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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第二十二話 悩ましい現実

使用しなかった入浴シーンの挿絵をpixivに飾っています。

無駄な皇子の入浴シーンもあり。

本編ではおそらく脱ぎません、皇子。


お暇な時に。

pixivはこちらからどうぞ↓


https://www.pixiv.net/users/88743020




 湖に落ちて頭からずぶ濡れになり、冷え切った身体を温める為、海夜は侍女二人に浴室に放り込まれた。

 泥で汚れた髪や身体をぼんやりしながら洗い清め、じゅうぶんぬくもって湯から上がると、兄君さまがいらしてますよと声を掛けられる。


 (兄……。

 ああ、そうだ。今日は受肉精霊を解放して貰うのだった)


 支度を終え、意識薄く櫛で髪を梳く手を動かしながら、足元で寝そべっている受肉精霊の頭あたりを眺める。


 「……視線ヲ感ジルノゥ。マダ居テ欲シイノナラ、ソウ言ウテモ構ワンゾヨ?」

 「えっ、……声に出ていた?」

 「姫ノ目ハ雄弁ジャ」


 目が口以上に希望をダダ漏らしていたらしい。

 そんな自分に苦笑して、精霊の頭をそっと撫でる。気持ちよさそうに擦り寄ってくる仕草に慰められて、さわさわとさざなみ立っていた気持ちも落ち着いていく。


 「誰憚ル事モナイ。ココニ静養ニ来テオルノジャカラ、精霊ヲ伴ッテオル事ニ文句ナド出ンジャロ」

 「わたしの都合で受肉させ続けるのは、やっぱり申し訳ないわ」

 「我ノ受肉ハ三度目ゾヨ。全テ受肉者ハ黄花・サディルノ姫ジャッタ。……アア、同ジ瞳ジャノ」


 そう言って精霊は立ち上がり、鏡台の椅子に腰掛けている海夜の琥珀の瞳を覗き込んで来る。


 「皆、罪悪感ノ浮カブ瞳ヲシテオッタ。何ニソンナモノヲ感ジルノカノ?」


 瞳を覗き込みながら、受肉精霊の金混じりの薄青い瞳は、過去を思い出すように宙を漂っている。


 「……精霊と人間じゃ、生きる基本が違いすぎるもの。人間側に合わせるよう強制するのは、……嫌だわ」

 「合ワセルトイウノハ人間側ノ考エジャ。好キナ者ノ傍ニ存在スルノニ、合ワセルトイウ感覚モナイ。自然ニシテオル」


 自然に……?


 「要ラン事ヲ考エ過ギナノジャ、人間ハ」


 ……確かに、精霊は自分の欲求に忠実だ。

 肉体がない生き物である分、本能的な部分が剥き出しだといえる。何を考えているかわからない人間よりも、素直に信用できる。


 「……わたし、今、心がぐちゃぐちゃなの」

 「知ッテオルヨ」

 

 懐深く頷かれて泣きそうになる。

 護衛官の男性からの指摘は、海夜の心を思った以上に抉ったようだった。おそらくあれは海夜からは見えていない人々の、率直な意見なのだろう。海夜が目を背けていた現実だ。


 「姫ガ助ケテト呼ンダカラ、我ハ応エタノジャ。姫ガ望ムナラ、否ヤハナイ。助ケルヨ」


 ふくふくと、頬を膨らませて笑う薄青金の精霊の首に抱きつき、その被毛に顔を埋める。


 (たすけて)


 助けてと、確かにあの時叫んだ。心の中で。

 目の前のあの人に助けを乞うことができなかった。

 ………今も。

 ––––––いいや、今はもっと。


 「……たすけて」


 呟いた言葉は、絶叫した後のように掠れていた。


 「イイヨ。契約スルカエ?」


 こちらの切実さを簡単に受け止める、その寛大さに救われてくすりと笑う。


 「……それはだめ」

 「けちジャノウ」


 口を尖らせて文句を言う精霊にやはり苦笑する。

 精霊との契約。

 祖母から“血の契約”や“契りの契約”と呼ばれると教わったそれは、貴種の血を与えることによって、受肉精霊との間で成り立つ。

 主従の関係であることもあれば、夫婦の関係であることもある。貴種は精霊と結婚することができる、人類の種なのだと教わった。

 亜種にはない生態だ。元々が受肉精霊から派生した人類だから可能なのか。

 けれどだから、受肉者は貴種にしか現れないらしい。理屈でなく、生態として精霊と契約できる存在が貴種。精霊が同族として意識の中に入れるのが、貴種なのだそうだ。

 いずれにしろ、貴種の一生に精霊を縛り付ける契約だ。


 そうして世界は、その知識を忘れかけているらしい。

 黄花・サディルは古代からの古い知識を受け継ぐ一族だから、こんなかび臭い伝統をいつまでも引きずってしまう。だから、お祖母ちゃんは日本に来て良かったのよ、とちょっと自己嫌悪するように笑っていた。

 どうして? とその時は思った。

 だって、日本にだって古い伝統を受け継ぐ知識は沢山ある。それを大事に思う人も沢山いる。


 (伝統はいいことでしょ?)


