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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第六話 黙っているのはわざとなの?



 日中はだいぶ温もったとはいえ、三月の夜はまだ冷える。

 中宮なかみやを抜けると前宮まえみやとなり、海夜には未知の空間で、初めて足を踏み入れる場所に若干緊張した。

 関係者しか入れない中宮から奥とは違い、前宮は皇宮の中でも皇都の住人が利用する施設が揃う。昼間であれば老若男女、様々な人が行き交うという。

 流石に夜半も近い時刻では、警備官の歩哨があるぐらいで出歩く人の姿はない。


 「中宮までとは違って、回廊が屋外に面しているのね」


 中庭や施設同士を繋ぐ回廊は渡り廊下のように腰壁のみで、石造りの立派な柱は風雨に耐え得るよう、他の二宮ふたみやとは違う素材の物に見えた。

 既に消灯は過ぎているので回廊の灯りも落とされ、差し込む月明かりが石造りの床を青白く照らす。月が作る影は薄く、まだ春が浅いことを思わせた。

 半分外を歩くとは思わなかったので、侍女二人が厚手の外套を着せてくれて正解だったのだと思う。


 「利用者が移動し易くしてあるそうだ。壁に囲まれていると、単純なハコでも迷う者がいるからな」


 二、三歩後ろを歩く武尊が答えて、こちらに意地悪な笑みを見せる。

 それはおそらく、海夜への嫌味だ。

 過去に軍施設の中で迷子になって、困ったことがあった。それを当てこすっているのだろう。


 (でも、初めて来た場所で迷うのは仕方ないじゃない)


 内心で文句を言っているのが顔に出たのか、隣を歩く薔珠が苦笑した。

 気を取り直すように彼女は話題を変える。

 

 「来訪者の教室はどの辺りなのでしょう? 皇立図書館より向こうへ行くと、下級官吏や雑色ぞうしき達の宿舎がある筈ですが」

 「詩織さんに地図を描いて貰ったの。たぶん、この辺りでいいと思うのだけど……」


 そう言って外套のポケットから折り畳んだ紙片を取り出した。

 広げたそれを覗き込んだ薔珠が、面白い程わかり易く眉間に皺を寄せる。


 「……前衛的ですね」

 「……それは褒めてるの?」


 海夜も最初にこの地図を見た時は、どの方向で見るのが正解か悩んだ。中宮と前宮を繋ぐ通路はいくつもあるのだ。

 二人で紙片を覗き込んで位置を確認していた時、前方の目指していただろう部屋の扉が微かに開いた。それに息を詰めて立ち止まった海夜を、薔珠がすぐさま背に隠す。

 扉の中から伺うように顔を覗かせているのは、髪の長い小柄な人物だった。あのシルエットは女性だろう。左右を何度も確認するように、きょろきょろと見回している。


 (下級生の女子だわ)


 すぐに気づき、急いで彼女の元へ行こうとして二人に止められる。


 「姫君、お待ちを」

 「何名いるか、どんな者か、確認するまで動くな」

 「わたしが巻き込んだ子よ。間違いないわ」

 「だめだ。薔珠大尉」

 「承知」


 武尊に命じられた薔珠は腰の剣にさりげなく手を置き、扉前で所在なさげに立っている少女の元へきびきびと歩いて行く。

 侍衛官として軍属の護衛官の制服を身につけた薔珠が突然現れたら、二人はきっとびっくりしてしまうのに。


 「心配するな。相手が女なら、薔珠に任せた方が無難だ」

 「……わかるけど、大袈裟じゃない?」

 「自覚はどこに置いてきた」


 ばっさりひと言で切り捨てられ、ひえ、と黙る。

 武尊の言う自覚は、たぶん複数ある。皇女おうじょであり、皇太子おうたいしの婚約者であり、心に不調を抱える者でもある。

 けれど、じれったい。知人に会うのにも、間にクッションを何重にも挟まなければならないのは大変だ。

 それだけ黄花・サディルの貴種が貴重だというのは流石に自覚しているけれど、つい先日まで日本で庶民の暮らしをしていたから、切り替えるのがどうしても一歩鈍くなる。


 「––––––来訪者は国の富として、どの部門のどの機関も欲しがる人材が多い。益をもたらし、害をもたらしたことはないからだそうだが」


 ヤキモキしている海夜を宥めるように、武尊は息をつき腕を組んで説明してくれる。


 「その分、良からぬ輩からの誘惑も多い。新規の来訪者ならば、接近を図る為にその行動を観察している者も既にいるだろう。それを警戒している。おまえの関わりが知れれば、必ず二人は利用されるぞ」


 (……え……)


 怖いことを口にする武尊の顔を見上げて、思わず凝視する。


 「––––––昨年のことは、忘れていないだろう」

 

