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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第五話 皇女


 騒ぎに巻き込まれたと聞きつけ、壁外での強盗団捕縛作戦の怪我人治療に呼び出されていた美津里の夫の天地てんちは、新妻と預かり子の安否確認に慌てて戻ってきた。彼の治療を受けて美津里は海夜と共に大占家に戻され、今日は診療所には出ずに休んでいろと言われた。

 頭に怪我を負って気絶した海夜の様子も気になる。まだ目が覚めていないのだ。助けてくれた軍人たちによる事情説明と聴取を終え一息ついた後、海夜の様子を見ようと部屋を覗いて、黒い若者の存在に慌てる。

 様子を見てもいいかと訊かれたが、まさか部屋の中にまで入り込んでいるとは思わなかった。


 「ちょっと。女の子の寝室よ」

 「ああ、すまない」


 軽い返事に、意識してなかったのねと呆れた。

 診療所での治療後に大占家の客室まで海夜を運んでくれたこの隻眼の青年は、あることを美津里に訊ねてきた。



 “この娘は来訪者か”



 騒ぎの中で海夜の言葉を耳にしたらしい。

 一瞬でそんな判断をするとは、相当有能な人物だ。他人には“外国人”で誤魔化せると思っていたのに。

 ……何というか、雰囲気のある青年だ。

 立っているだけで威圧する空気がある。存在感が半端じゃない。

 かと思えば、気を抜くと空気に溶けたような錯覚も抱く。

 切れ長だが黒曜石色の瞳は黒目がちで、右目を黒革眼帯で覆っていてもその顔面の秀麗さは間違いない。嫌味がなく文句のつけようがない美形。

 長身で均整の取れた体格はしなやかだが、筋肉を追求して鍛えている訳でもなさそうだ。


 (士官だろうけど、若ぁ……。この歳でこの風格はただ者じゃないわ)


 観察した感想を心中で呟きながらつい先ほどのことを思い出す。

 来訪者の保護は国の責任だが、と重ねて指摘されたのだ。隠していると勘違いされたか。

 実はその通りなのだが、悪意からではない。むしろ逆。


 『美津里さん、無事で良かった』


 海夜がこちらに気づいて安堵した笑みを見せた。目覚めていたことにほっとしながら、常に笑顔を忘れない彼女の明るさと健気さに感心する。言葉が通じないことは不安も大きいだろうに。


 『この方達どなたなんでしょう? 変なこと言うんです』


 扉を閉めると真横に白金髪の青年が立っていた。

 腰の長剣が目に入り、こちらも軍人だとわかる。頭一つ背が高くて目立つ人物だ。


 『おまえもおかしなことを言わなかったか』


 隻眼の青年が口にした言語に、美津里は驚き鋭く警戒心が戻った。


 「貴方、国境警備隊員じゃないのね? どちらの部隊の方? その言語はどこで?」


 考えるように小首を傾げた姿は、こちらの警戒を感じ取ったのか。


 「来訪者の言語として学んだ。私は皇都軍の者だ。強盗団捕縛の指揮を預かっている。貴女方の怪我はこちらの過失だ。大変申し訳なかった。––––––そちらのことを訊ねる。ここは大占の屋敷のようだが、その娘は来訪者だろう?」


 謝罪の後に直球で質問されて若干詰まる。

 この若さで国軍の指揮を任される人物だ。誤魔化しても仕方がない。


 「……仰る通り、彼女は来訪者よ。でもまだ国境警備隊にも通報していないわ」

 

 海夜の寝台に腰掛け、彼女の髪を直してやりながら打ち明けると、隻眼の青年は腕を組んだ。

 

