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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
二章 番外編
78/91

オード・眞爾の泣いた日

熱い男オード・眞爾






 オード・眞爾ましかはその日、早朝訓練に参加する予定だった所を、皇子の執務室に呼ばれた。


 第一皇子が早朝の自主鍛錬を日課にしていると知れるや否や、近衛連隊第一小隊の隊員達は倣って自主鍛錬を始めた。

 その上自分達の護衛対象である海夜皇女が皇子の自主鍛錬を眺めるのが日課とわかると、女性隊員達の色めき具合は半端ではなかった。


 軍人とはいえ女性はロマンスに弱い。

 二人を遠目に眺めてははしゃぐ姿に、少々苦笑が浮かぶ。


 あの階段上の二人のやり取りは、思った以上の効果をもたらしていた。


 元々皇子に心酔する者が多い隊だが、皇女の彼への素直な態度が大きな好感を呼び、彼女自身の人気もうなぎ登りだ。

 特に男性隊員には、その清楚な美貌と相まって好感度が高い。

 もっと傍近くで顔が見たいと話す男どもの会話は、ここ数日で何度か耳にした。


 そんな隊の現在一番の関心事であり、話題の一つ。

 自主鍛錬でライバル達の様子を窺い、しのぎを削ってまで皆が得たいと考えるもの。



 それは海夜皇女の侍衛官の地位だった。







 


 ※








 招かれた執務室は朝陽が差し込み、落ち着いた色調の内装も流石皇族といえる質の高い調度だ。


 同じように呼び出されたのか、先客が居る。

 男女共に一名ずつ。


 お互いを探り合うように観察していた所に扉が開く。

 ここに呼び出した本人、第一皇子だ。

 側近ともう一人、皇女の兄だという人物を連れている。


 敬礼する自分達の前に立つと、皇子は相変わらず涼やかな目元で一瞥して礼を解いた。


 「早朝からご苦労。貴官らを呼び出した理由は一つだ。皇女の侍衛官を受ける気はあるか」


 単刀直入過ぎて耳を疑った。

 

 他の二人も呆気に取られたように皇子を見返している。何を言われたのか理解できないという顔だ。


 自分に皇族の護衛として侍るだけの練度はない。

 精鋭のみが集められたこの第一小隊の中で、自分が選ばれる理由がない。


 軍に籍を置く以上、自分の能力は冷静に量れなければ命取りになる。


 他の二人はわかる。


 男の方は近接格闘術の練度が高く、無駄口をきかない気性もあって皆に遠巻きに見られている。

 女性は昨年の武術指南で見た記憶があった。女性としては身体ががっしりして、剣術の腕前は隊の中でも屈指だ。


 そういう人物達の中に自分の存在は違和感だった。


 断るべきだろうと結論づけた時、普段は黙々と任務にあたっている男が口を開いた。


 「質問が」

 「なんだ」

 「皇女殿下の侍衛官は、今や隊の者達の目標となっています。少しでも皇女殿下のお目に留まろうと皆必死です。そういう者達を無下にし、その輪の外にいる自分を指名する理由とは何でしょうか」


 内容にぎょっとする。

 この男も皇子の招聘を受けて異動したと聞くが、特に心酔しているという事ではないらしい。


 質問を聞き皇女の兄は小さく吹き出す。

 感慨もなく皇子は微かに首を傾げて男を見た。


 「任務に誠実であるからだ」


 簡潔だった。

 そして予想外の答えだった。


 「ここに居る者全員に言える。実力も重要だが、それは次のふるいだ。まずは任務に命を張れるか。私が侍衛官に求めるものはそれだ」

 

 答えを聞いて、男は意外そうに瞬いた。

 だがまだ納得いかないように言い募る。


 「……自分が軍に入った目的は己の研鑽の為です。近衛連隊に異動したのは、おそれながら殿下の技術を間近で見られると思ったから。与えられた任務を確実にこなす事は、軍人として最低限当たり前です。が、正直申し上げますと皇女殿下に興味はありません」


 中々率直な男だと、オードは内心冷や汗をかく。

 無駄口がない態度なのは、こんな風に忖度なさすぎるせいかもしれない。

 

