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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第二十七話 契約

このEP含めあと4話ですが。

溺愛どこ行った(たぶん次回あたりから)。


 

 赤い水溜まりの中に、海夜は膝から崩れ落ちた。

 ガウンのスカートが赤い液体を吸って汚れたけれど、気にできなかった。海夜のガウンは国民の努力の賜物だから無駄にはできないと、この子と話したのはつい数時間前だ。

 今、彼は美しい薄青金の被毛を赤く染めて、荒い呼吸で海夜を一心に見上げている。

 首には深々と、滝本が持っていた大型のナイフが柄の根本まで突き刺さっていた。その刃は半分欠けていたというのに、どんな力で突き刺せばここまで深く刺さるのか。

 あの時視界を覆ったのは、この薄青金の精霊が体を張って庇ってくれたからなのだと、今更気づいた。


 喉が詰まって声が出ない。

 ひりひりとひりついて痛い程なのに、しゃくりあげることもできない。ただ涙だけが溢れてくる。


 もっと早く、海夜が気づいていれば。

 もっと早く兄に受肉を解いて貰っていたら。

 名残惜しくて、いつまでもずるずると傍に留め置いていたから、こんな取り返しのつかないことになった。


 「……我ガ……、望……ンダ、ゾヨ……。泣ク……デ、ナイ……ッ」

 「……話しちゃだめっ、今、解放して貰うから……っ」


 体が大きく痙攣し吐血した受肉精霊に、慌てて体をさする。

 すぐ傍に立つ兄を縋るように見上げて、何とか解放できないか視線で問うと、兄は残念そうに首を横に振った。


 「……核が崩れ始めてる。オレも精霊の死なんて初めて見るからわからない。でもたぶん、受肉を解いてもこの崩壊は止まらない」

 「………っ」


 そんな、と声を上げたかった。

 滝本は精霊使いでもない、普通の人間だ。その彼の攻撃で、精霊の核が傷つく筈ないのに、なぜ? ウソでしょう、と叫びたかった。

 代わりに出たのは大きなしゃくりあげだ。

 泣いたって現実は変わらない。

 それでもあふれる涙と胸の痛みが、どうしようもない後悔を連れてくる。この強烈な痛みは、まだ赤々と灯る灯火のように覚えがあった。


 (…………シャイマ…………)


 あの日から名前を口にするのも躊躇う程、痛くて痛くて生々しい記憶。姫、とかすかに笑って呼んでくれたその笑顔も、血の記憶の中に未だあるひと。

 大事な友人だった。薔珠と共に、常に一緒に居てくれた。

 冷静な動じない顔つきで、その実人情深くて心根の優しい彼女を、あんな目に遭わせたのは他でもない、海夜の業だ。

 今またその業が、海夜の傍から大事な存在を奪おうとしている。


 いやだ。

 ………もう、嫌だった。


 シャイマのあの非業の姿を見て、心に誓ったことを思い出す。

 二度と、こんな姿になる存在を出さないと。


 「…………お兄ちゃん、山百合の森、覚えている………?」


 青い被毛を撫でながら唐突に質問すると、訝しそうにしながらも傍にいた兄は頷いた。

 海夜達の家は豊かな自然に囲まれていて、子供だけで入るなと叱られながらも、遊び場は山しかなかった。山百合の森も、そんな遊び場の一つだ。

 道路脇の熊笹の獣道を入って行くと、小さな谷が現れて、底の方には細いけれど綺麗な沢があった。

 日の当たる一等いい斜面には、真っ白い山百合の群生が咲き乱れ、陽炎立つ夏の空気の中、沢が作り出す清涼な風と山百合の濃厚な甘い香りが広がっていた。懐かしい、子供の頃の思い出の場所だ。