 「理由がありそうだ」


 聞く態勢なのは、無理やり彼女を連れて行く気はないという意思表示か。


 「私は医師で美津里といいます。この子は海夜。彼女を見つけたのは私の夫の弟。大占の義母の先読みで、真夜中の山中に空から落ちてきた所を保護したそうよ」


 怪我をしているからすぐに来てくれと、兄で医師でもある天地に連絡を寄越し、兄弟二人で連れ帰って来たのが海夜だ。

 状況や衣服から“来訪者”と呼ばれる存在だと目星がつき、夜が明けてから行政に連絡する予定だった。

 眠っている状態でもとんでもない美形なのは知れたが、何より目を覚ました時の印象的な琥珀色の瞳に驚いた。

 そこであることに気づいたのが、美津里の祖父だ。


 「––––––––祖父?」


 耳に止め、疑問に思ったのか隻眼の青年は首を傾げる。


 「この子のことで何か思い当たったみたいで。皇宮に行くって。この子は隠せ、と」


 白金髪の青年が驚いてこちらを見るのに対し、隻眼の青年は黙り込んだ。


 「……確認するが。この娘は鳥星が上がる前に救護されたのか」

 「うちに運び込まれたのは、三日前、日を跨ぐ直前だったわ」

 「皇都の報告では鳥星は三日前、日を跨いだ後の観測だ」


 だとしたら、海夜がここに来た後ということになる。

 彼は少し考え込み、海夜を見た。


 『身につけてきた物はあるか』

 『え。ええと……』


 自身を探って、彼女は思い出したように首元から細い鎖を引きずり出した。

 そこに下がる丸い小さな板のような装飾品に、青年は面倒そうに大きなため息を深く深くついた。

 その反応に目に見える程気分を害して、海夜は頬を膨らませる。


 『身につけてきた物を見せただけなんですけど』

 『ああ……、おまえに対しての感想じゃない』


 怒る海夜は意外な気がしたが、言葉が通じる人間に出会えて緊張がほぐれたのかもしれない。


 「祖父も彼女の装飾品を見て驚いたの」

 「……美津里殿の祖父君は皇都出身か」

 「ええ、私もそう。三年前まで皇都に住んでいたわ。私の祖父は皇宮医療室の元医長で、信川里しんせんりというのだけど」


 祖父の名を出すと青年の纏う空気が、少しだけ柔らかくなった。


 「信川里の血縁か。懐かしい名だ。彼には昔から世話になった。重ねて非礼を詫びる」

 「あ、うちの祖父ご存じ? よかった、……ん?」


 青年の言葉に安堵したのも一瞬だ。聞き捨てならない言葉があった。

 皇宮医療室の医長に、昔から世話に?


 「……あのぅ、凄くお若く見えますけど、おいくつ? 士官学校は十五歳からだけど、皇都軍への配属は早くて十八歳……」

 「十九だ。若輩ゆえ、侮られるが」


 軽く返る答えに冷や汗が浮かぶ。

 恐る恐る更に気になったことを、訊ねていいのかと迷いながら確認する。


 「……お名前をお訊きしても……?」


 こちらの様子に、青年は再び微かに首を傾げた。

 何を気にかけたのか気づいたようだ。考え至らなかったこちらも抜けているが、気にせず接してくる方もどうかしている。

 おそらく自分の勘が正しければ、彼は。


 「キアリズ」


 聞いた途端、ひぃっ! と息を飲んだ。

 軽く言うにも程がある。

 今までの生意気な口を畳んで切って、粉々にして窓から放り投げてしまいたい。

 平伏せんばかりの勢いで頭を下げる。

 

 「っご無礼を……っ!!」

 「名乗らなかったのはこちらの不作法だが」

 「ご冗談を」

 

