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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第十三話 皇子の失態

滝本くんは別の物語だったら男主人公を地で張れる男子です。

甘い言葉も、主人公を素直に守る優しさも、勇敢さも全部持ってるヒーローです。モテモテです。

…がんばれ、皇子。


 勢いよく藪を掻き分けて、滝本天たきもとたかしは必死で走る。


 春とはいえ、まだ三月。

 下草の緑もまばらでパンツの裾に枯れ葉が絡みつくし、藪を分ける手の甲も引っ掻き傷だらけだ。雪が所々残る林の中は腐葉土と泥が混ざり合い、ぐちゃぐちゃにぬかるんでいる。

 そんな中を走らなきゃならない羽目になるなんて、我ながら情けない。

 陸上で鍛えた足腰とはいえ、全力で走ったのは去年の春が最後だ。それ以降は受験に身を入れる為、部活動は引退した。体を動かすことなんて、体育の授業と息抜きのランニングぐらいで久々すぎる。

 たった数ヶ月身体を甘やかしただけで、こんなに息が上がる。

 しかも、日本では舗装された綺麗な道ばかり走っていたのだから、こんな足元の悪さは未経験だ。身体のどこに力を入れて走ればいいのかわからなくて、余計な体力を使う。


 「くっそ……っ、何なんだよ、一編に人のやる気くじくようなことばっかり……っ!」


 肩で息をしながら、ドロドロの足元と冷える指先に舌打ちした。

 高校で色々挫折は味わったつもりでいたけれど、異世界とかいう変な場所で、まだこんな悔しさに涙が出そうな挫折があるとは思わなかった。

 藪が切れた先に、突如林道のような未舗装の道が現れた。

 息を切らしながらその道の左右を確認すると、少し向こうに馬車のような乗り物が見える。


 「……アレか。前時代的な乗り物かよ」


 息が上がる口元を拭いその馬車に慎重に近づくと、待ち構えていたように扉が開いて中から声を掛けられる。


 「君が滝本? 歓迎するよ。早く乗って」


 若い男の声が、手招きするように誘い込む。

 母国語が日本語であるかのような自然な言い回し。

 

 (こいつ、日本人か)


 こんな羽目になったきっかけは、昨日の昼頃。

 同じ来訪者クラスの中年のおっさんが、ぼんやりと外を眺めていた自分に声を掛けてきた。

 

 “いい話があるよ。君、若いから歓迎されると思う。上手くやればここでの地位も立場も約束されるし、金も女も自由だ。日本じゃ上手くいかなくたって、ここなら生まれ変われる。どう? 話だけでも聞いとく?”


 そんな甘い言葉を囁いた。

 なんつー怪しさ満点のキャッチだよ、と冷めた目で見たのが悪かったのか、おっさんは急に態度を変えて舌打ちしながら離れていった。なのに今日、監視付きの自分に見舞いだと現れて、菓子だの何だのを無理やり押し付けていった。

 その中に見つけた物は、いかにもな手紙。


 “知らない奴と、甘い言葉に惑わされるな”


 厳格な父親にそう言い聞かされて育ってきた猜疑心の強い自分に、こんな行動を取らせた原因はその手紙だ。するっと簡単に入り込んだ口説き文句が、いつもなら反応する筈もない良心に爪を立てた。



 “平尾海夜に会わせてあげよう”



 まだ諦めがつかないのかと、我ながら可笑しかった。

 あんな決定的に嫌われる出来事があって、更に彼女を訳のわからない心身不安定状態に追いやったらしい張本人の自分が、まだその彼女に固執している。


 (……何がしたいんだ、オレ?)


