表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
38/91

第三十七話 花びら姫の恋

一章完結です。

お楽しみ頂けると嬉しいです☺️


 海夜が指を絡めると、武尊は不可解そうに眉根を寄せた。

 その背後で治療室の扉が勢いよく閉められ、がちゃんっと錠が落とされる大きな音が響き渡る。

 治療室の鍵は薬品類の管理も含めるので、医師が持つ特殊な鍵でしか開けられない。

 ……武尊がその気になったら、そんな特殊さなど関係なく壊すだろうけれど。


 「……何人グルなんだ」


 海夜の協力者を頭に思い描いたのか、面倒臭そうに呟き左手に絡んだ指を見る。


 「……“つかまえた”? 逃げていたのはおまえだろう。もう逃げるのはやめたのか」

 「逃げてたんじゃないわ。引いてたの。あなたが逃げるから」

 「……おまえの言葉は相変わらず謎だな」


 物凄く嫌そうに眉間に皺を寄せるのは、再会したばかりの頃と変わらない。


 「ここまで追いかけて来てくれたから成功よ。わたしが居る所には顔を見せる気もなかったでしょ?」


 武尊を説得する為に四人で知恵を絞ったあの日。

 “押すのがダメなら引いてみましょう”と提案したのは白玖音だ。

 海夜は確かに押しっぱなしだった。自分の気持ちを押し付けてばかり。

 それに気づいて恥ずかしくなった。

 自分がどう思っているかばかりで、武尊の内面を考えなかったから、拒絶される理由がわからなかったのだ。


 「わざとらしく目の前に何度も現れれば、何の用かと思うだろう」


 白玖音の提案に、だったら武尊に追いかけさせろと言ったのは兄だった。


 “わざと目の前に出て追いかけさせて、ぎりぎりでかわせ。無視できないように、ちゃんと目を合わせて逃げろよ? 何の用だって思わせるのがキモだぞ。気を引かせてんだからな。その上で––––––……”


 「……こっちが追いかけているって、分かって欲しかったの」

 

 “ちゃんと話す気があって、実はこっちが追いかけてんだって認識させろ“


 (遠巻きに見て目が合ったら逃げるって、一番気持ちが悪いじゃない!)


 と、青ざめてどん引きした海夜に、「何とも思ってない知らない女にやられたらマジ通報案件」と兄が無表情に言って、ああ、やられたことがあるんだわ、と悟った。

 そして続けて、「でもなぁ」と腕を組んで兄はニヤリと笑った。


 “あいつの場合お前に負い目があんだろ、でかいのがいくつも。絶対追いかけてくる。そんでデカく引いて、それでも追いかけてきたらビンゴだと思っとけよ”


 兄の予想通り、武尊は追いかけてきてくれた。だからここからが本当の、海夜の踏ん張りどころだ。

 黙り込んだ武尊に、絡めていた手の指を解いて彼の左手の平に目を落とす。

 そこにある小さな星型の傷跡は二年前、天馬の矢のような力のつぶてから、海夜を庇って貫通した傷の跡だ。綺麗にはやはり治らなかったのか。

 ……きっと、傷が塞がっても暫くは物を持つことも辛かった筈だ。


 (……利き手なのに……)


