

 

 何故悩んでいるのか。

 いや、悩むというより躊躇っている?


 「この阿呆が気にしているのはおれだ。正確には皇妃だが」


 平坦な声で呟いたのは、興味なさそうにしていた武尊だった。

 

 皇妃。

 武尊の産みの母親で来訪者でもある女性。

 初顔合わせ以来お互いの近況を伝え合ったり、手作りしたお菓子を贈ったりして親交を温めてきた。

 二人の子持ちとは思えない程華奢で若々しく、ちょっと悪戯好きな少女のような女性だ。


 「皇妃さまが、どうして?」

 「皇妃がおれを産んだのは十七の時だ。成人の儀なんぞ考える事もできない境遇だったからな」


 武尊の出生にまつわる事情は聞かされている。

 産みの母親である現在の皇妃と共に、乳飲子だった彼がどれ程荒んだ状況で過ごしたかも。

 実の母と四歳で死別した三影は、母親の面影を皇妃に重ねたのだろうか。皇妃への同情の態度をよく見せる。


 「参加自由けど、さっき話した知り合い多い場所からも今年成人の子たち来るだろうからさ。晴れの姿は見たい」

 「行けばいいだろう。皇妃は気にしない」

 「そうだね。パートナーいなくても変な目で見られないパーティーだし、行き易いけど。俺は気になるの」


 パートナーがいなくても大丈夫なパーティー。

 それは気を遣わない楽な場だ。


 「それは今年の成人じゃなくてもいいの?」

 「まぁ、事情で自分の成人の儀に参加できなかった人たちは来たりするよ。少ないけど」

 「じゃあ、わたしが皇妃さまと一緒に行っても大丈夫ね?」

 「え?」

 「は?」


 提案すると兄弟は揃ってマヌケな反応を返した。


 「わたしも成人過ぎたけど、成人式してないわ。日本の地元の成人式は前の慣習のまま、二十歳になる人が対象だし。わたしはどっちも無理だと思っていたけど、パーティーに出席するのが許されるなら行ってみたい。同年代の子が沢山いるでしょう?」


 窺うように武尊を見れば難しい顔をしている。


 「…………考えておく」

 

 一つ息をついてそう言ったきり彼は黙り込んだ。

 何を考える必要があるのかわからないけれど、今は晩春でパーティーは秋。準備する時間は十分あるから、楽しみにその日を待とうと思った。







 ※







 見上げた天井は高かった。


 それはドーム状に丸く、半分は幾何学模様のステンドグラスで覆われて、明かり取りの役割と美しい光が降り注ぐように設計されている。

 外観からも重厚さと歴史が伝わる佇まいだったけれど、内観も見事で中世西洋の教会のような厳かさが漂っていた。

 それなのに、扱っているものは甘さたっぷりのスイーツ。インテリアはレースとリボンとフリルと花柄。

 そのギャップが却って新鮮だけれど、ここがカフェだよ、と三影に言われた時はちょっと衝撃だった。

 一階が物販で、二階がカフェとレストラン。地下には会員制のナイトクラブまであるらしい。


 このお店は皇都でも老舗の大店おおだなで、黄國全域の支店や子会社、関連施設まで数えると百数十店以上を数えるという、有数の優良企業なのだそうだ。

 その本店でもある皇都店では創業以来の味を守り、代々通う貴族たちも多いという。

 

 ドーム状の天井は明るい太陽光が注ぎ、精霊たちがステンドグラスの光りを浴びて遊んでいる。その光景は可愛らしい。

 眺めていると武尊が同じようにそれを見上げて教えてくれた。


 「この建物自体は元は神殿だ。高い位置にはまだその気配も残っている。精霊が好む場所なんだろう」

 「元は神殿? そういう場所が商業に利用されるの?」

 「信仰の下に人間は集まりやすい。そこに商売が生まれない筈がない。仕えていた者が没落すれば、信仰より商売の方が力を増す事もある」

 「わたし、居ても平気?」

 「神座かみくらの貴光石はとうに無い。ここを買った者が切り分けて売り払ったんだろう」


 武尊は淡々と説明しているが、要はこの神殿の神官一族が没落して、違う一派によって建物が買い取られたという事か。

 世知辛い。

 場が俗世に染まれば、信仰対象の貴光石も場の色に染まる。貴光石を伝わって現れる怖いものが、海夜に害を及ぼす事はないらしい。


 それにしても。


 可愛らしい焼き菓子やキラキラと宝石のように光るチョコレートたち、貴婦人のように洗練された生菓子がズラリと陳列されたフリルとレースとピンク色の中に、このモノトーンの男は目立つ。目立つというより異彩だ。


 ––––––乙女チックな部屋の中に居座る黒豹。


 そんな表現が浮かんだが、その気になればこの気配を綺麗さっぱり消して、自分の存在自体を周囲に認識させない技術を持つ彼だから、考えがあるのだろう。

 ……たぶん。おそらく。


 …………まあ、本人が何とも思ってなさそうだから、別にいいのだけど。

 でもここまで浮世離れした雰囲気だとは。


 (日本で学校まで送迎してくれた時は、ここまでじゃなかった気がする)


 遥か昔の事のようにも思える出来事を思い出して、複雑になる。

 あの時はまだ少年で周囲から浮かなかったのだろうか。


 「………なぜ睨む」

 「え? 睨んでないわ」

 「眉間が寄っている」


 指摘されて、は、と指で眉間をほぐす。


 「武尊って格好いいけどどうして浮くのかしら、と思って」


 その言葉に、器用に片眉を上げた姿はちょっと面白かった。

 自分が浮いているという自覚はあるらしい。


 予約の確認に行っていた三影が戻り、二階への階段を上がると内観の雰囲気が変わる。

 一階の物販店は少女のように可愛らしいインテリアだったのに対し、二階は色合いも落ち着いた万人に居心地のいい空間だ。

 

