月が綺麗ですね?
本編最終話の補完です。
ヤマなしオチなしの展開。
でも次章への繋ぎの意味だけはある。
若干イチャってますので、お楽しみいただけると幸いです。
日本への帰宅が二日後に迫るその日、最後の名残雪が皇都を白く染めた。
夕暮れの中、牡丹雪が湖に吸い込まれるのを見て、風流だわと思う。
「“淡雪か はだれに降ると見るまでに 流らへ散るは なんの花そも”……かしら。……きれい」
自然と浮かんだ古い和歌を呟いて、曇る窓の外を覗き込む。
はらはらと降る大きな雪片は花びらのようで、春の雪の儚さを思わせた。
雪解けの水は大地を潤し、やがて来る春爛漫の植物達の命の糧となる。
「万葉集とやらか」
呟きを拾ったのは向いに座る隻眼の婚約者。
書類から目を上げないのは、どれだけワーカーホリックなのか。
海夜は今、皇城の外へと向かう馬車の中にいる。
夕方には雪も止むから出掛ける、と急に武尊に連れ出され、目的地も告げられずに揺られていた。
「万葉集を知っているの? どうして?」
万葉集は日本の古典文学だ。
異世界の皇子さまが知っているなんて、物凄い違和感。
「日本の古典書物とやらは過去、来訪者が持ち込んでいる。それに、おれの日本語の教師は日本人だった」
建国者の配偶者が日本人であったという話も伝わるぐらいだ。古典文学の一つや二つ、こちらに流れ込んでいてもおかしくない。
さらっと万葉集と言い当てた武尊の記憶力に慄きながら、日本語教師という単語に引っかかる。
「……それって、女性?」
「いいや、若い男だった。やたらと古典文学を引用する鬱陶しい男で––––––、……なんだ」
言葉を途切らせるのは、彼にしては珍しい。
こちらを見て訝しそうに眉間を寄せる。
「何でもないの。古典を教えてくれるなんて、いい先生ね」
一瞬見透かされた気がして、慌てて笑って誤魔化す。
……のに。
「––––––––ふうん?」
組んだ足の上に頬杖をついた彼は、窺うような意地悪な笑みを口の端に寄せた。
「嫉妬か」
しっかり見透かされていた。
「べべ、べつにっ、そういうのじゃないわっ! あ、会った事もない人にやきもちなんて……っ」
うそです。妬きました。
その教師がもし女性で、少年の武尊に古典文学を教えるなんて口説いてるみたい、と妄想して大きな焼き餅が膨らみました。
なんて言えるわけがないので慌てていると、喉の奥で笑いながら武尊は身を起こす。
「おまえでも嫉妬するのか」
「……好きな人の過去に嫉妬するって、仕方がないでしょ? 特にあなたってその方面、頓着してなさそうだし」
居た堪れなくて顎をそらすと、武尊から数瞬沈黙が返る。
「……おれが何かするわけじゃない。皆、向こうが勝手にその気になるんだ」
「そういう顔してるからでしょうっ?」
顔はどうしようもない。わかってる。
過去の事を責めてもしょうがない。なんて考えていたけれど、これは呆れる感覚に近い。
「人の事を言えるのか」
「え? わたし何もしてないわ」
「美鈴と貴一から言い寄る男の数まで知らされたが。あの男の事も」
「滝本くん? 和解して済んだ話だし、わたしは何とも思ってなかったわ」
「––––––これから先長くあの男はおれの従者だが、存分にいたぶってやろう」
ちょっとっ!?