 小さな海夜の無邪気な問いかけに、祖母は優しく笑うだけだった。

 残るべき伝統と、残らなくていい伝統。

 時代の移り変わりでそれらは変化する。受肉者は、おそらく後者だ。いたずらに貴種という種を存続してしまう能力。

 祖母はきっと、黄花・サディルはこの世界にはもう必要ないと感じていた。……いや、黄花・サディルに限らず、貴種そのものを。

 

 (…………たぶん、武尊も)


 貴種の両親を持つ身で、溢れる亜種の中暮らしてきた彼は、黄花・サディルの一族がこの国に君臨していた時代よりも、厳しい現実を知っている。

 貴種が存在するには、亜種と同化しなくてはならない。けれど、それがどうしても難しい。精霊を身近にする貴種と、そうではない者も多くいる亜種とでは、どうしたって齟齬が生まれるのだ。

 それをならすには、とてつもないパワーがいるだろう。貴種の中だけで立つなら必要ない力を、貴種皇家として亜種の中で身につける必要があった筈だ。


 ああ、だから、と思う。


 武尊はあんなに優秀で、皆の憧憬を集めるのに驕らない。当たり前のように淡々と、忙殺されるような業務をこなしている。

 それを支えたいと思った。海夜なりにできることがある筈だと。

 でも、海夜が差し出せるのは、今のところ血筋だけ。

 それだけでいいという人もいれば、それだけでは足りないから、まだまだ支える為の足がかりが必要だという人もいる。

 そんなの当たり前だと、海夜でも思う。

 海夜にあるのが血筋だけなら、実務を支える家門が必要なのは常識だ。

 それが結婚で成立するなら、仕方がないとも思う。

 だって、そうやって世界はできているのだから。

 

 他の女の人が並び立つかもしれない。それは、頑張って受け入れるしかない。受け入れられなくても、事実がそうあるなら海夜に止めようもないのだから。

 そこまでは何とか受け止めた。

 でも、吐き気がするほど嫌なのは。


 「……武尊がその人のこと、好きになっちゃうことかな……」


 ぽつりと呟くと、現実味が増して寒気がした。

 武尊は今の、人との物理的接触を拒む海夜に、危機感を持っていない。それどころか、全く困らないとまで言っていた。

 それはそうだろう。彼は海夜に、親戚以上恋人未満で強い気持ちもない。海夜がどうしてもと譲らなかったから、受け入れただけ。海夜の貴種女性としての立場を考えて。

 それが、こういうことなのだと思った。



 “正妃には血筋。実務は側妃に”



 あの護衛官が言っていたことが、そのまま当てはまる。

 貴種はいらないと武尊が考えるのなら、海夜に次代を期待する必要はない。側室に次代があれば、それは確実に亜種だろう。

 以前にも考えたことがあった。

 武尊は自分が貴種であることを厭うている。きっと彼が本当に好きになって結婚する人は、貴種みやではなく、亜種だれかなのだろうと。

 だから、そういうことなのだ。

 ……それが義務なら、仕方がないと腹を括る。本当にできるかはその時になってみないとわからないけれど、武尊の傍にいる為に頑張る。

 でもそれで側室だという女性に心傾いていく彼を、傍らで見ていなければならないのは辛い気がする。いや、気がするではなく辛いだろう。

 色々矛盾していると無意識に気づきながらも、強い自己否定で目隠しされた心は簡単に矛盾から目を逸らす。無理やり納得するようにうん、と精霊の首に顔を埋めたまま頷くと、彼はくすぐったそうに笑った。


