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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第八話 珊瑚の過去と海夜の今



 珊瑚のそれまでの人生といったら、ちょっと悲惨だった。

 生まれた時から父親はいなくて、母と祖母と小さなアパートで身を寄せ合いながら、慎ましく楽しく暮らしていた。

 けれど、小学生の時に祖母が亡くなり、中学三年生の時には唯一の身内の母が亡くなった。珊瑚の大学までの教育費を貯めようと必死に働いた末、風邪を拗らせてあっという間だった。

 これからどうなるんだろう、施設に行くのかな、とボンヤリと自分の行く末を思い描いていた、少ない親戚を集めての葬儀のただ中のこと。

 珊瑚の身元引受人として名乗りを上げたのは、見たこともない壮年のおじさんだった。珊瑚から見たら、おじいちゃんにしか見えない。

 でもその人は言った。


 “君の父親だよ。今日から私の家で一緒に暮らそう”


 耳を疑った。

 身なりの良い、裕福そうなおじいさんだった。

 だから唐突に理解した。


 (ああ、ママ、この人の愛人だったんだ)


 “きみが生まれた時に認知はしたんだよ。でも援助は断られた。そうしたら、こんなことに。もっと早く君達のことを気にかけるべきだった”


 お決まりのセリフのように、後悔していると言われた。だから一緒に暮らそうと。

 奥さんは去年亡くなって、男やもめ。

 長男家族と同居しているけれど、孫達も君と歳が近いからいい話し相手になるよ。


 (ああ、奥さんいないから気兼ねなく愛人の子を引き取れるんだ?)


 凍りついた意識の中で他人事に考えた。

 高校に通わせて貰ったのは、感謝してる。成績だけは良かったから、地域一番の進学校に進学できた。ママと二人だけじゃとても通えない私立校。修学旅行は海外だし、施設利用費は高いし。進路に悩んだ時に担任が勧めた学校だったけど、ママに負担をかけたくなかったから、珊瑚は普通の公立に行くつもりだった。

 なのに、急に降って湧いた愛人の子に、その進学費用、ぽんと出せちゃうパパが出来た。


 (何で、もっと早く)


 そう思うに決まってる。


 (ママが無理して体壊したのは何だったの。何でこの人の援助断ってたの?

 別に行くあてもないからこの人の家でもいいけど、何で同居家族がいるかなぁ。しかも同年代の子って)


 渋々引っ越した家には中学一年生の男の子と、小学六年生の女の子がいた。


 珊瑚の異母兄だという歳の離れた人は、ただの太っちょおじさん。その奥さんは、痩せててちょっと性格キツそう。

 元々あんまり家族の仲は、良くないみたいだった。夕食の席はいつもギスギスした空気。

 やだなぁ、子供達も歳近過ぎ。

 案の定、甥は中一のくせに女の子の体に興味津々のエロガキで、お風呂上がりにはドアの外に立ってるし、着替えの時には偶然を装って乱入してくる。


 (私って、アンタから見たら叔母だよ? 何考えてんの?? 下半身に脳みそ詰まってんの???)


 こっちにも好みはある。

 甘やかされてブクブクの身体つきの年下のガキより、年上のイケメン。

 行けるはずじゃなかった高校に、その運命の先輩がいた。


 滝本天たきもとたかし先輩。


 父親の籍に入って名字が“日笠ひかさ”から“三本木”に変わった珊瑚は、人から名字で呼ばれるのがストレスだった。

 それを滝本先輩は「サンサンって呼ぶか。太陽っぽいし、お前」と珊瑚の陰の部分を吹き飛ばすように、お日さまみたいに笑った。

 人懐っこく笑う、明るい性格。溌剌とした物怖じしない発言。人に対する注意も、嫌味がないから嫌われない。好みの差、と言われる顔だって、甘過ぎず清潔感があって好感度抜群。

 男子がどんなものかよくわからない珊瑚にも、先輩がモテモテなのはすぐにわかった。


 でもそんな先輩にも、好きで好きで、どうしても振り向いてほしくて、ずっと大事にしている女子がいるという話を聞いた。どんな人なのか気になるのは仕方がない。

 主将にクラブ日誌を渡す時、先輩の教室で見えたのは、そこだけ切り取られたように別の空気が流れる女子生徒だった。

 