「どうしてそうなるのっ? まさか、虐めるつもりで助けたんじゃ……っ」
「さあな」
はぐらかすように口の端で笑う様に、なんて性格が悪いんだろうと改めて思う。
「そういうの、嫌われるわ」
「元々相容れない」
「せっかく契約したなら仲良くしてみればいいのに」
「気色悪い」
海夜の提案を武尊が一言で切り捨てる。
結局話をはぐらかされたまま、目的地までこの不毛なやり取りを続けて行った。
ほんのちょっぴりへそを曲げて馬車から降りると武尊に手を引かれた。
海夜の心身不調は武尊との蟠りを解きほぐしてからみるみる回復傾向を見せ、不意に触られる事さえなければ鳥肌が立つ事もなくなってきた。
無理ならそのままでいい、と武尊は相変わらず自然体だ。自分がしたいように動くから、応えられる時だけ応えればいいと。
だから焦らずゆっくりと、その手を取る事ができる。
雪は止み、青い月光が降り注ぐ園路はしっかり雪が片づけられていた。
空気は名残りの雪に冷たく澄み、夕暮れ時の冴えた気温と合わさって目が覚めるようだ。
少し欠けた月がまた風流で綺麗だわ、と考えていると、少し先にぼんやりと雪に映える灯りが見える。
「花祭りだ。軍の敷地内だが、桜苑がある」
「……さくら」
温室以外にも桜があるとは思わなかった。
灯りの中に、微かに人の気配を感じる。
「花見に来た者達だろう。満開の時期には訓練後であっても皆が訪れる。今日は雪の訓練後で人出も少ない」
「雪でも訓練するの?」
「軍の訓練に天候は関係ない」
素気無く言い捨てられて、スパルタだわと肩を竦めた。
「暫く落ち着かなかった。おまえも部屋に閉じ篭り気味で気鬱もあるだろう。花見で気晴らししたらいい」
…………ん。
気晴らし?
聞き間違いかと思わず顔を見返すが、武尊はいつも通りだ。
案内された場所では懐かしく美しい桜が、雪の綿帽子を被りながら花開いていた。
咲き初めのかんばせを覗かせ、雪の白にも負けない淡紅の美しさが目を引く。
満開ではないが、その規模の大きさだけでも十分な花期の見頃だ。
「……ああ、懐かしいわ……」
あの三年前の春から、初めて桜の花を目に入れた気がする。
通り過ぎるだけの春を暗闇の中、空虚な目で遠く眺めていた。
夜桜はあれ以来無意識であっても苦手だったけれど、落ち着いて眺めればやはり心奪われる。
雪が光る中に、ちらちらと花びらが落ちてきて幻想的だ。
手を差し伸べると、花びらはするりと逃げていく。
ふと視線を感じて顔を向けると、こちらに目を向けていた集団のいくつかがさっと同時に目を逸らした。
別の方向を見ても同じ反応。私服や軍服で男女も様々だが、皆軍人だろう。
気づけば割と注目されている。
それはそうか。武尊は軍人さんの間では有名人だ。
暢気に考えてはたと気付く。
「武尊、こういう所を気軽に出歩いていていいの? 護衛とか……、はっ、よく考えたら武尊って皇子さまじゃないっ」
当たり前に一緒に居過ぎて失念していた。
武尊は国の要人だ。
海夜に付き合って、花見にふらふら出歩いていていい人物ではない。
そう慌てれば、彼は鳩が豆鉄砲の顔をした。
一拍置いて吹き出し、そのまま肩を揺らして喉の奥で笑うものだから少々憤慨する。
「ちょっ……、笑い過ぎ……っ」
思った事を口にしただけなのに、どうしていつも笑われるの。
「おれの立場を忘れる人間は、おまえぐらいだな」
呆れた口調なのは、おそらく面白がっている。
若干拗ねた気持ちで顔を逸らすと、桜林の向こうから走って来る人物の姿が見えた。
「殿下、お久しぶりです! 皇家の馬車が見えたのでどなたかと思いました! 花見にいらっしゃるなんて、お珍し……っ」
薔珠と四道の弟の真道だ。短く刈り込んだ赤い髪と青灰色の瞳。
軍の士官学校に通う彼は、常は候補生の制服をピシリと着ている。けれど今は貴族の子弟の私服なのでプライベートなのだろう。
数回会っただけの少年だが、相変わらず愛嬌ある笑顔で跳ねるように喋る。
それが、海夜と目が合って詰まった。
仰け反って大仰に飛び退くコミカルさは、真道特有の反応だ。
「お久しぶりです、真道さま。お元気そうで何よりです」
外套のファー付きフードを背に流して礼をすると、真道は急にワタワタと動き出した。
「お、おおっ、皇女殿下!? い、いらしておられたのですかっ!!」
少年期特有のハスキーな声が裏返って、更に上ずるものだからどれだけ驚いたのか。
「はい。桜を見に参りました。ごめんなさい、驚かせて」
「いえっ、あの、はいっ。……正直驚きました……。殿下が奥宮から出されないと、一部で有名でしたので……」
日本にいる期間も奥宮に居るように装っていると聞いてはいたが、微妙な風評被害を武尊が被っていた。
彼を見ると無表情で「当然だろう」と返る。
「……自分の評判は気にした方がいいと思うのだけど」
「奥宮から出た途端、精霊事を引き起こすのは誰だ」
はい。ごめんなさい。
思い当たる事が多すぎて笑えない。
バツの悪い思いでいると、真道がぽつりと呟いた。
「……自分は皇女殿下に、謝罪せねばならない事があります」
謝罪?
