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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第二章】不機嫌皇子の溺愛
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第四話 お触り禁止?



 「––––––うん、それ、有責は兄貴だね」

 「!??」


 日本での出来事を何とか話し終えると、聞いていた三影は、から笑いして一言そう断じた。

 全く関係のない人の名前が挙がってびっくりする。


 とっぷりと日も暮れた夕刻、求めに応じて私室を訪れてくれた三影に、昼間薔珠に話した内容を同じように聞かせたら、薔珠と同じ反応を返された。戸惑うしかない。


 「……え??」

 「だから、兄貴が悪いでしょ」


 聞き間違えたのかと訊き返すと、三影は再び同じ名を出す。

 背後で警護に立つ薔珠も、同意するように深く頷いている。


 「……何言ってるの、二人とも? わたしに隙があったっていう話を……」

 「うん、それはねえさんのいけなかった所だ。しっかり反省しよう。でも、暴力に出たのはその男で、そのきっかけを作ったのは間違いなく兄貴だよ」


 (………えぇ?)

 

 疑問符しか浮かばない顔を見て、武尊の異母弟で、美少女めいて線の細い三影は若干呆れたように笑った。


 「わかってないと危ない目に遭うね。兄貴には俺からもよく言っとくから。ねえさんはとりあえず、色々自覚しよう」


 去年の秋にここに来た時も、全く同じことを皆から言われた。何も成長していなくて反省しきりだ。


 「……でも兄貴ばっかり責められない。俺達もねえさんの首の後ろのは知ってたし、積極的に隠せとも言わなかったしね」

 「? え?」


 “首の後ろの”


 滝本が言ったことをそのまま伝えたら、薔珠は眉間に皺を寄せたし、三影は苦笑した。

 本当に意味不明で首を傾げると、三影は困った笑顔を見せて、長い黒髪をゆるく一つに編んだ自分の首の後ろを示した。


 「日本に帰る前に、兄貴に噛みつかれたでしょ、ここ」


 噛みつかれた、と言われて去年の秋の終わりのことをお復習さらいしてみる。

 ……確かに、武尊を説得する為のあの追いかけっこの末、海夜のしつこさにほだされた彼は、突然予告なく海夜の首の後ろに噛み付いた。


 (結構痛い強さで噛まれたけど、……あれ?)


 よくよく思い返してみて、はっと思い当たる。


 (……噛みつかれたことに驚いて混乱したけれど、……アレ、もしかして、………吸われてた……?)


 あの後すぐに兄と三影が間を割ってくれたから、深く考えることもなかった。


 (……滝本くんが言ってた、濃い痕って……)


 「…………………っ!!!」


 理解したら息もできない程の羞恥が襲いかかってきて、両手に突っ伏す。

 顔どころか全身が熱い。全力疾走した後のように熱くて、いやな汗が出る。


 (な……っ、………っなんてことしてくれたの、あの鉄面皮……っっ!!!)


 そのまま学校に行ってしまった……。家ではお風呂上がりは髪を上げていた……。

 ありえない。


 (こっちが困るようなことはしない、と思ってたのに……っ!!)


 「……っっっ、………ぅぁあ……っっ!!!」


 言語化できない悲鳴を上げて、羞恥に身悶える海夜を気の毒そうに笑いながら三影は言った。


 「こんなことになるなんて、予測できなかったからしょうがないけど。でも、兄貴が悪いでしょ」

 「予測不可能ということはないのでは? キアリズ殿下ですよ?」


 疑うような薔珠に三影は一瞬黙り込んだ。

 だが、すぐに大きく息をつく。


 「……うん、あの人貴種だしね。ねえさんを取り巻いてる色んな空気、読んだのかも。虫除け程度に考えてたんだろうけど」

 「貴種以前に戦略家であらせられます。先読みに長けた方がご婚約者を危険に追い詰められて、情けのうございます」


 薔珠の遠慮のない批判に、三影は考えるように黙り込んだ。

 海夜はもう、この話はやめてほしくて耳を塞ぎたい。


 「………ねえさんに関して、冗談通じないし……。執着のこと理解してんのも、俺と和兄かずにいぐらいか……」

 「………意味をお訊きしても?」

 「何も考えずに行動したんじゃない? ……感情のまま」


 無表情に薔珠の疑問に答えながら、三影は長椅子に座った足を組む。

 一瞬流れたピリリとした空気に、耳を塞ぎかけていた海夜は顔を上げた。


 (……あれ? 何? 何だか深刻……?)