 「ブツブツ言ウトランデ、湖ノ奴等ニ訊キニ行ケバヨロシ。喜ンデ答エヨウニ、奴等」

 「だめよ。またガウンだめにしちゃう。皆さまの努力の賜物なのに」


 国の一部でもある統治者の生活が、国民の血税で支えられるのはよく聞くことだ。国としてのシステムでもあり、国民あっての統治者ということだろう。

 皇家を取り巻く状況は、祖母から教わった五十三年前とはだいぶ様変わりしているらしい。皇族の私物は私費で賄われ、税の投入があるとは聞いたことがなかったからだ。

 変化に驚いたが、そういうこともあるのだろう。時間の経過は人の心根も変えるのだから。

 大きなため息が漏れそうになった所に、衣装部屋の扉が叩かれる音が響いた。


 「おい、海夜。まだ支度してんのか?」


 兄の声だ。

 忘れていた。


 「体調はどうなんだ? 話があるから一旦出てこい。精霊の解放もあるだろ」


 ……解放。

 そうだ、解放しなければいけない。


 「大体何で湖になんか落ちてんだ? 子供か。白玖音さん達に迷惑かけんなよ」


 心配した口ぶりの後の、呆れたような言い草に若干カチンと来る。

 こっちだって落ちたくて落ちたわけじゃない。事故だったのだ。

 立ちあがり、扉を薄く開いてそこにいる兄を隙間から鋭く見上げた。


 「お、出てきたな。なんだ、聞いてたより元気そうじゃん。慌てて来ることなかったか」


 慌てて来てくれたのか。

 確か兄は、バイト先の人達と春休みを利用した旅行中だった筈だ。それを切り上げて来てくれたのかもしれない。申し訳なかった。

 申し訳なかったけれど。


 「まず精霊解放するから連れてこい。手間かけさせんな」


 言い方。


 「お兄ちゃん、あっち行って」


 こっちはちょっと虫のいどころが悪いのだ。



 ※



 橙色の夕陽が窓枠を通り越して部屋内に差し込む頃だった。

 鼻先で扉を閉めてやってから、顔を合わせていなかった兄が書斎の扉を軽く小突いて来る。


 「海夜。そろそろ機嫌直ったか」


 伺うような口ぶりに、「帰らない」と言い捨てて扉から遠い、部屋の隅に移動する。

 巻き込んでしまった二人のこともどうにもなっていない状態で、海夜だけ日本に帰るわけにはいかない。


 「お前の考えてることなんかわかってんだぞ。巻き込んだ内の一人、今ここに来てる。話したいんじゃないんか」


 (え、ほんとに?

 この部屋に来てるの??)


 兄の言葉にすぐさま聞き耳を立てて扉に戻り、把手に手をかける。

 どっちだろう。滝本か、三本木か。

 流石に滝本をこの部屋まで連れて来るということはないだろうが、万が一ということもある。

 考えながら、そぅっと扉を開いたのがいけなかった。

 開けた扉のすぐ傍らに、隠れるように立っていた人物に気づき息を飲む。咄嗟に扉を閉めようとしたが、隙間に足を挟み入れられて阻まれた。


 「ひ、ひどい……っ、騙したの……っ!?」

 「騙してない」


 何とか閉めようとしても、今度は扉に手を掛けて阻まれて、海夜の腕力では敵う筈もない。

 無表情の隻眼が淡々と間近で見下ろして来て、必死に扉を閉めようとする海夜を追い詰める。


 「一日中部屋に閉じこもって、不健康な」

 「静かに過ごせって言ったのは、武尊でしょっ?」

 「湖に落ちておいて何が静かだ」


 うう、その通り。

 騒がせて悪かったと思う。


 「ごめんなさいって謝っておくわ。だから手を離してっ」

 「阿呆か。手を離したらまた閉じこもるだろう」

 「だからって、無理やりこじ開けるのはどうなのっ」

 「おまえが自分から開けたんだろうが」

 「騙し討ちしておいて、そう言える神経が信じられないっ!」

 

 こちらのやり取りを見ていた兄が、大きくため息をついたのはその時だった。


 「天照出て来たのはいいけどな、……ドア際の開ける開けないのやり取りって、もっと色っぽいモンじゃねえの? おまえら不合格」

 「煩い」

 「お兄ちゃんは黙ってて」


 兄の呆れたような突っ込みに二人で同時に言い返してしまう。

 すると兄の片眉がぴくりと上がったのが見えた。笑顔の額に筋が浮かんで、周りの空気が冷える。


 「……二人の間のことだから、二人で決着つけろと思ってたけどなぁ。いい加減迷惑。二人揃って閉じ込めてやろうか、あぁ?」

 「えぇっ! やだ!」

 「やだじゃねぇ。周り巻き込んでんだろ。状況見ろや。痴話喧嘩なら後でやれ」


 低く叱られて、兄の背後にいる面々に気づいた。

 虎と侍女二人、それからもう一人。


 「……三本木さん……」


 真っ直ぐ長い黒髪を高い位置で結い上げた少女が、居心地悪そうに立っていた。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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