真道から謝罪される事なんてあっただろうか。
急に深刻になった真道を見て首を傾げると、彼は俯くようにつま先に目を落としていた。
「……昨年の秋の事件、あれは自分の考えのなさが招いたのだと痛感し反省しております」
両脇の握り拳が震える程強く握られている。
「自分は座学が苦手です。じっくり思考し問題の解決に当る事が苦手なのです。自分の行動の責任を取る覚悟がなくて……。あの時も、薔珠姉上はお役目の最中であるとわかっていたのに、兄に言われるまま行動し疑問も感じませんでした。……結果は……」
痛みを堪えるように口を引き結んだ真道に、謝罪の理由を理解しちょっとだけ考えた。
昨年の事件は複合的な物事が絡んだ結果だ。その中に真道の言う、彼の浅はかさというものもあるのかもしれないが、真道の責任だけでもない。
けれど、それで済ますには犠牲が大きかった。
「……真道さま、どんな結果でもそこにはご自身の選択があるとわたしは思います。四道さまに従ったのだと仰いましたが、その選択も真道さまのもの。でも、選択できるのだとお気づきになられたのでしょう? それで十分では?」
そう言うと、真道はパチリと大きく瞬いた。
「……選択が正しいとは限りません。間違いも…」
「選択の正否なんて、どなたにもわかりません。誰もが認める正しさなんて存在するのでしょうか」
海夜が正しくないと感じた黄花・サディル同士の婚姻も、武尊にとってはどうでもいい話だった。
「注意深く選択しても後から振り返れば、あの時ああしていれば、と後悔する事も多いのですもの。間違えるから学ぶのでしょう? 真道さまが後悔したのは、最悪の結果があったからでは? ……あの結果には、わたしも確かに傷つきました」
目を逸らさずにはっきりと言い切れば、真道は息を飲んだ。
「––––––けれど、それが真道さまの学びに繋がったのならば、わたしも救われます。……ありがとう」
奪われるだけではなかった。
学ぶ事が沢山あった。
ただ悲しんでいただけでは気づけなかっただろう。
真道は海夜にそれを認識させてくれた。
そうして笑いかければ、真道の頬に透明な雫が一粒こぼれ落ちる。
泣かせちゃったわ、と慌てた時、傍らに立っていた武尊が息をついて補足した。
「–––––––真道、選択を正しいと思わせられるかは己次第だ。研鑽しろ」
涙を何度も拭う彼の周囲を同期生だろうと思われる少年少女達が取り囲み、小突いたり寄り添ったりしていた。
何となく問うように武尊を見上げると、「なんだ」と憮然とした声が降る。
「……ここに連れてきたの、真道さまのため?」
途端に嫌そうに眉間に皺を寄せた所を見ると、意図した事ではなさそうだ。
「偶然に決まっているだろう」
「じゃあ純粋にこれを見せようとしてくれたの?」
雪と桜。
日本でも滅多に見る事ができない組み合わせ。
答えず、彼は片眉を上げた。
「気晴らしに?」
「真道が邪魔だな」
無感情に言うのが彼らしい。
海夜の質問の意図を肯定するように答える武尊に、嬉しくて微笑んでしまう。
気晴らしなら湖の館に移った時点でできている。精霊と触れ合えただけで、随分と気鬱は払われた。
奥宮に閉じ篭もったままでは、ここまで心身の回復も進まなかった。
それを知っている筈の武尊が、“気晴らし”なんて言う。
だからたぶんこれは、罪滅ぼしのデート。
“武尊の治世の後ろ盾にご側室を”、なんて口走ってしまうぐらい海夜が追い詰められていた事を、ちょっと反省したらしい。
朝食は必ず一緒に摂るし、夕食も出来るだけ一緒にいてくれるようになった。
就寝前にその日あった事を話す時間も取ってくれる。彼なりに物凄く頑張ってくれていると思う。
だから海夜も彼の気持ちを疑ったり、他の女性を、なんて考えも消えた。
海夜がそんな風に考えるきっかけになった、おかしな思想の人物は近衛隊の中に複数いるらしい。調査が始まったと薔珠から聞かされた。
彼らの武尊への忠誠心は確かなようなので、あまり厳しい事はしないで欲しい。
