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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第二十話 危ない綱渡り

軽度性的表現あり。

苦手な方はご注意下さい。



 滝本天たきもとたかしが薄暗い廊下を目隠しされて辿り着いたのは、どこかの貴族の部屋だった。


 あの日、あの林道から馬車で連れて来られたのは大きな屋敷で、長い玄関アプローチに白亜の壁が目立っていた。明らかに、この国の上位階級に属するだろうと思われる人間の住処。

 馬車を降りた途端目隠しされて、両手も拘束され舌打ちした。

 馬車の窓も真っ黒に封じられ、屋敷までの道を確認することもできなかった身には、屋敷の外観が自分の居所を探る手立てだったのに。

 用意周到なのか、こういう犯罪に慣れた輩なのか、どっちにしろヤバい奴らなんだろう。


 屋敷の主人が出かけているとかで、放り込まれた部屋に軟禁状態でいたが、食事はきちんと出されていた。とりあえず餓死させる気はないらしい、と安堵はしたが、拉致監禁する輩の出す食事に手をつけるのは正直嫌だった。

 でも仕方がない。

 先の為にも体力を落とすわけにはいかないと、無理やり口に入れた。

 まだコンビニのパウチパンの方が信用できるのに、と思いながら。


 それから一昼夜。

 何度目かの食事を経てようやく部屋の外に出された今現在、窓の外には夕陽だか朝陽だか、判別できないオレンジ色の陽光が差していた。

 閉じ込められた部屋の窓は、目打ちがされて外の様子を窺うことはできなかったから、時間の経過は食事の回数でしか確認できなかった。

 おそらく今は夕方だ。

 あの林道から丸一日は経っている。

 連れられて来た部屋の中で、所在なく立たされながら考えた時。


 『どうぞ。目隠しを取って』


 落ち着いた、大人の女の声が響いて驚く。


 (え、女? この犯罪を女が?)


 躊躇っていると、後ろに立った男が目隠しを取った。


 『初めまして、来訪者さん?』


 自由になった視界には、豪奢なシャンデリアの下がる華美な内装と、少し先に座っている小柄な女の姿が目に入った。

 青みがかった銀髪は幾本もの豪華な簪で結い上げられ、レースとフリルで飾られた薄ピンクのガウンに身を包んでいる。


 (……いや、いいけど。年齢としと服が合ってなくないか?)


 内心毒づくのは、かなり年上に見えたからだ。自分の親と同世代ぐらい……少なくとも、三十近くは年上だろう。目の前のこの女のガウンは平尾によく似合いそうだ。

 そこで思い出す。平尾に会う為にこの危ない話に乗ったのだと。

 自分は今、綱渡りの状態なんだと自覚して。


 『あら、いいお目々。来訪者には選ばれし、とか謳われる人物も多いそうだから、貴方もそういう一人かしら?』


 (何だそりゃ。架空世界の勇者かなんかか?)

 

 面白そうに探る目つきの女は、立ち上がりこちらに身を乗り出した。

 わさわさと重そうに嵩張るフリルが、女の胸元でだぶついている。

 細身の身体のくせに、胸だけはなんか入れてんのかと勘繰るほどボリュームがある。柔らかそうだが締まりのない谷間に目が吸い寄せられた。挟めるな、と意識の上澄みで考えて、とりあえず醜悪さに目を逸らす。

 こちらのその反応に、女は嗤った。

 初心うぶいとでも思ったようだ。


 『どうして何も喋らないの? ……ああ、もしかしてこちらの言葉がわからない? 来訪者だものね』


 言っていることはわかる。たぶん、指の翻訳機とかいうやつのおかげだ。けれど、自分が逃げ出す時に協力してきた監督官とか言う奴には、こちらの言葉は全く通じなかった。

 だったら言葉が通じないままにしておいた方が、何かと便利な場合もあるだろうとわからないフリを装っている。

 女は面白くなさそうにしながら、こちらの顔を検分し出した。


 『お顔は、……うん、まあまあ。来訪者なんて、と思っていたけれど、つまみ食いくらい許されるかしら。要はお兄さまのお顔を潰さなければよろしいのだし』


 (何言ってんだ、この女)


 内心でギョッと驚き慄く。

 動揺が顔に出ないように、慌てて平静を装った。


 『あのね、貴方選ばれたの。これから貴方に任される仕事は、誰にでもできることじゃないんですって。英雄になれるらしいわよ』


 (はあ? 英雄??)


