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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
一章 番外編
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あの花の咲く頃

婚約した日の國皇への謁見直後の話。

平尾兄妹の両親の序列もなんとなく出てます。

子ども視点の父親の立場の不憫さ。


 國皇への謁見が無事に終わると、これで正式に婚約が整ったのだと海夜は一安心した。

 全てが終わった謁見室の外で、今日のこの後の予定を確認している武尊ほたるたちを見ていたら、髪が引き攣れるように引っ張られた。

 肩関節の固定具の金具に、ハーフアップの髪が絡まったらしい。

 固定具を着けてから起こるこのアクシデントに、侍女たちも気をつけてくれてはいた。

 だが、謁見での正装に合わせて短時間だけ、という制限で流した髪は、やはり絡まってしまった。髪を傷めないように解こうとしても、片手ではうまくいかない。

 悪戦苦闘していたら、横から伸びた手が簡単に解いてくれた。


 「あ……、ありがとう」


 意外にも、武尊だった。

 驚いて固まっている海夜に構わず、解いた髪の毛の束を手の平に、彼は囁くように呟く。 


 「……伸びたな」


 何を言われているのか、一瞬わからなかった。

 けれど、すぐに思い出す。

 二年前の春、海夜が髪を切った理由……正確には、切らざるを得なかった理由。

 それは天馬の手に掴まれた髪を、逃げるために自ら切り落とした為だった。

 邪魔にならないように、あの日は一つに編み込んで背中に下げていた。

 それを天馬に掴まれた。

 武尊と三影が叫んでいたような気がするけれど、目を抉られそうになって、咄嗟に黄に髪を切るようにお願いしたのだ。

 結果、髪は短くなったけれど、目は助かった。だから全く後悔していないのに、その日の夜は、全員がお通夜のように沈んでいた。


 「長い方が楽な髪質だから。武尊は、再会した頃は長かったわね。いきなり無言で切るから、すごくびっくりしたのよ」


 罪悪感なんて感じてほしくない。

 海夜が選んだことなのだから、そんなこと、感じてもらっても困る。

 だから軽く流して、武尊の方に水を向ける。


 「不愉快だと言っていなかったか」

 「極端。男性の長髪が苦手って言っただけよ。似合ってたのに」

 「あー、兄貴が髪切った理由、やっぱねえさんかぁ」


 三影が合点がいったと声を上げると、薔珠そうじゅも細かく何度か頷いて同意している。


 「軍の中でもしばらく噂になっていました。殿下が髪を切ったと。何事かと質問されましたが、答えを得ました」

 「突然の行動だったので、私も見ていて焦りました」

 「え?」


 薔珠の言葉も気になるが、何よりその後の虎の言葉の方が聞き捨てならなかった。

 

 (見ていたって、何?)


 あの朝の出来事は、海夜にとっては晴天の霹靂が何度も起こった、それは思い出深い時間だ。

 ここが異世界であること、帰れるかどうかわからないこと、目の前で髪の毛を切り落とされたこと、それから。

 ちゅ、と唇で鳴った音を思い出すと、今でも居ても立っても居られなくなる。

 それを。


 「……見ていた?」

 「あ」


 虎は自分の失言にようやく気づいたようだった。気まずさを隠しもせずに、口元を覆って目を逸らす。

 あれは、記憶を封じていた海夜にとってはファーストキスだった。不本意な状況での出来事で、消せるものなら消し去ってしまいたい。

 それでも、大好きな人との思い出だ。

 思い出すとじっとしていられない、恥ずかしい記憶だけれど、なんとか耐えてきたのに。


 見ていた人物がいた。

 

 「いえ、アレは人払いをしていたのです! 皇子は全く人目を気にされませんから」

 「責任転嫁か」


 慌てて弁明する虎の言葉を、他人事で軽く退ける武尊に鋭い目を向ける。


 「……おれが睨まれる理由がわからない」

 「そもそも武尊があんなことしなきゃ、虎さんがわたしから恨まれることもないのよ」

 「恨まれているのですか……」


 落胆して肩を落とす虎は、真実側近としての役割を果たしていただけなのだろう。

 だから、見ていた、ということ自体は仕方がない。

 しかし、見られていた、という事実が海夜の中に引っ掛かるのは当然だ。


 「子どもっぽいかもしれないけれど、やっぱりああいう所を見られるのは、嫌です」

 「重々承知しております。反省も、しております。お怒りは当然です。申し訳ありません」

 「怒るのは武尊にだけです」

 「……おい」


 平身低頭の虎に向けてはっきり言い切る。

 理不尽だ、というように抗議する武尊は無視だ。

 