 眉間の皺を深くして、薔珠は躊躇いがちに口を開く。


 「………それは……、危険では」

 「危険だねー。早いとこ、ねえさんの近衛隊編成仕上げて貰わないと。侍衛官も足りてないし」


 三影は投げやりに言うが、侍衛官という言葉に海夜はずき、と胸が痛くなる。

 皇族専門の護衛である侍衛官は、二人一組が基本だ。

 薔珠の相方だったもう一人の海夜の侍衛官は、去年の秋の事件に巻き込まれ、命を落とした唯一の犠牲者だった。

 あの後日本に帰った海夜に詳細は伝えられていないが、ここに薔珠一人しかいないということは、おそらくまだ彼女の相方は決まっていない。


 「そこは兄貴が他人には任せない所だから、せっついとくよ。今はとにかく和兄か天降あもりのおっさんに連絡行くようにしてみる」

 「ありがとう、三影くん」


 精霊や世界の成り立ちについて研究している所が、神殿と呼ばれる機関であるらしい。

 黄國の建国者である黄花おうかを神のように崇めているが、中身は貴光石や精霊など人智の及ばない物事に対する対処機関だと三影から聞いた。

 精霊が関わる事件事故を、こちらでは精霊事せいれいごとと呼ぶが、それら一切への対応取締りがこの国では神殿であるらしい。

 それに付随する形で、貴光石きこうせきや他事がある為、傘下に置かれた小機関がそれぞれに存在している。エネルギーとしての貴光石は別分野となる為、大きな研究機関が別に存在するらしいが、神殿の貴光石にも軍事に関わる出来事が少なからずあるのだという。

 軍を取り仕切る武尊と、神殿に高位神官として在籍する三影は仕事上でも重要な関係にあるのだ。


 「でも、なんで空間管理に連絡取りたいの? ねえさんがここにいるのはわかりきってるから、待ってればそのうち迎えに来るでしょ?」

 「そのうちじゃダメなの。……だって、あの二人を界渡りに巻き込んだのは、わたしよ。どうにか帰せないか相談したいの。……二人にも、会わなきゃ」

 「まさか。姫君に酷いことをしたという、その者に会うおつもりですか」


 薔珠が鋭く聞き咎めて声を上げた。

 顔を見ると、声の調子のままの眉根の寄った険しい顔をしている。


 「…………だめ?」

 「なりません」


 窺うように尋ねると、食い気味で却下の言葉が返る。


 「……わたしも顔は合わせづらいけれど……。でも、二人ともこことは無関係なのよ。わたしが連れてきてしまったんだと思うの。だから……」

 「いや、それはないよ。ここと無関係の人間なら無傷で辿り着けないし、そもそも界渡りの穴に入れない。弾き返される筈だ」


 海夜の言葉に三影は考えるように言った。


 「聞いた限りの状況も、そのタキモトって奴が真っ先に界渡りしてる。それも、来訪者が渡る時の状況そのものだ。ねえさんみたいに、界渡りの穴を開く空間管理の渡り方じゃない」


 そうなのか。

 ならば滝本は、真実来訪者としてここへ招かれた人間ということなのか。

 そう言われても、自分の関連を疑わずにはいられない。それに、下級生だろうと思われる女子は、明らかに海夜の界渡りの穴に吸い込まれた。あれはどう考えても、海夜が巻き込んだとしか言いようがない。

 

 「無関係の人間は弾かれる。渡れてもここに縁のない者は、五体を引き裂かれる。無事にここに存在できているなら、それは縁あってここに引き寄せられた者だよ。ねえさんは関係ない」


