第十四話 閑話休題 グリーンアンバー
番外編の予定で書いていたものです。
時間軸が流れに沿っているので、閑話休題として本編に組み込みました。
「それって重いの?」
「あ?」
過去の春。十六歳だった海夜は、十六歳だった武尊に無邪気に問いかけた。
武尊がいつも腰に下げている長剣が気になったのだ。日本では銃刀法違反になると青ざめたけれど、反りのない直刀のシルエットは模造品に見えるのか、今の所通報された気配はなくて胸を撫で下ろしている。
海夜の問いに、武尊は剣帯から長剣を外して見せてくれた。
飾り気のない無骨な印象の拵え。滑り止めの効果があるのか、柄巻の組紐が柄全体を模様巻きに覆っているが、美術品として計算された気配はない。ただ使用者が使い易く、かつ見た目に美しさを保つようにされているだけだ。
飾りといえば、柄頭に埋め込まれた緑色の琥珀だけ。
武尊の目の色に合わせたのだろうけれど、本人が希望したわけではなさそうだった。
「別に重くない。刀身の厚みを計算して打ってあるから、余分な重量は削ってある」
半分まで引き出して見せてくれた刀身は片刃の直刀で、日本刀に近い雰囲気がある。
刀身と鞘を固定する為のはばきに、引き抜かなければ見える筈のない壮麗な彫刻が施されていて、驚くと同時に作刀者の意地が見て取れた。
きっと余計な飾りを好まない武尊と、これを作った人の間で随分なやり取りがあったのではないだろうか。それを窺わせる場所への装飾だった。
「両刃じゃないんだな。ばあちゃんの話聞いてると、西洋ファンタジーに近い国だなと思ってたからそっちの剣型思い描いてた」
話し込んでいた所に、兄が覗き込んできた。
「そういう剣を持つ奴もいる。おれは片手で扱える物の方が楽だから、この形に落ち着いてるだけだ。刺突の重量より、斬撃の鋭利さのが必要だったから」
「目的の違いか。お前のは、剣っていうより刀って感じだもんな。でも単純に重さの問題なら、レイピアとかコリシュマルドみたいな細身の両刃もいけたんじゃないか。刺突だけじゃなく、斬撃も備えられんだろ」
「細身の両刃はしなやかでもすぐ折れる。役に立たないだろ」
突然兄と二人で剣の談義になってしまって、黙って聞いているしかない。男の子って武器の話とか大好きよね、と内心でちょっと呆れながら。二歳上の兄ですら、子供のように目を輝かせて話しているのだから。
「片刃は鋭利さと強靭さを両方備えている。迷わず斬れるが、峰打ちもできる。そこが気に入ってる」
「……斬りたくないんか」
「なるべくなら」
「……まぁ、そうだよな」
苦笑して答えた武尊に、兄は同調するように頷いた。
ぱちん、と音をさせて刀身を鞘に収め直した武尊は、海夜の顔を覗き込んだ。
「間違っても振ってみたいとか言うなよ?」
「い、言わないわ……っ。ただちょっと持ってみたいなって、興味が湧いただけで……」
「持つのもナシ。おまえ、危なっかしいから」
「えぇっ、触るぐらい、いいでしょうっ?」
「だめ」
すげなく拒否する武尊の横で、兄も笑いながら大きく頷いている。
《そんなに頼りないの、わたし??)
「鉄の塊って重そうって思ったから、それを振り回してる武尊かっこいいな、すごいわって思っただけなのに」
ぶちぶちと文句を口の中で呟くと、武尊と兄はちょっと黙った。
そうして兄は頭を掻きながら「聞いてらんね、アホらし」とぼやいて、家の中に引っ込んで行った。
「……おまえ……。そういう素直さが毒になる時あるって、考えないのか」
「毒? どうして? 思ったこと、口に出しちゃいけない?」
「……一度頭を通過させて、言葉を選んだ方がいいとは思う」
「難しいこと言わないで」
「可愛いと思わせる罠か」
「!?」
(なんで罠だと思うの!?
ていうか、今なんて言った!??)