 「……謝らなくちゃ。……全部忘れてしまっていて、ごめんなさい」


 ポツリと落とすように呟くと、武尊は大きく舌打ちして左手を勢いよく海夜の手から奪い返した。


 「謝罪の意味がわからない。詰られるならまだしも。おまえに暗示をかけたのはおれだぞ」

 「……? そうかもしれないけど、全部を忘れたのはわたし自身の選択よ。あなたを詰る意味の方がわからない」

 「………本気で言ってるのか」


 全く理解できない、というように武尊は自分の額を左手の甲で押さえるようにして呻く。


 「わたしが精霊のことも全部忘れてボンヤリ過ごしてたから、あなたに余計な罪を背負わせたわ」

 「それこそ余計だ。全部忘れたなら、そのまま人生やり直してればよかっただろう」


 そう言って踵を返すと、閉じられている扉の把手に手を掛けるから慌てる。


 「やり直せたかもしれないけど、やらなきゃ後悔すると思って戻ってきたの」

 「迷惑な。お前に割かれる人員の分、任務に充てる者が減る。それは損失だ」


 意地悪。わかってたけど。


 「さっさと帰れ。また痛い目をみる前に」

 「……あなたがわたしを、利用する前に?」


 少しやり返すつもりで言うと、武尊は振り向くことなく把手にかけた手を強く握り込んだ。


 「……そうだ。ここにいればおれだけでなく、他の者にも利用される。利用され尽くした挙句、天馬に殺されるだろう」

 「………うん、そうね」


 覚悟と、醜い本音も全て晒け出す。そのつもりで戻って来た。脅し文句にも、脅しじゃない真実にも屈しない。

 海夜の肯定に相当頭にきたらしい武尊は、珍しく眉を吊り上げて振り向いた。


 「……おれがおまえに手を上げないと思っているか。殴ってでも日本へ帰ると言わせるぞ」

 「後悔するよりずっといいわ。あなたがわたしの知ってる武尊じゃなくても、今のわたしが恋した人はその武尊じゃないもの」


 子供の頃のままの筈がない。

 でも、十六歳の頃の武尊でもない。

 そんなの当たり前だ。

 全く関係なく記憶が真っさらだった海夜は、この目の前の人に恋をした。

 笑わない、機械のように無表情、口を開けば嫌味と皮肉ばかり。

 でも努力家で、有言実行。

 誠実に物事に当たるから、部下からの信頼が篤いのも知ってる。

 そして、ほんのちょっぴり優しいことも。

 

 「……わたしはただ、あなたがほしくて戻ってきただけ。あなたを取られたくない、他の人と幸せになってほしくないの。日本に戻ったら、あなたの未来を見ていることもできない。そうやって、別々に生きていくのが嫌なの」


 物凄く嫌なことを言った。汚いことを、汚い本音を。

 ……でも、これが本当の本音だ。


 「黄花・サディルとか貴種とか関係なく、ただあなたと一緒にいたい。全部思い出して全部事情もわかって、あなたの婚約者のこともひっくるめて、それでも。………だめ?」

 「………だめだと言ってる。………もう、失くすのは……嫌なんだ」

 「………わたしは生きてるわ。こっちを見てよ」


 どうして過去ばかり見るの。


 「同じことがあったら、またやってしまうかもしれない。またあなた達二人を庇うわ。でも命は大事にしてるの。簡単に死ぬつもりなんてない」

 「……何の話だ」

 「“失くした婚約者”ってわたしのことでしょ? もう知ってるわ」

 「……どこから来る自信だ。一言も言ってないぞ、おまえとは」

 「“番の花”消しちゃうんだもの。ひどいわ」


 武尊の言葉など聞く耳持たず、自分の左手首の内側を少し撫でて不貞腐れたように言うと、ようやく彼は少し笑った。


 「……おまえがここに残るつもりなら、その時は、おれはおまえの為に死ぬんだろう」

 「………それ、口説いてる? ひどい。受け入れられないって言っておきながら」

 「口説いてない。会話をしろ」


 すげなく否定されてちょっと傷つく。 

 けれど、いつもの調子が戻ってきた気がして、少し肩の力が抜ける。


 「わたし日本に戻って記憶封じても、またこっちに来ちゃうと思うわ。わたしのご縁はこっちにあるんですって。それでまた、あなたに恋をするの」

 「言い切るな。おれはおまえの相手はもうごめんだ」


 ……うん、やっぱり傷つく。

 傷つくからさっさと訊くべきことを訊こう。


 「じゃあ、“諦められない”って何だったの? わたしがどれだけ言い寄っても聞く気なんてないくせに、自分だけは自由にしていいと思ってる? それに、どうしたってこっちに来てしまうわたしの名誉、傷つけまくったのは誰? 世間的にはわたしってキズモノよね? どこにもお嫁に行けない風評被害がハッキリついてるのに、どう責任取ってくれるの?」


 敢えて言葉を選ばずに切り込み、一歩ずつ近づいて顔を覗き込む。

 強く睨みつけるように視線を絡めると、隻眼の黒曜石が珍しく動揺するように揺れた。

 気圧されたように彼は後ろに一歩下がって扉が背に当たり、そのまま拳で扉を一つ強く叩いている。


 「……おい、開けろ」


 第一皇子の一声に、外の人物達はとりあえず従うことにしたのか、重い錠の上がる音がして扉の把手が動く。


 (あ、ずるい)


 「まだ話し終わってないのに! 逃げるなんて、ずるい!」

 「狭くて息苦しい。逃げるわけじゃな……」


 治療室を出ようとする武尊を追いかけて、すぐに後に続こうとする。

 だが、はっと息を詰めて立ち止まった武尊の背中に顔から突っ込んでしまった。

 同時に医療室内にばしっという乾いた音が響き、武尊の背中に突っ込んだまま何度も目を瞬く。


 (何の音、今の?)