海夜が武尊とすれ違っていたから簡単に惑った。
その誤解も解けた。
ちゃんと想い、想われている。
こんな風に海夜の事を考えて動いてくれる彼を見ると、それを実感できる。
するりと左手の指を絡ませると、手首の内側でほんのり温かく互いの番の花が浮かび上がるのを感じる。
「どんな理由でも、武尊と一緒に桜を見られるのは嬉しい」
えへ、と笑うと無表情がほんの少し柔らいだ。
絡めた左手の親指が海夜の袖口に入り込み、すり、と番の花を撫でる。
くすぐったい愛情を感じる仕草に、全てを失くしたあの春から、ようやく全部を取り戻したのだと思った。
浮いた気持ちでいると、武尊の外套の肩にある物を見つけた。そっと手を伸ばす。
訝しげにした彼の手の平にそれをひらりと置いて笑うと、武尊はその手の中を見て納得したようだった。
薄紅の花びら。
三年前、海夜の手に花びらを置いてくれたのは武尊だった。
それは海夜にとって生涯の宝物となった。
強い風が吹き、枝葉が音を立てて雪と花を散らす。
夢のような光景に、候補生達も歓声を上げた。
ふわりと風に乗り手の中から流れていく花びらを見送って、彼は微かな笑みを浮かべた。
「あれはおまえだな」
楽しそうな愉快そうな。でも面白くなさそうな。
「どういう意味?」
「捕まえたと思ってもするりと逃げる」
えぇ?
花びら一枚にそんな感想を持たれても。
「殿下方、お時間を頂きありがとうございました! 内緒で出てきたのが寮監にバレてしまいましたので、我らはこれで失礼致します!」
静かに流れていた時間を割るように真道の滑舌の良い声が響いて、武尊が小さく舌打ちした。
涙も収まり能天気に笑う真道に、前にもこんな事があったわと思いながら慌てて手を解く。
寮監だという女性に促されて、勢揃いした候補生達は海夜の顔を興味津々に見て、武尊の存在に慌てて礼を取った。
「殿下方、お寛ぎのお時間をお邪魔し、大変申し訳ありませんでした。寮監として監督不行届をお詫び申し上げます」
許可を得て外出していた訳ではなかった候補生達に、恐縮している寮監の女性には申し訳ないが微笑ましくなる。
悪戯も勉強も、学生時代に仲間内で経験するから楽しい思い出にもなる。
海夜もこの春に卒業し、同期達と別々の道をいくのだと実感したばかりだ。
「……身内が迷惑を掛けた。教官と寮監の兼務は苦労も多かろうが、よろしく頼む。水取女史」
頭を下げ続けている寮監の女性に、無感情の平坦な声で答えている武尊を意外に思った。
「武尊も士官学校に行っていたの?」
「何故そうなる」
唐突過ぎたのか、彼は呆れたようにこちらを見る。
「お知り合いかと思ったから」
「水取女史はおれと三影の専科指導員の一人だった」
「専科……先生?」
濃い金髪を結い上げ縁なし眼鏡をかけた女性は、恐縮したように更に頭を下げた。
「殿下が御大将の御位に着かれるまで三年程、地史学を担当させて頂きました。お初にお目にかかります、皇女殿下」
顔を上げた女性は、鈍銀色の目を海夜に向けて穏やかに微笑んだ。
慌てて礼を返す。
桜を見にきて、まさか武尊の少年時代の一端に触れる事になるとは思わなかった。
穏やかに言葉を交わしている様子を見ると、武尊の彼女への信頼が窺える。
水取と呼ばれた寮監も久しぶりに会った生徒に嬉しそうに笑いかけ、近況などを話しながら落ち着かない候補生達を諌めている。
そこにあるのは微笑ましい光景。
なのに。
…………恋って、ひとを醜くするのかしら。
冴えなくていい女の勘が、寮監の女性の目の中の色を察してしまった。
要らない時に発揮されるのが女の勘、と美鈴が言っていたけれど、これか。
これがそうなのか、と貼り付けた笑顔の裏で自分の知らなかった面に慄く。
寮監の女性の目にピンクのハートが浮かんでいるような気がする。
なんなら候補生の女の子達の目にも、憧れ色のハートが。
でもわたしの目の中のハートが一番大きい筈だから!
