第七話 もしも帰れたとしても
新キャラ視点です。
皇子、もうちょい頑張れ。
『––––––ついでに拾ったな、そういえば』
どうでもよさそうな声がして、三本木珊瑚は驚いた。
そこに人が立っていたことに、今の今まで気づかなかったからだ。それにも驚いたけれど、こちらに向けられた顔には見覚えがあった。
薄暗闇の中でははっきり判別がつかないけれど、あの眼帯と潜めずに露わになった鋭いぐらいの気配は、あの時の人で間違いないと思わせた。
「……っあ! あの時助けてくれた、超絶美形の人だ!! その節はありがとうございました!」
急いで立ち上がって頭を下げる。この眼帯の人には、並々ならぬご恩があった。
珊瑚はここに来た時、空中に突然放り出されて悲鳴も出せずに落ちるだけだった。だが途中で突風のようなものが吹いて、体が浮き上がる具合で落下速度がやわらいだ。そのまま大きな木の上に落ちたから、枝葉がクッションになってかすり傷で済んだらしい。あの突風がなかったら相当まずかった。でも、落ちた勢いで枝にぶつかった手足には、大小の引っ掻き傷ができてしまった。
それを手当てできるように手配してくれたのが、あの眼帯の男の人だ。木から降りられずに困っていたら、手も貸してくれた。物凄く綺麗な顔に、おっかなびっくりした。
滝本も似たような状況だった。
珊瑚が落ちた時にはもうここに辿り着いていた彼は、噴水の中に現れてしまったらしく、頭からずぶ濡れになっていた。それを着替えから何からやはりこの眼帯の人の手配で済ませられ、今日この時まで二人ともお世話になっていたのだ。
ここがどこで、どういう状況かを聞かされた上で、混乱がおさまらないまま。
「………えぇと?」
珊瑚の反応を見て、座ったままこちらに顔を向けていた平尾の空気は、笑顔だが不穏だった。
平尾は落ちるというより、光の泡の中から湧き出すように顕れた。それを当たり前のように受け止めて、眼帯の人はそのまま彼女をどこかへ連れて行ってしまったのだ。
珊瑚も滝本も、自分達の身もどうにもならない状況で、平尾がどこでどんな扱いを受けているのかずっと気に掛かっていた。言葉は通じないし、確認する術も誰に訊けばいいのかもわからない。
そう思っていた所に突然渡された手紙には、日本語の丁寧な文章に綺麗に整った文字。一緒に読んだ滝本は、平尾の字で間違いないとボソリと呟いた。
(無事なんだ! じゃあ、どこにいるんだろう?)
それを確認したくて、自分達二人は今夜呼び出されたこの教室にやって来た。そうして珊瑚は、最初に助けて貰ったこの眼帯の人とも再会した。
ここが異世界で、こんな美形と知り合えるなんてラッキーだと思う。でも日本で流行ってた異世界モノの美形男子とは、だいぶ様子が違う気がする。仮想世界と現実世界を一緒くたにするのはありえないと、わかってはいるけど。
部活動と、私生活が複雑で忙しかったので、かじった程度にしかそういう流行りは知らないけれど、異世界の美形男子はどれを取っても皆んな優しかった。メロっメロに甘く優しく、とろけるような視線を向けてくれる描写を、マンガでも小説でもゲームでもアニメでも配信動画でも見た気がする。
でも、この眼帯の人にはそんな甘さや優しさが、カケラも見えない。……気がする。
その証拠に珊瑚の勢い良いお礼の言葉には、軽く視線を寄越して頷いただけで、特に感想もなさそうだ。
『………また内緒にしていたの?』
『黙っていただけだが』
『わたしが気にしていたの、知っていたでしょう?』
『おれが関わったのは拾った時ぐらいだ。その状況を話す必要があるか?』
眼帯の人を問い詰めるように平尾が立ち上がると、彼は小首を傾げた。
『………どうしてそう、秘密主義なのよ………』