 たぶん、もう顔を見ても貰えない。言葉を交わすことも、おそらくできない。

 頭に血が上っていたとはいえ、そこまで彼女を追い込んだのは自分だ。

 わかってる。

 どんなにのぞんだって、彼女は自分に応えることはない。

 でも好きだった。

 ただこちらに笑ってくれるだけで、一日中浮かれていられるぐらい、好きだった。

 

 それを毎日全身でアピールしていたのが、たぶん彼女を困らせたのだとも、実はちゃんと理解していた。

 でも、気持ちの表現方法をそれ以外に知らなかったんだ。

 好きなら好きだとちゃんと伝えたい。ぐずぐずに甘やかして、君以外に見えないんだと伝えたかった。ただ、好きになって欲しかった。

 伝わってた筈だ。

 たぶんちゃんと、こちらの気持ちに誠実に応えてくれていた。


 “恋愛対象にできない。

 異性としての好きじゃない”


 そう。ずっと、きちんと断ってくれていた。

 でも認めたくなくて、いつか絆されてくれると自分に言い訳して困った顔をさせていた。


 (そうやって、オレが彼女に甘えた結果、あんなことになったんだ)


 呼吸もできずに苦しむ姿を見て衝撃を受けた。三本木に、精神的なものらしいですよ、と白けた目を向けられた時、オレは何てことをしたんだと泣きそうになった。

 こんなに好きな、心底から惚れた女の子に、何てことを。

 だから謝りたかった。

 許されないだろう。たぶん、自己満足だ。

 でも、土下座でも何でもしてこの後悔を伝えたかった。


 それができるなら、どんな危ない橋でも渡ってみせると思った。


 「アンタらみたいな怪しい連中、オレは嫌いだ。オレを使って何をしたいのかは知らないけど、平尾に危険があるならこの馬車には乗らない」


 早く、と急かすからには人に見られては困る、後ろ暗い事情があるんだろう。

 そんな危ない所に首を突っ込み掛けている自分は、平尾がどれだけ日本へ帰そうと考えてくれても、きっともう無事ではいられない。

 覚悟を決める為にも、平尾の無事だけは確保したかった。


 「へぇ、取り引きかい? 来訪したばかりの小僧が、いい度胸じゃないか」

 「馬車に乗ったまま顔も見せない奴が、取り引き語るな。どうせアンタ、使いっ走りなんだろ。黒幕が自ら迎えにくるとか、そんなチープな話じゃなさそうだもんなぁ? オレは自分を安売りしない。何をさせたいのか知らないけど、オレと平尾、それにもう一人の女子。一緒に来たこの三人の無事だけは絶対保証しろよ。でなきゃ、指一本動かさないぜ?」


 異世界で何がどうできるのかなんて知らない。でも、できることをやって後悔しない。

 それは自分がこれまでずっと掲げてきた指針だ。


 「度胸はいい。取り引きの基本も知ってる。先ずは自分の身の安全の確保、それに要求。中々使えそうだ。いいよ、応じよう。私はね。最終的に決めるのは私の主人だが」

 「じゃあさっさと連れてけ。平尾と三本木には、手出しすんなよ?」


 重ねて念押しすると、馬車の中で男は小さく笑った。無骨な黒い馬車の中で、体重が移動した音が響く。

 扉口に屈むように顔を覗かせたのは、中性的な容貌の人物だった。たぶん、声の主はこいつだ。ということは、紛れもなく男。

 白い肌に赤い唇で、そいつは口の端だけで笑った。


 「約束しよう。小娘二人に興味はない。……私はね」


 何度も重ねて自分と黒幕の考えは違うと主張する男に、気を許す気はないと睨む目線に力を込めて、伸ばされた手を取った。



 ※


 

 執務室の窓から、庭園でぼんやりと景色を眺める皇女を見下ろして、主人は上げられる報告の数々を聞いている。

 この“湖の館“と呼ばれる屋敷は、皇妃が綺羅姫を懐妊する以前から静養先にしていた場所だ。

 亜種の身で貴種を出産した影響は、心身をひどく酷使させたらしい。

 その上、乳飲み子だった主人を連れて、現在は皇妃となった女性は、主人を狙う方々の刺客から何年も逃亡を続けた。それを見つけて保護したのは、虎の実家の磋須木家だ。

 ボロボロに成り果て、それでも主人を手放すことはできないと、若過ぎた皇妃が泣きじゃくっていたのを虎は忘れることができない。

 心身衰弱が激しく、一時期は枕も上がらぬほど身体を壊し、命も危ぶまれていた。年数を重ねる毎に回復の兆しを見せ、皇宮内を散歩することができるようになったと風の噂に聞く頃には、母親のことは覚えていないと主人が口にする程の時間が経っていた。