 そして、今のような夕暮れの逢魔が時には、微かな羽音をさせながら、あちらの百合へこちらの百合へと渡り歩く、大きな黒と青い翅の群れを見ることができた。

 夕焼けにきらきら煌めくきれいな青金の鱗粉を散らし、沢の水を舐めては百合の蜜を吸いに戻る。

 夢のようなあの光景は、この精霊の薄青金の透き通る翅を思い起こさせた。


 「……この子の本当の姿が、あの子達とよく似ていて、すごく綺麗なのよ……」


 荒い呼吸が辛そうで目を逸らしたくなるけれど、海夜を見る透き通る瞳が、こちらを見ていてと訴えている。

 それを感じ取りながら、海夜は首に深々刺さったナイフの柄に泣きながら手を掛けた。

 これを引き抜いたらたぶん、大量出血を起こす。でもそうしなければ、行動に移せない。

 そっと、もう片方の手も添えて、耐えて、と祈るような気持ちで一気に引き抜く。刀身が露わになるのと同時に溢れる血液に、精霊の体躯が大きく痙攣を始めた。意識を持って行かれるのもすぐだ。

 焦るけれど静かに呼吸し、心を落ち着かせて顔を上げた。



 「あなたが望んでいたことを叶えたいの。名前をあげる。

 目を覚まして、––––––“揚羽あげは”」



 言葉にちからを込めた。

 しゅとなり鱗粉のようにきらきらと光って纏わりつく言霊に、薄青金の精霊は虫の息で目をぽかりと開ける。


 「…………嫌ガッテ……オッタ……ノニ……」

 「換えられないものがあるの。あなたの代わりなんて居ないもの」


 そっと耳の後ろを撫でてやり、涙でぐちゃぐちゃのひどい顔のまま笑いかける。


 「まだ生きたいと思ってくれるなら、それがわたしの傍でもいい? 一生、わたしと一緒にいてくれる?」


 問いかける海夜に、精霊は裏心ない目を向けた。何も媚びず、計算もなく、ただの海夜を見ている目。

 そうしてゆっくり閉じる目に、まだだめ、と呟くと精霊は笑うように頷いた。


 「……イイヨ。……命ヲ、アゲヨウ」

 

 今にもともしびが消えそうな命を前に、精霊の血で汚れたナイフを握りしめた。

 すぐ後ろに武尊の気配を感じたが、左手首に当てたやいばを躊躇いなく引く。

 熱い火の棒が肌の上を滑った。

 一瞬のそんな感覚の後に、大量の血液が手首に溢れて、あっという間に指先まで滴る。温かい命のかけらがこぼれ落ちる。


 「うけいを貰うわ。わたしに命をくれるって」


 “情熱的に求婚プロポーズしてくれたら考えてあげる”


 昼間自分が言った言葉を思い出す。

 命をくれるなんて、こんな情熱的なちかいはない。まして、裏も表もない精霊の誓いだ。

 

 「代わりにわたしのいのちをあげる。あなたと契約するわ」


 滴る血を横たわる精霊の口元に落とす。虫の息で飲み込む力もない精霊の口に、手首の傷ごと押しつける。

 貴種の血は精霊にとっては薬だけれど、ご馳走でもあるから、契約は簡単にしちゃダメだと、兄と共に祖母から口酸っぱく注意されていた。

 けれど兄も武尊も、何も言わずに海夜の選択を見守ってくれている。

 薬になるなら、今この時に契約しなければ何の意味もない。


 「戻って来て。……傍にいて、“揚羽”」


 懇願するように名を呼ぶ。

 海夜が与えた名の中に、精霊を形作るしゅを込める。


 名は存在をいましめる、最初のはふり。同時にのろい

 存在そのものの形を証明するちから。

 名を持ち寿ことほぎ呼ばれて自分の居場所を作る、呪いのような祝いのちから。


 だから、あなたの居場所はここよ。



 「一生、一緒にいて」


 

 切願の掠れた声で呼びかけ、ぽつ、と精霊の額に落ちた海夜の涙に反応するように、手首に何かが当たる。

 瞬きの間に、世界が暗転するのを感じた。足に生えていた根っこが抜かれたような、不安定な浮遊感と背中が痛むような脱力感。

 誰かの声と慌ただしく走る複数の足音が聞こえる。トンネルの中で反響するように膜がかかり、誰が何を言っているのか全く判別できない。

 その中で、そうかと海夜は奇妙に納得していた。


 ––––––––––––これが、精霊に喰われるということか、と。


 目を閉じているのかどうかも判然としないまま、真っ暗な宙を漂うように海夜は意識を手放した。



 ※


 

 滝本天たきもとたかしは薄暗闇の中、目を覚ました。

 頼りない視界に薄汚れた天井がぼんやり見える。頭がはっきりしない。痛いという感覚もあるけれど、とにかく気怠い。

 寝転がっているからか、と起きあがろうとして、ガチャンと鳴る金属音と手首に走る衝撃に顔を顰める。

 自分の両手を見て、天は目を疑った。手錠のようなもので拘束されているのだ。ついでにいうなら両足も動けない。

 大の字に寝そべり、両手両足を拘束されて自由を奪われているのだ。


 「……………………は?」


 (…………何だ、コレ。何でこんなことになってんだ……?)