 確認するようにぽつりと言葉を落とされて、まだ生々しい傷跡を引っ掻かれたように胸が痛んだ。

 知らず、胸元を握り込んだ両手から、力を抜くのに意識しなければならない程、それは忘れられない出来事。

 桜色の柔らかな髪が、真っ赤に染まったのを眼裏に思い出す。

 息もできずに武尊の顔を見返していると、薔珠が戻ってきて武尊へと報告した。


 「殿下、部屋内には姫君の仰る背格好の者、二名以外人影はございません。ひとまず安全かと」

 「ご苦労。引き続き周囲を警戒しろ。……行けるのか」


 確認するのは、海夜が青褪めた顔をしていたからか。

 先程の武尊の言葉と、あんなことがあった後に初めて滝本と顔を合わせるという現実に、気持ちが尻込みしていることを自覚した。

 混乱しそうになって、息を大きく吸い込む。落ち着け、落ち着けと自分の心に言い聞かせて。

 だって、この面会を言い出したのは海夜だ。皆は止めてくれた。どうにもならない現実もあるのだと。


 でも。


 「––––––行くわ。話をしなきゃ」


 どうにかできるかも、なんて烏滸おこがましい。

 そういうことじゃない、そうではなくて、……ただ二人の様子が気になる。

 父と兄に相談すれば、どうにかなるのかもしれない。そんな淡い期待もある。

 けれどその前に、一人の人間として同郷の仲間がどんな様子なのか心配だというのが、二人に会いたい一番の理由だと海夜は気づいた。



 ※



 薔珠の先導で、蝶番が軋む重い扉内に入ると、机と椅子が並ぶ格調高い意匠の室内を確認できた。

 高い天井には華の天井画が描かれ、折天井の中から下がるのは、煌びやかにカットされた硝子ボールの大きなシャンデリア。

 教室というよりは、美術館や博物館の一室。

 ヘリンボーンに組まれた木製の床も、飴色に磨き込まれて鈍く光る。そこにあるのは経年美だ。

 何百年も受け継ぎ使われ続けてきたのだという厳かな雰囲気に、何となく畏敬の念を覚えながら薄暗い室内を見渡す。

 目的の人物達は、講師が立つ壇上横の暗がりに立っていた。窓からの月光が室内に落とす影は、彼らの肩から上を暗がりに隠している。

 はっきり顔は確認できないが、まだ若い男女のシルエット。緊張しているのか、二人とも無言だ。

 その空気が海夜にも伝わり、会いにきてはいけなかったのではないかと、被害妄想にも似た後ろ向きな考えが湧く。


 背後でぱたんと静かな音がして、扉が閉められた。最後尾だった武尊が、周囲を警戒しながら扉を閉めたのだ。

 そのまま彼は扉前に立ち、剣の柄に軽く右手を乗せる。何かあっても大丈夫だというように、目線を寄越してくれたことに安堵した。

 背を押された気がして、目深く被っていた外套のフードを静かに背中に落とす。

 すると固まったままだった二つの影が、動揺したように動き出した。


 『やっぱりっホラぁ、平尾先輩じゃんっ!』

 『いや、そうだけど、何かでも……、……マジで??』


 ひそめたつもりの全くひそまっていない日本語がコソコソと聞こえてきて、ああ、と思った。

 やはり、あの二人だ。


 「姫君の思う者達で間違いありませんか?」


 薔珠が警戒するように二人に視線を当てたまま確認して来る。それに深く頷いて、一歩を踏み出した。


 『……こんばんは。来てくれて、ありがとう。平尾海夜です。あなた方は、わたしの知っている方々ですか?』


 万が一間違っていてはいけない。

 そう思い、日本語で確認すると、二つのシルエットはますます動揺して奇妙な動きを見せた。

 ややあって、落ち着きを取り戻した大きな影の方が一つ咳払いをして、覚悟を決めたように窓から落ちる月明かりの中に一歩出た。小さな影の方に押し出されたように、つんのめった足取りだったが。

 月光の中に見えた顔は、見覚えのある顔つきで嘆息しそうになる。

 少し硬めの短い髪。地が明るい色なのか、真っ黒というよりは焦茶色。意志が強そうな目も濃い茶色だ。運動部だっただけあって背も高い方で、シャープな顔立ちは大人っぽいと、下級生の女子ウケがかなり良かった。


