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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第十七話 中身に問題がある

皇子が怖い回です。



 (…………この子、何言ってるんだろう?)


 海夜は呆然として黒い生き物を見返した。いや、唖然というべきか。

 端的にいうと、おそらくこの黒い精霊の主人あるじだという人が、海夜に結婚を申し込んでいる。その人は貴種で、どこだかの王族の人で、責任があるから貴種王家同士で縁を繋がなければならないと言っているらしい。

 ぼんやりとそこまで理解して、むしろ理解できないと何度も目を瞬いた。


 海夜にとって、結婚はそういうものとは少し違う。

 勿論、気持ちの伴わない結婚があることも知っている。去年の秋に、まさに自分がその渦中に巻き込まれていた。

 貴種に課せられた責任なるものも、何となく理解したつもりだ。

 けれど全てを思い出し、色々な事情も理解した上で海夜が出した結論は、やっぱり結婚は好きな人とするということ。“したい“という希望ではなく、“する”と海夜の中では揺るぎなく決まっている。その望みが潰えるなら、生涯一人でいいと思っていた。


 だって、海夜が結婚したいと望んだ線上には、一人しかいなかったから。

 幼い頃からずっと、無自覚に恋をしていた目の前のその人が、海夜にとっての結婚。恋そのもののひと。

 全てを忘れていた頃だって、他の人を考えることもできなかった。


 だから、はっきりその意思を伝えておく。


 「お断りします」




 海夜には当然で考えるまでもないその答えは、周囲にはあまりにも軽く簡単に聞こえたのか、虎がぶはっと大きく吹き出したのが横目に見えた。

 見ると、他の三人も堪えてはいるが肩が震えている。学者風の人は穏やかそうだったのに堪えきれないらしく、俯いて拳で口元を隠してまで肩を震わせていた。

 きっぱり言い過ぎただろうか。

 まだ笑っている虎と学者風の男性に困惑しながら、笑われる意味がわからなくて首を傾げた。当の武尊が無反応なものだから、余計に皆の反応に戸惑う。


 「……断ル? 貴種王家同士ノ婚姻ハ責任デスヨ? 貴女ニ選択権ハ無イハズダガ」

 「そう言われても。わたしは血筋がそうというだけの、庶民だもの」

 

 黒い精霊の、信じられないとでも言いたげな声音に、こちらこそ信じられないと思う。

 選択権がないなんて、何てことを言うのだろう。

 びっくりして、ちょっと腹も立って言い返すと、またも呆れたように言葉が返る。


 「庶民トシテ生マレツイタカラコソ、本来ノ身分ヘ復権ヲ望マレルモノデハナイノデスカ? 主サマハ、ソレヲ無条件デ叶エルト仰ッテオラレマス。貴種トイエド、王族デナケレバ叶ワヌモノデスヨ?」

 「そういう選民思想的なものって、どういう環境にいると身につくの? 完全に相容れないのだけど」


 今度はこちらが呆れてしまって、遠慮なく言い返す。

 すると、笑いを収めて窺うように聞き耳を立てていた面々が、再び吹き出した。今度は声を上げて笑っている。


 (ええ? また? そんなに笑われるようなことを言っている??)


 黒い精霊は機嫌を損ねたのか勢いよく立ち上がって背を丸めた。まさしく猫が威嚇する時のように毛を逆立て、目を吊り上げる。


 「オノレ、我ガ主サマヲ侮辱スルカ!!」


 小さな身体からは想像できない程大きな声で威嚇されて、少し肩を引いた。

 まずい。精霊を怒らせたらしい。

 今にもこちらに飛びかかろうと、後ろ足に力を込めるのがわかって息を飲んだ時、精霊の目の前にいた武尊がその首根っこを掴んで軽々持ち上げた。


 「滅多なことをするなと言い置いた筈だが」


 感情の揺れのない声なのに、ぴりり、と肌に突き刺さる程空気が揺れる。怒気のようなものが込められていると気づいたのは、武尊がクッションから引き抜いた短刀を、暴れる黒い精霊の喉元に鋭く突きつけたからだ。


 (わぁぁあ、怒ってる怒ってる、目が据わってる……っ!)