 それから綺羅姫を出産するまで、主人との親子らしい会話を持てずに来た皇妃は、本人も意図せず崩してしまう体調の静養の為、この湖の館を頻繁に利用していた。

 綺羅姫の出産にも使われたこの屋敷は、主人が母親との交流を少しずつ重ねた場所だ。主人にとっても気の抜ける場所の一つでもあるのだろう。

 そういう場所へ自分の婚約者を静養へと連れて来たことに虎は嬉しくて、にやにやとニヤけた顔が止まらない。皇女を考えた行動を取った主人に、拍手を贈りたいとまで思った。


 だが、やはり主人は主人だ。


 いきなり大勢の前に、不調を抱える皇女を引っ張り出すとは考えもしなかった。

 皇女の性格を考えればそれを断る筈もない。主人には深い考えもあるのかもしれないが、今回は皇女の鈍感さに助けられた。

 皇女があのまま体調を崩さなくて良かったと、薔珠大尉と安堵したが、そう簡単に落ち着く話でもないのだと去り際の皇女の浮かない表情が物語っていた。


 そして、問題は更に絶え間なく降り注ぐ。





 新規来訪者の一人、滝本天たきもとたかしの行方が消えた。

 何者かによる拉致、または自主的な逃亡を手助けした者がいる。

 皇女が湖の館に移った初日の夕方近く。

 早春の陽は茜色に染まり易く、まだ春浅い空気も完全に温むには早い。朱色の陽光は温かさより、冷える夜を連想させる。

 そんな空気の中の、背を叩くような一報だった。

 報告が上がる執務机の上のモニターに静かに耳を傾けながら、主人は窓の外から視線を机上に移した。


 「もう一人は確保してあるな?」


 《二重の監視をつけました。本日はこのまま、検非違使隊宿舎にて預かります》


 「ご苦労。明日追って指示する。何人も近づけず、目を離すな」


 《承知いたしました》


 そのままモニターが暗転し、通話は途切れた。

 軽く息をついて執務椅子に身を沈めた主人に、窓の外を気にしながら虎は声をかける。


 「厄介なことにならなければよろしいですが」

 「既になっている。皇族の関与ある来訪者なぞ、格好の餌食だ。おれの失態だな」


 簡単に言うその言葉に、若干驚いた。自分の非を認めることを厭わない人ではあるが、今の口ぶりには別の意味が込められていた気がするからだ。


 「……お珍しい。後悔されていらっしゃるのですか」

 「海夜に関して、後悔しないことなどない。最善を掴むより、最悪を掴む方がはるかに容易い」


 いつも通り無表情だが、据わったような目つきは、おそらくままならない現実をはがゆく思っている。

 そうだった。主人はまだたった十九歳の、若者なのだった。

 輝かしい履歴と戦歴ばかりが先走るが、それらは本人が望んだものではなく、彼が最善を尽くした結果、後からついてきたものだ。しかもその内容の殆どは、日本にいる血族の為に己を研鑽した成果でもある。

 人生のほぼ全て、日本の血族への思慕が占めていたのだから仕方がないが、主人自身は己に何かを希んだことがなく、その手に何かを留めようとしたこともない。だから、皇女への対応を間違えてしまうことがあるのだと零している。