 海夜の内心を読んだように、三影は重ねて無情に言い放つ。


 「……わたしが開いた穴に、吸い込まれたのよ。わたしが無関係な筈ないわ」

 「きっかけぐらいにはなったかもね。でも、今渡る存在じゃなくても数年後には渡ってきてる。ねえさんが考えなくていいことだよ」

 「……三影くん……」


 こういう所は、三影は武尊の弟なのだと実感させられる。

 事実を事実と受け止めて、無駄な動きをしない。その行動に益がなければ、冷酷と言われようが一瞬で切り捨てる。

 たぶんそれは、大勢の人間を引き連れる為政者として正しい在り方だ。

 マジョリティが正しいわけじゃなくても、数の力は大きい。全く逆に、マイノリティにならなければならない時もある。

 その中で中立を保つことがどれだけ難しいのか、元皇女であった祖母に言い聞かされた。


 皇族であるからこそバランスを保ち、見なくてはならないものがあると。


 三影が言っているのは、たぶんそういうことだ。皇族が一個人に肩入れすることは危険だと。

 ……でも今回は、日本人としての海夜の、個人的な事情だ。

 この国の人は無関係な出来事。


 「––––––うん、そうね。ごめんなさい。わたし、自分の立場をきちんと自覚しなくちゃ」


 危険な目に遭ったと話した二人だから、心配して行動に制限をつけようとする。これ以上、心配も迷惑もかけたくはない。

 ならば、自分自身で考えなくては。

 素直な返事に意外そうにしながらも、三影はほっとしたように肩の力を抜いた。


 「ねえさん頑固だから無理かと思ったけど、わかってくれてよかった。空間管理には用がなくなるけど、どうする? 連絡する?」

 「ええ。誕生日までは母の元にいるって約束があるの。だから、戻れるなら戻らなきゃ」

 「そっか、来月が誕生日だっけ。それは和海さんと一緒に居なきゃね」


 (ごめんなさい、三影くん。やっぱり父か兄に、二人を帰せるかを相談したいの)


 からりと笑う三影に、内心で物凄く恐縮して謝る。

 海夜はこの国に来て、初めて自分で判断して動こうとしている。おかいこにくるまれて守られていては、出来ないことをする為に。


 「じゃあ、戻るね。ねえさんも、界渡りなんて疲れるんだから早めに寝なよ? なんか疲れた顔して––––……」


 立ち上がりかけた海夜に手を貸そうとしてくれた三影の手を、思わずさっとよけてしまった。

 それに三影は、訝しそうに眉間を寄せる。


 「……ごめん。嫌だった?」


 しょんぼりとした声で謝られて、ハッと意識がそちらに向く。

 無意識だった。

 何となく背中が寒くて、三影の手を取れなかった。


 「あ、ごめんなさい。……つい」


 “つい”?


 ついよけてしまった。

 それが一番近い言い回しだが、どうしてよけようと思ったのか自分でもよくわからない。

 自分自身に戸惑っていると、三影は不審に思ったのか首を傾げながら、もう一度こちらに手を伸ばす。今度は明らかにぞわりと鳥肌が立って、身を逸らすようにあからさまなよけ方をしてしまった。

 三影と薔珠の唖然とした空気が伝わってくる。


 (……あれ?)


 自分でも不思議で首を傾げた。

 確認の為か、「姫君、失礼を」と今度は薔珠が手を引いた。途端に全身が総毛立つような鳥肌が、ぞぞぞっと頭のてっぺんまで走り抜ける。

 思わず勢いよくその手を振り払った。

 そうして、そんな反応をする自分にびっくりして、何度も瞳を瞬く。


 「…………ねえさん?」


 途方に暮れた三影の問いかける声に、同じく迷子になった子供のように途方に暮れて、戸惑う二人を見返すことしかできなかった。



 ※



 (––––––大事件ですが、どうなさるのですか)


 中宮なかみやにある第一皇子の執務室に、朝一番に駆け込んできたのは、主人の異母弟の三影だった。

 そこで聞かされた、皇女に起こった出来事とその末の異変に、虎は内心大慌てで主人を見た。

 黙って聞いている主人の表情に変化はない。いつも通り淡々と無表情に、異母弟の言葉を受け止めている。

 皇女の侍女である妻は、濁す風に彼女の身の異変を匂わせていたが、こういうことだったのか。


 界渡りから目覚めた翌日の朝、皇女は何となく、いつもなら任せてくれる身の回りの身支度を断ったという。

 髪を結おうとすると、透き通る白い肌が青褪めたように見えていたらしい。それが目の錯覚ではなかったということだ。

 お首周りがお辛そうでした、と妻が言っていたが、それが皇女の心に見えない傷を残したのだろう。それも自分でも気づけないほど無意識に、人を遠ざけてしまう深度で。

 執務椅子に深く身を沈め、黙って考えるようだった主人は、自身に集まる視線に大きくため息をついた。


 「––––––おれの有責とやらはわかった。それで?」

 