 勇者やら英雄やら。

 現代日本にいたら鼻で笑われる思想だ。


 「……平尾に会わせろよ。会わせるって約束で、この話に乗ったんだ」

 『あら、やっと喋った。でもやっぱり来訪者ね。何言ってるのかてんでわからないわ。こんな言葉も通じない状態でもいいのかしら? まあ、指示通りにするだけだけれど』


 そう言いながら、女はガウンのポケットを探り、手の平に収まるサイズの小瓶を取り出す。

 厳重にされた封を簡単に破り取り、蓋を開けた。

 途端にむわりと小瓶の中から立ち上がる、甘ったるい纏わりつくような匂いが鼻腔をついた。


 「………!?」


 一瞬、強い目眩のようなものを感じて頭を振る。目の前に立つ女の姿が霞むようにブレた。

 ブレて、違う姿が重なる。その姿に目を瞠る。


 夕陽に映える、金色に透ける長い髪。

 ゆるく波打って柔らかそうな髪が、誘うように甘くなびく。

 透ける程白い肌が、恥じらうように桃色に頬を染めて、狂おしい程の色香を放っている。

 手を伸ばせば、艶めかしくほっそりとした手がそれに応えてくれた。期待をもたせるように、指と指が絡む。

 色素の薄い黄土色の瞳が、こちらを捉えて甘やかに微笑む。

 透明感と凶悪な程の色香を放ち、さくらんぼ色の艶っぽい唇が華やかで柔らかな声を紡いだ。

 


 “––––––たきもとくん”



 限界だと思った。

 絡んでいた手を強く引いて、腕の中に隠すように収める。

 このまま抱き潰してしまいたい。


 『……まあ、そう。好きな子が見えてるのね?』


 腕の中から別の人物の声がした。

 でももう止まらないと感じていた。

 勢いに任せて、腕の中の人物の衣服を剥ぎにかかる。平尾の顔のまま、その人物はすぐにあられも無い姿になった。

 荒い自分の息遣いを意識しながら、その身体に目が釘付けになる。


 おかしい、と。

 

 (おかしい。

 胸に、傷跡がない)


 これは違う。平尾じゃない人間。それなのに。

 柔らかそうな、二つの膨らみに手が伸びてしまう。でも、躊躇ってもいる。

 その手を掴まれ導かれる。


 『いいのよ。手を止めないで? 思う存分、楽しんで? その代わり、私のお願い事も聞いてね? ねえ? お願い……、“ミヤ”って名前で––––––……』


 ひそめた声で耳元に囁かれた言葉は、甘美な痛みを伴って心に澱のように沈澱し溶け込んだ。

 


 みや。海夜。



 何度心で呼んだかわからないその名前に、自分の深層が紐づけられたとは思いもせず、快楽の波に攫われた。





 「はい、申し訳ないけど、そこまでね」



 びしゃり、という音と共に、滝本は頭から冷たい何かを浴びせられて何度も瞬いた。


 (え、なんだ? 何が起こった?)


 前髪からいくつも雫が落ちて、頭から濡れそぼっているのだと自覚した。


 『な、何っ、あなた誰っ!? どこから入ったのっ!?』


 手に持っていた金属製の水差しを床に放り投げて、女が金切り声を投げた人物は大きく大きくため息をついた。


 『うん、ごめん。オレも野暮なことはしたくないんだけどさ。この甘ったるい匂いは、どう考えても何か盛ってるよね?』


 しゃがみ込んだ自身の膝に頬杖をつきながら、その人物は乾いた笑い声を上げた。

 そのしゃがみ込んでいる人物とすぐ近くで目が合い、何でこんな近くに顔があるんだと自分の周囲を見回して、硬直した。息が止まったかと思った。

 上質な絨毯の上であの銀髪の女と二人、半裸の状態でもつれ合っていた。


 「……………ぁっっっ!!!」


 一瞬で全身の血の気が引いた。

 あまりの恐怖に、声にならない悲鳴を上げて飛び退く。


 (やっべウソだろマジでっっっ!?

 何でこんなことになってんだ、途中から記憶がすっぽ抜けてる!!!)


