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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第二十三話 私は私を生き直す

毎度の主人公のあさってな思考。

今回は凶悪。



 「帰れるって言われちゃったんです、先輩のお兄さんに」


 残念そうに笑う三本木は、武尊の指示でこの湖の館に移動して来たという。

 そうして一人だけなら日本に帰れると兄に説明され、界渡りの順番から三本木がそれに当たるだろうと言われたらしい。


 「……私別に、帰れなくていいんです。日本に未練ないっていうか……、ぶっちゃけ帰りたくない」


 長椅子に座る海夜と向かい合い、額を指で掻いている三本木だが、彼女は以前にも同じことを言っていた。

 

 「私が残るから、滝本先輩帰してあげてほしいなー、なんて……」

 「あ? できると思うよ?」

 「えっ、本当ですかっ!?」


 兄のあっさりとした言葉に、三本木は何度も瞬いて声を上げた。


 「確認してないけどできるだろ。一人帰せばいいんだし」

 「………大丈夫なんですか?」

 「二人揃って帰せないんだから、そこは譲らないよ。安心しな」


 にこりと頼もしく笑われて、三本木は何となくはにかむように頰を染めた。

 この兄の困る所だ。

 見た目がいいから、猫を被ると女性からの好感度が高い。それで誤解させてトラブルになっていると、美鈴と貴一が笑っているのを何度か見た。

 三本木にそういう軽薄さはなさそうだが、兄は軽率だと思う。


 「……一人だけでも帰れるのは、本当に良かったと思うわ……ありがとう、お兄ちゃん。お父さんにもお礼を言わなきゃ。……でも、三本木さんは本当にそれでいいの? 全てを置いて、生きていかなければいけないのよ?」


 三本木の界渡りの原因は完全に自分にある。責任を強く感じているし、彼女のこれからを末長く見守っていくだろう。

 でも、十七年間という長い時間を過ごした日本に、全く未練がないと言い切れるものだろうか。事情はわからないけれど、彼女が“犯罪”だと思う何かに深く傷ついていることはわかる。逃げ出してしまいたいほどの、深い傷なのだろう。

 それでも確認せずにはいられない。

 三本木はこちらを少し見返して、思考に沈むように自分の手元に視線を落とした。


 「––––––帰る所を新しく作れるのは、私には幸運です。誰も私を知らない所で、私は私を生き直すの。ママもばあばもいない日本には、生きる場所はありません」


 とつ々と落とされる言葉は、感情が削ぎ落とされて素っ気ない程だった。

 けれどそれが却って、彼女の心の傷の深さを思わせた。


 「……父親はいるんですよ、これでも。ママを死ぬまで放っておく最低ジジイだけど。でも父のことはどうでもいいの。帰りたくないのはあの家」


 膝に置かれた彼女自身の両手が、何かを掻きむしるようにワンピースのスカートの上で爪を立てている。

 は、と息を詰めたのは、その生地に滲む血のような赤を見たからだ。


 「あのバカがいる家に帰ったら、私、死んじゃう。きっと今度こそ、家から出して貰えない……」

 「…………ごめんなさい………。……人それぞれ事情があることも、分かっているつもりではいたの。……だめね、わたし全然分かってない」


 両膝の赤を見て、彼女の膝小僧の絆創膏の理由わけがわかった。

 ––––––彼女は傷を、掻きむしってしまうのだろう。何度も何度も。それこそ自分を責めるように。

 立ち上がり彼女の足元へ膝をつくと、そっとその膝に手を近づける。

 

 ……触れない……、触らない。

 彼女も海夜と、同じ気がして。

 海夜は鈍感すぎて内に溜め込んでしまう分、見えない傷になってしまった。

 三本木はきっと本来の明るい気質のまま、溜め込むこともできずに自分自身へと苛立ちをぶつけている。

 詳しいことはわからないけれど、自分を責めた分だけ傷は大きく深くなったのではないだろうか。それこそ、どんな些細なことでもきっかけになって、理由もなく自分を責めるほど、傷は比例した大きさになったのかもしれない。


 (………両膝に、こんなに………)