 (すごい美人)


 そんなシンプルな言葉しか浮かばないぐらい別次元の、清楚系の美少女が教室の中に異空間を作っていた。

 一度で焼きつく印象ってすごい。

 華やか。上品。気品溢れる。

 そういう言葉で表すのかな、と最初は戸惑う。でも違う。雰囲気や所作は西洋人形ビスクドールのように上品なのに、彼女……平尾海夜に纏わりつくそれは、重くて硬く柔らかくて軽い、正体不明の何かだった。

 あの人の周りの空気は、別の空間に繋がる。

 あの人の傍にいるだけで、何かの可能性の扉を開けそうな。

 そんな気分にさせる、不思議なひとだった。


 (ああ、だからかな、滝本先輩の執着。未知の何かに憧れるって、男の人の本能なんだっけ。それにしたって、ちょっとしつこすぎない?)


 そう思ってたある放課後に、滝本からこんな話をされた。


 「粘り強く諭してこそ評価も上がる、が持論なんだ。お試しでっつって軽く男と付き合える女子とは、なんか違う所にいるじゃん、彼女」

 「お試し、ダメですか? 付き合おって言ってくれるだけで嬉しくて、知らない人なら付き合う内に好きになるかもって皆言うけど」

 「で、お前ソレできんの?」


 切り返されて黙りこむ。


 「だろ? サンサンも平尾とおんなじじゃん。最初から恋愛対象じゃなきゃ眼中にもないだろ。平尾は毎回同じ断り文句。“恋愛対象に見られません。ごめんなさい”」


 古風だよなぁと呟く横顔は、愛おしそうに幸せそうに笑ってる。

 大好きな人だけど、正直ちょっと引く。


 「一回デートしてみようよって誘っても、一回でも一緒に出掛けたら諦めてくれるの? ってさ。諦めさせるの前提。望みないよなー……。でもそれ言う顔が可愛いんだよね、これまた」

 「……病気っすねー」

 「平尾の考え方、めちゃ前時代的よなぁ。そんでそれにキュンキュンしてるオレは、バカの代表よなぁ」

 「平尾先輩は古風かもしれないけど、堅物でもあるんです。ああいう人は旬が過ぎたら干物になるんだから、早い内に口説いちゃって下さいよ」


 見てられないと叫びたくなって、そんな風に発破をかける。


 「何でお前が平尾の立場でもの言ってんの?」

 「私は滝本先輩の立場で滝本先輩を応援してるんです。先輩、恋多き人に見えるけど平尾先輩が初恋でしょ。見ててバレバレ。皆知ってますよ、有名。皆で応援してるんだから」


 照れるように笑った滝本に、頭に来てその背中をバチンと音が立つ程叩いてやった。

 早い所まとまってほしい。そして、この行き場のない恋心に終着地点を与えてほしい。


 そんな話をしたのが去年の夏の終わり頃だ。

 珊瑚はクラブの帰り道で一人、自転車で派手に転んでしまった。その時負った膝小僧の傷が、年を越えて春になってもまだ治らない。

 原因は、出来上がる瘡蓋かさぶたを、自分でむしってしまうから。

 本来の珊瑚は、治りかけの傷をもう一度傷つけるなんて、そんなことはしない。

 でも理由があった。

 その怪我をした日、父の検診に付き添っていた義姉が、異母兄に車を出すように連絡して来た。中二の姪は塾で帰りが遅くなる。嫌だなと思う中三の甥と二人きりの夕刻。

 アイツは何の予告もなく珊瑚の部屋のドアを乱暴に開いて、珊瑚を力まかせにベッドに押し倒したのだ。


 (このクソガキ!!!)


 何度もいやらしい目で見られていれば、何が目的かなんて嫌でもわかる。

 だから、護身のことだって常に考えてた。


 (女子空手部主将を舐めんなよ!)