 激しく鼓動を打つ心臓を押さえて、滝本は自分の下半身を見た。

 ズボンは穿いていた。上半身は剥き出しだったけど。

 

 (……ぶ、無事……? 無事なのか、これ……。わ、わかんねぇ……、事後なのか前なのか。頼むから、前であってほしい)


 冗談でも“挟める”なんて考えるんじゃなかったと、激しく後悔した。そこに目がいくのが男の性なんだとしても、下心を利用されたのは確かだ。


 『……まあ、この彼の反応が何よりの証拠なんだけどさ。同意ないんでしょ? 年下の男のコ誘うにも、も少しやり方考えようぜ、マダム』


 動揺で吐き気を抑える滝本の耳に、うんざりしたような声が聞こえたのはその時だ。

 色素薄い茶系の髪は、夕陽に透けると金色に見える。飄々と人を食ったような態度と、端麗、と呼ぶことしかできない顔立ちには見覚えがあった。

 呆れたように銀髪女を説教していたその人物は、今度はこちらに同じ目を向けた。


 「君もね、来たことない所なんだから気をつけろよ。ちったぁうちの妹の恐怖が理解できたんじゃないか? もう少し見てよっかなー、と思ったけど絵面が辛くて居た堪れないのと、一応後輩だし、助けてやるよ」

 「……平尾先輩……っ!?」


 平尾海夜の二学年上の兄、和夜かずや

 同じ高校の先輩でもあった彼が、今ここに、この惨状に呆れ返って脱力した体で存在していた。



 ※



 急いで服を整えて滝本は彼に向き直る。

 半裸の状態で震えて動けずにいる銀髪女を、しゃがみ込んだまま観察している平尾の兄は、冷静な目をしていた。

 そうしておもむろに、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、ガウンを体にかき集めている女を撮影し出す。


 『はい、カシャー。証拠写真ね。あと何枚か撮らせてもらいますよー、マダム。身から出た錆だからね、大人しく受け入れてね』


 口でシャッター音を真似ながら、連続して何枚も女の写真を撮る。それを避けるように女は急いで衣服を身に着けた。

 平尾の兄は床に転がっていた小瓶を手袋をして拾い上げ、香りを確認するように鼻元に持って行く。


 『やべぇ代物だよね? 回収ね』


 その小瓶も写真に収めながら、平尾の兄は銀髪女を覗き込んだ。


 『マダム、まだまだきれいなんだから、犯罪に手を染めんのやめた方がいいよ? でも滝本発見の報せしたから、もうそこまで検非違使来てるけど』

 『な、何ですってっ!? そんな……っ、ご、護衛はっ、護衛は何をしているの!?』

 『扉前にいた奴らが護衛なら、その辺で伸びてるごめん』


 軽く言って立ち上がり、体を伸ばしてから平尾の兄はこちらの腕を取って立たせた。


 「君はこっち。連れて来いってご指名」

 「先輩、何で……っ、どうしてここに……っ?」

 「妹に呼ばれたんで。春休みの楽しい旅行中だったのになー」

 「……いえ、そうじゃなく……」


 口ぶり程残念そうでもなく、髪をかき上げながら平尾の兄はボヤいた。


 「オレは本来ここに関わりたくないの。でも妹ががっつり関わってるもんだから、何かあると呼び出されんだよな……。使い勝手いいとかほざきやがって、あの阿呆」


 ここにはいない誰かに向けて文句を呟きながら、彼はこちらの指の機械を指差した。


 「それ、翻訳機だって? 来訪者用の試作機。来訪者の行動管理と身分証明も兼ねてるから、追跡機能が付いてるんだと。良かったな? 悪いことする前で」

 「……いや、はい、まぁ……。いやいや、先輩どっから何見てどう判断して……」

 「ああ、さっきの? 知られたくないんでしょ、他の人間に。特にうちの妹」


 図星を指されて、ぐぬと詰まる。

 たぶん変な薬のせいなのだろうが、自分にはアレが平尾に見えていたと、言い訳するにもどう言えば。醜態の上、平尾のつもりで欲情したとバレるのも、更に彼女に軽蔑されそうで耐え難い。