 「海夜は暢気でマイペースが取り柄なのに、何怒らせてんだ?」

 「おまえは関係ない」


 兄の和夜の問いを、武尊が一言で切って捨てる。その身もふたもない武尊の反応にひくり、と口許を引き攣らせて、兄は脅すように笑った。


 「そういう態度でいいのか? うちの両親の説得、お前だけで出来んの? 勝手に婚約進めてるけど」


 その言葉にはっとした。

 そういえば、日本にいる両親には何も言わずに黄國へ再訪し、勝手に結婚を決めてしまった。これを親不孝と言わずになんというのか。

 今さら気づいて慌てた。

 けれど、武尊に慌てる気配はない。むしろ悠然と構えている。


 「和海さんはともかく、天降あもりが何を言える」


 海夜たち兄妹の父親である、平尾天降という人は、家族を十年以上放ったらかしにしていた人物だ。

 実際には常に遠くから見守っていたらしいが、姿を見せなければ居ないのと同じ。

 苦労して兄妹を育てた母が、あの父を受け入れたから同じ家に居てやってる、と兄は言う。

 辛口だ。

 武尊から正論を言われて、兄は若干口を尖らせた。


 「うちの母は柳みたいな人だぞ」

 「承知しているが」


 母の和海は、苦労しているのにそれを微塵も感じさせずにいつもふんわり笑っていて、少女めいた所が消えない三十代だ。

 悲しいことも嫌なことも笑顔でかわす、柳のようにしなやかなひと。

 とっても頑固で、周囲がいくら再婚を勧めても笑顔で断り続けてきた。

 そういう所が海夜とそっくりだと、兄は言う。


 「おまえが否定しない時点で、和海さんも何も言わないだろう」

 「……オレはお前の、そういう所も嫌いだよ」


 穏やかに言う武尊に、兄はふんと鼻を鳴らす。照れたような、はにかんだ様子で憎まれ口を利く兄に海夜は苦笑した。


 (結局この二人、仲いいのよね)


 日本にいる時も、二人で話し込んでいる姿はよく見かけた。

 黄花・サディル直系男子の貴種、という似た立場がそうさせるのだろうか。

 そう思いながら、海夜はドレスのポケットに入れていたある物を取り出して静かに構えた。

 フレームにしっかり二人が入っているのを確認して、ボタンを押す。

 場に流れていた和やかな空気が、海夜の手の中から発された、カシャという軽い音によって破られた。


 「あ、音響いちゃった」


 暢気に声を上げた海夜の手から、兄が素早く奪ったそれは、家から持ってきたスマートフォン。

 出発間際のどさくさに、美鈴が渡してくれた物だ。


 「……お前、マジで。空気読め?」

 「お母さんに見せてあげようと思って」


 額に怒りのマークが見えそうな兄に、笑顔で言えば更に口許が引き攣っている。

 母の名を出すと、強く言えないのがこの兄だ。


 「なになに? 何か撮ったの?」

 「そうだ、三影くんも撮っていったらお母さん喜ぶわ」


 背後から覗き込む三影に振り向いて、兄から奪い返したスマホを構える。

 しっかりポーズを取る三影と、その後ろで成り行きを見ていた薔珠も入れて、シャッターボタンを押す。

 きれいに撮れた。満足。

 「お前な、話聞け?」とまだ何か言っている兄は無視して、今度は虎にスマホを向けると、彼は及び腰になった。


 「……私はご容赦願えますか」

 「ダメです。一番の目的は虎さんなんです」

 「何の話だ」


 逃げようとする虎を、スマホで追跡する海夜に呆れながら、武尊が背後から覗き込む。


 「美鈴に美形撮ってきてってお願いされたの。美鈴好みだと、虎さんしか思い当たらなくて」

 「……相変わらずだな」


 美鈴の名前に、眉間に皺を寄せて武尊は複雑そうに息をついた。

 