 小さな黒猫を、武尊が理不尽に虐めている図にしか見えなくて青ざめた。

 普段あまり怒らない人だから、怒った時の怖さったら半端じゃない。それに精霊へ怒りをぶつけることなんて、天馬の件以来見たこともないから尚更だ。

 そもそもが感情の起伏が平坦で、人間は元より、精霊へ感情を向けることなんて殆どないのに突然これはこわい。人間よりは精霊への接し方が穏やかな彼にしては、珍しいぐらい素直に感情をぶつけている。

 ……マイナスの感情だけど。


 「……っ、……武尊、わたしが怒らせたのだから、その子は悪くないわ。傷つけないで」

 「おまえはそこを動くな」


 薄青金の精霊が留めるように頭で海夜の体を押し戻すのと、武尊がこちらを制する低い声が重なったのは同時だった。こちらを見ることもなく、武尊の短刀は更に黒い精霊の喉元に深く押し付けられる。

 怒りのままにその首を斬りつけてしまいそう。

 そう焦った時、武尊は全く違うことを口にした。


 「中か何にいるな? 出てこい」


 (…………??)


 不思議な言葉に眉間を寄せる。


 (中に何かいる? どういうこと??)


 「コレの主人あるじか。こそこそ覗き見とはいい趣味だな」


 いつもなら皮肉混じりに意地悪な笑みが口元に浮かんでいそうなのに、今の武尊にそんな寛大さはなさそうだった。


 「このまま精霊ごと首を掻っ切ってやろうか」


 あながち冗談ともいえない声の調子に、焦燥感で祈るように両手を握りしめて肩を竦める。

 精霊は何もしていない。ただ人間に利用されているだけだ。

 罪のない者には本来なら刃を向けない穏やかな人が、ここ迄苛烈なことを言うのは何故なんだろう。


 (何が起こっているの? どうして)


 「それは一旦お留まり頂きたい。ご注文の物をお持ちしたのに、役に立たないのは偲びないので。私が」


 この成り行きがどうなってしまうのか、危ぶんで気を揉みながらもう一度口を挟もうとした時、別の場所から軽い調子の声がした。

 聞き覚えがある気がしてそちらに顔を向けると、なるほど覚えがある筈だ。

 赤茶色の髪の若い貴族男性の姿を目に留める。片眼鏡モノクルがかかる瞳は青灰色で、海夜の侍衛官の薔珠と同じ。

 学者風の雰囲気は以前のまま変わらないが、一つにまとめて垂らしていた長い髪はばっさり切り落とし、今は短髪ですっきりした風貌になっていた。


 名は、四道しどう・黄花・サディル。

 

 薔珠の兄で、武尊にとっては父方の従兄弟にあたる人物だ。

 その四道伯が、何やら手に四角い檻のような物を持って、執務室の扉口に立っていた。



 ※



 「遅い。さっさとそれをここに置け」


 精霊を押さえつけたまま、ぞんざいな口調と態度で主人は扉口に立つ四道伯へ命じる。


 「遅くはないでしょう。研究室と湖の館の距離をお考え下さい。最速ですよ」


 軽口を利きながら、四道伯は執務机の上に持ち込んだ物を置く。

 ごとりと重そうな音を立てて置かれたそれは、格子状に張られた金属製の箱で、生物を入れる檻のように見えた。四隅には小さな石が埋め込まれた金属のプレートが貼られ、外開きの扉の錠は鍵穴の他に、電子ロックのキーパッドが付けられている。