 

 首を傾げて顔を上げると、武尊が小さく舌打ちしながら口元を拭っている。


 「へぇ、けたら海夜に当たると思って避けなかったんか。馬鹿か。妹殴るわけねぇだろ」


 兄の声が聞こえて、その場に居る者達の凍りついた空気を感じ取り、何が起こったのかを悟る。


 「……っ、お兄……っ!!」


 咎めようと武尊の背中から出て、その場に居るただ一人の軍人である薔珠が蒼白になっているのを見た。目が合うと彼女は「私は何も見ておりませんっ!」と鋭く敬礼し、慌てて医療室の外に出て行ってしまう。


 「軍のトップが殴られるの見ちゃマズイってか。大変だね、軍の縦割りって。ホントはグーパンにしてやりたかったけど、まだ話済んでないみたいだし? 口動かせなくなると困るもんなぁ。とりあえず、これで済ませておいてやるよ」


 意地悪に笑んだ兄が腕組みしながら澄まして言うのを、隣で三影が自分の頬をさすりながら苦笑している。


 「大丈夫、兄貴? 十分痛いよねぇ、和兄の平手。しかも油断してる時狙うとか、卑怯。これグーパンだったら顔吹っ飛んでるよ」

 

 暢気に笑い合う二人に、呆れるやら腹立たしいやら困る。

 仇でも取るように兄弟を殴った兄を簡単には責められないし、かといってお礼を言うのもおかしいし。

 氷嚢を美津里から受け取り振り向くと、頬を押さえるでもなく眉間に皺を寄せて立っている武尊が目に入る。


 「……ほ、武尊、大丈夫……?」


 無言で立っている武尊を窺うように、恐る恐る声を掛けると「痛い」と当たり前の答えが返る。


 「っごご、ごめんなさ……っ」


 ひっと息を飲んで謝ろうとすると、その口を手で塞がれた。


 「おまえはもっと痛かったんだろう。……平群中佐も」


 ぽつ、と付け足された名前に、心臓が掴まれたように痛む。

 “誰も惜しんでいないの?”なんて、どうしてそんな酷いことを言ったんだろう。

 自分が選んで任務を与えた部下があんなことになれば、誰より責任を感じて苦しむのはこの人なのに。


 「……わたしって、本当に自分のことばっかり。シャイマがどうしてあんなことにって、ずっと一人で悲しんでる気でいたわ。……皆悲しいのに」


 海夜がこの国にいる限り、そうやって傷つく人はまだまだ沢山出るのだろう。そうしなければならない程、この国は疲れているというから。

 それに耐えられるだろうか。

 それでも海夜は、やっと手元に戻ってきた初恋を、どうしても手放すことができない。

 きっと沢山泣く。怒って、悲しんで。

 けれど、それ以上に楽しいことも嬉しいことも、この国にはある。


 「ここに居たら美鈴より人生経験豊富な、いいおばあちゃんになれそう」

 

 うふ、と笑うと、兄がそれはやべぇな、と呟いた。


 「居残るつもりか。とっとと帰れ。ここにいたら、人生経験以前に最速で寿命を迎えるぞ」

 「そんな後悔する人生は嫌。それより、さっきの話の続きだけど」

 「話を逸らすな」

 「わたし、父が人間じゃないのよ? 簡単に死なないわ」

 「……あっさり死んだ奴が。よく言うな」


 まだ過去に拘ろうとする武尊の頬に、氷嚢をそっと押し当てて笑いかける。


 「生きてるんだもの、いつかは死ぬわ。その間際に、あなたに逢えないまま後悔して死ねっていうの? “諦められない“って言ってくれた人を、幸せにすることもできずに」

 「……あれは言葉のアヤだ」

 「………あんなことしといて」


 ボソリと低く呟くと、不機嫌そうに目を眇める。

 こっちは色々初めてだと知っていたくせに、確信を持ってああいうことをしたのだと、今ならわかる。

 たぶん、日本に帰っても、海夜が武尊じぶんのことを忘れないようにする為だったのだろう。

 二年前は記憶を封じ込めて行ったくせに、本当に勝手だ。


 「……それについては謝罪しない」


 可愛くない。でも知ってた。


 「………しかし確かに、噂の尾鰭についてはやり過ぎたのかもしれない。今どき傷物も何もない気はするが、おまえが気に病むなら何とかした方がいいんだろう。今更何とかなるとも思えないが……、一応責任は取る」

 「え、ほんと?」


 責任。

 責任って言った?