呆れた体の平尾は、怒ったような諦めているような、不思議な表情で眼帯の人を見ている。
すると彼は、平尾を通り過ぎて奥のこちら、滝本に視線を流した。
『おまえの不調の原因を、おれが近づけさせると思うのか』
静かだったけれど、ばさりと切りつけるような威力のある声が、滝本に向けられている。
側にいる珊瑚もピリ、と皮膚が引き攣れた。まるで喉元に刃を突きつけられてでもいるような、怖い視線と声。睨まれているわけではなく、ただ静かにこちらを見ているだけなのに、その片眼の威力は鋭くて動けない。
直接それを向けられた滝本もたじろいでいる。最初こそ眉間に皺を寄せて無視していたけれど、平尾のすぐ傍らに立つ背の高い女性にも白々した視線を向けられて、さすがに居た堪れなくなったのか、大きく大きくため息をついた。
わざとらしく、被害者ぶるように。
「こっわ。なに、文句あるなら日本語で話してくんない? 話せるんでしょ、あんた」
「おれから話すことはない。試作機の実験台を捜していたから、ちょうど良かっただけだ。渡す物を渡したら消える」
滝本の確認を当てこするように、返事は日本語で静かな口調だったが、ピシャリと鼻先で扉を閉めるように、それは強く遮断された言葉だった。
聞いていた珊瑚は肝を冷やす。
滝本はこの教室に来る前からずっとご機嫌斜めだ。平尾への対応を悩んでいるから、らしい。
彼女へした仕打ちを、滝本が後悔しているのは観察していればすぐにわかった。謝るべきか有耶無耶に流すか、悩んでいるのは明白で、そんな不誠実な様子に珊瑚は“おい謝れよ”、と何度も内心で突っ込んでいた。実際に先日はイライラが高まりすぎて、自分達の境遇、平尾の行方不明、全部を滝本のせいにして殴ってしまった。
滝本は大好きな先輩だけど、これはないでしょーよと思う。女の子を大事にできる人だと思っていたのに、自分の目が節穴だったのか。
婦女暴行とかありえない。そんな奴、蹴り上げて使えないように潰しちゃうよ? と、脅してもみた。
やってみろよ、と鼻で笑われて、一発腹に食らわせてやろうとしたらあっさり払われた。お互い運動部同士だからしょうがないけど、悔しい。
眼帯の人は滝本の様子なんて歯牙にもかけず、平尾に目を移した。
「海夜、手早く済ませて戻るぞ」
平尾と知り合いのような口ぶり。
やっぱり平尾はこの世界の何かを知っていて、知らせてくれようと手紙をくれたのか。それを珊瑚が先に話し出して、しかも早口で余計なことまで言ったから話の腰を折っていた。
「平尾先輩、お話あって来てくれたんでしょう? どこでどうしてたのか心配してたので、お話聞かせてください」
そう声をかけると、平尾は小さく肩を揺らして顔だけをこちらに向けた。子どものような頼りなげな表情で、目元が少し赤い気がする。涙でも浮かんでいたような、潤んだ気配があった。
何かに傷ついた目をして、かすかに珊瑚に笑いかけてくる。
その瞳の色が、なんだか見慣れない色味に見えた気がして、ちょっと不思議に思う。暗がりで金色の月明かりに照らされた加減かもしれない。
「……そうね、途中で話を変えてごめんなさい。わたしの話を聞いて二人がどう思うのか、率直に聞かせて欲しいの」
そう言って再び座り直す平尾に倣って、珊瑚も座った。
※
平尾が話してくれた内容は、ここへ来た時に説明されたこととほぼ同じだった。
縁あって来た異世界。ずっと昔から、日本とこの国の間で繰り返されて来たということ。
平尾に“界渡り”とかいうものができてしまう、簡単な理由。出自の背景にまつわる要約された説明。
その中で彼女が問題にしているのは、自分が珊瑚達の異世界転移の原因だと思っているらしいことだった。
「……巻き込んだって……。そんなこと、できるんですか?」