 『やっぱり、滝本くんなのね……』


 高校三年間の、見慣れた顔。

 その顔を見て複雑な気持ちになり、口の中だけで呟いた。

 少し疲れた顔つきに見えたが顔色はそれ程悪くなく、きちんと眠れているのだと思われる。

 海夜がここに来たばかりの時は、あまり眠れなくて疲れを溜め込み、体調を崩したから心配だったけれど、その様子はなさそうだ。

 無言で立ち尽くす滝本の後ろからもう一人、気になっていた少女が覗き込むように顔を出す。


 『あのぉ……、平尾海夜さん、で合ってますかぁ?』


 窺うように視線を向ける彼女は、腰まである長い黒髪を背に流し、リスのように大きな丸い目でこちらに話しかけてきた。

 活発な少女だとわかるのは動き方が跳ねるように落ち着きなく、年頃より若干幼い印象を見せるからだ。


 『ええ、そうです。ごめんなさい、あなたのお名前を知らないの。教えて頂ける?』


 離れた距離なので少し声を張る必要があったが、しっかり聞こえたらしい少女は、滝本の背から飛び出して勢いよく頭を下げた。


 『二年三組、三本木珊瑚さんぼんぎさんごです! 皆にはサンサンって呼ばれてます!!』


 ハッキリした発音に、滑舌のいい喋り方。見た目は清楚なお嬢さんなのに、中身とのギャップが少々ある。

 “サンサン”。そういえば、滝本がそんな風に呼んでいた。

 あの時のことを思い出して、微かに身震いしてしまう。


 (ダメダメ、今はそれは置いておいて、二人の様子を確認しなきゃ)


 『……ええと、三本木さん。元気そうで良かったわ。何か不自由はしていない?』

 『ご覧の通り、元気です! けど、不自由はしてます!』


 緊張しているのか、はきはきと答える割には、肩に力が入っている声の高さに苦笑する。


 『? あの、何か変なこと、言いましたでしょうか??』


 敬語もおかしい。これは相当緊張しているようだ。


 『座らない? 確か三本木さん、両足に絆創膏貼っていたでしょう?』

 

 怪我をしていたのに未知の世界に来てしまったのでは、頼れる人もいなくて困ったのではないだろうか。

 そう思って提案した言葉に、彼女は息を飲んだ。


 (……あれ、触れられたくなかった?)


 内心で首を傾げたが特に彼女が抗議しなかったので、そのまま疑問は飲み込んでおく。

 彼女は背後に立ち尽くしている滝本を振り返り、『座りましょって』と伝言ゲームのようなことをしている。

 その行動にちょっと焦れた感想を持つのは、ここに来る前に滝本から受けた仕打ちを許せていないからだ。


 『滝本くんも座って下さい。話したいことがあるの』


 内心苛立ったのを口調で示すと、一瞬肩を揺らした滝本は、気圧されるように近くの椅子に座った。それを見て、三本木も彼の近くの席に着く。


 「姫君」

 「わかってるわ、近寄らない」


 心配げに警告する薔珠に頷いて、二人からギリギリ会話ができる距離に座る。

 椅子を引いてくれる薔珠は「後ろにおります。ご安心を」と声をかけてくれるので、笑顔を返す。


 (大丈夫、二人に心配かけないわ)


 扉前で黙って成り行きを見ている武尊の心境はわからないが、ここに来た目的だけはきちんと果たしていかなければ。


 『……平尾先輩、こっちの言葉わかるんですか?』


 きちんと二人に向き合った時、不思議だと言わんばかりに三本木は首を傾げた。


 『そういえば、この来訪者とかいう教室にも通ってませんよね。そこの人はお知り合いですか? ていうか、なんでここに三人揃って来ちゃったんですかね? 先生らしき人には、“ご縁デスよー”って何度も言われるんですけど、何の縁?』


 嫌味でも何でもなく、ただ不思議だと思っていることを口にしただけだろう。

 しかし彼女の言葉は、海夜の良心にいくつかヒットの矢を当てた。しかも割と痛い。


 『平尾先輩からお手紙頂いた時は、ホントにビックリしました! 先輩来てたのは、私が落ちた時見てたからわかってたけど、どこにいるのかわからなくて心配してたんです。助けてくれた人が、別の所で保護するって言って連れてっちゃって。そんで、滝本先輩のせいにしてました。ごめんなさい、殴っちゃった。でも、あの鴻上さん? て女子からお手紙渡されて、半信半疑で来てみたけど、来て良かったです! 先輩もちゃんと面倒見てもらってそう』


 跳ねるように喋り続けた三本木は、同意を求めるように滝本を見た。

 けれど彼は明後日の方向に目を向けていて、こちらに向き合おうとしない。苛立つが、とりあえず会話の成立する三本木に話しかける。


 『ここに来てしまったこと、きちんと話そうと思って……、…………ちょっと待って、落ちた時? 見てた? ………助けてくれた人?』


 説明しようとしたが引っかかる単語を無視できず、話の途中で声に出てしまった。

 しかも、“別の所で保護する”と言った? 助けてくれた人物が?

 ……海夜が界渡りする時、いつも無意識に目印にしてしまう人物がいると、兄と父から聞かされている。その人物は日本語が堪能だ。非常に。


 「………薔珠?」

 「存じ上げません」


 一瞬で悟った海夜の不穏な空気に、忠実な侍衛官は弁明するように食い気味で答えた。

 海夜が不在の時には、その人物の側近を果たしている薔珠に笑顔を向けるが、彼女はさっと目を逸らし渦中の人物へと目を向ける。

 そうしてその人物は、どうでもよさそうにこちらに気怠げな顔を向けた。


 「––––––ついでに拾ったな、そういえば」


 扉前で気配を消していた武尊は、皆の視線を一斉に集めて軽く軽ーく言い放った。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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