第一話 序 たとえばそこが望まぬ場所であったとしたら
三章が中々書き進まなかったので、間に繋ぐ話を入れてみました。
中途半端ですが二.五章という形で全五話くらいの予定です。
一話分の文字数が少し多めですが、話数が少ない方が読み易いかと思いこの方法を取りました。
しおりの機能を使ってお読み下さると幸いです。
では、少しでも楽しんでくださる方がいらしたら嬉しいです!
「誉古継中尉も後でどうぞ」
柔らかく透明な声で話しかけられて、無関心に見返す相手はこの春から仕えている主人だ。
見慣れぬ甘味の乗った皿を手に笑顔を向けられる。
一ヶ月ほどの研修期間を終え、側仕えと護衛を兼ねる侍衛官として顔を合わせるようになって十日あまり経った。
人類の希少種の貴種だという主人。
そして自分が生きる国の皇族。
世継ぎの君の婚約者であり、あと数年もすれば絶世やら傾国やらの修飾語を欲しいままにするだろう美貌の持ち主。
けれどそれだけだ。
どれだけ華やかな容姿だろうが、骨の髄まで気品と礼法が染み付いているのに反して性格がやたらトボけて……もとい、穏やかで温厚だろうが、自分が仕えたくて仕えている主人ではない。
「はい、ありがとうございます」
だからといって、何歳も年下の女性にその不満を見せる程幼稚でもない。
無難に答えてもう一度窓際で背を正す。
皇女が話しかけた事により、その場の視線が一瞬こちらに集まり空気も静まったが、すぐに元の和やかな雰囲気に戻った。
「姫君の手作りスイーツは近衛第一小隊の者たちの楽しみであり誉れですが、あまりご無理なさいませんよう」
「誉れ? どうして?」
「皇族の方が手ずから丹精込めたものを口にできるなど、側仕えでなければ有り得ませんから。小隊が得意満面です」
自分と同じく皇女の侍衛官である赤髪の女性軍人が苦笑している。
彼女は皇弟の三女だ。皇族には珍しく軍に籍を置く女性。数年前に父親が臣籍に降った事で叶ったらしいが、この国で皇族女性が軍に入る事は滅多にない。
それは、この国が元は女皇を戴く母系継承の伝統を残す国だからだ。現國皇は貴種だが男皇で傍系であり、この目の前の皇女が実は皇位継承権を強く維持する直系の貴種だそうだ。
皇太子である彼女の婚約者は現國皇の第一皇子ではあるが、皇室法に於いての皇位継承順位からは大きく外れている。
そこにこの二人の婚約が絡んだ事情があるのではと、口の悪い者などは噂するが正直自分にはどうでもいい事だった。
「皇妃さまから和菓子のリクエストをいただいたから、そのお裾分けの分だけで沢山はないし、頻繁には作れないのよ? でも、喜んで貰えているなら嬉しいわ」
ふわりと笑顔を見せて優雅にお茶を口に運ぶ仕草に、皇女専属の護衛隊である近衛第一小隊の面々が口々に自慢する“我が国の姫”とやらを実感はする。
確かに近年は国の代表ともいえる皇家に、顔となる女性皇族が存在しなかった。存在していたとしても、それはこの国の本来の皇族とは異なる亜種の姫たち。
貴種皇家を実感する事などなかった世代の自分たちには亜種の姫に違和感などなかったが、実際の貴種の姫の存在は国民にとっては本来の矜持を取り戻したと感じるに足る事実のようだ。
(どうでもいいな。貴種も亜種も関係あるか?)