 「じゃあ結婚して?」

 「……………………………………なんだと?」


 決まっていたことのように口にした決意に、たっぷりの間を取って返ってきた答えは平凡だった。

 だって責任取ってくれるんでしょう?

 古今東西、キズモノにした相手への責任の取り方は、ただ一つって決まってるじゃない。


 「…………和夜、笑ってないで何とかしろ」


 一瞬頭が真っ白になったらしい武尊は、立ち直るなり眉間に皺を寄せた。

 そうして数歩後ろで成り行きを見守っていた兄に声を掛ける。けれど兄は「面白いからヤダ」とあっさり拒絶している。

 今ここで武尊を逃したら、たぶんもう二度と自分の気持ちを伝える場面は巡って来ない。

 頑張って気持ちは伝えた。

 自分の心を言葉にするのは難しくて、伝えきれなかった部分もあるかもしれない。でも全力で好意を伝えた。

 だから自信満々に胸を張る。


 「わたし、武尊と一緒にいたいの。それだけよ」


 シンプルに告げれば、武尊は眉間に皺を寄せて険しい表情をした。


 「それだけで簡単に結婚なんて言うな」

 「簡単に言ってないわ。この国に来て色々思い出して、人を好きになる感情も戻った。その感情の先にあなたがいたの。子供の頃からずっとずっと好きだった人よ。どうして簡単だなんて言えるの」

 「夢だと思っていただろう」

 「でも少しも忘れなかった。ちゃんと現実にいる人なんだってわかって、どれだけ嬉しかったかわからないでしょ?」


 必死に言い募ると、武尊は隻眼の目を片手で覆って大きなため息をついた。

 氷嚢を下ろして改めて彼の顔を見上げる。

 眼帯のせいだけじゃなく、その表情は見えにくい。


 「……絶対に後悔する。今の内にさっさと見切りをつけた方がいい」

 「後悔するわ。当然よ。だってあなた、酷いもの。口は悪いし容赦ないし意地悪だし。でも仕方ないじゃない。好きなんだもの。武尊じゃなきゃだめだって思っちゃうんだもの」

 「……おまえはな。もう少し言葉を選べ」

 「好き好き言いすぎてる? でも本当のことよ。このまま日本に帰っても、わたしはきっと武尊以外の人のことを好きにならないし、結婚もできないと思うわ。子供の時からずっとそうだったのに、今更他の人なんか考えられないんだもの、当然よね?」


 同意を求めるように首を傾げると、隻眼を覆っていた指の隙間から呆れるような視線を感じた。

 その手にそっと自分の手を重ねてゆっくり手を退かせると、しっかり目と目が合う。

 重ねている自分の手が、緊張と恐怖で震えている。

 ここまで自分をさらけ出して、それでも拒絶されたら? こわいけれど、このまま事態が膠着して時間ばかりが過ぎていくのも嫌だ。

 だから問う。


 文字を綴るように、声に気持ちを込めて。


 「責任とって、結婚して?」



 長くて短い、数舜の間があった。

 深くて大きなため息が耳を打つ。

 仕方がないというような、諦めの境地に似た色の盛大なため息が。


 「–––––––––––好きにしろ」


 落とされた言葉に耳を疑う。


 「………………ほんとに?」


 受け入れてくれたのだと理解するのに、数秒かかった。

 とことん拒絶されると思っていた。

 こんなにあっさり説得されてくれるとは全く思っていなかったので、喜ぶより戸惑う。


 「このまま避けていても、どうせ追い回されるんだろう。だったらさっさと降参する」

 「っ追い……っ、………っ、っ……回す、けど……っ!」


 あんまりな言い方に詰まるけれど、否定もできずそのまま肯定すると、武尊は「ははっ」と声に出して笑った。

 それは、いつもの取り澄ました表情じゃなかった。

 十九歳という年齢相応の、本心から楽しそうな表情だったから、二年前の日本での彼を思い出して涙が出そうになる。

 日本に全てを置いていく、と言った十六歳の武尊はどんな気持ちでそれを言ったのだろう。あの時にはもう、今と同じような無表情の仮面を貼り付け、冷酷に海夜の記憶を無意識の奥に隠して行ってしまった。


 それを見つけるのに二年以上。

 その間に彼の無表情は標準装備になっていて、今のような笑顔を見られることは殆どない。でも、喜怒哀楽をはっきりと示していた彼のことも知っている。表情は乏しい方だったけれど、ここまで徹底して感情のない態度ではなかった。

