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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第六話 悪鬼

グロ描写あり。

苦手な方はご注意下さい。


 大占の仕事部屋はこじんまりと簡素だった。

 床を一段高く上げた祭壇には女性の腕で一抱え程の岩が、高御座たかみくらに設られている。

 白い大理石のような表皮の内側に、青を基調に様々な色が透けるそれは、自ら発光する存在感と妖しい美しさがあった。


 (綺麗。でも何だかこわい……)


 岩を目にした感想を内心で呟いて、扉の軋む音に少しだけ振り向く。

 入ってきたのは隻眼の意地悪な人だ。腰に剣のような物を下げて物々しい。

 現代でも剣を使う国があるんだ、と驚くのは海夜の狭い世界観のせいで、世界には色々な国があるのだろう。

 彼は腕を組んで壁に寄りかかり、見物の姿勢を決めこんでいる。口を出す気はないらしい。


 『さあ、触れてみて』


 大占の声に岩に向き直ると、集まる視線に緊張する。それを解すように美津里が背を撫でてくれた。


 (そうよ、石に触るぐらいどうってことないわ)


 気を取り直して美津里に笑顔を返し、緩慢な仕草でおそるおそる右手を岩の表面に置く。

 荒い印象と違って滑らかな感触で温かいことに驚く。

 ……そういえば身分を証明するって、何があったら証明になるのだろう。

 今更気づいて首を傾げた時、後ろにいた美津里が『あ』と声を上げた。

 海夜が手を置いている場所から、じわりと光が岩全体に広がって行く。

 あっという間に発光するように光に包まれた岩の中から、光の粒が膨らみ飛び出して周囲に群れ飛んだ。

 呼吸も忘れる光の波の中で、こんにちはと話しかけられる。よく来たね、という歓迎にも似た声は周囲を見回しても正体はわからない。

 だが次の瞬間、手の下で岩が鼓動を打つように震えたのを感じて、本能的に手を勢いよく引っ込めた。


 『凄い、本当に光ったわ』

 『皇族が触ると光るって、本当なんだ……』

 

 手を離した途端に光の波はすっかり消え、部屋は静まっていた。美津里と空地が興奮して、今の出来事にはしゃいでいる。当の海夜は、不吉な脈動に自分の中の何かが怯え、鼓動が早鐘を打つことに戸惑う。