 軽くそんな事を言われて、そうですかと言えるほど厚顔ではない。

 しかし、この人がわざわざこうして出向いてくるということは、こちらの大方の予想は当たっているらしい。


 「……じゃあ、やはり彼女は……」


 確認するていで言い差すと、彼は自身の唇に人差し指を当て、黙るように指示する。

 すると、ややあって扉が叩かれた。


 「義姉さん、こっちにいる? 母さんが次の相談者さんが来るまでなら話せるって」


 空地だ。

 大占の義母の手伝いをしている彼は、精霊が見えすぎる海夜の指導係のようなこともしている。

 彼女に関することでこの場に留まる二人に不審な目を向けているが、いずれ海夜の保護場所が変わることはわかっていた筈だ。

 そこで、そうだ、と思い出したことに隻眼の青年を見上げる。


 「海夜のこと、義母がとても気に入ってます。精霊に好かれてる上、彼女の礼儀作法が素晴らしいそうで……無礼をしたら申し訳ありません」


 寝台に腰掛ける海夜は、誰が見てもきちんとした教育を受けたとわかるお嬢さんだ。綺麗に背筋の通った姿勢をし、膝上の手の置き方まで洗練されている。

 彼女の行動の端々と祖父のあの動揺。それに来訪者であるのにこの琥珀の瞳だ。

 国史を少々勉強した者なら察する話もある。

 それを他人事に眺めて、青年は浅く息をついた。


 「こうして座っているだけでも、作法とやらが自然に馴染んでいる。それは大占のような伝統を継ぐ者には、好ましく映るんだろう」


 息をするのと同じ理屈か。礼法が習慣の中にある環境で育てば、その振る舞いが意識せず生きていく上での基本の動作となる。

 尤もな理由だが、青年は彼女に関して興味がなさそうだ。

 すると、自分に集まる視線に耐えかねたように、海夜が口を開いた。


 『……わたし、聞きたいことがあるんです。言葉がわからないから置いてけぼりは仕方がないけど、無視は酷いと思うわ』

 『無視してはいない。おまえの現状を把握していた』

 『なぜあなたは日本語が話せるの? ここはどこ? 家に連絡したいのに、それもできない。どうして?』


 話している内容はわからないけれど、海夜が一生懸命質問しているのを青年が流しているように見える。

 その態度はちょっとどうかと思うほど素っ気ない。


 『全てに答えるには時間が足りない。なぜ日本語が話せるのかといえば、おれの生みの母親が日本人だからだ』

 『えっ、他にも日本人いるんですかっ?』

 『多くはないが』

 『よかった……、日本と国交はある国なのね』

 『それはどうだろうな』


 何か情報を与えられたのか、嬉しそうに答えた海夜に、青年はさらに素っ気なく答えていた。




 ※




 義母の仕事の応接室は、はめごろしの窓から小さな庭を望める。

 応接室の扉口で海夜が空地から火種を渡されたのを見て、隻眼の青年は片眉を上げた。


 『おまえが邪気払いをするのか』

 『お客さまがいらした時のマナーだと教わったの』

 『………そうか』


 微妙に歯切れの悪い返事をする青年に首を傾げ、海夜は足を引きずりながらも四方の燭台に火を移し始めた。

 彼女の儀式は他の人間とは違う現象が起こるらしい。

 最初の燭台に火が灯ったと同時に、部屋の中に起こるはずのない風が吹き抜けた。天井から垂れた薄絹をふわりと舞わせ、海夜の髪を揺らす。燭台に火が灯る度に同じ現象が起こり、最後の燭台に火が灯った直後だった。