 痛々しくて触れないけれど、せめて温めてあげたくて手をかざした。

 その行動に何を思ったのか、三本木がえへ、と小さく笑うのが聞こえた。顔を上げると完全に正気に戻った三本木の、少女らしく照れてはにかむ笑顔がある。


 「私、不思議でした。あの滝本先輩がなんで一人の人追いかけ続けてるのか。不思議だから平尾先輩のこと、よく見てました。先輩見た目で目立っちゃうし、やっかむ子もいたけど、いつも清廉潔白でお日さまが似合う人って、こういう人なんだろうなって思う、そのままの人。人の悪口言わないし、人を羨むことも言わない。滝本先輩が拘っちゃうのも仕方ないなって、今では思ってます」


 海夜の視線を受け止めて、三本木は血の滲む自分の膝をさする。


 「これ、調べたことあるんです。自分でもやめたいのにむしっちゃうから。“皮膚むしり症”っていうんだって。無意識にむしっちゃうんです。痛いのに、血も出てるのに手が止まらないの。精神科に罹るしかないんだって読んで、無理だと思ったら更に悪化しちゃった。だって、あの家の人何より体面気にするから、精神科なんてとても連れてってもらえないし」


 だから、早く独立したかったと、三本木は呟いた。


 「子どもって不便。病院一つ、自由に行けない。成人まであと一年って、指折り数えるのも疲れてきてて。でもそうしたら、ここに来れたの」


 そう言って笑った顔は、清々しくさっぱりしていた。


 「私、今まで人生投げてました。家族に恵まれなかったし、好きな人は振り向いてくれないし。でも、こっちで生き直そうって思えたら、凄く楽になれたんです。そうしたらこの膝触るの、減ってきたの。だから先輩は、実は私の恩人です」


 (……恩人。………わたしが?)


 一瞬何を言われたのか理解できなくて、ぽかんと間抜けに三本木を見返すことしかできなかった。

 生まれつきとはいえ制御できない界渡りの能力に、自分自身も振り回されてきたのに、こんな風に表現されるとは。

 なんと返したらいいのかわからない。言葉にならない何かが、胸に込み上げる。

 目尻にそれが形になって浮かびそうになった時、一人掛けのソファに座って黙って聞いていた武尊が、肘掛けに頬杖をしたまま口を開いた。


 「………水を差すが。もう一人の意思確認をしてから話を決着させた方がいいんじゃないか」

 「お前の空気読まなさ加減も大概だよな」

 「水を差すと断った」


 兄が呆れて口を挟むのに一言で返して、武尊は海夜たち二人を見た。


 「関係者が揃わない状況で話を進めても不毛だ。そいつが帰らないと言えば、話は元に戻る」

 「三本木さんの希望を聞いておくぐらい、いいでしょ?」


 武尊の物言いに何となく意地の悪さを感じて言い返したら、兄はどうしようもねえなと笑う。


 「武尊にしてみたら、将来の国民。納税者だしなあ」

 「関係ないな。好きにしろとしか思わない」


 言いながらこちらから目を逸らし足を組み直す武尊に、三本木がちょっと身体を竦ませる。

 武尊の纏う空気は、普通の女子高生には当たりが強いだろう。


 「……滝本くんが帰らないって言っても、好きにしろって言うの?」


 彼の突き放した物言いが、まるで自分にも当てはまるようだと思い、つい突っかかってしまう。


 「それ以外に何を言えと? 帰ってもいずれ来訪する。他人の人生に口出しする気はない」


 他人の人生。その通りだ。

 でももう少し寄り添った言い方がある気もするのに。

 言ったきり黙る武尊と、眉間に力が入る海夜の間に流れる冷えた空気に、武尊の後ろに控えた虎がちょっと咳き込み、兄がから笑った。


 「やな空気だな。人を巻き込むなっつってんだろ。滝本自身は帰りたがるんじゃねえの。悲壮感漂ってて可哀想だったしなあ。まあ、やったことは簡単に許していいことじゃねえけど」


 軽く注意されて、確かにちょっと態度が悪かったと反省しかけた時、兄の言葉が引っかかった。


 「“可哀想”って? お兄ちゃん、滝本くんに会ったの?」

 「え?」


 同じように首を傾げたのは三本木だ。

 だって、滝本は行方不明で今捜索されているところで……。


 「あ? あー……」


 誤魔化すような、どうでもいいような調子で兄は長椅子の背にもたれ直した。

 その様子にはっと気づく。翻訳機の追跡機能がどうとか言っていた、昼間のことを。

 あの時滝本はとっくにみつかっていたのだろう。それを、武尊が兄に働きかけて何かをやらせた。何せ精霊を使える貴種で、国とのしがらみがない唯一の人物だ。


 兄が去年の秋からこちら、何度かこの黄國を訪れていることは知っている。二人とも海夜には黙っているから、何か理由があるのだろうと知らないふりをしていた。

 けれど、滝本失踪の件を兄まで海夜に黙っているとは思わなかった。しかもここに及んでも、武尊はやっぱり詳細を教えてくれない。兄にはあっさり内情を話したのに。

 ゆらりと立ち上がり、こちらを見る二人を鋭く見返す。

 