 しかし同じように、女性が男の弁に大きく頷き同意している。


 二人を見て満足そうに笑ったのは、窓の外を見ていた皇女の兄だ。


 「へえ。悪くない」


 この言葉に驚くように眉を顰めた二人に、皇子は腕を組み執務机に寄りかかった。


 「誉古継よこつ中尉は六年前の御前武術大会の出場者だな?」


 確認するような問いに男は息を飲み、自分達は彼を驚いたように見た。


 「第一試合に居たと記憶している」

 「……覚えておられましたか」

 「他の者に比べて若く、武器を使っていなかった。印象には残る」

 「殿下程ではありません。それに、自分は貴方に瞬殺でした」


 瞬殺? 当時この皇子はまだ進司しんし前の少年だった筈だ。


 「あの大会が何の為に行われたかは知っているか」

 「國皇陛下の御前で、軍部の日頃の成果をご披露する為では?」

 「軍部だけの成果披露であるならば、半年かけて国中から手練れを集める必要はない」


 確かに、あの六年前の武術大会では軍に限らず広く門戸を開き、腕に覚えのある者という募集要項だった。


 「あれは皇女の為に行われたものだ」


 息をつきながら重そうに口にするのは、あまり公にして来なかった話だからだろう。


 貴種皇家の国ではあるが、貴種の皇族は片手に満たない。

 凄惨な事件を経て、最後の一人となった皇女が異世界へ亡命したという事は学ぶ気があれば学べる。

 それが五十三年前の出来事だ。


 来訪者として現れた琥珀色の瞳の少女は、明らかにその亡命皇女の血を継ぐ存在だった。

 しかし存在すらあやふやだった彼女の為に、なぜ国を挙げて武術大会など開く必要があったのか。


 「皇家の根絶に動く者どもの牽制の為、手練れを軍に集める必要があった。三年前、貴官は軍内で特別任務に当たっていた筈だ」

 「………箝口令が敷かれております」

 「その忠実さが貴官をここに呼んだ理由だ」


 腕を解いて机の縁に手を置くと、皇子はこちらを見渡した。


 「皇女の傍は危険が高い。故に、任務に誠実な者が必要だ」

 「己の命を捨て皇女殿下をお守りせよと?」

 

 誉古継中尉と呼ばれた男が皮肉げに口走る。

 側近が若干不愉快そうに眉を寄せたが、皇子の表情は動かなかった。


 「己を守れぬ者が他者を守れると驕るか」


 返る言葉は辛辣だ。

 抉るような指摘に、誉古継中尉は詰まったように口を引き結ぶ。


 「護衛に求められるものは対象だけを守る力ではない。自分と護衛対象、二者を守る力だ。それも護衛対象に傷一つ負わせる事なく完璧に守り切り、己の身を守る事も一度の過ちなく成し遂げるだけの力が」

 

 机から身を起こし、皇子は再びこちらの前に立ち直した。


 「だがそれも己の命があって果たされる事。強制はしない」

 

 そう言いつつ、皇子はこちらに目を移す。


 「眞爾大尉は皇女の兄の推薦だ。過去の履歴、皇女とのこれまでの縁を考慮すれば私も是非はない。実力不足と考えているだろうが、そんなものは任務をこなせば自然とついてくる」


 意外な言葉に思わず皇女の兄を見る。窓の外を見ていた彼は、こちらに気づきニヤリと笑んだ。


 「先日は世話んなりました。小隊の人物履歴全部見て、その中でもやっぱり貴方が妹の傍に適任なんだろうなと思ったんだ」

 「……理由をお聞きしても?」

 「貴方、精霊を見ない体質なんだろ? そんで貴族でもない、庶民派だ。うちは元々庶民なんでね、価値観合うのは助かる」


 ……ん? それだけか?


 「精霊を見ないというのは、皇女殿下にとって物足りないのでは?」

 「それでいいんだよ。日本では精霊見る奴なんて居なかったしな。今の環境のが異常。オレから見て、貴方はバランスがいい。精霊に馴染まないからこそ、人間のみの危険も嗅ぎ分けられる。皇宮とやらは、そっちの方がやべえ場所らしいからな」


 人間のみの危険。

 それは、精霊事に対応する者と棲み分けろという事か。


 「まあ、これも強制じゃないんで」

 