 「この錠前と貴光石の鍵を対にしてあります。亜種はこちらのキーパッドを使用しますが、中の物に真実効果があるのは貴種のお方が使う、こちらの貴光石の鍵です。どうぞ」


 青い石が埋め込まれた小さな鍵を差し出され、主人は無言でそれを眺めた。そうして黒い精霊から短刀を下ろすと、その檻の中へと暴れていた精霊を放り込む。

 四道伯から受け取った鍵をもう一度考えるように眺めると、顔を上げ皇女を呼び寄せた。


 「海夜、おまえが鍵をかけろ」

 「えぇ? わたしが? 何か変わる?」

 「精霊への影響力ならおまえの方が確実だ。ついでにしゅもかけろ。これは単なる受肉体ではない」


 檻の中で毛を逆立てる黒い精霊を冷たく見下ろして、主人は付け足すように気になることを言った。

 眉間に力を入れながら疑問の目で見る皇女には答えず、主人は淡々と鍵を差し出す。戸惑っているのは明白なのに、皇女に有無を言わせず鍵をかけさせるつもりらしい。

 薄青金の精霊を伴って檻の前まで来ると、皇女は鍵を受け取りながら呟いた。


 「……全部を説明してとは言わないから、どうして呪をかけるのか、それくらいは教えて」

 「……精霊かもしれないが、受肉体ではないと思うからだ。おまえと話す様子を窺っていたが、何度か瞳の色が変わるのを確認した。何かがこいつの中を出入りしている。核を持つ純粋な精霊ならば、視界を貸すことはあっても意識ごと体を明け渡すことはない。だがこいつは、注視しなければ判らない程自然に、全てを明け渡していた。我の強い精霊にはあり得ない」


 (受肉体ではない? それは一体?)


 主人の言葉をまともに受け止めて、皇女は息を詰めたように何度も目を瞬いた。虎も疑問で主人の顔を窺うしかない。


 「精霊ハ人間ニ使役サレル事ハアッテモ、全テヲ差シ出ス事ハセヌ。朴念仁ノ言ウ懸念ハ尤モジャノ。名ヲ与エラレレバ稀ニアルカモシレヌガ、ソレホドノホダシヲ築ケル相手トハ見受ケンカッタ」


 補足するように薄青金の精霊が同意するのを聞いて、皇女が目に見えて動揺する。


 「……じゃ、じゃあ、この子は何なの……。受肉体じゃないなら……」

 「神殿よりも、生物研究所の管轄だろう。ギジィ所長、これはあなたに預ける。神殿と協力してこの生物の正体を突き止めろ」


 声を揺らして混乱した皇女を宥めるように、主人が名指ししたのは三人の高官の一人だった。

 國皇の学友であり、軍の生物研究所の所長、ラジブリ・ギジィ長官。

 穏やかな性格とは裏腹に、大層切れる頭脳と洞察力を持つ人物だ。

 貴族出身だが軍内派閥の末席にある家門だった為、主人による軍内改革が行われるまで窓際に追いやられ、自由気ままな研究ばかりしていた。だがその気ままな研究内容があまりに突飛で、天性のひらめき力が如何なく発揮されていたばかりに目立っていたことも事実だ。

 改革後は性格の穏やかさと人望でもって所長に抜擢されたが、その頭脳たるや、最盛期の頃は一体どれ程優秀だったのかと舌を巻く程だった。


 「殿下のご指名とあらば喜んで。最善を尽くしますが、我が研究所は失態を犯したばかりです。よろしいのですか?」

 「仕事の割り振りに、過去の失態を引きずって、得は一つもない」


 秘薬の盗難に関して言及したギジィ所長に、主人は現実的な考えで返す。

 確かに正体不明の生物ならば、万が一を念頭に動かなければならない。軍の生物研究所で調査するのが一番適しているだろう。


 「海夜、鍵と呪を」


 説明し終えた主人は、皇女に重ねて促す。

 小さく肩を揺らした皇女は手の中の鍵を一度強く握りしめると、覚悟を決めたように顔を上げた。

 震える指先で鍵を錠に差し入れてゆっくりと回す。何の抵抗もなく錠は落ち、檻の扉は閉ざされた。

 重い物を下ろすように息をついた皇女は、檻の中で威嚇し続ける黒い精霊を覗き込み、意外な様子で声を上げた。


 「わぁ、綺麗な目をしてるのね。武尊と同じ色だわ」


 その言葉に主人と黒い精霊が肩すかしを食らったような、微妙な顔をした。

 緊迫した息の詰まる空気が途端に解ける。やはり高官三人が暢気な皇女の言葉に絆され、思わずのように軽く吹き出していた。


 「………あのな」

 「だって、このキラキラした真っ黒い目。あなたは深い緑が混ざってるけど、この子は真紅色が混ざってるわ。黒曜石みたいね」


 呆れて口を挟む主人に、皇女はなおも言い募った。

 