 「……二人がどこで何しようと、二人のことだからお好きにどうぞ。特にお兄ちゃんは、わたしが二年半もとぼけてたから、武尊と話す機会も持てなかったものね」

 「おかしな言い方すんな。この二人のことは、お前が巻き込んだっつって気に病んでるから、心理状態考えて何も話さなかっただけだろ」


 やっかみから出た海夜の拗ねた言葉に、兄が眉間を寄せて、すぐさま言い返してくるが聞こえないふりをする。

 わかってる。これが僻みだなんてことは。

 兄が武尊の元で重宝がられる戦力になるのは、ちょっと考えればわかることだ。

 対して、“きさいがね”としての教育しか受けてこなかった自分では、個人レベルの会話はできても国絡みの複雑な話なんてお手上げだ。

 

 そう。

 やきもちだ。

 紛れもない、やきもち。


 「………だって、二人とも楽しそうなんだもの………」

 「? は?」


 低く呟く海夜の言葉に、今度は二人揃って眉間に皺を寄せている。

 この時脳裏ではこの数ヶ月の間に美鈴の元で勉強した、様々な情報が錯綜していた。貴一には「現実リアルで考えるな」と釘を刺されたことを、拗ねて混乱した意識は締め出してしまう。

 そうして、そのやきもちと拗ねた気持ちと美鈴から与えられた知識が、混乱した思考の中で見事な融合を果たした。


 「おんなじ貴種男子で、歳も近くて、似たような思考回路してて。さぞかし話が合って楽しいでしょうね。わたしだって、いろんな形の恋愛があるって勉強したばっかりだけど、こんなに身近にそれっぽいのがあるなんて思ってなかったもの」

 「………………………………………………は」


 絶句して、兄が口を開けたまま固まった。

 武尊も隻眼の瞳が見開かれて、表情も固まっている。元々表情が乏しい人が珍しい。

 いや、もう二人とも思考停止に近いのか。そんなに指摘されたくなかっただろうか。


 「同性同士の恋愛は美しいんだから、周りが口を出しちゃダメって、美鈴に注意されてるの。でも、こういう場合どうすればいいの? 兄がそうなのも、婚約者がそうなのも、あんまり良くないでしょう?」


 いや、兄は別にいいか、と思う。好きに生きるのが祖母との約束だというし。好きにしろ、と先程の武尊の言葉が頭に浮かぶ。

 でも婚約者はまずい。

 仮にもこの国の皇太子おうたいしでもある。ご側室云々の前に、こういう事態は想定外だった。

 護衛官の男性が、ヤキモチのような目を海夜に向けたのも、そういうことも含まれていたのかもしれない。


 (人の心って複雑ね)


 うん、と頷く海夜の傍らで、三本木が「そうなんですか? BL? 美青年同士だから??」と興味津々に兄と武尊の顔を交互に確認している。

 まだ固まったままの二人は呼吸も止まっているけれど、武尊のすぐ後ろの虎は背中を向けてしゃがみ込んで、声もなく肩を震わせている。

 壁際に控えた侍女二人も似たような状況で、これはまた笑われることを言ったらしいと気づいた。

 真面目に悩んで真剣に言ったのに。

 

 ……これは間違いなく叱られる。

 しかも、二人揃って口喧しく叱るに決まっている。除け者にしたのは二人なのに、それは理不尽だ。これは逃げた方がいいのかもしれない。

 ガウンの裾を翻させ、急いで書斎の扉を開く。


 「と、とにかくっ、滝本くんの居所教えてくれるまで、部屋から出ないからっ!! 精霊の解放も、それからじゃなきゃ受けない!!」


 言い投げて、勢いよく扉を閉める。


 「……………吐き気がする」

 「……………眩暈がする」


 閉める扉の向こうで、苦しそうな、呆れも怒りも通り越したような呻き声が二つ聞こえた気がしたが、音を立てて鍵を下ろし、その言葉は聞こえなかったことにした。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

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