第十八話 噛み合わないふたり(挿絵あり)
怒りのあまり甘い言葉が出る皇子。謎。
進行が遅れ気味なので、ちょっと長めです。
ごめんなさい。
休み休みお読みください。
「では、コレはお預かり致します。成果は逐一ご報告致しますので、ご安心を」
武尊がギジィ所長と呼んでいた壮年手前の男性が、檻を両手で持ち上げてにっこりと微笑んだ。
檻の中の黒い精霊は聞こえよがしに大きく舌打ちしたが、海夜が掛けた呪によって人を傷つけることはできない筈だ。
「大人しくしてなきゃダメよ? 痛いことされないように、三影くんにもお願いしておくから」
「身内のように扱うな。これの主人が何を考えているか聞いただろう」
呆れて腕を組み、武尊は睨むように見下ろしてくる。海夜は檻を覗き込んでいた顔を上げ、からりと軽く笑った。
「はっきりお断りしたもの。怒ってたけど、伝わった筈でしょ?」
「……どうだろうな。伝わっただろうが、承知はしていないだろう。何度も断っている話だ。本人に直接持って来る根性が気に喰わない」
(……んん?)
武尊の言い分に首を傾げた。何の話だろう、と何度も目を瞬く。
「この子の主人だという人のこと、知っているの?」
武尊には、この黒い精霊が海夜の元へ来た理由に心当たりがある。そう思わせる発言だった。
海夜の質問に虎と四道が顔を見合わせ、何かに納得したように頷き合っている。どうやらこの黒い精霊が働いている背景には、海夜の知らない何やらの思惑的なものがあるらしい。
おそらく、政治的な何か。
「貴種王家の方だと言っていたわ。黄國の方ではないわよね?」
ちらりと虎と四道を見ると、二人揃って首を振った。違うということらしい。
事情を知っている素振りに、やはり二人もこの話に噛んでいると察する。
海夜はむう、と目を眇めて頬を膨らませた。ほんのちょっと腹が立つのは、秋にあったことを思い出すからだ。
あの時も、海夜は何も知らされずに政治的な思惑の渦中に居た。そして、まるで囮のような扱いを受けていたのに、その事実を後から知った。
武尊は海夜へ被害が及ばないよう手を尽くしてくれていたと聞かされたが、それならその時点で教えてくれたらよかったのに、と今でも思う。
あの事件は海夜の中にも誰の中にもきっと、後悔しか残らない出来事だった。
失ったものが、大きすぎたから。
武尊は腕を組んだまま少し考えるようにこちらの顔を眺めていたが、浅く息をつき高官三人へと目を移した。
「口外無用。いずれは周囲に知れるだろうが、現時点ではまだ陛下の預かり事だ。皇女に関わるというより、皇家に関わる」
秘密の話だということらしい。
釘を刺された高官達の顔つきが変わった所で、武尊は腕組みを解いた。
「––––––昨年の秋、隣国シルヴィアスールの王家から婚姻申し入れがあった。黄花・サディルの姫との縁組を希望すると。そこの第一王子だろうな、これの主人は」
「……去年の秋……。わたしは来訪したばかりだわ。綺羅ちゃんへの申し込みだったの?」
「そこが不明だった。黄花・サディルの姫といえば、公式には綺羅一人だ。だが、まだ未成年もいい所だろう。対して申し入れてきたシルヴィア・ルイズ王家の男子に未成年はいない。王族の婚姻に年齢は関係ないとはいえ、それでも年齢差がありすぎる。だから父は断った」
それはそうだ。
綺羅はまだ幼気な五歳。日本でいえば、未就学の幼児だ。
そんな子供に結婚は早すぎる。國皇が風変わりな人物でも、自分の娘を幼い内から嫁がせる見識の持ち主には見えなかった。
「だがその後も申し入れは続いた。何度断っても。綺羅が目的でないのは明白だが、こちらとしては、黄花・サディルの姫は表向き一人だ。おまえの存在は公表していない」
「そうなの? 皇女宣旨が成った時に公表したのかと思っていたわ」
皇家の一員として正式に国が認める為の手続きを、婚約が整うのと同時に終えたのは昨年の秋だ。
「国内向けに軽い発表はした。存在している、という程度にな」
「……どうして?」
「こういう事態があるからだ」
深く息をつきながら武尊が視線で示すのは、檻の中で不貞腐れて寝そべっている黒い精霊だった。
長くしなやかな尻尾の先で、檻の床を叩いている。機嫌の悪さを示す仕草だが、こちらの言う事に聞き耳を立てているという意思表示でもあるようだった。
