甘いものはお好き?
番外編で続きものって、邪道な気がしますが…甘さは全話の中で一番かと(当社比)。
「え、それでどうしたの? まさか何も牽制せずに帰ってきたの?」
湖の館の厨房を一部借りて、お菓子作りに励んでいる傍で声を上げたのは、武尊の異母弟の三影だった。
作業台の向かいに陣取って座り込み、お茶を啜っている。試食をお願いしたクッキーを齧りながら。
同じように隣りに座る医師の美津里は、海夜の健診に訪れてそのまま三影と共に四方山話に付き合ってくれている。
「? 牽制?」
花見の話をどこからか聞きつけた三影は見舞いと称して訪れて、昨夕の出来事を聞き出してきた。
その末の発言に首を傾げる。
「水取女史は、ホント兄貴の事大好きな人だったんだよ。俺の事は子供扱いだったけど、兄貴は大人扱いしてたから、そういう対象だって丸わかりだったし」
「“そういう対象”」
気になる単語を思わず強調してしまえば、三影ははっとした。
「いかがわしい意味じゃないよ! 水取女史、お堅くて恋愛興味ないって人だし、兄貴とは十五歳くらい年離れてるし、そんなん対象になるとは思わないじゃんっ?」
「主語を大きくしたくはないですが、その方にとって魅力的な男性なら年齢関係なく、恋する女性は多いのでは? 発展させたいと思うかは別ですけれど」
年上女性を代弁するような美津里の言葉に、三影はぐぬ、と若干詰まっている。
「実らず終わった恋でしょうし、美化されているのでは。大人の女の昔の恋なんてそんなものです。ご心配なさいませんように」
フォローしてくれる美津里に、ぱちり、と大きく瞬きして笑顔で受け止めると、「海夜さまの笑顔は癒されますわー」と和まれる。
でもやっぱりちょっと気にはなる。
「……周囲に丸わかりなら武尊本人だって知ってたでしょう?」
「兄貴は当たり障りなく、教官として扱ってたよ。祖父殿の元で隠されてたから、存在も殆ど知られてなくて。十三歳で武術大会に優勝して、世間の目が一斉に兄貴に向いてから、女史も兄貴が貴種だって認識したみたいだし」
「え? 六年前なら武尊は両目とも琥珀色だったでしょう?」
黄花・サディルを証明すると迄いわれる、印象的な琥珀色の瞳。
十六歳までの武尊は、両目とも海夜が大好きだった黄緑色の虹彩の、綺麗な琥珀色の瞳をしていた。
「亜種でも琥珀の瞳はいっぱいいるよ。祖父殿の屋敷の人間は兄貴の事知ってたけど。気づいてた教官もいたけど水取女史は気づいてなかった内の一人」
普通皇族の屋敷に琥珀色の目の子供がいたら察しがつくのに、と呆れたように付け足し、三影はもう一枚クッキーを口に放り込む。
「不都合な事実なら、目を逸らしたくもなりますから」
「え、貴種ってそんなに不都合?」
美津里の言葉に驚いて、オーブンからスポンジを取り出す手が止まりかける。
いけない、これ以上熱に晒したら逆に萎んでしまう。
せっかく兄に日本から持って来て貰った、米粉で作ったスポンジ。焼成から成功させたい。
「不都合なのは皇子っていう身分でしょ。皇族に憧れるのに、実物目の前にすると萎縮する女子多いよ」
面白くなさそうなのは、三影にも経験があるからだろう。
「三影くん、フラれちゃったの?」
「やめて、傷口に塩塗らないで」
今年成人年齢の三影にも皇族としての責任、“結婚”は付いて回る。
でも今は自由だからと、大いに恋愛を楽しんでいるらしい。
「いい感じだったのに、皇子だってバレた。そしたら無理って。あーあ、あの謙虚さが気に入ってたのに……」
「どちらのご令嬢?」
「庶民の女の子。皇都で流行りのお菓子屋の看板娘。すっごい可愛いの。素直で元気で礼儀正しくて」