 そうして窓の外に目を向ける皇女の兄は、こちらへの興味を失くしたようだった。


 侍衛官。


 考えた事もない。

 隊内で皆が目標にしている場所の一つではあるが、自分の身分的に皇族の侍衛官などなれる筈もないのだから。


 「殿下、自分は庶民出身です。皇族の侍衛官には高位貴族出身の軍人が着く事が慣例では? 薔珠大尉や平群中佐は公爵家の出身です」


 この質問には他の二人も揃って頷いた。

 この二人も庶民出身か、低位貴族という事か。


 「慣例に倣えば良いというものではない。平群中佐が大尉から中佐に、なぜ特進したか報告書を改めろ。それは貴官らがこの先を考える参考になるだろう」


 感情のない淡々とした声だった。


 二階級特進はオードも経験した。

 試しに受けた大尉の筆記試験にパスしたのでまずは中尉への昇進の為、実務を積もうとしていた所に異動の話が来て、部下を持つ想定で大尉へと特例の昇進だった。

 隊内には他にも何人かそういう者がいたから失念していたが、軍においての二階級特進は誉と同時に悲劇もある。


 空気が張り詰めた時、それを破ったのは皇女の兄だった。

 覗いていた窓を開けて声を上げる。


 「おっま、湖に寄るなっつってんだろ。また落ちるぞ」

 

 微かに返る声は高く、女性のものだ。


 「いーや、落ちるね。二度落ちてんだろ。三度目がある。言い切れる」


 外の声は若干怒っている。


 「何をしているんだ」


 呆れて皇子が窓の外を覗き込むので、つい好奇心で窓を覗き込んでみた。


 小さな庭園で可愛らしくパッキングされた何かを持った皇女が、薔珠大尉を引き連れて湖に向かおうとしている。


 「湖のお方にお礼をしたいの。お花を摘んでいいってお許し頂いたから、花冠作ってお菓子運んで貰おうと思ったのに、お兄ちゃんうるさいわ」

 「二度落ちてなきゃなぁ。惜しかったな。二度落ちてなきゃ、三度目の事考えなかったんだけどな」

 「しつこいってば! 薔珠もいるんだもの、大丈夫よ」

 「フラグ立てんなよ。薔珠も一緒に落ちるぞ」

 「は……」


 困惑した体で薔珠大尉が苦笑するのを、皇女がバツが悪そうに口を尖らせる。


 「三度目の正直だってあるのに……」

 「お前の場合それは限りなく低い確率」

 「もうっ、お兄ちゃんあっち行って」

 「騒々しい。薔珠、連れて来い」

 「えぇっ、武尊までなんで!」


 衝撃を受けたように声を上げる皇女に、皇子は可笑しそうに言った。


 「和夜の方が一理ある。それに、おまえが気にかけていた者がここに来ているぞ」

 「? どなた?」

 「眞爾大尉だ」

 「えっ、本当っ?」


 え、自分? 


 本当かと疑うのはこちらだ。なぜ皇女が一介の護衛官など気にかけるのか。


 「すぐにそっちに行くから、待っていてってお伝えして!」

 「姫君、転びますよ」

 

 裾を踏みそうな勢いで踵を返した皇女を、慌てて追いながら薔珠大尉が声をかける。

 庭園からこの二階の執務室までは少し距離があるが、あの裾丈をあの勢いで歩いたら確かにどこかで転びそうだ。


 「……ナイスアシスト。あれ、何なん? 湖の手。海夜に何かさせたいんか」

 「………湖の主に遭遇した話は聞いている。その時に何かあったのかもな」

 「……感情が読み切れん。良いもんなのか違うのか。あんま近寄らせんなよ?」

 「約束はできないな。おまえの妹の方がおれには読み切れない」

 「そこは嘘でも頷いとけ」


 静かに窓を閉めながら、うんざりしたように交わされる会話は不思議で、オードには理解できない。


 「……眞爾大尉は皇女殿下とお知り合いですか?」


 同じように外を覗き込む誉古継中尉がふいに訊いてきた。

 意外とこの男喋るなと思いながら、否定も肯定もしない。


 「何度か偶然にお会いした事はある」


 知り合いなんぞ烏滸がましい。


 「…侍衛官とは子守と大差なさそうな……」

 

 小さく呟くのは女性隊員だ。

 自分の研鑽の為に武術指南に臨む程理想が高い女性。

 確か、倮須平らすびら少尉といったか。


 自分の為に生き、鍛えてきた者には護衛という職務は理解しにくいだろう。


 「強制じゃないし、断っていいよ? 十九年子守してきたオレが言うのもなんだけどね? 行動見てなきゃいけないし、おかしな言動に振り回されるし面倒だよ、マジで」


 ごく小さな呟きだったのに聞こえたらしい。皇女の兄は顔だけ向けて、読めない笑顔を見せた。

 皇子は無表情に白々立ち、こちらを見ない。


 「けど自分の為だけに生きるより、よっぽどいい時間だった」

 

 軽く、何気なく付け足された言葉が、重くオードの腹に響く。


 皇女は自分達にとっては任務対象だ。謂わば仕事上の人間。

 