「貴種王家の女は貴重だと、これの主人も言っていただろう。国内で実しやかに囁かれる程度でも、存在を伺う外国からの連絡は後を絶たない。国が正式に公表すれば、それは国外にも出すという皇家の公式見解になる。それはできない。だから内々の発表に留めてある」
事実の羅列のみの話なのに、大ごとでちょっと背筋が冷えた。
この世界においての貴種というものを、甘く見ていたかもしれない。
「シルヴィア・ルイズの動きはそもそも不審だった。昨年海夜が来訪した直後に求婚の申し入れだ。精霊が動いているとしか思えなかったから、あの頃おまえを奥宮から出すわけにはいかなかった」
精霊が動く……ならば、精霊を使って黄國内の情報を得ていたということだろうか。精霊の目を通じて海夜の存在を知ったのなら、去年の秋に求婚があったという話にも納得がいく。今回のこの黒い精霊の動きも、海夜が予定外の来訪だったにも関わらず素早かった。
「明日の隣国からの客というのも、そこからの使者だ。海夜の存在を確実に確認する為だろう。おまえが来訪した翌日に無理やりねじ込んできた」
「そうだったの……。わたしを指名だなんて、どうしてかしらと思っていたの」
「接待とやらは気にするな。一旦皇妃預かりになった。おまえが出なくとも、皇妃の接遇があれば立場上文句は言えない筈だ」
ああ、それで皇妃があんな風に言っていたのか。
他事ってどういうことか不思議だったけれど、ようやく合点がいった。
「皇女殿下のお噂は、あの頃既に皇都では流れ始めておりましたからね。國皇陛下や皇子殿下方が何も仰らなかったので、皆大っぴらに口にすることはありませんでしたが、キアリズ殿下のお傍に居られる女人に興味津々ではありましたよ」
「武術指南の時が良い例でした。あれは面白かったなぁ」
ギジィ所長ではない、二人のおじさまが口を挟んでくる内容に首を傾げた。
「面白いことは何もしていませんよ?」
「あの場の貴族の方々の反応が、ですよ。見たいのに見てはいけないような、あのジリジリとした空気。軍の内部はあれを見れただけでも溜飲が下がりました」
?
言われている意味がさっぱりわからない。
顔に疑問符を貼り付けて、二人のおじさまにもう一度首を傾げると、武尊以外の皆が苦笑した。
「殿下に憧れの目を向けられているご令嬢や、そのご家族方の話ですよ。我こそはと考えて皆あの場に集まりますからね。軍の者達は再三、訓練は見せ物ではないと言っているのに」
「おまえの父親に言え。あれを許しているのは前の御大将だ」
「それに陛下もですね」
四道の言葉に武尊が無表情に返すのは、納得していないからだろう。
そういえば、あの時軍関係者や武尊は、訓練ではどんな事故が起こるかわからないから、近い場所での一般人の見学に危機感を持っていた。それを変えられないと悔やんでいる武尊の様子に、彼にもそんなことがあるのかと思っていたけれど、國皇とその弟が関わっていたのなら理解する。
「殿下が皇宮内の夜会にマメにご出席される方なら、そんなことにはならなかったと思いますが」
「鬱陶しい」
「……まぁ、気持ちはわかります。その為の夜会など、貴族達の手の平返しの素早さには
うんざりしますから」
「手の平返し?」
謎な従兄弟同士の会話に、つい嘴を挟んでしまう。
「夜会が結婚相手探しの意味も含まれるからです。殿下のお相手に我こそはと押し寄せるご令嬢の波で、皇宮の夜会はそれは華やかですよ。直系貴種男子にいい顔をしていなかった家門であっても、殿下のご功績にあっさり鞍替えしておりますから」
悪戯げに片目を瞑って教えてくれる四道に武尊は大きく舌打ちしたが、ああと納得がいった。
「武尊の素行が悪かったという話は聞いています。真剣に、凄くモテるんだって」
「……………………何の話だ」
深々頷いて神妙に言うと、微妙な空気が流れた。武尊が低く問いかける声に、あれ、ご機嫌斜め? と不思議に思う。
「薔珠達から色々聞いたの。噂にならないのが不思議なくらいだって」
薔珠は今は、別任務で海夜の傍を離れているが、今この場にはいなくてよかったのかもしれない。この後の皆の反応が、あまりよろしくなかったから。
虎と四道が横を向いて勢いよく吹き出し、三人の高官が誤魔化すように咳き込んだのが、薔珠達の話の裏付けだろう。
いや、もしかしたら高官三人は知らない話だったかもしれない。身近な人間しか知らない私事なら、口に出してはいけなかった。反省する。