 事態が全く把握できなくて、思考停止状態になる。

 とにかくこの拘束をどうにかできないか。

 闇雲に手足を動かしてみて、どうにもできないことを悟りかけた時、「先輩!」と聞き慣れた声を耳が拾う。同時に周囲が明るくなり、自分の状況らしきものが見えた。

 狭くて埃くさい部屋のベッドに拘束されて、意識を失っていたらしい。

 何とか顔だけを上げて声のした方を見ると、牢屋のような鉄格子の向こうに、後輩の三本木の姿があった。


 「滝本先輩、目が覚めたんですねっ、良かった! わかりますか、三本木珊瑚ですっ!」

 

 鉄格子を掴んで、三本木はこちらの様子を見ようと伸びあがる。


 「………サンサン? ……いや何なん、コレ。せっかく自由の身だと思ったのに、この仕打ち。やっぱ平尾に酷いことした人間は、牢屋に入れとこってことか?」


 顔を上げるのもしんどくなって来て、脱力するようにベッドの上に体を投げ出す。

 大の字の体勢から動けないのは結構辛い。


 「…………先輩、何があったか覚えてないんですか?」

 「何が? 覚えてるよ、平尾と話したこととか」

 「その後です! ……怪我とか、大丈夫なんですか」

 「怪我?」


 何の話かと思い、自分の体を見れば身に着けている衣服には、あちこちに血が滲んだ跡がある。布地がボロボロになっている部分もあるし、よほど暴れたのでなければこうはならないだろうと思う出立ちだ。

 でも、痛い所はない。頭がはっきりしないぐらいで、不調は特になかった。


 「気がついたか。気分どうだ?」


 不思議に思う間も無く、三本木の後ろから現れたのは平尾の兄だった。

 

 「平尾先輩、コレ何すか? オレ、やっぱ有罪?」

 「覚えてないのか。そりゃある意味よかったな」


 がちゃん、と音を立てて鉄格子の扉の鍵が開かれる。

 すぐ傍まで来た三本木と平尾の兄は、伺うようにこちらを覗き込んだ。


 「怪我、治ってるな。……いいんだか悪いんだか」

 「……妹さんの様子、どんなですか?」


 疲れたように首元に手を当てて、鳴らすような仕草をする平尾の兄に三本木が問う。


 「大丈夫。命に別状あるわけじゃない。ちょっと貧血起こしたぐらいで。二、三日休めば回復する」


 (何のことだ?

 平尾が貧血?)


 「…………状況、全然把握できないんすけど。オレのこの拘束も、平尾が貧血って話も。いい加減、これ外して下さいよ」

 「それはできない」


 鉄格子の向こうから別の声が響いて、一斉に皆がそちらに目を向ける。

 暗がりから闇が現れたのかと思うような、黒っぽい服に黒い髪。眼帯で覆われた隻眼であっても、こんちくしょうと思わせる美丈夫で気分が悪い。


 「美津里みつり天地てんちが到着した。和夜、おまえも戻れ」


 平坦に無感情な声で、平尾の兄に話しかけている。

 纏う空気は陰鬱で、闇が現れたと思ったのはこの雰囲気のせいもあるだろう。隻眼の黒い瞳に光がない。二日前に会った時は、ここまで人を萎縮させる雰囲気じゃなかった気がするのに。

 足音なくこちらへ寄ってくる男に、三本木が身体を竦ませて、逃げるように平尾の兄の背後へと回り込む。

 その様子に、兄は呆れた目を眼帯の男に向けた。


 「……いんやぁ。この子らの為にもここに残るわ」

 「好きにしろ」


 どうでもよさそうに言い放ち、眼帯の男はこちらを静かに見た。

 ……見ただけだというのに、息を飲みそうになる威圧感があって、内心舌打ちしたくなる。拘束されて動けないこちらの横に立ち、無言で見下ろしてくる。


 「……何だよ、何か用があって来たんじゃないのかよ。感じ悪ぃな、皇子さま」

 「–––––––––騒ぎを起こした割には元気そうだ。こちらを認識していたか」

 