 通常運転な主人の返事に、安心するような残念なような。いやこれは残念な方だろう。

 三影は実際に眉を吊り上げて抗議の声を上げている。


 「それで、じゃないよ! 一大事でしょ!」

 「触れられることに抵抗があるなら、触れなければいいだけだ。周囲に人を置けるなら問題ない」

 「ねえさんのこれからの立場でそう言ってられる? 公的な場所で誰のエスコートもなく、一人で立てるわけないよ?」

 「まだ先の話だ。その時に困ることがあるなら、対処する」

 「〜〜〜っ、なんっでそう事務的かなぁっ!!」

 「目の前の事実を受け止めただけで事務的か」


 久々に目にする二人の兄弟喧嘩に懐かしくなりながら、内容の深刻さに我に返る。


 「三影さま、どうぞご冷静に」

 「俺は冷静! 頭おかしいのはこの人でしょ! 婚約者があんな状況でも、この鉄面皮! ホント、感性死んでる」

 「痛くも痒くもない」


 三影の悪し様な評価にも全く動じず、冷淡そのものの声で応じる主人は、その実、苛ついているらしい。

 執務椅子の肘掛けを、左手の人差し指が何度も弾いているからだ。それは彼が不愉快さを表に出す時の、唯一の癖だった。

 それを知っている数少ない人間の自分達は、主人が主人なりに皇女の身を案じていることを感じ取る。

 だが、それがわかる程度だ。主人が真実何を考えているかまでは、読み取ることができない。

 その指の動作を見て諦めたように息をつく三影に、主人は話題を変えて机上に置いてあった書類を差し出す。


 「ルース・平群へぐりの足取りだ。シルヴィアスール国に足掛かりがある分、目撃情報も多い。手が出せる位置にいようがいまいが、裏が取れ次第、捕縛の網をかける」

 「シルヴィア・ルイズが関わってるんじゃないの? あそこからは婚姻申し入れが来てたでしょ。タイミング合いすぎだもんね。平群の謀反と彼見石ひのみいしの密輸が露見したのと。ヤバい案件だなぁ」

 「きな臭かったものが本物の火種だったというだけだ。火消しもできない無能が、何のつもりの婚姻だか」

 「断るんでしょ?」


 去年の秋、皇女が来訪したばかりの頃とほぼ同時に、隣国のシルヴィア・ルイズ王家より黄花・サディル皇家へ婚姻の申し入れがあった。

 國皇がその申し入れに断りの返事を入れているが、先方は一向に諦める気配がないという。


 「指名が“黄花・サディルの皇女”だけではな。父が決めることだが、どのみち断る以外の選択肢はない」


 まぁ、そうだろう。

 この国には現在、皇女の立場の女性は二人いるが、一人は婚約が決定しており公式発表を控えるのみ。

 そして、もう一人は未成年だ。


 「どちらにしろ、近い内にシルヴィア・ルイズには連絡することになる。面倒だが、神殿の力を借りることになるだろう。その時はおまえが指揮を執れ」

 「ジジババ飛び越えると煩いよ?」

 「おれの前で跳ねてみろと言っておけ。微かにでも金音かなおとが聞こえたら捕縛してやる」

 「……いやそれチンピラじゃん」


 本当に。

 困った人だと苦笑する傍らで、三影は渡された書類の束を軽く捲って流し見する。

 それを眺めながら、主人はポツリと呟いた。


 「……おまえは感情的になりすぎる。海夜に関しては、特に」

 「兄貴こそ、ねえさんが関わって感情的にならずにいられんの? 有責事項が増えないといいね」

 「婚約者に対して?」

 「それが感情的ってやつでしょ。ねえさんの貴種女性としての役割考えなよ。兄貴まで触れないんじゃ、困るでしょ」


 遠回しな三影の言葉につい頷きそうになるが、これは不敬だろう。

 

 “貴種を産めるのは、貴種女性のみ”


 世界の不文律とはいえ、そこに期待をかけるのは婚約発表前の皇女には重すぎる。

 三影の指摘に考えるように黙り込んだ主人は、ややあって軽く息をついた。


 「……––––––いいや?」


 短いその一言に、三影が強く眉間を寄せる。虎も思考が一瞬空白になった。

 疑問を口にしようとしたのか、三影が口を開いた時、執務室の扉が叩かれた。


 「執政官が来た。執務の時間だ。おまえも行け」


 追い払うような仕草で手をひらめかせて、主人は三影を追い出す。

 代わりに書類の束を持った執政部の担当者達が雪崩込み、なし崩しで執務が始まる。

 納得いかないように主人を振り返りつつ、三影が扉を閉めたのを見送って、虎も内心で深く息をついた。


 (今の、言葉は)


 探ることは無理だろう。

 主人が内面を見せることは極端に少なく、額面通りに受け止めるには、この人はひねくれ過ぎている。

 では一体、どんな意図があるのか。


 (……厄介なことに、ならなければいいが)


 とりあえず覚悟を決めておこうと、虎は自分に言い聞かせるのだった。



お読みいただきありがとうございます♪


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ありがとうございます。

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