物凄く珍しく言葉に詰まったように口を開け、眉間に皺を寄せて黙り込む武尊に、否定がないならその通りなんだなと遠い意識で理解した。
「……………………………………おまえが気にしなくていい」
たっぷりと取った間の後に否定でも肯定でもない答えが返って、間の意味に気づく。
一応でも婚約している相手に嫌な思いをさせたと気遣ったらしい。別にいいのに。
「気にしてないわ。わたしもその中の一人だもの」
大勢の女性と色々ある男性は、海夜は正直苦手だ。自分一人を常に想ってくれる方が、いいに決まっている。
けれど武尊が異性馴れしているとは、再会した当初からわかっていたことだ。その辺を深く掘り下げても仕方がない。しかも海夜と再会する前の話だ。
海夜が結婚したいと思う程好きになってしまったのはこういう人なのだから、先のことはどうあれ、過去を咎めるのは間違っている。
海夜が勝手に好きでいる分には誰にも迷惑をかけない。
他の大勢の女の子と同じ立ち位置にいるというだけ。それなら、自分が頑張るしかない。
……まあ、結婚してと迫りまくる図々しい女は、自分くらいのものだろうけれど。
うん、と自分の思考に没頭して内心で頷いていると、その場の空気がしん、と重くなっていることに気づいた。
爆笑していた四道まで、何だか深刻そうに海夜の顔を窺う。戸惑って武尊を見上げると、それはそれは渋い表情をしていてつられて眉間に皺が寄った。
そんなに空気が重くなることを言ってしまったのか。
皇族の私事は簡単に口にしてはいけない。
一つ勉強になった。
気を取り直して、三人の高官の一人に笑顔を向ける。
「わたしの知り合いの来訪者の二人は、どうしていますか? 検非違使預かりになったと聞いて、少し心配していたんです」
海夜の精霊事に巻き込んでしまった二人は、新規来訪者としてだけでなく目立ってしまったという理由で、保護場所が変わったのだと薔珠から聞かされた。検非違使隊長が来ていると聞いて、帰り際にでも確認しようと思っていたことを訊ねる。
ハッとしたように、検非違使隊長のおじさまは顔を上げた。
「は。身に着けている翻訳機の追跡機能から、おおよその場所は把握できました。接触した来訪者も特定致しましたので、そちらからも追跡を試みます」
(…………………。…………???)
予想とだいぶ違う答えが返り、一言も理解できなかった自分にむしろ困惑した。笑顔のまま固まる海夜に、検非違使隊長の方も困惑気味だ。
訊ねたのは滝本と三本木の様子だ。
突然保護場所が変わるなど、振り回してばかりいる二人が気になって訊ねたのに、何のことだろう。
「はあく……ついせき??」
至極真面目に答えてくれた検非違使隊長に、間抜けな顔で首を傾げてしまう。
その時目に入ったのは虎の表情だった。気まずそうに口元に手を持っていった様子に秒で悟る。
「……わたしに隠していることが、まだあるのね?」
僻みっぽく言ってしまうのは仕方がないと、自分でも開き直る。
またしても蚊帳の外に置かれているらしい状況に気づいてしまったから。
「おまえを狙う輩がいるかもしれないとは、昨日話しておいただろう。それだけ理解していればいい。あとはこちらの仕事だ」
「わたしには仕事じゃないわ。責任があるのに」
昨日の夕方、武尊から海夜を取り巻く状況を聞かされた。危険があると知っておかなければ、自分で身を守る行動も取れないからと。
だから、この黒い精霊を薄青金の精霊が見つけてきた時は、これがそうかと思って慌てて武尊の元へと知らせに来たのに、実は全く違う出来事で注意を受けていたのだ。
「何の責任だ? おまえに皇族としての責任は求めていない」
「一個人としての責任よっ。あの二人のこと、わたしが気にしているって知っているでしょうっ?」
つい語気が荒くなる。
だって、何度も同じやり取りを繰り返している気がするから。界渡りの原因が海夜になかったのだとしても、知人を海夜が気にかけるのは当然だと、彼ならわかる筈だ。
急に雲行きが怪しくなった空気に、まずいことを言ってしまったのかと検非違使隊長が青ざめて泡を食い、他の皆も口を出すべきかと狼狽えている。
そんな空気もわかっている筈なのに、武尊は気にもせずに続けた。
「不調の原因が遠ざかるならば、おれは全く構わないんだが。仕事としてでなければ関わりたくもない」
(はあぁぁっ!?