 岩が光ったことは勿論驚いた。

 けれど、この足の下から這い上がってくる恐怖は、いったい何だというのか。

 手が震えていることに気づいて、両手を力一杯握りしめる。

 その時、再び岩が大きく脈動した。

 今度はその場の皆も感じたらしい。美津里と空地、それに大占も眉根を寄せて岩を見る。


 『全員そこから離れろ』


 大声ではないのに、引き寄せられる声が響いた。

 壁に寄りかかって成り行きを見ていた隻眼の人が、腰の剣に手をかけて扉前に立っていた。

 それに目を止めた直後だった。

 岩を中心に巻き起こった一陣の爆風のようなものが、円を描いて部屋の中を駆け抜けた。

 海夜以外の全員が、その風に壁際まで飛ばされる。

 かすめる強風に、咄嗟に腕で顔を庇った。

 刺すような視線を全身に感じたのは、その時だ。

 忽然と現れた存在が、目の前で見下ろしているのを感じる。

 身体中の血が引く恐怖そのものが、目の前に立って嗤っている。


 『コンニチハ、ヨク来タネ』


 溶けて歪曲したガラスのような、無機質で歪な声が話しかけてくる。

 怖くて顔を上げられない。身体が勝手に震え出す。俯いたままの視界には青白い裸足のつま先と、床の上をうねるように這う砂色の長い髪が見えた。


 『アレ、オ返事シテクレナイノ』


 金切り声にも似た性別不明の声が耳元に響いて、ぞわりと悪寒が背を走り抜けた。冷や汗が噴き出す。

 青白いのに爪だけは真っ赤に染まっている手が頬に伸ばされると悟った時、視界が突然ぶれた。

 肩を強く引かれ後ろに倒れ込みそうになる。

 空を切るような音と、何かが激しく擦れ合う音が頭上で響いた。


 『しつこい』


 真上から降ってきた声に何度も瞬く。

 海夜の身体を支えてくれながら、隻眼の人が左手に持った片刃の剣を、汚れでも払うように一振りした。

 同時に重い物が床に落ちた音がして、そちらに目を遣り悲鳴を飲み込む。急いで目を逸らし込み上げる吐き気を堪えた。

 砂色の髪を纏わりつかせた首が、そこに落ちていた。

 くるりと反転した目が、恐ろしい形相で宙を睨みつけている。

 美津里と空地の大きな悲鳴が響いた。


 『……っ、これは何ですかぁっ!!』

 『動くな。まだ死んではいない』


 力が抜けて動けない海夜を扉近くに座らせながらも、隻眼の人は冷静だ。

 直後、転がる生首から生き物のように、砂色の髪が蠢いて浮かび上がった。


 『上将っ、何事ですかっ!』


 白金髪の背の高い人物が飛び込んできた。部屋の中の惨状に言葉をなくして立ち尽くす。


 『ぼさっとするな、虎っ! 皆を連れて部屋を出ろ!』


 海夜めがけて髪の束が襲いかかってくる。

 それを一刀両断し、隻眼の人は命令でもするように怒鳴った。


 (これは現実? いつもの悪夢?)


 震える両腕で我が身を抱きしめた。何かが体の内側からせり上がって来るのを感じる。混乱して何が起こっているのかわからない。止めることもできない。

 竦んだ耳に、隻眼の人が何か叫んでいるのが聞こえる。


 けれどそれは遠く霞んで、海夜の無意識は解放された水のように波立ち渦を巻き、やがて収束していった。




 ※


 


 視界いっぱいに金色の光が弾け飛んだそこには、一つ目の巨人が立っていた。

 あの姿に海夜は見覚えがあった。

 先程挨拶に来てくれた、屋敷の庭の年経た巨木の精霊だ。


 『何アレ、もしかして精霊?』


 精霊が見えない筈の美津里が、その存在をしっかり目にして呆然と呟いている。

 その時再び轟音が鳴り響いた。

 手当たり次第に髪の刃が襲いかかる。

 首のない胴体から溶け出るように黒い影が床に落ち、四方八方に張り巡らしながら猛スピードで迫りくる。

 逃げられないと思わず顔を背けた時、大きな存在が皆の前に立ち塞がった。あの一つ目巨人だ。

 蜘蛛の糸のような黒い影が、その存在に押し返されて進行を止める。


 (庇ってくれた……?)


 驚いて大きな背を見上げるが、髪の刃を振り回している生首の方で果実が踏み潰されたような嫌な音がして、そちらに気を取られた。

 あの隻眼の人が生首の額に片刃の剣を突き立て、尚反撃しようと暴れる首を身体全体で押さえつけている。


 『オ前、邪魔スルノ』

 『当たり前だ。いい加減、皇家に仇為すのをやめろ』


 場慣れしているのか息も乱さず動揺もせず、彼は冷酷な眼差しで声なく何かを呟いた。

 途端、剣の内側からほとばしるように生首に向かって火花が走る。

 額に火が灯った一瞬後だった。生首は髪の先まで青い炎に包まれ、数秒で消し炭となって消えた。

 その恐ろしい光景に、呆然とすることしかできない。

 そうして一つ目巨人とせり合う胴体が、逆上し吼えるような勢いで隻眼の人へ影を繰り出すが、影が足元に到達する寸前で、彼は床の上に縫い付けるように剣を突き立てた。

 どかっ、と勢いよく留められた影はそれ以上進めず足掻いて、突き立てられた剣が地鳴りに震えて悲鳴のような金属音を立てる。

 隻眼の人が直立の剣の柄に指を乗せると、空を引き裂く轟音と共に雷撃のようなものが床を走り、影で繋がっていた胴体をあっという間に焼き尽くした。首と同じように、ボロボロと黒く崩れて消えていく。