そう思う自分は、黄國の皇族の侍衛官の資格などない。
そんな事は指摘されなくても分かっているし、侍衛官抜擢には抵抗も示した。だが、指名主の第一皇子は任務に忠実でさえあればそれでいいと言う。
……というより、必要人材を選り分けているのか。
適材適所という言葉が頭をかすめる。
とにかく気になるのはその第一皇子の武技。それを学び盗めるのならば、このぽややんとした姫の護衛ぐらいこなす準備はある。
周囲に危険が多いといっても皇女自身が危険人物というわけではないのだから、行動範囲さえ把握してしまえば特段苦労は感じない。
ただ。
「誉古継中尉も倮須平少尉も甘い物苦手そうだし、今度は甘くないお菓子作りに挑戦してみるわね」
興味はない、深入りしたくないと全身で訴えているのに、こうしてお茶の時間の度に侍衛官まで引きずり込もうとする神経の図太さ。
空気は読めているようなのに、受け止め方のズレっぷりにはほんの短期間しか仕官していなくとも呆れてしまう。
これが本当にあの第一皇子が伴侶と認めた人物なのか。
違う、そうじゃないそれは必要ない、と言っても通じなさそうな所は厄介以外の何者でもなくて、正直毎日のお役目が億劫だと感じているのだった。
※
日本から永住の為の界渡りをして、約半月が経つ。
持ち込んだ荷物の整理や、國皇夫妻への挨拶などでバタバタと忙しかった数日を経て引き合わされたのは、新たな侍衛官だという人物たちだった。
元々護衛を担当してくれていた、婚約者の従姉妹である薔珠・黄花・サディルの他に新たな担当官は三人。
オード・眞爾大尉、響紀・誉古継中尉、ユーゼリカ・倮須平少尉。
全員近衛第一小隊からの抜擢で、海夜もちらりと顔を合わせた事があった。
侍衛官は二人一組が基本。
薔珠の相方だった人物は、昨年大きな事件に巻き込まれ命を落とした。
それから数ヶ月。薔珠の相方の候補の名すらも聞こえてはこなくて、このまま海夜の侍衛官は薔珠一人で過ごす事になるのかと、不思議な安堵のようなものを感じていた矢先。
いきなり三人もの侍衛官が新着した。
薔珠とは違う、薔珠と同じ立ち位置の人たち。
どうやって距離を測ればいいのか、まだよくわからない。
だって、まだここにあるの。
シャイマがまだ。
※※※
馬車の瀟洒な装飾ステップを降りて、ぐるりと見渡した景色は目新しかった。
身綺麗に着飾り行き交う人々、整えられた街路樹、古びた店先の看板さえも味がある。
並ぶ建物は古式ゆかしい欧風に近いが、ほんの少し和風の風味も見られるのは、千年以上も前から“来訪者”と呼ばれる日本出身の異世界人がこの国を訪れていたからだろうか。
洗練された街並みは流石首都だと頷かせる経年美と重厚さがあった。
街を歩く人々は清潔感があり、こぞって流行を追う若い子女の姿もあれば、思慮深さを伺わせる年代など様々な人々が見える。
(うわぁ、感動……っ! 外国に旅行に来たみたい……っ)
物珍しさと好奇心で忙しなく辺りを見回していると、それを止めるように頭を押さえられる。
「はぐれるぞ」
布花とレースで飾られたボンネット越しに見上げると、無表情がデフォルトの海夜の婚約者が立っていた。
春深い暖かな陽射しに艶めく漆黒の髪と、黒曜石色の瞳の奥に森林色の光が灯る。相も変わらず黒革眼帯の隻眼だが、その下には萌え出る若草色の虹彩を宿した、黄花・サディルの証の琥珀色の瞳が隠されている。
初めて皇城の外に出る海夜に、護衛は自分の役目だと周囲に無言の圧を掛けたこの婚約者は、その圧通り皇子の身分は一切伺わせない出立ちでこの場に立っていた。
皇城にいる時でさえモノトーンが基調の服装が多くて、彼の従兄弟の四道伯の方が余程皇族のように着飾っているのに、今のこの姿を見ると本当に余計な飾りを好まないのだとわかる。
汗ばむ陽気も多い季節柄、薄くて軽い素材の飾り気のない上着に黒革手袋、それに革のブーツ。
右肩の片掛マントのベルト飾りぐらいしか目立つ飾りはないし、皇子の身分を証明するものといったら見える限りでは腰の長剣の鞘と剣帯に、それぞれ刻まれた皇家の紋章しかない。
(でもこういう簡素な服装こそ……)
誰が見ても本物の美形だと頷かせる容姿を引き立たせるから不思議だ。
眼帯という不穏な小道具がある顔面でも、すれ違う人々が老若男女問わず注目する引力がある。
(……まあ、そうよね)
顔の造作だけでも目が吸い寄せられるのに、佇まいが既に只者ではないのだから。