 

 覆い被さる重くてぐにゃぐにゃの肉の塊を、力いっぱい蹴って殴った。嗤ってそれをかわそうと、甥が体を浮かせたその隙に、膝を躊躇なくめり込ませてやった。


 アイツの、一番大事な部分に。


 「………〜〜〜…っ!!!!」


 声にならない悲鳴をあげて、甥は白目を剥いて泡を吹いた。横向きに重い音を立てて崩れた顔は、涙と涎と泡がぐちゃぐちゃに絡み醜悪だった。帰ってきた兄夫婦と父を巻き込んで、大騒ぎになったのは言うまでもない。

 甥は二つある片方の臓器が潰れた。でも幸い特に問題なく子孫を残せると診断された。けれどあの日から、部屋に籠って出てこなくなった。

 珊瑚は家族の中で、犯罪者のように扱われるようになった。

 でもそれって私が悪いの?

 甥の目つきは家族全員知ってた筈。いつか珊瑚は毒牙にかかるだろうと、皆わかってた。

 母を亡くして可哀想だと、引き取った父は庇ってくれなかった。珊瑚を見捨てた。

 兄夫婦にいたっては珊瑚が色目を使っただの、一生甥の面倒を見ろだの、やかましく喚き立てる。

 姪は我関せず、家にも寄り付かなくなった。珊瑚が家族を壊したんだと、ボソリと恨みがましく呟いて。

 

 家族。

 家族って、何よ。


 あんたのじいさん、私のママに私を押し付けて別の家族がいたじゃん。そんな偽の家族の一員が、私に説教?

 じゃあママ返してよ。

 あんたのじいさんがママに苦労かけてなきゃ、私はこんな偽家族の家に来なかった。今頃ママと一緒に夕飯のおかず、何にしようって笑いながら話してた。


 そんなどす黒い気持ちの行き場に、膝の大きな瘡蓋はピッタリだった。


 最初は治りかけが痒いだけだったのに。

 瘡蓋が綺麗に剥がれて無くなりかけると、物凄く不安になった。

 綺麗な傷なんてあるわけないって、焦燥感に駆られた。

 だから、何度も傷をぶり返させた。両膝に傷を広げて瘡蓋に触っていたかった。

 最近ではそれは無意識に触るもので、瘡蓋が欲しくてやってたわけじゃない。癖になってただけ。不安になると触っちゃう、そういう癖。


 でもそれをこんな所に来て、よりにもよってこの女性ひとに指摘されるなんて。



 「両膝に絆創膏貼っていたでしょう?」



 痛そうだから座ろうと、知り合ったばかりの人間を心配して言うのは、この人の人間性の表れなんだろうか。

 滝本がこの平尾海夜という人に拘る理由の一端を、ほんのちょっとだけ見た気がした。



 ※



 三本木珊瑚という女子の放った言葉は、海夜を新たな混乱に陥らせた。


 (……帰らないって言った? ……犯罪? えぇ? どういうこと??)


 ぽかんとするのは他の面々も同じで、武尊だけが白々と何の感想もなさそうに、遠巻きにこちらを観察している。

 真っ先に我に返った薔珠が、庇うように海夜の前に出た。


 「薔珠、大丈夫よ」

 「いいえ、なりません。万が一があっては遅過ぎます」


 薔珠は過去に一度、海夜の護衛に失敗している。

 あの事件からこちら、彼女は再び海夜の侍衛官に抜擢されるとは思っていなかった節があった。指名されてからは大袈裟なぐらい、海夜の身辺に気を配る。


 『……サンサン、何言ってんだ? オレだけ帰せって。本気かよ?』

 『本気ですー。だって、私にとって日本って都合の悪いことばっかり。そんなとこに未練ないっすよ』


 むすりと黙り込んでいた滝本が、流石に無視できずに疑わしげに三本木に確認している。それを軽くいなして、彼女は笑い飛ばした。

 