 香り高い花々が生けられた大きな花瓶に、通路の両側にはクラシックな絵画が飾られる。

 花を模った壁のブラケットライトからは、大粒のクリスタルガラスが下がり高級感があった。

 石造りの床に敷かれたロングカーペットは安価なパンチカーペットには見えず、客層には高位の人々も多いのだと窺わせる。

 通路を挟んでカフェとレストランが向かい合っており、両方のエントランスには案内を待つ人々の姿が見えた。

 

 予約席は一般席の中でも上等クラスの窓際だった。皇都の景観条例で二階以上の高さの建物は建てられない地区の為、視界は広い。

 蜂蜜色の建物群の中、晩春の花々が通りを埋め尽くす景色は美しい。


 「俺のオススメお願いしといたから、すぐ運ばれてくるよ。お茶も合いそうなのをいくつか見繕っといた。南方産のお茶は味が柔らかくて、北方産は香りがいいんだ。兄貴は北方の羽積はづみ産でしょ?」


 楽しそうな三影に、武尊は腕に括り付けた小型タブレットを見ながら「何でもいい」と答えている。

 一度座ったのに操作しながら立ち上がった彼に、三影は口を尖らせた。


 「仕事忘れなよ。今日は休日!」

 「侍衛官からだ。確認してくる」

 

 侍衛官? 

 今日は影から見守っているという、海夜の。


 「薔珠たちから?」

 「気にしない、気にしない。護衛の事は兄貴に任せて。薔珠と揚羽あげはがいるんだから、精霊事なら何とかなるよ」


 エントランスを出て行く後ろ姿を見送って、忙しい人だわ、と息をつく。


 「デートの邪魔してごめんね? 俺はこのカフェから別行動だから、後は二人でゆっくりして」

 「そんな風に思ってないわ。三影くんと歩くのも久しぶりだもの。とっても楽しい」

 「日本では家の周り一緒に歩いたもんね。俺は歩哨だったけど」

 「皇子さまが見回りしてくれるなんて、今考えたらとんでもないわね」


 黄國での二人の振舞いや周囲の態度を見るにつけ、あの日常はありえない事なのだと思う。


 「身分なんてない所だから当然だよ。美鈴も貴一も遠慮なくどつき倒してくれたから、俺は楽しかった。兄貴もこっちより馴染んでたし」


 そう、海夜の幼馴染たちは二人が皇子だと知るや、どついた。三影は今よりずっと幼い体つきだったのに。

 武尊にだってあの秀麗な顔つきに怯みそうなものなのに、まったく臆せず納豆を勧めていて、若干気の毒だと兄にさえ言われた程だ。

 

 でも、だからきっとあんな状況でも心が挫ける事なく乗り越える事ができたのかもしれない。

 人に懐きにくい武尊が、日本では穏やかに笑っていた事を思い出す。


 「ここでは街中でも武尊って浮いてる感じなのに」

 「それ、ねえさんもだよ」


 え、わたし?


 「…………どこか変?」


 服装がおかしい?

 服とボンネットが合ってなかった? それとも靴?


 一つ気になると全てがちぐはぐだったのではと不安になる。


 「見た目じゃなくて雰囲気。俺は慣れてるから気にならないけど、独特の浮世離れ。俗っぽい和兄でさえそうだし、貴種ってしょうがないくらい俗世にハマらないよね。さすが人類の古代種」

 「精霊来ちゃダメオーラ出してるのに」

 「精霊関係ないし。ねえさん一人が目立ちすぎないように、兄貴も合わせてるから余計目立つよ。孔雀が二羽歩いてる感じ」


 それは先程海夜が考えた事だ。

 気配を消す技術がある筈なのに、と疑問に思った。


 海夜は精霊を実体化させる受肉者の為に、精霊を無意識に呼び易い体質だ。幼い頃から苦労したから、意識すれば傍に寄せない技術を身に付けた。けれど精霊を押さえ込む事ばかり考えていて人間への対応が疎かになりがちだ。

 日本では貴種という概念自体がなかったので大して意識しなかったが、亜種貴種をしっかり区別するこの世界で貴種が目立たない筈がない。


 でもその弊害を武尊が一緒に被る必要はないのに。


 「……あの人のわかりにくい優しさは、気づくとときめくけど、気づかないと不審な行動だわ」

 「……そこはフォローできない」

 

 ちょっと拗ね気味に口を尖らせると、三影は遠慮なく吹き出した。


 「兄貴が勝手にやってる事だから気にしなくていいよ。ねえさんに盲目なだけ」


 ……ん、喜ぶべき?


 ちょうど三影がお勧めしてくれたケーキ達が運ばれてきて、その言葉には返事できなかった。

 ワゴンに乗せられたケーキや焼き菓子はどれも可愛らしく、季節のフルーツがふんだんに使われて美味しそうだ。


 「フルーツ系だから、お茶は後味すっきり目にしよう。後から来る人には羽積産淹れて持って来てくれる?」


 ティーコゼーを被せられたいくつかのティーポットを指差して、三影はワゴンを押して来た給仕の女性に指示している。

 その手が女性を見て止まった。


 「……あれ、君が給仕するとは思わなかったな。カフェは人手不足?」


 知り合いかのような三影の言葉に、首を傾げて目を向けた先に海夜は思わず知らず、小さく息を呑んだ。








お読みいただきありがとうございます♪

次回更新は12/29(金)12:00の予定です。

よろしくお願い致します!


ブックマーク等大変嬉しいです。励みになります!

ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