 答えられずに口を開け閉めしていると、平尾の兄は面倒そうに息をついた。


 「この件の責任者には、ありのまま見た事実を報告する。そこの女の話も。でも妹に君の話できるわけねぇだろ。結婚決まってる人間に何てことしてくれんだ、全く」


 未だ呆然としている銀髪女に視線を遣り、次いでこちらを睨む。

 自分が平尾にやらかしたことを知っているらしい。

 ……当然か。平尾兄妹の仲の良さは、校内でも有名だった。


 「………すみませんでした」

 「オレに謝られても。それで妹の状態が改善すんなら、土下座でもして貰いたいぐらいだけどな」

 「いくらでもします。………でも許されるわけないって、思ってもいます……」


 後悔していると、伝える術はやはりないのだろうか。

 平尾に会って、謝罪する。

 それだけの為にこんな危ないことをしでかした。なのに結局、人に迷惑を掛けただけだったのは我ながら痛い。

 肩を落とした滝本の様子に、平尾の兄は絆されたわけではないのだろうが、一瞬だけ考えるように首を傾げた。


 「……君が妹のこと、気に入ってた話は知ってる。気の毒だとも思う。でも妹が選んだのは君じゃない。そこ、間違えないで」

 「………はい………」

 「あいつの婚約者と美鈴と貴一に殴られんのは、覚悟しとけ。特に幼馴染二人。すげぇキレてたよ?」

 「……殴られる?」

 「そうそう。それも伝えなきゃだわ、そういや」


 平尾の兄が疲れたように首を鳴らしながら呟いた時、閉ざされた扉の外が急に騒がしくなった。大人数が集まってくる気配がしている。


 「お、来たな」


 扉に目を遣り、平尾の兄は銀髪女を覗き込んだ。


 『マダム、お迎えだよ』


 その言葉に、女はひっと息を飲み部屋の隅へと逃げ出す。彼女は夕陽の差し込む窓を開けようと、鍵に手を掛けた。外へ逃げるつもりか。


 「往生際悪くてめんどくせー」


 右手の何かを振りかぶり、ボールを投げる仕草で平尾の兄がなげうったそれは、鋭く重い音と共に女の顔横スレスレの壁に勢いよく突き立った。

 金属音の余韻の尾を響かせるそれは、どう見ても刃物。……おそらく、サバイバルナイフと呼ばれる大型のナイフだ。


 『…………っ』


 腰が抜けたようにその場にへたり込んだ女と、平静なままの平尾の兄を見比べて、滝本は青ざめて引いた。


 (こ……、この人、こんな過激な人だったっけ……っ?!)


 高校の上級生だった平尾の兄は、人当たり良く卒なく何でもこなす優等生。の皮を被った冷めた人だった。

 人の輪からつかず離れず、はみ出さない程度に要領良く人との距離を取る。けれど、特段仲の良い友人もいない。くだけた笑顔を見せるとしたら、妹とその幼馴染達ぐらいで、それを不満に思っている風もない。

 大人だ、と密かに憧れたし、周囲の男子もそう思う人間は多かった。

 

 『マダム、逃げたら悪い事してますって白状してるのと一緒だろ? 大人しくしとこうぜ』

 

 言い終わった途端、扉が大きな音を立てて開き、制服の集団が雪崩れ込んできた。

 窓際の女に捕縛の手がかかる。


 『嫌よ、何で!! 私何もしてないわ!! 来訪者を預かれと言われたからそうしただけ! 検非違使には知り合いもいるのよ!! その人を呼んでよ!!』


 無理やり立たされ髪を振り乱しながら、金切り声で女が叫んでいる。


 『文句は皇子サマにどうぞ。人使い荒いったらないわ、アイツ。オレまだ着いたばっかだっつーの。後で覚えてろよ、あのクソガキ』


 壁に突き刺さったナイフを抜き取りカバーに収めながら、平尾の兄は舌打ちせんばかりに呟いている。


 「……皇子サマ? なんでそんなのが……先輩? そういえば、さっき殴られるの覚悟しとけって……」


 ついさっき、平尾の兄は幼馴染二人と、婚約者の三人の存在を仄めかした。

 幼馴染二人は日本にいるし、平尾の結婚相手もそうだと思っていた。だから、日本にいる奴らがどうやって? と思った。

 でもよく考えたら異世界を行き来する彼女が、大学受験を取り止めてまで結婚する相手なら、日本人だと思う方が安直だ。


 「ああ、アレね。君か一緒に来た女の子のどっちか、一人だけだけど日本に帰れる。交渉するのに時間取ったから、迎えに来るの遅くなったけど。まぁ、二人でよく話し合って? あと、皇子サマはこの国の皇子サマな? 妹の婚約者」


 重い内容を軽く言い渡され、またしても自分の中で把握していた平尾の兄の印象が崩れた。

 軽い。軽すぎる。

 息も止まりそうな驚きは、嬉しいのかそうじゃないのか、よくわからなくて複雑だった。

 


お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。励みになります!

ありがとうございます。

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