 ……つまり、愚痴だ。


 …………虎へ。


 気づいた途端、虎はこの歳下の主人にひざまずきたくなった。

 苦節十四年。

 ようやく主人の弱音を聞いた気がする。


 「気色悪い。まだそのニヤけた顔をし続けるつもりなら、窓から蹴り出すぞ」


 鋭い視線と鋭い声に、一瞬で気を引き締めた。


 「お言葉をお掛けになられるだけでもよろしいのですよ。姫君は、多くを望まれる方ではないでしょう?」


 そう言って窓へと視線を向けると、主人も肘掛けについた頬杖のまま、ちらりと窓へと視線を遣る。

 そうして一瞬だけ足元へと目を落とし、すぐにまた目を上げた。


 「近衛隊へ通達。許可なく湖の館へ近づく者は、何者であろうと即捕縛せよ。半径二キロメートルまで護衛の壁を広げろ。湖から来る者には特に注意が必要だ」

 「承知。……姫君へはお知らせしますか」

 「来訪者に関してならば伏せる。だが、何者かが狙う可能性があることは、耳に入れておいた方がいいだろう」


 タキモト、という来訪者の名は報せないということか。皇女の不調の原因であるならば、それも致し方ない。


 「……何が噛んでいるのかなど、すぐに知れる。おれは敵が多いからな」

 「目的を異にする者、が適切かと。貴方の功績は誰もが認める所です」

 「––––––功罪、の間違いだろう」


 そんな一言に、すぐさま否定しようと口を開く。

 だが主人は、それを制するように皮肉に口の端を上げて立ち上がった。


 「下へ降りる。今の報告書がデータで来たらこちらへ転送しろ」

 「は」


 そうして腰の剣にゆるく手を置いて、主人は執務室を出て行った。陽が傾く庭園へ、皇女を迎えに行ったのだろう。

 机上のモニター内から、本日この時間までの報告書を整理しながら考える。


 この国の本来の統治者である、黄花・サディル家の貴種皇女。現在、国に還る可能性のある黄花・サディルの貴種女性は、海夜皇女たった一人だけだ。

 そんな貴重さなど関係なく邪魔だと考える者は、この国にはもはや多く存在している。

 その根は五十三年前には既にあったのだろう。そうでなければあれほど早く皇宮内が荒み、国内が混乱することはなかった筈だ。傍系の男皇とはいえ、現國皇は歴とした黄花・サディル家の貴種なのだから。

 貴種の数は少なく貴重であるとは皆が知ることだが、では貴種とは一体何なのかと問われれば、躊躇わず答えられる者は少ない。

 貴種がいなければ、今自分達が手にしている豊かな暮らしも幻となるのに、その自覚は薄く、亜種だけでこの生活を維持できると暢気に考えている者もいるぐらいだ。

 世界のエネルギーは“貴光石きこうせき”と呼ばれる、貴種にしか採石出来ない鉱物で支えられている。


 “皆の生活を豊かに支える者。それをもたらす者。命の根源そのもの”


 虎は幼い頃から、貴種に関してそう教わってきた。

 そういう存在が自分達の国の統治者であると、貴族達が誇りに思っていたのは、今は昔なのだろう。

 それでも直系貴種女性ということで、皇女への周囲の視線は熱い。たとえ様々な思惑が絡むものであっても、現時点では皇女に害あるものは少ない筈だ。

 では、主人が危惧しているものは何か。

 それは主人個人への恨みを募らせる者達だ。


 これまで何も周囲に置かなかった第一皇子の、唯一の弱みとなりうる者。

 その上、黄花・サディルを繋げる唯一の貴種女性。


 これを狙わない筈がない。

 それが実際に起こったのが、昨年秋の事件だ。

 

 「………?」


 モニターを操作し、いくつか重要な報告案件にロックをかける中見つけた奇妙な報告に、虎は首を傾げる。


 「“薬品の盗難報告”?」


 軍の生物研究隔離機関からの報告だった。

 細菌や病原菌、生物兵器の研究、管理、隔離。

 万一に備えて、それらの研究は常に行われている。国内の流行病に対応するというのが表向きの存在理由だが、実際は他国からの攻撃に備えた目的が主だ。

 この機関の復興復権にも、主人は大きく関与した。それは軍部再編成という名の粛清の下に行われたことだ。この機関内からの懲戒免職者も何人か出た。扱う物が物だけに慎重な対応が求められる為、世襲で研究者を送り込む特権貴族を、主人が実力重視の観点で一掃したのだ。

 現在かの機関に在籍する者は身分の上下を問わず、公正に試験を突破した者のみの筈だ。

 そんな機関からの、思いもかけない報告。

 内容は何か。

 確認して数瞬後、虎は息を飲んだ。


 それは、外部には絶対に漏れてはいけない、三重丸扱いの古代の秘薬に関する報告だった。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。


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