 全てを見届けると隻眼の彼は、剣を引き抜き鞘に納めてしゃがみ込み、床を撫でた。

 そして海夜達を守るように立っている一つ目巨人と正面から相対し、不思議に静かな目で見上げる。

 巨人の背は何かに耐えるように震えていた。


 『––––––余生をひっそり送れば良かったのではないか? 受肉すればうつつの苦痛が身を襲う』


 穏やかな声に、巨人は首を振る。


 『コノ子独リボッチデ、“助ケテ”ノ悲鳴ハ可哀想』

 『それで余命を差し出したのか? この場に解放者はいない。楽になりたいなら手伝ってやる』

 『イイ。コノママ逝ク。構ウナ』


 交わされる言葉に大占と空地が鋭く息を飲んだ。


 『頑固だな。現の苦しみは耐え難かろうに』

 『痛クナイ』

 『それはもうその身が消えるからだ』

 『守レタ』

 『……よかったな』


 隻眼の人がほだされたように呟く。

 その直後、巨人の体はふ、と空気に溶けた。

 何も存在しなかったようにぽかりと空いた空間に小さな光の粒が漂い、明かり取りから差し込む陽の光の中に滲むように消えた。

 ようやく海夜の胸に、きりりと痛むような感情が走る。

 存在そのものが大きくて、包み込むように優しい精霊。それが消えてしまった……。


 『……これは何事なんです?』


 呆然としていた大占が、我に返って厳しい目を向けたのは隻眼の彼へだった。


 『ここは古い土地だけあって、棲みつく精霊も強い意思の者が多い。受肉後に会話ができる精霊はそう多くない』

 『受肉……現世うつしよに顕現したということですか? どうして』

 『皇女の呼び声に応えたらしい。本人に呼んだ自覚はないだろうが』


 ちら、とこちらを見た後、無感情に彼はあの岩の塊を振り向いた。


 『信仰の場の貴光石での身分証明は危険が大きい。このまま皇女はこちらで保護する』

 『……彼女はどうなりますの?』


 大占は目を眇めて隻眼の人を見るが、彼は静かにその視線を流した。


 『……海夜はもう、ここには来れないんですね』

 

 空地の言葉に彼は小首を傾げた。


 『あの石を破壊してもいいなら可能だろう』

 『貴光石を壊すって……、人間がっ? 貴光石はありがたい物ですよ!』

 『単なる力の塊だ。物理攻撃で傷つくぐらいには脆い』

 

 無表情で淡々とした態度に、空地は困惑している様子だ。


 『無条件にあの石を崇拝するのはやめた方がいい。世代を越えて大事にしても、良いものだけを与えるわけではない。あれは人間の意思など関係ない場所の存在で、そこにあるだけの物だ』


 詰まったように空地は黙り込み、隻眼の人はようやくこちらを見た。


 「大丈夫か。傷は?」


 平坦で無感情な声に、はっと意識が戻った心地で目を瞬く。

 座り込んだ海夜の傍らに膝をつき顔を覗かれるが、その目に感情は見えない。


 「特に痛まないわ。……混乱して頭が痛いけど」

 「そうか。体調が悪いところ申し訳ないが移動する」

 「……どこへ」

 「軍施設だ」


 そう答える彼に疑問が浮かんだ。


 「さっきの化け物は何? どうしてわたしを襲ったの? 説明してくれないの?」


 思い出して声が震える。

 でも彼の淡々とした態度は変わらない。


 「あれは四百年ほど昔の悪鬼だ。殆ど力など残っていない残滓ざんしだが、皇女が欲しくて、少し力を蓄えると地上に出てくる。害虫みたいなものだ」

 「どうしてそんなのが、わたしに……」

 「皇女が欲しくて、と言っただろう」


 重ねられる単語に何度も目を瞬く。

 今なんて? 流せない言葉だった気がするのだけど。


 「……“皇女“……? ……て? 誰が?」

 「おまえだ」

 