「……そういう子に、軽い恋はいけないと思うわ」
「いけませんわね」
女性同士、美津里と頷き三影をちくりと嗜めると、彼は頭を抱えるように作業台に突っ伏した。
「やっぱりそう思うよねぇ……。そう思われるよねぇ……」
悩む姿と言い振りに、美津里と顔を見合わせる。
「……もしかして、ほんとうに好きな子?」
「…………どうかな……。でもずっと彼女の事考えちゃう」
クーラー台の上に置いたスポンジに風を当てながら、今日はお赤飯かしら、おめでたいわ、と内心で考えて、氷水に当てた生クリームの泡立てに手を移す。
「皇子さまだから無理、って言われただけでしょう?」
「……皇子って事も含めて俺なんだし、バレたならそこを外して考えられても困る」
「え。わたし、あんまり武尊が皇子さまだって意識してないわ」
だからつい、気軽な口をきいて周囲に笑われるし本人には呆れられる。
反省しても、やっぱり武尊の顔を見ると立場や身分なんて頭から消えてしまう。
「兄貴の立場知った上で意識から抜けて突進する人に、何言っても無駄だって兄貴自身が思ってんだから、そこはどうでもいい」
…………ん、微妙にディスられたような。
「三影殿下がそこまで気に入られるだなんて、その方に興味が湧きますわね」
それは確かに、と思う。
三影は同年代の女の子のアイドルらしい。
密かに本気の恋心を燃やされる異母兄とは違い、気軽に恋ができるみんなのアイドル。
年上からは弟や息子のように可愛がられて、世渡り上手な次男坊。
そんな彼が本気で恋する相手なんて一体どんな人物なんだろう。
「……お菓子屋の看板娘…」
「わたしのお菓子じゃ物足りないでしょ?」
クリームを持ち上げて固さ加減を確認し、にこりと微笑む。
うん、きめ細かくてふんわりとしたクリーム。理想的。
「……ねえさんのお菓子は勿体ない程美味しいです」
「そのお菓子屋さん、お買い物に行ってもいい?」
「……偵察?」
「ううん、きっかけ作り」
明日には日本に一旦帰るが、ひと月もしない内に今度は永住の為の界渡りをする。
その時は皇都の街中のことを知りたいし、国内事情の勉強もしたい。
皇都の街に出掛けるのはその一環だと、武尊に主張もできる。
「もう俺諦めようと思ってたのに……」
「諦められないから、ここで話しちゃったんでしょ?」
深く息をついて肩を落とす三影に、うふふと笑いかける。
「会ってみたいわ。応援してるから頑張ってね、三影くん」
ケーキのデコレーションをしていた手を止めて顔を見ると、三影は俯いていた。自信なさそうな様子に首を傾げる。
「…………全く未知数………。……口説いた事ない」
「……わあ……。兄弟揃って……」
ぽつりと呟かれた言葉に呆れる。
「キアリズ殿下に海夜さまがいらっしゃって、本当によろしゅうございました……」
しみじみと美津里は言うが、どうだろう。
ほっといても向こうから寄ってくる兄弟なら、いずれ何らかの形には収まって国自体は安泰だったんじゃないだろうか。
……でも。
“おまえでなければだめだ”
……とのお言葉を頂戴した身としては、……うん、まあ…とりあえず居て良かった、と思う。
同じ空間に。時間に。
「好きな人に口説いて貰ったら、とっても嬉しいと思うわ」
「真っ赤になって何思い出したか知らないけど、それって想いの所在に依るから、やっぱり俺だと未知数だよ」
すぱっと言い捨てられて身が縮まる。全部顔に出てしまう所を気をつけなければ。
「牽制しなくても、ねえさんのこの様子見れば十分皆に伝わっただろうなぁ」