 刹那の強風が部屋を包み、揺れるだけだった薄絹が大きく舞い上がった。色とりどりの小さな火花がぜ、頭上に降り注ぐ。

 そんな中、海夜は呼ばれたような仕草で顔を上げ柔らかく笑んだ。


 「今回は凄い派手だなぁ」

 「綺麗ねぇ」


 初めて見る現象に感動する。

 精霊のことなんて全くわからなくとも、精霊に大変好かれているとわかる現象だ。

 和んでいると後方から硬い声が上がった。


 「やめろ、はしゃぎすぎだ」


 隻眼の青年が左手を軽く一振りすると、途端に全てが静まった。

 彼は部屋の中を見回して空地を見る。


 「彼女が邪気払いをするのは何度目だ」

 「え……、二度目です」

 「そうか。以降は任せるな。部屋の規模に対して効果が強すぎる。あのままでは精霊が踊り狂って、制御できずに火事になるぞ」

 「で、でも一度目はちょっと火が強くなる程度で」


 火事という単語に驚くが、空地は落ち度はないと思ったらしい。


 「火の精霊が悪いものを弾き出したが、良いものも弾き出した。彼女の祝福の影響が強すぎて酔ったんだろう」

 「酔う……。精霊が」


 絶句する空地だったが、青年は気にせず海夜に顔を向けた。


 『目の前のソレを外に出せ。纏わりつかれるのは鬱陶しいだろう』

 『鬱陶しくないわ。可愛い』

 『どんなセンスだ。一つ目巨人だぞ』

 『庭の木にいたひとよ。ご挨拶に来てくれただけだわ』

 『……会話にならないんだが、耳はついてるか』


 呆れて息をつきながら、青年は追い払うような仕草をして腕を組んだ。海夜の『あっ』と、残念がる声は完全に無視だった。


 「最初からこれでは先が思いやられる」

 「……恐れながら。貴方が同席されているのも原因では」

 「うるさい」


 後ろに控える白金髪の青年の言葉を低く切り捨てている。都合が悪いらしい。

 直後に慌てて走ってくる軽い足音が響き、扉が開いた。


 「何事ですか、空地。精霊が大騒ぎして一斉に鎮まりましたが」


 この屋敷の主人で美津里の義母の大占だ。自分の領域内で不可解なことが起こり慌てている。


 「邪魔をしている、大占殿」


 口を開いたのは隻眼の青年だった。

 異彩を放つ二人の青年に、大占は不愉快そうにする。


 「もしや貴方の仕業ですか。我が家に棲まう精霊達は、余生を静かに過ごす方ばかりです。引っ掻き回すのはお控え下さい」

 「それはすまない」


 大占の怒気を帯びた言葉に、青年は釈明もせずただ平坦な声で謝罪した。

 精霊の事はよくわからないがそれは冤罪では。海夜の能力を見誤ったこちらに非がある気がするのだが。

 説明しようとした所を、隻眼の青年は視線でこちらの動きを止めた。余計な口を挟むなという事か。

 ……精霊を扱う者の世界は狭いだけに、面子と矜持が大事なのだとは夫から聞かされている。

 でも、今の指示は大占の面子を立てたというより、面倒臭いという空気を如実に感じたのだが。


 「それでご用件は何でしょう? 当家でお預かりしている、来訪者の娘さんに関するお話だと伺いましたが」


 青年の謝罪を流し白いローブを翻させて、大占は応接卓の一人掛けソファに腰掛けた。

 それを合図に青年は海夜を促し、長椅子に彼女を座らせる。

 卓を挟んだ一人掛けソファに大占と相対して彼が座ると、白金髪の青年はその後ろに隙なく立った。


 「まずは来訪者の保護に関して、国に仕える者として礼を言う。これ以降の彼女の保護は国が預かる」

 「わたくしどもが彼女の保護をしているのは、尊敬する医師の先生に頼まれたからです。その方のご意向もお聞きせず、勝手はできません」

 「その医師の話は聞いた。美津里殿の祖父だそうだが、同時に私の知己でもある。私の名での保護ならば、彼も否やは唱えないだろう」


 青年の申し出を跳ね除けた大占だったが、返答に険しく眉根を寄せた。


 「どういうことです……?」


 海夜の隣のこちらの顔を見て説明を求めるが、青年は足を組んでソファの背にもたれた。

 途端に雰囲気が変わり、威圧する空気を発する。


 「私は皇都軍に所属する者だ。強盗団捕縛のため、今朝まで国境警備隊と行動を共にしていた。まだ全てが片付いた訳ではない。この地での任務がそればかりならばそちらに集中もできたが、優先順位がこちらに傾いた。そしてこの任務を受けたのは、鳥星が上がった翌日のことだ」


 組んだ足の上で指を組み、隻眼の瞳を眇めて青年は問いかけた。


 「鳥星の件はご存知だろうが、あれが何を象徴するか大占が知らぬ筈はあるまい」

 「当たり前です。春を代表する星、復活と豊穣を示す女神の星です。我が国第一の象徴、皇家の……」


 そう言いかけ大占は海夜の顔を見て、まさかと瞳を見開いた。何かに思い当たったようだ。


 「––––––女皇にょおう、または皇女おうじょを指す星。私が受けた任務は密命と呼ばれるものだが、あなた方にはそれを聞く権利がある。だから話す」


 隻眼の青年の表情は、一切感情が伺えない。


 「ここにいるこの来訪者の娘は、現在唯一の皇女。五十二年前、国を亡命した最後の皇女、夜花やかのただ一人の孫娘だ」




 ※



 

 大占家での出来事の、少し前の主人との会話を虎は思い出していた。

 



 「何と仰いましたか」


 国境警備隊本陣への頭目達の連行後、主人からもたらされた情報に虎は耳を疑った。


 「一昨日いっさくじつ下された皇命は、本日先ほどを以て果たされた。と言った」

 

 もう一度大占の屋敷に戻るというので、何事かと思えばこれだ。


 「その前です。このような所で、耳にして良い御名みなではなかった気が致しますが」

 「夜花の孫をみつけた、という下りか」


 またしても軽く言う。


 「怪我をしてこちらに来たようだ。日本語が聞こえたのでまさかとは思ったが」

 「………確信があるのですか」

 「一瞬見えただけだが、瞳は金色混じりの琥珀だった」


 この黄國おうこく建国の古い血筋である皇家おうけは、身体的特徴として濃い琥珀色の瞳を持つ。国号にも取り入れられる程の印象的な黄色い瞳だ。

 特に直系の女性は虹彩に金色や橙色が混ざり、光の加減で黄金色にも見える。

 瞳そのものに力が宿っているので、国の歴史を紐解けば皇家は政敵や他国の人間に目を抉られるという、残虐で悲惨な話がいくつもある程だ。

 逆にいえば、その瞳が揺るぎない身分証にもなる。

 道理であの時の主人の様子がおかしかった筈だ。言葉を聞いた時点で、三日前の鳥星と関連付けていたのだろう。

 この先の変化に思案を巡らせ、窺うように主人の横顔を見る。


 「………どうなさるおつもりで?」

 「知恵を貸せ」


 水を打ったように返る言葉に妙に納得する。

 やはり。

 この人らしからぬ言葉に、迷っているのだと理解した。

 