 更に混乱して硬直する思考の向こうで、彼が美津里に話しかけている声が聞こえる。

 こっちは放置……? でも、今話しかけられても何も答えられない。


 『美津里殿は仕事か』

 『戻れば仕事は山程ありますわね』

 『では留まることを要請する。国境警備隊本陣での皇女の世話を任せたい。頼めるか』

 『承知しました。一旦夫と仕事の申し送りをさせて下さいませ』

 『了解した』


 内容はわからないまでも、何かが決まったのだろう二人の会話の様子を、ぼんやり眺めながら薄い意識の向こうで考える。

 皇女って何のことだろう、と。

 平尾家は代々あの土地に住む地主一族で、親戚も同じ土地に多くいる。山奥の田舎で、良くも悪くも知らない顔の方が少ない世間の狭さだ。

 どこの誰が何をした、がすぐに界隈に伝わる地域の中で、どうやれば皇族なんてものにぶちあたるのか。

 ……けれど海夜の中で思い当たる節は、実はひとつだけあった。


 「……わかったわ、行方不明の父っ? 何か関係してる?」


 十年以上前に突如いなくなった海夜と兄の父親。

 父は外の人だ。だから何かがあるとしたらその人だろう。

 唐突に声を上げた海夜に、美津里は驚いたように目を瞬いたが、隻眼の人は目を眇めている。予想と期待を込めて見上げた彼は、目を合わそうとはせずにボソリと呟いた。


 「………“行方不明“」


 確認するような声音だが、あまり関心もなさそうに彼は首を振った。


 「違う。母親の方だ」

 「え、母?」

 「正確には母方の祖母だ。五十年以上前、この国の皇女だった」

 「お祖母ばあちゃん……」


 説明が雑な上に予想外過ぎる。

 確かに祖母は外から来た人だ。

 でも祖母からそんな話を聞いたことはない。


 「祖母が皇女でもわたしは違うでしょ? それに母は? 兄は?」


 訊きたいことは山程あって、何から訊けばいいのか。

 矢継ぎ早に質問すると、一つ息をついて彼は訊ねてきた。


 「鈴を持っているか」

 「鈴? ……ああ、鈴ね。これのこと?」


 質問を全無視の上、唐突で戸惑う。

 持ち上げた左手首には、細かな彫金細工を施された小さな黄金の玉が、細い金の鎖に下がっていた。


 「……これ祖母の形見って聞いてるけど、鳴ったことは一度もないわ。鈴だと聞かされているからそう思っているだけ。お守りだから、絶対に肌身離さないように言われているけれど……」

 「鳴らない? ……ふぅん」


 片膝をついて鈴を検分していた彼は、おもむろに短刀ナイフを取り出した。


 「これは皇家の物だ。その首に掛かっている鏡も。両方とも随分な骨董品だが、性質は先程おまえが光らせた石と同じだ。役割に差異はあるが、似たり寄ったりだろう」

 「どういう意味……」

 「この二つに関していえば皇家の者の試金石であり、守護者だ」


 そう言って彼は、手にしていた短刀を自身の右手に握り込み、躊躇わず引いた。

 視界が真っ赤に染まる鮮血が迸り、言葉をなくす。くらり、と目眩のようなものが起こる。


 『っいきなりそれは、おやめ下さい』

 『し、止血……っ、止血を早くっ』


 白金髪の人と美津里が動揺する声が耳に入ったが動けない。

 突然の流血は心臓に悪過ぎる。

 呆然とする海夜の左手を取り、隻眼の人は鈴を手の平に乗せた。


 『この流血はその身で贖ってもらう。働け』


 そうして滴り落ちる血を、手の平の鈴の上に落とす。

 途端に鈴だというその玉が、息を吹き返すように涼やかに鳴り出した。


 「っ……鳴ってる……!?」


 初めて聞く高く清かな音に心底驚いた。……というのに、更に目を疑う出来事が起こる。

 鈴が二重にぼやけ光が点り、その光が大きく膨らんだと思ったら、女性のような人の形を成したからだ。


 (………………ナニコレ)


 驚きすぎて、再び思考が停止する。

 その横で白い靄のような人物に隻眼の人が話しかけた。


 『主人あるじの危機に、よくぞここまで堂々と寝こけていられるな』

 『……懐カシイ空気……、ココハマサカ黄國デスカ』

 『おまえを起こしたのは、皇女の守護と通訳のためだ。会話が困らない程度に同時通訳をしてやれ』

 『……“皇女“……? 一体ドウイウ……』

 『説明している時間はない。本来の役目を果たせ。でなければ川に捨てる』


 起こっている出来事についていけない。

 物心ついた時から身につけていた物に、実は人外が宿っていたなんて。

 混乱する心境をよそに、精霊らしき存在は何か言いたげながらも諦めて、金色の光の球になった。

 呆然としている海夜の胸元までふよふよと漂い、そのまま溶けるように消える。

 こつん、と何かが当たる音が耳の奥で小さく響いた。


 「鈴の化身であるあの者に同時通訳をさせている。言葉がわかるか」


 隻眼の人が覗き込むように声をかけてきた。

 日本語ではない言葉で話しかけられているのに、理解できる自分に混乱する。


 「違う言葉なのに意味がわかる……」


 耳慣れない言語が聞こえるのに、脳内で日本語の意味に訳される。

 若干違和感はあるが、言語の発音がそのままなのは、言葉を覚える上で必要なのでありがたい。

 でも……、どうしてこんなことができるのか。

 不思議すぎて考えたくない。


 「あのままでは皇宮の魔窟に呑まれる。言語の壁は不便だ」


 言いながら彼は立ち上がった。

 その右手に目がいき、そういえばと思い出す。

 先ほど派手に短刀を握り込んでいた。


 「手の傷は大丈夫? 止血も何もしていなかったけど」

 「そうですわ。あれだけの出血、普通なら縫う傷で……」


 美津里が医師の顔をして右手を覗き込む。

 けれど眉間に皺を寄せて言葉をなくし、横から覗き込んだ海夜も息を飲んだ。

 右手は短刀を握り込んだことが嘘のように無傷だった。

 ……瞬きの間に治ったように。


 「……これ、わたしと同じ……」

 