「一時はどうなる事かと心配しましたが、回復も順調ですし安心致しました。意思疎通は大事です」
呆れたように息をついて苦笑する三影と、既婚者ならではの訳知り顔で頷く美津里に居た堪れなくなる。
なんかもう、色々バレててごめんなさい。
出来上がった生ケーキにガラスドームを被せてケーキナイフと一緒に冷蔵しながら、真っ赤な顔が更に赤くなるのを感じる。
ついでに昨夕から仕込んであったバットを冷蔵から取り出した。
「それもお世話になった人にあげるの?」
急に来訪してご迷惑をおかけしたから、お菓子を作ってお世話になった方々に差し上げたい、と武尊に言ったら厨房の使用許可を取り付けてくれた。
生ケーキは湖の館の使用人の方々に。
近衛隊にはいつ全員に行き渡るかわからないから、日持ちして大量に作れる物、とクッキー。
三影達にはアイシングでデコったカップケーキ。可愛いと大好評だった。
「ふーん。誰かさんの目の奥の色、そっくりだね」
海夜の手の中のバットを見て三影が口の端を上げる。
揶揄う言葉に否定もできなくて、えへ、と照れたように笑うと、二人とも和んだ笑顔で海夜の手元を見ていた。
午後の執務の合間の休憩を取っている、と虎に確認を取って訪れた武尊の執務室は静かだった。
押して来たワゴンを扉口に置いて、あれ? と首を傾げる。室内を見回すと、長椅子からはみ出た長い足が目に入る。
覗き込み、長椅子に横たわっている姿を見つけて安心した。
(寝てる……?)
そっと顔を覗き、やっぱり肌が綺麗でずるいわ、と閉じられた睫毛の長さに改めて驚く。
これは起こすのが偲びない。
置き手紙して戻ろう、と離れようとした時ふいに声をかけられた。
「なんだ」
振り向くと首を鳴らすような仕草をしながら、武尊は起き上がる所だった。
「寝ていたのにごめんなさい。起こしちゃった」
「寝てない。目を閉じていただけだ」
じゃあもう少し眺めていればよかった。
顔を遠慮なく眺められる機会なんて、そうない。
「休憩中だって聞いたから、お茶を持って来たの。置いたらすぐに行くわね」
「なぜ。忙しいのか」
「え……、ううん。武尊の邪魔になると思って」
当然の事を言ったつもりなのに、意外そうに問われてびっくりする。
すると彼はちょっと考えるように息をついて、背もたれに凭れた。
「邪魔じゃない。ここにいろ」
そうして自分の隣を軽く示すものだから、心臓が爆発するかと思った。
顔に上る熱に焦りながら頷き、招かれるまま浮かれて隣に座りそうになって、ちがう、と我にかえる。
お茶を届けに来たのだった。
ワゴンに乗せて来た物をローテーブルに置き、改めて隣に座る。
テーブル上を不思議そうに眺めているのは、これが何なのかわからないというより、何故自分の前にあるのか、という心境だろうか。
「……ええと、甘いもの、あんまり進んで食べないって知ってるから、サッパリしたものにしてみました」
一口大にカットしてガラスの器に盛ったのは、薄緑に色づいた青梅のゼリー。白梅の花を飾りに添えて、春っぽく演出してみた。
「ここの庭園に似た花が咲いてるわ、とは思っていたのだけど、ほんとうに梅だとは思わなくて。去年漬けた梅シロップがまだ残っているって聞いたから、少しだけ分けて頂いてゼリー作ってみたの」
綺麗な薄緑色に染まったゼリーは、ほんのり梅の香りが優しく香る。
お粉を計って分量通りに作る製菓類とは違い、好みの甘みを考えながらシロップを希釈するのは難しくて骨が折れた。
甘すぎず、物足りなさすぎず。
「お口に合うと嬉しいわ」
「………………ああ」
返事に間があったのは、もしかして驚いている?