 「皇都で保護するにしても、処遇は問題だ」

 「私が申し上げられることは一つですが」

 「………知恵が出ない阿呆か」

 「そうは申されましても」

 「けい々に扱える身分ではないとわかっているか」

 「はい。ですから私が申し上げるまでもないかと。ご身分、ご器量、お生まれ。どれを取っても傾国です」


 無表情のまま主人は一つため息をついた。

 ほんの少し困惑気味のため息だ。

 無感情で冷酷に見えて、決して薄情ではないのがこの人だ。突然見知らぬ場所に来てしまった女性の未来を思って、それは悩むだろう。

 

 たとえ口から出る言葉が、ちぐはぐに冷淡であっても。





 結果、目覚めたばかりの女性に求婚である。

 それしかないだろうと暗に提案はしたが、内心で頭を抱えた。

 側仕えとなって十四年。手を焼くことはあっても、ここまでではなかったのに。やはり“守護者”の役目になると主人は頑固だ。

 手を焼くその主人は今、静かに言葉の爆弾を落とした。


 「ここにいるこの来訪者の娘は、現在唯一の皇女。五十二年前、国を亡命した最後の皇女、夜花のただ一人の孫娘だ」


 主人が斜め前に座る美少女を示すと、大占は盛大に眉をひそめ、後ろに立つ大占の息子だという青年は口をぽかりと開けた。

 場の雰囲気の変化に不思議そうな皇女を見て、大占は主人に厳しい目を向ける。


 「鳥星が昇って彼女が我が家にやって来た時、正直関連は疑いました。けれど、皇女さまなんて一大事は考えもしません」

 「事実だ。鈴と鏡を持つこと、それにこの琥珀の瞳しか証明できるものはないが」


 事情を知る者ならばそれだけの物的証拠で十分だろう。

 だが大占も保護を託された手前、おいそれと保護権を渡すことはできないようだ。

 主人の言葉に考え込んだ彼女は、思いついたように顔を上げた。


 「では、貴光石きこうせきを」


 その言葉に主人の周囲の空気がピリ、と張り詰める。


 「彼女に触れて貰い確認させて頂きます。皇族の方が触れると光る、という話を聞いたことがありますの」


 主人は黙り込み皇女を見て数瞬考えると、大占に向き直った。


 「それで貴女方が満足するのならば、試してみるといい」

 「………わかりました。ではこちらへ」


 そう言って大占は立ち上がる。

 合わせて立ち上がる隣りの医師の女性に首を傾げ、皇女は説明を求めて主人を見た。視線に気づき、主人は簡潔に説明する。


 『大占の仕事部屋で特殊な鉱石に触れて貰う』

 『どうして?』


 当然の疑問だろう。

 けれど主人は黙って眉間に皺を寄せた。


 『………おまえの身分を証明する』


 今度は皇女の方が眉間を寄せる。


 『身分なんてないわ』

 『おまえが育った所ではな』

 『……どういうこと? わたしのこと知ってるの?』

 『知っているといえば知っているし、知らないといえば何も知らない』

 『はっきり説明して』


 はぐらかしてばかりだと感じるのだろう。苛立つ皇女に、主人は面白がるように腕を組んだ。


 『今はここにいる者に、おまえの身分を証明する方が重要だ』

 『わたし自身のことなのに、わたしは何も知らなくていいっていうのっ?』

 『いずれは話す』

 『………あなた、意地悪ね』


 完全に頭にきたらしい本音の感想が、皇女の口から洩れた。

 だが主人はその本音がおかしかったのか、もの凄く珍しく喉の奥で低く笑った。

 計算なく笑った所を見るのは何年振りか。


 『そう言われたのは久しぶりだ』


 心なしか楽しそうに返すのを見て、彼女はもう一言『性格悪すぎる』と添えている。


 皇女の手を引き立ちあがらせた主人は、口の端だけで笑った。


 『移動する。運んでやってもいいが』


 これは嫌がらせだろう。揶揄いが多分に含まれている。


 『結構ですっ。自分で歩けますので!』


 叩き落とす勢いで主人の手を振り払うと、皇女は足を引きずりながら歩いて行った。

 おぼつかない足取りなのに、主人の手は借りないと華奢な背が拒絶をあらわしている。

 これはだいぶ嫌われたなと思う。


 「あのように意地悪を申されなくとも」

 「あんなものだろう。殴られるかと思ったんだが」

 「………殴られたかったかのような物言いは、如何かと思います」

 「そうだな」


 珍しくこちらの言葉を素直に肯定して、主人は応接間を出ていった。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しく、執筆の励みになります。

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