すらりと背筋の通った長身に長い手足。腰の剣がなくとも武人だとわかるのは、広い肩幅にしなやかな筋肉のついた体つきと無駄のない動き方のせいだ。
元々背が高かったけれど少年の頃の線の細さは消え、成人男性としての体格でこの顔なのだから推して知るべし。
見慣れている海夜だって出発前に姿を見て見惚れた。今だって見惚れる。何度見たって見惚れる。
(……かっこいい)
知らなかった。わたしってば武尊の顔も好きなんだわ。
「何をニヤついているんだ? 本当に迷子になるぞ」
再び呆れたように声を掛けられて、婚約者に見惚れていたという事に気づき我に返った。
「武尊は何を着ても格好いいのねって思って」
先に立って歩き出した彼を追いかけながら、見惚れていたと白状したら「……さっきも聞いた」と、ため息混じりの呆れた声で広い背中が答える。
そうだった。
朝の挨拶の前に真っ先にそんなような事を口走ったら、武尊の側近の虎が遠慮なく吹き出して彼に睨まれていた。
「今も思ったから言ったの」
「……以前も言った気がするが、もの事は頭を通過させてから話せ」
「好きだけど好きって言うなって事?」
「…………………………それは別にいい」
「その延長なんだけど?」
好意を隠すなんて器用な事、海夜には到底できない。
だから素直に気持ちを伝えているのに、言葉にすると武尊は詰まったように黙り込む。しかも無表情がデフォの癖に、そんな時だけ眉間に皺が。たぶん、今も眉間に皺が寄っている筈。背中しか見えないけど。
女の子に好意を寄せられる事なんて慣れている筈なのに、海夜が言葉にすると一瞬固まっている。
困惑していると気づいたのは最近だが、それが海夜には可愛く見えてちょっと楽しい。こんな事を言ったら物凄く嫌な顔をされるだろうけれど。
ふふ、と笑うと「ご機嫌だな」と平坦な声が降ってきた。
「だって、武尊と街を歩けるなんて思ってなかったもの。これってデートでしょ?」
「…………」
緩む口元を隠す気もなく笑って見上げれば、器用に片眉を上げて見返して来る。
そうして何気なく手を取られて更に嬉しくなった。
デートという単語に手を繋いで反応してくれるのは、その通りだと肯定された気がしたのだ。
口元の緩みが止まらない。
これがツンデレっていうやつね。
なんて思っている所に、呆れ返った声が掛けられたのはその時だ。
「そこ。相変わらず会話が恥ずかしい」
広場の噴水の前で腕を組みじっとりと呆れた目をして立っていたのは、長く美しい黒髪をゆるく編んで垂らした青年。
明るい緑色の瞳が悪戯に煌めき、美少女めいて繊細な美貌の彼は武尊の異母弟だ。
「三影くん、今日は男の子に見えるわ。素敵ね」
「ねえさんもすごく可愛いよ。良家のお嬢さんって感じ」
普段の神官服の三影は性別不詳で、その美貌から少女だと勘違いされる事も多いらしい。それを楽しんでいる辺りは小悪魔だなぁと思うが、中身はしっかり男の子でこうして会えば必ず装いや髪型を褒めてくれる。
春らしく明るい緑の上着に白いズボン。街歩きを楽しみにきた貴族の御曹司という雰囲気だ。
対する海夜は皇城の中では皇女の威厳と風格の為に裾の長いガウンが基本の服装だが、今日は裾も足首迄のドレス。貴族というより、庶民の中でも良家のお嬢さんを意識した装いで動き易い。
「でも連れてるのがデカい黒犬じゃ、悪目立ちだね」
海夜の背後に目をチラリと遣って、三影は意地悪に笑んだ。
「おまえが派手なだけだ」
「俺は普通。兄貴は暗殺にでも行くの?」
「護衛が着飾る必要はない」
「ねえさんみたいな女性には武力だけが護衛じゃないし。男がそばに居るってだけで護衛だし」
「おまえが男に見えるならな」
「今ねえさんから男に見えるって褒められたよねぇっ?」
「それは褒め言葉か?」
突如始まった異母兄弟の口喧嘩に苦笑が漏れる。
相変わらずなのはどっちだろう。
「今日は三影くんオススメのスイーツ店に連れて行って貰えるのでしょ? 楽しみだわ」
そろそろこのじゃれ合いを収めて貰おうと話題を変えれば、三影は嬉しそうに笑って頷いた。
「併設のカフェの席予約してあるんだ。時間までまだ余裕もあるし、買い物でも楽しもう」
そうして先を歩き出す兄弟に手を引かれて、
海夜はふわりと軽く足を踏み出した。
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次回更新は明日12/25(月)12:00の予定です。
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