 「黒曜石は悪縁を断ち切る石なんですって。美鈴が言ってたわ。……この子の悪縁も、断ち切れたらいいのに」

 「本人に悪縁の意識がなければ、それは余計なお世話だぞ」


 すげなく言い捨てられ、皇女は顎を引いた。 

 その通りだと思っているのだろう。


 「……この子の核が、こんなマーブル状の色じゃなければそうも思えるけど……」

 「なんと。姫君は精霊の核が見えるのですか?」


 驚いたように声を上げたのは、すぐ傍でやり取りを見ていた四道伯だった。皇女の言葉に興味津々で飛びつく。

 はっとしたように、皇女は慌てて礼を取った。


 「四道さま、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。お久しぶりです」

 「いいえ、こちらこそ。相変わらずお美しくいらっしゃって、眼福でございます」


 さらっと返される言葉を、皇女は複雑な笑顔で流して再び檻の中に目をやった。

 秋にあった事件で四道伯の無神経な言葉に傷ついた皇女としては、彼の言葉を正面から受け止める気は持てないのかもしれない。


 「……どうしても、苦しそうに見えてしまうの。混ざらないって、反発している意味にも取れるのだもの」


 檻にそっと手を添える皇女を中から不思議そうに見上げて、黒い精霊は首を傾げている。自分を捕らえた人間が同情するように眉間に皺を寄せて覗き込んでくることが、理解できないと言う風に。


 「……だから、呪をかけるなら“自分を取り戻して”」


 皇女が言葉にした途端、檻の周囲に激しい火花が散った。見ていた四道伯と檻の周囲に集まってきていた高官達が、その火花に身を仰け反らせる。

 小さく舌打ちして、主人が皇女を庇うように背に隠し左手を振ると、あっさり火花は収まった。

 主人の背から覗くように顔だけ出して、皇女は精霊に話しかけている。



 「………嫌だった?」

 「……嫌デハナイ。ダガソノ呪ハ私ニハ掛カラナイ。自分ナドナイ」


 黒い精霊の返答に、残念そうに肩を落とした皇女は、もう一度檻に手を添えると今度は別の言葉を口にした。


 「“傷つけないで”」

 

 主語を省いた呪には、様々な意味が込められていたのだろう。

 今度は特に反発なくすんなりと呪が掛かったようだった。黒い精霊は自分の胸元を見下ろして、パチリと大きく瞬きしている。

 皇女の安堵したような吐息に、皆も緊張を解くように大きく息をついた。


 「……方向性が違う気がするが……、まあいい。ギジィ所長、これは託す。三影を遣るから、解析に尽くせ」


 檻の隙間から指を差し入れて、黒い精霊の前脚に触れようとしている皇女にため息をつきながら、主人が所長へと指示を出す。

 じゃれるように皇女の指先に飛びつく黒い精霊の仕草は、猫のような、子供のようなイメージを抱かせて、先程まで威嚇していた生物とはかけ離れていた。


 「……おまえはどうしてそう、簡単に精霊に懐くんだ? 痛い目を見ている筈なのに」

 「精霊は自分に素直だもの。ひどいことをされたってその子なりの理由があるだけで、精霊全部を警戒する理由にはならないわ」


 ギジィ所長へ鍵を渡しながら笑顔で返す皇女に、主人は完全に毒気を抜かれたようだった。


 「……人間も、同じでしょ?」


 ぽつりと付け加えられた一言に、その場にいた全員が押し黙った。それぞれがその言葉に、各々の思い描くこともあったのだろう。

 当たり前の根本である筈なのに、忘れがちになること。

 個と全は違う。違うが同じ。

 皇女はその中の個人に傷つけられて不調を患っているのに、その個人にも理由があったのだと言いたいのだろう。


 湖の館での静養は始まったばかりだが、皇女の中では自己分析のようなものは進んでいるようだ。

 皇女なりに納得いく結論に達し、回復へ向かってくれればいいと、虎は願うのだった。

 


お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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