「今の、もう一回! もう一回言って!!」
「うるさい」
剣帯に剣を戻しながら、絡みつこうとする海夜を軽くあしらって武尊は笑った。
あの頃、沢山笑ってくれた武尊。
海夜も沢山、武尊と他愛なく話した。色んなこと。会えなかった間、考えて来た色々なこと。
楽しかった。嬉しかった。
幸せだった。
ずっと、こんな時間が続けばいいのにと、あの時思った。
武尊の剣が折れて、海夜の左胸が撃ち抜かれたのは、その翌日のことだったのに。
※
「それって、重いの?」
早朝の朝靄が煙る中、差し込む朝陽が帯状に武尊を照らすのを見ながら海夜は尋ねた。
すぐそこの湖は朝陽に照らされた途端湖面から水蒸気の靄が立ち上がり、あっという間にこの小さな庭園の中も白く煙る。
早朝の金色の陽は背の高い武尊に斜めに差すと、その分だけ斜めの影ができて、朝靄の中にはっきりと彼の姿を浮き上がらせた。
薄い夜着に毛織りのショールを羽織った格好で姿を出すと、眼帯をした武尊はきつく眉を寄せた。「寒くないのか」と問いかける形だったけれど、もっと厚着をして来いと言外に言っているのがわかる表情だ。
寒くても平気と彼の視線を軽く流し、海夜は庭園の隅の石垣に座り込んで武尊の日課の早朝鍛錬を眺める。
「眺めているつもりなら、もっと後ろに下がっていろ」
「大丈夫よ。兄と父の稽古も見学してるのよ、わたし」
正直、あの二人の稽古は見ていて痛い。遠慮なくぶつかり合っているから、よく怪我しないなぁといつも思う。怪我をしないコツがあるのだと二人は言うが、それでもハラハラする。
それに比べたら、武尊の単独鍛錬は剣の素振りが主で、安心して見ていられる。
……単独としては、ちょっと運動量激しいけど。……ちょっと、目で追うのが大変な時もあるけど。
これ、朝一番の運動なの? と疑問に感じる程、満遍なく全身を使っているように見える。しかも片手にした剣は、腕の延長のように軽々扱っていて重量を感じさせない。
だから訊ねたくなった。いつかのように。
「それって、重いの?」
質問に、武尊は少し息を乱しながら首を傾げた。
「おれ自身が重く感じていたら扱えないだろう」
確かに持ち主の手に余る武具など、持っている意味はない。
「そうだけど、一般的にって意味で訊いたの。たとえば、わたしが持ったら重く感じる?」
「持ちたいのか」
「武尊を守ってる物は、触ってみたいわ」
「おれを守る物じゃない。おれが守る者を守る物だ」
そう言って、じっと視線を海夜に落としてくる。
何を言いたいのかはわかるけれど、武尊の思惑は色々な所に散らばっているから、ひと言一言に一喜一憂するのは危険だ。今だって、裏があるのかないのか。
同じ質問をした十六歳の頃より、海夜も武尊も成長している。何気ない一言に舞い上がっていた、三年前の自分とは違う。……違う、筈。
顔は熱いけど。守っていると、自覚してくれているのが嬉しいと思ってしまうけど。
でも、それでがっかりしたことが何度もある身としては、警戒しておくに越したことはないと考えてしまう。
学習能力。
「海夜に刃物は似合わない」
「携帯したいって言ってるわけじゃないの。重さを体感したいの」
「……以前もそんなことを言っていたが」
「………覚えてるの?」
彼のその言葉に驚いた。
三年前の日常事は、彼の中にはあまり記憶に残っていないような気がしていたから。
「翌日に折れた剣の話だからな。何となく、忘れられない」
面白くなさそうに目を眇めるのは、ついでにもっと面白くないことを思い出したようだ。
海夜を傍に寄せるのを嫌がった程、彼のトラウマになってしまったらしい出来事。
武尊と兄をかばって、海夜の心臓が止まってしまったこと。
知らぬふりで、話を別の方へ振る。
「今の剣は、作り直したの?」