 海夜も、兄も母も、怪我はすぐに治る。

 特に自分自身でつけた傷は、数分で塞がりあっという間に消える。

 代謝いいね! と幼馴染達は笑い飛ばしてくれるが、大抵の人間には奇異の目で見られるので話すことはない。それが。


 (同じ体質ということ?)


 疑問の目を向けると、彼は右手を握り込み浅く目を合わせた。


 「おれはこの国で、一番おまえに近しい親戚だ」


 (親戚……?)


 無表情のまま曖昧な言葉を寄越し、彼は大占親子に顔を向けた。


 「皇女の保護移譲に関して、これ以上の問答は不毛だと考える。救護、及び保護に関しての礼は後日」


 目礼をする彼の言葉を黙って聞いていた大占が口を開いた。


 「お名前をお聞きしても? 手順も踏まず精霊を従わせ、悪鬼と化した精霊を退けるなんて、そんな軍人さまは聞いたこともございません。名高い精霊使いの軍人さまなら、しがない大占であってもお名前ぐらいは耳にしたことがあるはずですのに。貴方は、どなた?」


 探るような大占の言葉に、少し考える素振りをした彼は親子に正面から向き直った。


 「キアリズ」


 一言告げた背を見上げる。

 今のはもしかして名前?


 「キアリズ・黄花こうか・サディル。名乗りもせず失礼した」


 フルネームらしきものを名乗られて空地がぱちりと瞬きし、大占は納得したように深く息をついた。


 「やはり……。国の誉れと称えられておりますね。第一皇子殿下」

 「だ、だいいち……っ」


 驚きに咽せた空地は「………て事は同い年っ?」と慄いている。


 (…………おうじ? おうじってあの王さまの息子とかそういうの?? この人が??? だからこんなに居丈高なの????)


 疑問符ばかりが浮かぶ意識で、失礼ながらもの凄く不審な表情で改めて顔を見上げてしまった。だって、本当にこの偉そうな態度、どうかしているとしか思えなかったから。


 「殿下のお噂は耳にしております。お会いできて光栄ですわ」

 「完璧すぎて物語の登場人物かと思ってた……。噂って盛られてないこともあるんだ……」


 本人を前に呟く空地に、美津里が呆れて額を押さえる。


 「こちらには地方視察の公務で立ち寄っていた。強盗団捕縛は追加の任務だ。ついでに皇女の保護も」


 気にせず平坦な声で答える彼は、ちらりと海夜を見る。


 (ついで? 今、“ついで”って言った?)


 ついでなのは別に構わないけれど、面倒そうな投げやりな言い方は印象悪いだけなのだけど。


 「空地殿といったか。皇女の救護と保護に深く感謝する」

 「……いえ」

 「皇女さまでなければ、空地のお嫁さんに欲しいくらいでしたのに」

 「っか、母さん……っ、無礼だよっ」


 大占の冗談に慌てる空地には見向きもせず、隻眼の人は座り込んだままの海夜と白金髪の人を見る。

 心得たようにすぐに海夜の傍らに跪き、白金髪の人は右手を差し出した。

 

 「姫君、お手をどうぞ」


 “姫君”なんて柄じゃない。

 でももう考えるのも億劫で、その手を借りて立ち上がろうとした。

 けれど力を込めたはずの足が、かくんとくず折れた。体に力が入らない。立てない。

 気づいた皇子とかいう人のため息が聞こえて、次の瞬間には背と脚を抱えられていた。

 身体が傾いて浮く感覚に、居た堪れなさと緊張で竦むように固まる。

 

 「……歩けますけど」

 「……腰が抜けたくせに?」


 ため息混じりの呟きに、やっぱり意地悪、と思う。

 どうせ荷物を運ぶような感覚なのだろう。余計な緊張をしている自分がばかみたいだ。


 人生初のお姫さま抱っこなのにちっとも嬉しくなくて、残念以外の感想を持てなかった。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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