厨房の使用許可を取ってくれたのはこの人で、その理由も知っている筈なのに、自分はその範疇に入らないと思っていたのだろうか。
……ひとの事は言えないけれど、鈍すぎ。
一緒に持って来たお茶をカップに注いでゼリーの横に置くと、その音に武尊は一度瞬いた。
「梅が存在するって知っていたら、緑茶を兄に持って来て貰ったのに。美味しい玉露があるのよ。リラックスするのにちょうどいいの」
甘さを控えめに作っても、普段あまり甘味を取らない人には甘すぎる事もある。
そういう時のリセットに、緑茶はすっきり手頃だ。
「何でも構わないが」
えぇ……。
拘りない言葉に脱力する。
「武尊がわたしに淹れてくれるお茶って、フルーツとかお花の香りがして、好みに合わせてくれるでしょう?」
「おまえが好みそうな物は大体わかる」
……そんなに単純かしら。
「だったら、わたしも武尊の好きな物をあげたいわ」
「……好き嫌いで考える習慣がない」
そんな事だろうと思った。
「じゃあこれからは一緒に、好きなものも探していきましょう」
そうしてゼリーを渡すと無言で受け取った彼は、微かに苦笑したようだった。
「結果、おれが甘味を好まなかったらどうする」
「好きそうな甘いものを探すわ」
「………おまえは諦めが悪かったな」
思い出すように、今度ははっきりと笑う。
ひと匙ゼリーを口に運んだ彼は、ふとほろ苦く呟いた。
「––––––甘い」
「えっ、だめな甘さっ?」
甘すぎないように気をつけたのに、やっぱり甘いものを普段食べない人には甘いのか。
慌てると彼はこちらの顔を覗き込む。
「ちょうどいい」
……あれ、そうなんだ。それなら良かった。
一応胸を撫で下ろす。
「じゃあこの甘さを基準に、違うスイーツも作ってみるわね」
「……まだ試すのか」
「甘いものって、癒しじゃない? 疲れた時に少し口に入れると、元気になれるから」
わたしの基準だけど、と笑いかけると、予想外に「……まあ、そうだな」と同意された。
びっくりしていると、ゼリーをテーブルに置いた武尊は組んだ足の上で頬杖をついて、こちらの顔を間近で覗き込んでくる。
「––––––––そこにあるだけで好ましい甘いものなら、今目の前にあるんだが」
……………………………ん……?
……………あれ。
真面目に真摯な黒曜石の瞳の奥に、森林色の緑がはっきり浮くのを見て何度も瞬く。
甘いもの甘いもの。……彼にとってのあまいもの。
数日前の満月の夜を思い出す甘い雰囲気に、どかんと一気に身体が熱くなる。
「疲れが出たら、一口食べてもいいのか」
うあああぁぁぁぁっ!
頰にする、と指を這わされて、内心で悲鳴を上げた。
優しい指。強要しているわけじゃない。海夜の髪を指に絡めて、くるくると弄ぶような。
ちょっと前の彼だったら確認なんてしなかっただろう事を、こうして確認して来る。
たぶん海夜の気持ちを優先してくれている。
でも。
でもでもでも、……これは逆に……。
「……っ、……てっ、……てか、手加減……っ、し、して、くださ……っ!」
息も絶え絶えに懇願すると、途端に武尊は「ふはっ」と大きく吹き出した。
そのまま顔を逸らして肩を揺らす彼に、腹が立つやら悔しいやら、真っ赤な顔で眉間を寄せる。
っもう! 不慣れだって、知っている筈なのに!
「……っおまえの素直すぎる反応だけで、十分疲れは癒やされる」
いや、肩を揺らしながら言われても。
「––––––––だがもう懲りたから、手加減はしても遠慮はしない」
だから刷り込みは続ける、と意味のわからない事を言われてますます眉間に皺が寄る。
熱いままの頬に人差し指を這わされて、びくりと肩をすくめると、武尊は吐息のように笑った。
「明日は大人しく見送る。待っているから、さっさと戻って来い」
……半年前に“もう二度と来るな”と言われた事を考えれば、とんでもない進化で喜ぶべきなのだろうけれど……。
本命の女の子を口説く自信がない、なんて落ち込んでいた三影に、この人の弟なんだから自信持ってと言いたくなる。
甘すぎないスイーツを差し入れた筈なのに、甘すぎる言葉が返るとは思いもしなかった。
どう消化すれば胃もたれせずにいられるのか、日本へ帰っても暫くじたばたと、思い出してはもがく羽目になるのだった。
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