「刀身だけだが。体のサイズも変わる時期だったから、ちょうどよかった」
小さく頷いて、自身の手の中の片刃の刀身を抜き身のまま両手で捧げ持つ。
そういえば、あの頃より武尊の身長はぐんと伸びているし、手足の長さだって違う。十六歳の頃はまだ細身の少年という体つきだったのが、十九歳の今は成熟とまではいかなくても、大人の男性にしか見えない体つきだ。
そういう身体のサイズには、以前の刀身の長さは合わなかったのだろう。
武尊の手の中の剣に目を落とすと、記憶にある拵えのままだとすぐにわかった。柄頭の緑色の琥珀と、はばきの彫刻がそのままだったからだ。
透明な薄緑色の琥珀は、準鉱物と呼ばれる樹脂の化石だ。
柔らかくて陽の光にも弱い性質から、装飾品に使われることはあっても、日常道具の装飾に使用されることはあまりないイメージだった。特に緑や青い琥珀は貴重で、染色された物の方が多く、市場に出回る天然物は少ないらしい。
けれど海夜が大好きだった武尊の瞳の虹彩は、まさにこのグリーンアンバーの爽やかな色合いで、拵えを作った職人がせめてもの装飾に使いたがる気持ちもよく理解できた。
「この琥珀、武尊の瞳の中の色と同じでしょう? 職人さんが決めて嵌め込んだの?」
「……これは貰い物だ。御大将就任祝いに、祖父が作って贈ってくれた。おれはモノに対する執着が無さすぎるらしい」
「え、お祖父さまが? 簡素な飾りだから、武尊が職人さんと言い合いながら拵えたのかと思ったわ」
「言い合う程の希望もない。その辺にある棒切れでも構わなかった」
ちょっと吹き出す。武尊の剣の由来としては、これ以上ない程彼らしい話だ。
執着と物欲が無さすぎると、ここまで到達してしまうらしい。出家僧のようなことを言う武尊に呆れるが、確かに何かに執着している彼は想像しにくい。
「じゃあやっぱり、ちゃんと意味のある飾りなのね、この琥珀」
「琥珀の意味?」
考えたこともないと、心底訝しそうに眉根を寄せる武尊に微笑んだ。これを贈ったという、武尊の祖父の心境を考えて。
「あちらの世界でいわれている、琥珀の意味を色々調べてみたの。黄花・サディルの瞳の色って琥珀に喩えられるし、教養の一つと思って。グリーンアンバーの作用は、“魔除け“。それから、“未来へ進む原動力”。石言葉は、“愛情”」
これを知った時、なんて武尊にそぐわなくて、そして逆に、なんてぴったりなんだろうと思った。良くも悪くも人の視線と興味を惹いてやまない人の、象徴的な石がこんな意味を持つなんてと嬉しかった。
黙って聞いていた武尊は、皮肉のように自嘲するように口の端だけで笑った。
「––––––石に意味があるのか」
「花言葉とか、そういう概念ってこちらにはない? そういうものと一緒だと思うのだけど」
「聞いたことはあるが、調べたことはない。それらにまとわりつく精霊の方が先に目に入るからな。人間の理由づけより、あいつらの存在の方が鮮烈だろう」
それはそうか。
自然界に存在する精霊に、人間が付けた理由を教えても首を傾げられるだけだ。ずっと彼らと身近に過ごしていただろう武尊にとって、人間の言葉より精霊の存在の方が重いのはしょうがない。
「––––––だが、今のおまえの言葉で合点がいった」
「……? 何か思い当たることあった?」
「……祖父からこれを渡された時、過去を切れ、と言われたことを思い出した。琥珀にそれを重ねていたのなら、日本贔屓もいい所だ」
何となく懐かしむような複雑な目をして口元だけで笑った武尊は、抜き身のままだった剣を軽い身振りで鞘に戻した。そうして、鞘ごと剣帯から外すとこちらに差し出してくる。
行動の意味がわからなくて瞬きを繰り返していると、首を傾げられた。
「持ってみたいんだろう?」
(え、持たせてくれるの?)