 けれど、彼らにとってはかけがえない家族であり、生涯の伴侶。特殊な背景を差し引いても大切に思う存在だ。

 オードにだって、おそらく他の二人にだってそういう存在はいる。


 二人を見ると、皇女の兄の言葉にたじろぎ怯み、目が泳ぐ。

 技術に特化し人間関係の構築を疎かにしてきたのだろう。オードのバランスがいいというのは、こういう意味らしい。


 この二人が同僚とは、中々ハードだと苦笑しかけた時。


 「眞爾大尉はまだいらっしゃるっ??」


 ノック音と同時に扉が開き、息を切らせた皇女が薔珠大尉を連れて飛び込んで来た。

 オードと目が合うと花が綻ぶ笑顔を見せる。


 「よかった、間に合ったわ」


 可愛い。何だこの可愛さ。


 胸を撫で下ろす仕草に和みそうになり、いけないと身を正す。

 素が出そうになった。


 「おまえが来るとわかっていて下がらせる訳がないだろう」

 

 窓際に居た皇子がするりと動き、呼吸が整わない皇女を覗き込む。


 「そもそも走るな。体調は」

 「大丈夫よ。貧血っていってもちょっとだけだったじゃない」

 「“ちょっと”?」


 物言いたげに片眉を上げる皇子に、皇女は誤魔化すような笑顔を見せた。


 「眞爾大尉にお渡ししたい物があったんです」


 皇子の視線から逃げるようにこちらに顔を向けた皇女は、気を取り直すような笑顔だった。


 「は。……自分が何か?」


 姿勢を正し彼女に向き直ると、手に持つ小さなラッピングバッグをこちらに差し出した。


 「お怪我は如何ですか? お見舞いにも行けなかったから、凄く気になっていて」


 ………………え。


 言葉が出ずに差し出されたバッグと皇女の顔を呆然と見る。


 「お世話になった皆さまに、お菓子を作ってお礼をしてるんです。お店で売られている物には及ばないけれど、良かったら」


 受け取る気配のないこちらに困り顔で笑い、皇女は手を引っ込めようとはしない。


 いや、え? 

 いやいやいや、ええぇ??


 怪我というのは数日前の事件での事か。


 確かに普通の状態ではない人間に突き飛ばされたり、その人物を取り押さえる為に少々の切り傷打撲を負ったりしたがそれは全て職務の内だ。

 その為に鍛えているのだから、護衛されるべき人間が気にかける事では……。

 

 そこではっとした。

 先ほどの皇子達の言葉。

 


 

 “護衛に求められるものは対象だけを守る力ではない。自分と護衛対象、二者を守る力だ”


 “うちは元々庶民なんでね、価値観合うのは助かる”




 貴種という生まれ。皇族という立場。

 けれど育った環境は普通の女子のそれだ。


 普通の感覚を持った女の子が、仕事とはいえ自分の護衛たる人間の怪我に心を痛めない筈がない。

 だから護衛は自分の命をかけながら、自分の命を大事にしなければならない。


 皇子達の言う事はそういう事だろう。


 では、秋にあった事件で首謀家門出身でありながら殉職扱いとなった平群中佐の悲報に、この普通の女の子はどれ程心を痛めたのか。

 仲が良かった姿を見ている。

 薔珠大尉を含めて、仕事の関係を越えた絆が見えた。


 それが、どれだけ。


 そう考えた時、目頭が熱くなった。

 気づいたらバタバタと音を立てて、両頬を熱いものが伝い落ちていた。


 皇女がギョッと顔色を変え、周囲の人間達も目を見開いて呆気に取られている。

 あの皇子でさえちょっと目を瞠っていた。


 「っ、ごめんなさいっ、泣く程甘い物お嫌いでしたっ!?」

 

 泡を食うように青ざめて、皇女は慌ててラッピングバッグを引っ込める。

 

 「違いますっ! 甘い物は好きです! まさかこのようなお気遣いを頂けるとは思いもせず、感動してしまいました。……お目汚しを」


 袖口で頰と目を擦り照れ隠しに笑うと、皇女も少々驚きながら笑い返してくれる。

 再度差し出されたバッグを、今度はしっかり受け取り重さを噛み締めた。


 「ありがとうございます。勿体ない……、家宝に致します!」

 「いえ、保存料入ってないので今日明日中に食べ切って下さい」


 冷静に突っ込まれて、意外と現実的だなと思う。


 「喜んで貰えて良かった。軍人さんって甘い物食べるかわからなかったから。薔珠は食べるけど、武尊は食べないし」

 「食べない訳ではないが」

 「食べ過ぎる程ではないです」


 従兄弟同士の二人から真逆の答えが返り、皇女は楽しそうに笑った。


 そうしてオードの後ろを覗き込み、窓際に所在なさげに立つ二人を見つける。

 首を傾げられて怯みがちに二人は礼を取った。

 