 光を灯さない真っ黒い隻眼で見据えられて、背筋が寒くなる。ここまで感情のない、機械みたいな男だっただろうか。


 「ここに至る経緯を覚えているか。何故拘束されたか」

 「……これ指示したの、あんたかよ」

 「怪我も表面上消えたな。ベルセルクルの効能か」


 会話をする気がないようにこちらの質問を無視する。カチンと来るが、引っかかる言葉に眉根が寄った。


 「……効能? 何の話だよ」

 「ここに来るまでに居た場所で、何か薬物を打ち込まれたりしたか。もしくは口にしたり」

 

 何だか取り調べでも受けているようだ。


 「……食事は出てた。体力落としたくなかったから、嫌だったけど全部食ってた。それが?」

 「それだな。そこに盛られた薬物で、異能を植え付けられた」


 …………は?


 「記憶が混乱しているのか。キーワードは把握しておきたい。少し邪魔をする」

 「……おい、武尊」

 「操作するわけじゃない。誘導するだけだ」


 抗議する調子で平尾の兄が声を上げたが、眼帯に指を掛けた皇子は取り合わなかった。

 そうしてその眼帯の下から現れた瞳は緑がかった琥珀色で、左右で色が違うのかと少々たじろいだ。

 たじろいだと同時にその目から逸らせない自分に気づき、眼裏に落ちるように脳裏に光景が浮かび上がった。


 



 こんなに悲しくて幸せなことがあるだろうかと、三本木と二人で外の湖を眺める平尾を見て思った。

 彼女の生涯の伴侶という立ち位置にはなれない。ちゃんと認識した。

 けれど、それは新たな関係のスタートで、恋人や夫婦なら破綻して二度と顔を合わせない、なんて話を聞く中でも、友人ならそんなこともないと希望を持てる仕切り直しができた。と、思う。

 女々しいけれど、それだけでも嬉しいと思う自分がいる。

 天のしょんぼりした様子を見て、平尾の兄が若干気の毒そうに肩を叩く。

 でもその顔が面白がっているように見えるのは目の錯覚だろうか。


 『えーと、眞爾ましか大尉? さっき妹に言ってたアレって何? 無礼なことって』


 こちらが疑問を口にする前に話を変える所は、やっぱり油断ならない人だ。


 『……は。いえ、あの。自分の相方の話ですが、少々軽口が過ぎたようで。姫君の落ち込んだお顔に反して楽しそうな様子だったので、何かあったのか問い詰めました所、ガツンと言ってやったのだとか何とか……』

 『何を? 確かに兄から見てもぽやんとしてるけど、あいつ。でも、顔も知らない人間にガツンと言われる程のことしてるか?』

 『……キアリズ殿下に心酔する者は、姫君に不満を持つ者もいるのです。姫君の近衛として招集を受け、身辺警護を役目とする身で、あってはならない話ですが……』


 平尾に何か良くない気持ちを持つ人間が、平尾の身近にいるという話だろうか。

 天が首を傾げる傍らで、平尾の兄は眉間に皺を寄せて腕を組んだ。考えるように顎に手を添えて、もう一度軍人を見る。


 『…………それって、女?』

 『いえ、男です。……中には女性もいるかもしれませんが』

 『うわ、複数か。……つーか、あいつがバカなこと言い出した理由がわかったな』


 合点が入ったというように口中で呟き、平尾の兄はため息をつきながら軍人に言った。


 『それ、武尊に……キアリズに報告した方がいい。相方の為にも。不満を持つ人間が複数いるなら、増長するのは目に見えてる。ああ見えてあいつ、“海夜”の為には何するかわかんねえ奴だから』

 『……は。まだ様子を見ている段階でしたが、そう仰られるなら』

 『早い方が被害も浅くて済む。おたくらの。万が一“海夜”に害が及べば、……まぁ、オレも庇ってはやれない』


 うん、と頷く平尾の兄の口から、毒でも出ているのかと思う程、瞬間瞬間で心臓が音を立てて大きく脈打つ気がした。


 (…………? 何だ、コレ?)