 「あいつは既婚者だぞ」

 「むしろそれがいいって言ってたわ」

 「意味がわからない」

 「美鈴に意味を求めても」


 何気なくひどいことを言って、逃げる虎にふたたびスマホを向けると、武尊は虎に「止まれ」と命じた。

 職権濫用。でも助かる。

 シャッターを押して撮れた画を確認し、満足する。


 「虎さん、ありがとうございました。これで色々なことは水に流します」

 「……ありがとうございます……」


 “色々”と言われて、色々思い当たったらしい虎は、見るからに項垂れていた。

 とりあえず、美鈴の御用は済ませた、と肩の荷が降りた所で、隣にいる武尊を窺うように目だけで見る。

 すぐに気づいた武尊は「なんだ」と訊いてきた。


 「……撮っていい?」


 スマホを示して、えへ、と笑いかけると、途端に迷惑そうに眉間に皺が寄る。

 わかってたけど、あからさま過ぎて笑えない。


 「さっき撮ってただろう」

 「アレは盗み撮りだもの。余計な人も入ってたし」

 「……堂々と」


 盗み撮り、という単語に呆れる武尊と、“余計”と言われた兄が「おいコラ」と抗議したのは同時だった。


 「次にここに来るの、卒業式終えてからって、あの兄が言うんだもの」


 卒業式なんて、何ヵ月も先だ。そんなに時間が開いたら、心の中の色々が干からびる。

 だからせめて、いつでも顔が見られるようにしておきたい。

 

 「おうを使えば、きょうを介して話ぐらいはできる」

 「……武尊はこっちの映像見れてずるい」


 鏡は界を隔てていても、こちらの様子をずっと武尊に見せていた。

 だから、そんなに余裕なのか。


 「一枚ぐらい、いいでしょ?」


 スマホを持ち上げて構えようとする。

 その時、そのスマホの画面が、突然墨を落としたように真っ黒になった。

 

 「っあ、……バッテリー切れた……」


 海夜の力ない一言に、思いっきり吹き出して爆笑したのは兄だ。


 「おっま……っ! 肝心な所で……っ!」


 それを言いたいのは海夜の方だ。

 考えてみれば、ここに来てもう一週間は経つ。

 バッテリー消耗のことを考えて、電源を落としたり入れたりして凌いで来たが、短時間で一気に使い過ぎた。

 一番撮りたかった人を撮れずに終わる、というしょっぱい結末に、兄が笑うのも仕方がない。

 悲しすぎる、と内心で嘆いていた心の乱れを映したように、またしても髪の毛が固定具の金具に引っ掛かって、もう踏んだり蹴ったりだ。

 どうしてこう、締まらないのか。

 情けなく思いながら髪の毛を解こうとすると、心底呆れたように武尊がため息をつきながら、またそれを解いてくれる。


 「おまえたち兄妹は、本当に騒がしいな」


 褒めてない。

 ということはよくわかる言葉だった。

 なのに、その表情は柔らかい。


 「黄がしっかり目覚めていれば、こちらの映像ぐらいは映せる。張り手でもかまして目覚めさせろ」

 「ホントっ? 顔見て話せるなら、その方が嬉しい」


 黄には酷な話だが、写真よりそちらの方がずっと海夜には慰められる。

 髪の一本も傷めないというように、固定具から解いてくれた武尊は、そのまま海夜の前髪を乱暴に撫でた。


 「……もう切るなよ」


 一言だけそう言ってかすかに笑うと、踵を返した。


 「執務に戻る。和夜、おまえも来い。話しておくことがある」

 「オレはこの国に関わるのはナシだぞ」


 釘を差しつつ、兄も話しておくことがあるのか、三影と虎と共に、武尊に付いて歩き出す。


 「薔珠大尉は海夜を部屋まで送り、そのまま海夜の護衛任務につけ」


 薔珠には意外な言葉だったのか、一瞬虚をつかれたような顔をしたが、すぐに態度を改めて「承知」と礼を取った。

 皆の背を見送りながら、控えていた薔珠に笑いかける。


 「またよろしくね、薔珠」


 もう、以前のままではない。

 でも、また一緒に居られるのは嬉しい。

 たとえ、薔珠の右側に少しさみしい空間があっても。


 「––––−––はい、姫君。何に代えても、必ず、お護り申し上げます」


 ––––−–−今度こそ。


 そんな、声にはしない言葉が聞こえた気がした。

 髪を“切るな”と言った武尊。

 “何に代えても”と決意する薔珠。

 武尊も薔珠もよく似ている。

 似ている二人に、似た業を背負わせてしまった。

 それは、海夜の業だ。

 だから、少しでもそれを軽くする為に海夜は笑う。

 

 「––––––春になったら、温室の桜を見に行きましょう? ……みんなで」


 桜が咲く頃、海夜はこの国の住人になる。

 きっと、さまざまな感情を揺り動かされるだろう。

 張り裂けそうな悲しみと痛み。乗り越えた先にいる今でも、やっぱり胸には鈍い重さが残っている。



 それでも見たいと思ってしまう。

 あの桜色を。




 懐かしい、あの花びらの色を。

 




お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

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