“関わりたくもない”っ!?)
しかも今の口ぶりは、海夜の心身不調のことを言っていなかったか。
「いなくなったの、滝本くんなのっ? どうして……っ」
「おれが知るか」
あっさりきっぱり簡単に答えを返されて、拳を握りしめる。武尊の背後で虎と四道が「っ言い方……っ!」と頭を抱えているが、もう遅い。
海夜は完全に頭にきていた。
今までだって何度も隠し事はされてきたけれど、今回は本気で腹が立つ。
「……っ、もう一人の女の子はっ、無事なのねっ!?」
鋭く検非違使隊長に視線を向けると、気の毒に、ずっとずっと年下の小娘相手に蒼白になって何度も頷いている。
「じゃあその子はここに連れてきて、ここで保護して下さいっ。じゃなければ、その子まで巻き添え食うわっ」
「勝手に話を進めるな。来訪者としての教育を受けていない者を、おまえに近づけさせるわけにはいかない」
「わたしだって来訪者よっ。教育だって受けていないわっ! なのにわたしは良くて、他の人はだめってなんなのっ!」
「支離滅裂な。おまえ自身の話だろう」
逆上する海夜に、武尊は水をかけるように冷静な言葉を浴びせる。それが更に海夜の怒りのボルテージを上げるのに。
「滝本くんをみつけても、どうせわたしには教えてもくれないんでしょうっ!?」
顎を反らせて武尊への反抗の意を示す。
自分でも可愛くないとわかっていても、本当に腹が立つと口から出る言葉は止めようがないのだと、この時しっかりと学んだ。
そして、言葉は災いの元にもなるのだとも。
こちらの言葉をどう受け取ったのか、沈黙した武尊の周囲の温度が少しだけ下がった気がした。
そこに不穏なものを感じ取り、おそるおそる彼を見ると、神々しくも美しく妖しく笑う白々とした瞳の武尊の顔を見つけた。
「………!?」
妖しくて怪しくて、思わず肩を引いたらそれを阻むように彼の手が伸びて来る。
触られる、という恐怖に身体が勝手に大きく震えたが、武尊の手は予想に反して、流した海夜の長い髪を一房掬い上げるに留まった。
だが問題はそこからだった。
間近から見下ろしてくる彼の笑顔は、大人の男性の色気をたっぷり湛えていて空恐ろしい。首筋の辺りがぞわぞわして居た堪れない。
『––––––おまえが望むなら何でも叶えてやる。欲しいものも行きたい所へも、全ての望みを叶えてやろう。だが危険が伴うことだけはだめだ。あの男がおまえにしたことを、おれが許していると思うのか』
(………日本語!? ……ず、ず……、ずるい)
突然母国語で語りかけられて、思考が固まった。一言一句、言い含めるように落とされる言葉に思考が遅れて追いつく度、心臓がうるさい程大きく鳴り響く。
うるさいわ、黙って、と心臓に言い聞かせても、息が苦しくなるだけで鳴り止む気配もない。
そうして、武尊が次に取った行動に目を瞠り完全に息が止まった。
掬い上げた海夜の髪を自身の唇まで持っていくと、彼は躊躇わずそこに口づけた。その仕草は流れるように自然で、手馴れているとしか思えない。
何よりもそこにある色気は、免疫のない海夜には毒気にも等しい。
そして、とどめの一言だ。
「………そもそも、おれの前で他の男の話をするな」
雷が落ちたような衝撃を受けた。
なんで!? と、意味がわからなかった。
(そもそも?? え? はい?? クラスメイトよ????)
どうしてこの放蕩男にそんな風に言われるのか。
自身を棚に上げる厚顔に、呆れと怒りと他の人間の目があることに気づいた羞恥とがごちゃ混ぜになって、一気に全身が熱くなる。
息も絶え絶えに、顔が真っ赤になっているのも自覚しながら、混乱の渦の中でグルグルと目が回る気がした。
これは、わざとだ。
怒る海夜の気を逸らす為の、武尊の策略。
それがわかるのに、まんまとその罠にはまって心乱されている自分が悔し過ぎる。
そして、人前でこんなことができてしまう武尊の厚顔無恥さにも再び腹が立つ。
「………っ、っっこの……っ、色気唐変木っっ!!!」
わなわなと身体を震わせながら、悔し紛れに叫んで踵を返し、海夜は脱兎の如くその場から逃げ出すしかないのだった。
お読みいただきありがとうございます♪
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