 胸に手を当てて何度も瞬きするが、どんどん鼓動が大きくなるだけで、収まる気配もない。


 「おい“海夜”。精霊解放するの、忘れんなよー」


 平尾の兄がテラスへと出た妹に声を掛けた瞬間、弾けるように天の耳の奥で甘い声が甦った。同時に鼻をつく甘ったるい匂いに意識が霞む。


 “…………お願いぃぃぃ聞いてねぇぇぇ………”


 反響してぼやける音が、無意識を刺激する。



 “ミヤって名前でぇぇぇ……スイッチ入れてねえぇぇぇ……。ターゲットのぉぉぉ名前ぇぇぇ……。そうしたらぁぁぁ……その子はぁぁぁ……”



 何も見えない、聞こえない。

 甘い声と匂いだけが纏わりつく。




 “えいえんにあなたのものよ”




 えいえん。

 えいえんに、ひらおがおれのもの?





 無意識を底からさらわれたようだった。視界に光が飛び込んで、呼吸を強制させられるように過度の酸素が肺に流れ込み、自分の激しい呼吸音に天は頭が割れそうになる。


 「傷が消えたな。それは表面上消えているだけだ。摂取した薬物が代謝を促して細胞を活性化し、皮膚表面の傷を消す。だが真に治癒してはいない為、無理に動けば傷が開く。脳が麻痺してその痛みすら感じさせないらしいが。ベルセルクルの伝承において、使用者にまともに死んだ者はいない。皆が身体の損傷に気づきもせずに絶命する。それ故、拘束させて貰った」


 (思い出した…………)


 思い出してしまった。

 目の前に唐突に突きつけられた信じ難い現実に、叫び出しそうになるのを寸手で留めたのは、皇子の冷酷な程静かな説明の声だった。


 「………………っっ、うそだ……っっ!!」


 (……平尾を、傷つけた……!? オレが……っ!?)


 和解したばかりだ……、新しい関係を築こうと思い直したばかりの……。


 「キーワードは把握した。名前そのものが使われるとはな」

 「武尊、ちょい待て。おまえの心境もわかるけど、滝本のことも考えてやれ」

 「考える。何を」


 揺れない平坦な声で、平尾の兄に答えている皇子は首を傾げた。

 こちらの顔色など本当に興味がないのか、違うことに気を取られているのか。


 「滝本、妹は無事。貧血起こしたのは違う原因で、君が傷つけたわけでもない。うちら兄妹が自分のこときっちり把握できてなかったのが原因だから、君は関係ないし、ついでにお前も関係ない、武尊」


 動揺に激しく鳴る鼓動を抑えられないこちらの顔を覗き込み、それから皇子の顔も覗き込んで、平尾の兄は情けなく苦笑した。


 「精霊に近いって、ばあちゃんに散々注意されてたのに、あいつの泣き顔にほだされたオレの不行き届き。だから、二人して世界の終わりみたいな顔すんのやめてくれ」


 (世界の終わり。二人で? ……て、自分はともかく、この無感情皇子のどこにそんな表情が?)


 左右異色の瞳を晒したまま、白々立つ皇子を観察しても表情なんて窺えない。わかる人間だけがわかる類か。


 「滝本は日本に帰さなきゃならねぇ。ヤク中のままにしとくわけにはいかない」


 背後の三本木に視線をやる平尾の兄に、皇子はちょっと考えるようにこちらの顔を見た。


 「ベルセルクルは表向き薬だが、実際は生体兵器を作り出す毒だ。解毒薬は伝わらない。現状、解毒かいどくは難しい」


 (毒……そんな物食ったのか、オレ……)

 

 絶望する心持ちになって、顔を隠したいが両手の拘束がそれを許さない。情けなくて、いっそ笑いたくなる。


 「対貴種の薬物だ。亜種にしか作用しないんだろう。ならば、契約の上書きである程度作用を抑えられるかもしれないが」


 そう言って皇子は腰の後ろのベルトから小さな刃物を取り出して眺め、もう一度こちらを無感情に見た。



 「血を飲み契約する気があるか」


 



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

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