………なんて、慰めにもならない事を考えて、ちょっと落ち着こうと桜を見上げる。
藍色の空を覆い隠すように桜色が視界いっぱいに広がっていて綺麗だ。
雪の白と桜の薄紅が美しいと、見せに連れてきてくれた武尊の気持ちを疑う事はもうない。
けれど、こうして彼の過去の色々に振り回される事は、これから沢山あるのだろう。
ハートを浮かべて武尊を見る女性達を見る度に、更に更に大きなハートを目に貼り付けようと誓う。
「海夜、どうかしたか」
「ハートが大きすぎると目からはみ出しちゃう」
桜を見上げてぼんやり考えていたら、突然声をかけられて、つい心の声を言葉にしてしまった。
「? ハート?」
「………………なんでもないです」
不思議そうに首を傾げる武尊に、笑顔を貼り付けたまま答える。
「体調が良くないか」
確認するように左手を取られて、慌てて首を振る。
「雪月花なんて滅多に見られないから眺めていたの。お話し中にぼんやりしてごめんなさい」
まさか年上女性と年下女子の両方にヤキモチを妬いていましたとは言えず、言い訳めいた誤魔化しを口にすると、皆そちらに気を取られたようだ。
雪を乗せた桜の咲く空に、欠けた月がくっきり浮かぶ景色を眺め、嘆息して堪能している。
皆の視線がそちらに向いたその隙を狙ったのか。
「…………………………っ!!」
取られていた左手首の内側に、武尊が唇を落とした。
ぺろり、と番の花の刻まれた所を舐められて、息が止まりそうになる。
(……っちょ……っ、………っっ人前っっ!!!)
内心で大きな悲鳴を上げながら、混乱して勢いよく左手を取り戻す。
悪戯っぽく口の端に笑みを寄せた武尊に、これは、と嫌な汗をかきながら悟った。
(……バレてる……っ、ヤキモチ妬いてたって……っ!!)
心臓の爆音を抑えるように、舐められた左手を握り込んで顔に上ってくる熱にグラグラと目を回す。
「––––––––ああ、そういえば」
まだ意地悪な笑みを消さないまま、武尊は桜が覆う空の月を見上げる。
「“月が綺麗だ“という慣用句もあったな、日本には」
おれの日本語の教師は日本人だったからな、という武尊の呟きに、何人かこちらに注目したが海夜はそれ所じゃない。
“月が綺麗”
それは美しい慣用句だ。
それをそのまま捉えるならば月を褒め称えるだけの言葉だが、日本ではとある文豪が別の意味に解釈した逸話から、とんでもなくロマンチックな暗喩に用いられる。
即ち。
“あなたを、愛––––––––––”
「…………………………っっ!!!」
全てを理解し終える前に、全身に火がついたように、どうんと勢いよく熱くなった。
顔から火を吹きそうとは、こういう事だ。
両手で頬を押さえながら俯くと、それを覗き込んできた武尊が楽しそうに笑う。
あの夜。
遠慮しないって。
手加減しないって言っていたのは、こういう事だったのか。
今更理解して抗議しておかなかった事を後悔した。
わたしにとっても月はずっと綺麗だったわ、なんて返したらとんでもない事になりそうなので、黙っておこうと心に誓った。
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