 記憶を探るように何度か琥珀の瞳を瞬き、じいと眺めている。


 「あ、武術指南の時の?」


 指摘された倮須平少尉があからさまに肩を竦ませた。


 「知ってんの、お前?」

 

 薄笑いを浮かべた皇女の兄が、揶揄うように少尉を見る。


 「去年の秋に、武尊との試合を見学させて頂いたの。凄いのよ、この方。武尊やお兄ちゃんみたいに動けるの。どれだけ努力したらああなれるのかしら」

 「………へえ?」

 「近衛隊にいらして下さってたのね。知らなかった。頼もしいわ」

 「ぶはっ!」


 堪えきれずに吹き出した兄に、皇女が眉間を寄せる。


 「お兄ちゃん?」

 「……っ、おま、ホント暢気な」


 遠慮なく笑う兄に、少尉はバツが悪そうに赤面していた。これは少々助け舟が必要か。


 「暢気な人間の護衛は大変だって、知ってるでしょ? 笑っちゃダメ」

 「他人事ひとごとかよ」

 「武尊の秘密主義って頭にくるけど、今回はわたしが暢気で考えも浅いから、秘密にしてるのしょうがないってわかったもの。頭にくるけど」


 二度言った。

 そんなに腹が立つのか。


 「何の流れ弾だ」


 背後に控えた側近と薔珠大尉が小さく吹き出し、肩を震わせるのを横目に見て皇子は腕を組む。


 「わたしが色々知らなければ、眞爾大尉は怪我しなくて済んだでしょ? わたしの動き方一つで護衛の方を危険にしてしまうって、ちょっとこわい。とっても反省したし勉強にもなったわ」

 

 意外な言葉だった。

 確かに対象が大人しくしていてくれれば、護衛も危険な目に遭う事はない。


 だがそれで護衛といえるのか。


 他の二人を見れば、若干呆気に取られながらも先程とは違う目で皇女を見ている。


 「でもそうやって武尊が大勢の人を守ってるなら、わたしも一緒に守らなきゃと思ったの」


 柔らかく笑う皇女に絆されたように兄は「暢気の極み」と呆れて呟くが、気にならないのか皇女はこちらににこ、と笑いかけて来る。


 「守る者を守るつもりか。……まあ、らしいと言えばらしいが」


 そっと目頭を抑える側近と、感動で言葉が出ないらしい薔珠大尉に呆れた目を向けながら、皇子は一つ息をつく。

 

 「今のを聞いて何も考えない護衛なら、こちらから願い下げだがどう出る。答えは後日でいい。本日はご苦労だった、下がれ」

 

 こちらの三人を見渡して、皇子は話を終わらせた。

 側近が扉を開けて退出を促すのに従い、礼をして部屋を出ようとすると皇子越しにこちらを覗き込んだ皇女の、高く柔らかな声が聞こえる。


 「眞爾大尉、お大事になさって下さいね」


 それを聞いて心動かない公僕がいるだろうか。


 元々自分は人の役に立ちたくて軍への道を選んだ。十五歳の進司の時だ。

 皇族は雲の上の遠い存在。おとぎ話の中の登場人物で、生身の人間を感じた事などなかった。


 だというのに、身近になった途端この皇族達は鮮烈な存在感で惹きつける。

 皇族の何たるかを、少々知った気がした。


 足を止め、振り返る。

 しっかり向き合い姿勢を正す。


 自分の人生はここで何か変わるのだろう。


 人の役に立ちたかっただけの小僧は、国を守る立場の人物を、守る役目を仰せつかる。

 それは大勢の人の役に立てるはずだ。


 「殿下方、自分の答えを申し上げます。自分は…………」




 

 あの日、軍の施設で偶然の邂逅をした普通の女の子は、ある意味オードの運命の人だった。


 不思議だと感じた縁は、確かな存在感でオードの手元へと降りてきたのだ。


 







 

お久しぶりの投稿です。

お付き合い下さった方はいらっしゃるのか…。

7/17(月)に大幅改稿した一章を公開予定です。

よろしければご覧くださると嬉しいです。

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