 いつも笑っていてほしい訳じゃない。

 けれど感情を発露する方法を忘れてしまっているなら、一緒に思い出していきたい。


 「わたしは武尊がそうやって笑ってくれると嬉しい。きっと他の皆もそうだと思うわ」


 涙が零れそうになるのを堪えて笑うと、武尊はほんの少しだけ目を眇めた。

 何を言われたのか、よくわからなかったのかもしれない。

 でも、それでもいい。


 「わたしを受け入れてくれて、ありがとう」


 堪えていた涙がとうとう零れた。

 嬉しくて、目の前の彼に片腕だけで抱きついたが、拒絶されなかった。逆に柔らかく抱き寄せられた気がして、益々涙が零れる。


 「……まあ、諦めない根性は素直に感心する。こうなったからには対策しておくぞ」


 耳元で囁かれた言葉に疑問が浮かぶ前に腰を強く引き寄せられ、首の後ろにかぷりと噛みつかれた。え、と思う間もなく、じゅう、と大きな音が聞こえた。

 瞬間、強い圧迫感のような鈍い痛みを感じて混乱する。


 「……!? ……っ?? っっ?」


 (……はい!? 噛みつかれた……!?)


 混乱する海夜を、すぐに兄が勢いよく武尊から引き剥がした。


 「お前ほんと、油断も隙もないのな……!」

 「わぁっ、ごめんね、ねえさん!! 大丈夫だったっ!?」


 兄の呆れた叱り声と、三影の謝罪の言葉が聞こえるが大混乱だ。

 後ろで美津里の爆笑する声と、天地が嗜める声が聞こえる。


 (笑い事なの、コレ??)


 首を捻りながら武尊はんにんを見上げると、複雑そうに眉間を寄せて浅く息をついている。兄と三影から散々小言を貰いうんざりしたのかと思ったが、ぼそっと呟かれた言葉に納得する。


 「……狸の計略に乗るのはいけ好かないが」

 「……國皇か。確かに、あれはないわ」

 「仕方ない。どうしても来てしまうというなら、他人に渡す気はさらさらない」

 「……………それをもっと早く言えよ」


 呆れる兄に不敵に笑んで、武尊は海夜に目を寄越した。

 暢気に笑いかけると、彼は無言で海夜の固定具の左手をそっと取る。そうして左手首の内側同士をゆるりと合わせ、静かに強く呟いた。


 「〈番の花〉」


 言葉と共にふわりと花の香りが流れて、触れ合っている手首から薄紅色の光が洩れた。

 見ると、左手首の内側に五枚花弁の花が浮き上がり、光っている。


 子供の頃の記憶が鮮やかに蘇った。

 無邪気な気持ちで結婚を約束した、あの頃の純粋な気持ちが。

 感動で言葉にならなくて、花に魅入る海夜の前髪が優しく撫でられる。


 顔を上げると、記憶の中の小さな少年がそのまま大きくなった、優しい笑顔がそこにあった–––––––。






 ––––––––黄國史上四人目の男皇であり、男皇としては史上稀に見る平和と発展を国にもたらした武尊・キアリズ・黄花・サディルには、生涯を通して傍らに黄國の真珠と称えられた美しい皇妃が寄り添っていた。


 来訪者として黄國にやって来た妃は、故郷の桜をこよなく愛し舞い散る花びらを愛でたことから、“花びら姫”と皆に呼ばれ愛された––––––––––。


 


 これは、その花びら姫の恋の物語。





最後までお読みいただきありがとうございました。


これにて第一章「花びら姫の恋」は完結です。お疲れ様でした笑。

当初はこの一章のみで物語が完結する予定でしたが、回収しきれなかった伏線があるので、章立てした続編が何編かあったりします。

執筆中、他のアマチュアの方の小説を読んでいて、“男主人公ってこんなに甘いセリフ言ってもいいのか…!”と衝撃を受けるくらい、どの方の作品もザ・恋愛小説のヒーローって感じの甘々なセリフを言っているので、ちょっとだけ皇子に甘いセリフを言わせてみたくなりました。

師走はずっとイラストやマンガばかり描いていて、人が読む前提で小説を書いたのはこの「花びら姫の恋」が初めてでした。読んで下さったどなたかが、主人公と一緒に恋愛体験できていたら光栄です。

長くなりましたが、番外編、第二章もどうぞよろしくお願いします。


ブックマーク等ありがとうございます。

もしよろしければ、ご評価ボタンポチッとして応援頂けますと明日への励みになります。

よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