 『でも、そもそも帰れるかの保証もないから、滝本先輩も過剰に平尾先輩に期待かけたらダメですよ? そうじゃなくても、謝んなきゃいけないことあるくせに』


 直球に切り込んでくる三本木の、竹を割った性格に達観の心地を味わう。こういう、サバサバした物怖じしない気質はちょっと羨ましい。

 藪蛇のように痛い所をつつかれた滝本は、ぐうの音も出ずに、浮かせた腰を力なく椅子に沈めた。


 『せっかくきっかけ作ったんだから、早く謝って下さい。婦女暴行は歴とした凶悪犯罪ですよ!』


 はっきりと罪状を突きつけられて、滝本だけでなく海夜自身も心の見えない部分を抉られた。

 そうか、婦女暴行。

 自分は暴行を受けたのか、と。

 自覚したらそっと静かに、こそり、と心の奥底の何かが沈んだのを感じた。

 それは小さな小さな違和感。気持ちが波立つ程の気持ち悪さはなく、目を背ける程の痛みもない。

 けれど胸の奥底に逃げこみ、隠れたくなる言葉だった。


 『……謝って許されんの? すげぇ目で睨んでくるじゃん、そこのおねーさん。オレ、もう犯罪者扱いだろ、ここで。しかも性犯罪。情けねー。未遂っつーのがまた情けなさ倍増だよなぁ。どうせならヤリきっとけば良かったよ』

 『先輩っ!! 開き直ってもカッコ悪いだけですよ!!』


 滝本の投げやりな言葉に、脳裏に光が走る。

 あの時の滝本の息遣い、手の感触、冷えていく心と鳥肌が止まらない身体の震え、恐怖、気持ちの悪さ。

 一気に点滅する光が視界を奪うように現実から連れ去る。


 ここは黄國の来訪者の教室。

 なのに、海夜が今足をつけているのは日本の高校の自習室だ。閉じ込められて、声も出せずに身体が引き裂かれる。


 実際に身体が震え出していることに気づいた時には遅かった。

 息ができない。

 必死に呼吸を繰り返しているのに、空気が肺に流れ込んでこない。耳奥で自分の大きな鼓動の音が鳴っているのに、掻き消すように耳鳴りが聞こえる。


 「……姫君?」


 不思議そうに気遣う薔珠の声が聞こえた時、身体が大きく跳ねた。そのまま立ち上がり、逃げるように扉に向かうが、息ができなくて苦しい。

 呼吸の仕方を忘れてしまった?

 自分のことなのに、自分がわからない。

 とにかく逃げ出したくて堪らなくて、扉の把手に縋りつく。


 「どうした?」


 すぐ頭上から降った声に、またしても肩が跳ねる。

 

 (違う、これは武尊の声)


 ああ、武尊がいるんだった。ここには、海夜が唯一全部を許せるひとが。全部、安心できるひとが。


 (でもだめ。

 武尊に 助 け て な ん て 言 っ ちゃ い け な い−−−−−)


 「……っ、……っはっ」


 肩で喘ぐような呼吸を繰り返す海夜に、武尊は異変に気づいたようだった。


 「呼吸ができないのか?」


 確認する声に、何度も頷いて喉元に手を当てる。

 苦しい。もう立っていられない。

 扉に寄りかかったまま力なく座り込んでしまうと、武尊は小さく舌打ちして自身の外套を海夜の頭の上から全身を覆うように被せた。


 「殿下っ?」


 駆け寄って来た薔珠の声が聞こえる。


 「過呼吸だ。海夜、落ち着け。ゆっくり呼吸をして、何も考えるな」


 (何も。

 なにも?

 でも苦しいの。助けてと言いたいのに、言葉にできない。

 苦しい。くるしい)


 目の奥がちかちかと点滅していた。

 痛い程の熱さが瞳に集まる。


 『平尾先輩っ? 大丈夫ですかっ?!』

 『え、何っ? 息できてないのか、もしかして』


 滝本の声がすぐ近くで聞こえた。

 途端に背筋を勢いよく鳥肌が駆け抜ける。

 同時に地べたについた手から足から、ざわりと寒風にも似た空気が立ちのぼった。

 は、といち早く気づいて息を詰めたのは武尊だ。


 「海夜、向けるならおれに向けろ」


 (なに。何を?)


 『薔珠、そこの二人、離れろ今すぐ』


 武尊が強く言った直後、海夜の背後で金色の光が弾けた。

 

 


お読みいただきありがとうございます♪



pixivにて、花びら姫のイメージイラスト投稿してます。


https://www.pixiv.net/users/88743020


若しくは『師走 瑠璃』で検索して頂けば出る…筈。

AI生成ですが、世界観のイメージの一助になれば幸い。

海夜と皇子の顔、こんなんなのか…と師走自身も思いました。


訪れてくださると嬉しいです。

関係のないイラストも時々飾ります。

お暇な時にどうぞ。


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