「……三年前は触らせてもくれなかったのに……」
「あの頃よりは筋肉もついているだろう」
「そんなに非力そうに見えた?」
「風が吹いたら飛ばされそうだった。……いや、それは今も変わらないか……」
もの思うように上から下まで眺められて、これは失礼なことを考えていると咄嗟に悟る。
「変な目で見ないで下さい!」
「内面的なことを言ったんだが。しっかり十分な女の身体をしているとは知っているから、変な目では見ていない」
「……っっ、っそ、それが、へ、変な目で……っ!!」
ホントに、何てことを真顔で言うんだろう。
羞恥で全身が熱くなって、嫌な汗が出る。
「…っふ、ははっ」
そうして、そんな海夜を見て吹き出す武尊に更に腹が立つ。
「デリカシーを学ばないと、年取ったとき、ただのセクハラおじさんになるわよ!」
「望む所だな。そこまで言うなら、そんな薄着で男の前に現れるな。何度言わせる」
「薄着じゃないもの。ショール羽織ってるものっ」
悔し紛れに肩から羽織ったショールをはためかせると、武尊は呆れ切ったため息をついた。
「夜勤明けの交代要員がすぐそこを警備している。肌の色が透けて見える夜着は、この屋敷では身に着けるな。目に毒だ」
「? 透けてる?」
「朝靄で濡れた分、透けている」
「!!!」
(ぎゃあっ!)
あっさり軽く頷いた武尊の言葉に、勢いよくショールを体に巻き付けて背を向けた。
「……今更。先程からずっと見ているんだが」
「真顔で言わないでぇ。もう、ホントに、……何でぇ……」
「剣のことはもういいのか。戻すぞ」
泣き言は取り合わずさっさと剣帯に剣を戻そうとする武尊に、慌てて振り向いて手を伸ばす。受け取った剣は、想像よりは重くなかった。
……でもこれを常時持って、且つ振り回すことはやっぱりできない。片手で持とうとしても、海夜の腕力と体重では持ち上げた方の腕に身体が傾きそうになる。
「……重い……」
「これ以上軽いと斬撃の威力が下がる」
「専門的なことはわからないけど、この子が武尊を守ってくれるのね」
「……何も宿っていないぞ、これには」
「琥珀に言ってるの」
柄頭の緑色の琥珀に唇を近づけ囁きかける。
「––––––“武尊を、守って”ね」
琥珀は何百万年もかけて樹の樹脂が化石化した宝石だ。人の思念を受け取る付喪神ではなくても、その身の上に重ねた時間は思い馳せることもできない程途方もない。
ひと一人守るぐらい、どうってこともないぐらい年経た強い石だ。
だから、呪をかけてみた。
うんともすんとも言わないけれど、これは呪が上手くかかった証拠だ。拒否されていれば、ぱちりと弾かれることも少なくない。
「この子、女の子みたいね。あなたのことが好きみたい」
「……石にそう言われてもな」
「いいお守りになるわ。わたしも両親からの誕生日プレゼントは、グリーンアンバーをリクエストしたの。武尊の瞳の色って、珍しいお守り石なんですって。あの優しい色合い、わたし大好きだわ」
笑いながら剣を返してそう告げると、武尊の剣を受け取る手が一瞬止まった気がした。
(あ、そうだった、ショールで隠さなきゃ)
結構透けてしまっているのか。
武尊の表情が動く程なら、一刻も早く部屋に戻って着替えなければ。
「……昨日触れたからと、今日もそのつもりでいると馬鹿を見る気がするんだが。……惜しいから、さっさと部屋に戻れ」
そのつもりでいたのに、先に追い払うように言われると、ちょっと悲しい。
ため息混じりに言われた内容にがっかりした気持ちでいると、「朝食は一緒に摂れる」とフォローのような言葉が降ってくる。
そして、能天気で単純な自分はそんな取って付けたような言葉に、がっかりした気分なんて簡単に忘れ去って、舞い上がるような気分で笑ってしまうのだ。
本当、恋って盲目……。
お読みいただきありがとうございます♪
ブックマーク等大変嬉しいです。
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