人を一緒に移動させることができるって、乗り物じゃあるまいし。
疑わしげに平尾を見た自分に、彼女は申し訳なさそうに俯いた。
「……正直に言うと、よくわからないの……。以前にも人を巻き込んだことがあったけれど、それは私と同じ体質の兄だったし……。そもそもが、縁がなければ界渡りする以前に弾かれるっていう話だから、二人ともこっちに縁があることは確かだと思うのだけど」
歯切れが悪いのは、きちんと質問に答えられないことを、自分でも情けなく思っているからのようだ。誠実な人なんだな、と噂に聞く才色兼備が噂通りなんだと認識した。
平尾は校内でわりと有名だ。
滝本が追いかけ回しているということもあるが、誰もが視線を惹きつけられる容姿をしながら、奢った所がない。全校集会などでは下級生の男子女子、遠巻きに憧れの目で見ていた。
華やかな存在感で耳目を集めるのに、本人は人前に出たがらず、むしろ人の目を避けるように幼馴染だという人達の後ろにいる。構われたくないのかと思ったが、そういうわけでもなく、話しかけられれば誠実に対応している。それなのに心ここに在らずの様子で、ふわふわとその存在を散らしてしまう。
滝本が惚れ込んでいるというからどんな女子なのか気になっていたのに、初めて見た時は綺麗な人だけど変な人、と随分と失礼な感想を持ったものだった。
その平尾が目の前に座っているのもおかしな感じなのに、今は一途にこちらを気にかけてくる。何となくむず痒い。
「……父か兄と連絡が取れたら、その辺りも確認してみようと思っているの。……もしも、わたしが原因ならどうにか……」
「姫君、それ以上は。三影殿下のお言葉もございます」
平尾の後ろに影のように控えていた軍服姿の女性が、鋭く平尾の言葉を遮る。
咎めるような口ぶりに、平尾は困ったような顔でその女性を見上げた。何かを言い募ろうとする平尾の様子に、軍服女性は今度は言語を変えて説得している。
『どうにかしたいとのお考えは承知しております。ですが、保証もできぬことを口にしてはなりません。貴女のお立場、ひいてはキアリズ殿下のお立場に障りが出ます。厳しいことを申し上げ、申し訳ありません』
淡々と落とされる言葉に、平尾は黙って彼女の顔を見上げていた。そうして、納得するように一度頷いて笑いかけている。
『謝らないで。ここまで一緒に来てくれただけでも感謝しているの。薔珠がわたしを心配してくれてるのも、ちゃんとわかってる。ありがとう。でも一度だけ、父に相談させて。ちゃんと二人がいる所で話すから』
扉前に立つ眼帯の人と軍服の麗人と、交互に顔を見て嘆願するような平尾のその様子に首を傾げた。
もしかして、自分達に関する何かを話しているのだろうか。……今の話の流れからして、日本への帰還の話のような気がする。帰れるという話は聞かされないが、界渡りできる平尾ならその術を知っているのかもしれない。
けれどそれは珊瑚には、少々都合の悪いことだった。
「……あのぅ。もし平尾先輩が気を遣って日本に帰れるようにしてくれるんだとしたら、こっちの拗ねてる滝本先輩一人だけ、連れて帰って下さい」
「………え?」
顔いっぱいに疑問符を浮かべて、平尾は間抜けな声で問い返して来た。
それに、へらりと緩い笑みを見せて、もう一度はっきりと告げる。
「私、日本に帰るつもりないんで。犯罪犯しちゃってるから。帰っても身の置き所ないし、このままこっちに逃げます」
珊瑚の軽くて重い告白に、(眼帯の人を除いて)その場の一同皆があんぐりと驚きで口を開けるのを、そりゃそんな反応にもなるよね、と納得の心境で見返していた。
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