表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
37/91

第三十六話 初恋泥棒への仕返し大作戦〜決行〜

最後にほんのちょっぴり皇子視点があります。


 結局、薔珠大尉を引き込む算段なんて虎には思いつかず、率直に「皇子を口説く手伝いを」と言い掛けて彼女に軽蔑の目で見られた。

 いえ私は既婚者で、と妻からの連絡をそのまま見せて納得して貰ったが。

 それを見て「……殿下の仰った失態は、これでカバーできるかもしれません」と、薔珠大尉にしては妙なことを言っている。皇女の傍にいたせいで思考がそちらに傾いているのか。


 反女皇・反貴種勢力の大物の一つ、綴国つづりく侯爵家の検分を終え、三日ぶりに帰城した皇城は空気が澱んでいた。どうしたことかと思っていたが、羽咋はくいがやらかした、という噂はすぐに耳に入った。

 どの家門も皇権への色気はある。 

 皇家と縁を繋いでおけば、男皇の時代であっても外祖父として権勢を誇ることができる。

 それを防ぐ為のシステムでもあった女皇時代は終わり、次代は貴種ではない。

 そんな世情の中、羽咋は現皇家へいち早く忠誠を誓った家門の一つだ。國皇の側近として羽咋家の当主は剛腕を奮ってきた。

 國皇が政治に興味を示さなかった時期にも、皇弟の善道公と執政長官との三人で、政治を執り仕切ってきた実力者だ。

 だからこそ、羽咋の当主は主人を危険視する。




 「無能」と主人が切って捨てたのは、そんな羽咋出身の年若い侍女に対してだった。

 皇女の私室に修理官が入るという報せに、主人がようやく反応した。書記官として中宮なかみやに勤める羽咋の次男の秘密裏の手配だと、薔珠大尉が突き止めてきたのだ。

 私室の物は殆ど年代物で歴史的価値が高い。

 歴史遺物修理官という特別職の手でなければ直せない。そもそもなぜ修理官の手が要るのか。

 奥宮のことなので、主人の方へ情報が回ってきた。

 何が破壊されたのか確認に訪れた主人は、部屋の主が不在であるのにそこにいるだけの新米侍女に向かって、厳しすぎる言葉を放った。


 「……殿下、新人の侍女です。もう少し広い心で……」


 羽咋公の姪である璦蘭あいら嬢の話を最後まで聞くことなく、破壊された扉の把手に目をやった主人は、薔珠大尉の嗜める声も無視する。


 「言い訳しかできない無能を、この部屋に置いておくことも不愉快だが」

 「皇子、それ以上は」


 虎も何とか新人侍女の擁護を試みようとするが、無駄だった。

 彼は扉を見上げ腕を組むと、無表情のまま首を傾げた。


 「海夜がしゅを掛けたようだが、力ずくで破壊するとはな。ここで交わされた会話を、海夜ならこいつに再生させることも可能だろう。その時もう一度呼ぶ。貴種を侮ったことを後悔して下がれ」


 言い捨てられた言葉に、年若い新人侍女は身体を大きく竦ませた。

 小刻みに震え青ざめた顔色のまま、まだ言い募ろうとする所を薔珠大尉に止められ、引きずるように部屋の外へ出される。大きな泣き声が聞こえたが、主人は一切構わなかった。


 「……若干気の毒な気も致しますね」

 「関係ない。羽咋への牽制になればそれでいい」


 またしても、こういう発言だ。

 どうあっても、どんな最悪の結末になっても全て、自分に非難が向くように仕向ける。痛みなど感じないとばかりに。


 「……ご自身のことも、お考えになって下さい」


 忠言はどうせ聞き流されるだけだろう。

 だが皇女が戻ってきた今、主人の方こそ自覚しなければならないことが山程あるのだ。

 その時、年代物の扉の向こうから小さな物音がした。

 虎の耳にも聞こえるぐらいだ。気配に聡い主人には確実に聞こえただろう。

 把手が壊れて扉の体を成していないそれを、勢いよく主人が開け放つ。ばん、と響いた音に、中の物音の主がびっくりしたように身体を竦ませたのが見えた。


 「……っ、海……っ!」


 名を呼びかけられそうになり、そこにいた人物は小さく悲鳴をあげて「……黄っ」と呟くと風に攫われるように掻き消えた。

 扉が開け放たれた音が余韻のように部屋に残る中、一瞬で消えた皇女に主人が不可解そうに首を傾げる。


 「……何故逃げられるんだ?」


 それこそが磋須木の姉と虎の妻、それに兄妹が目論んだ主人への仕返しの作戦。


 訳知り顔で虎は、薔珠大尉と目を見合わせ合うのだった。



 ※



 その後数日間、何度かすれ違いがあり、今度こそ皇女が主人に捕まるのでは、と思うような場面もあったが何とか切り抜け。

 手助けする中で、虎は皇女の兄と初対面の会話を交わした。


 「あいつさぁ、強情っぱりで大変でしょ、虎さん。オレが殴るのしょうがなくね? 海夜を傍に寄せらんねぇのに、見える所に居なきゃ引っ張ってきたがるって、どんだけツンだよ。デレがねえのが気に入らねぇって言っといて」

 「……あの、虎“さん“というのは、ちょっと……。呼び捨てで構いませんので」

 「海夜がそう呼んでるから倣ってみた。だって年上でしょ、おたく。年上呼び捨てにできるだけの立場なんて、オレにはないからね! そう考えると武尊はマジで不憫。大事にしてやってよ、とばあちゃんの代理で言っとく。オレ自身は殴るけどね!」


 そう宣言してからりと笑う。

 裏表のない、気持ちのいい人物。

 それがこの青年への印象だった。

 そう言っているそばから、薔珠大尉に庇われて皇女が主人の執務室へ飛び込んできた。早く早く、と急かして兄を呼び寄せると、二人で鈴に呼びかけ足元から消えていく。

 完全に消える前に皇女は「……ごめんなさいって、伝えて」と薔珠大尉に言伝を頼んだ。

 同時に執務室の扉が勢いよく開き、主人が大股で入室してきた。

 消える直前の言葉が聞こえたのだろう。

 小さく舌打ちすると唸るように文句を言っている。


 「……謝るぐらいなら、逃げるな」


 深くため息をついて疲れたように執務椅子に身を預けた主人に、「三回、息を吸い直すとよろしいかと」と提案して足を踏みつけられた。



 ※※



 

 逃げられる意味がわからない、と武尊は内心苛ついたまま中宮から奥宮までの渡り廊下を歩く。

 海夜がここに戻ってきた時は正直またか、とうんざりしたが、逃げられっぱなしの現状に戸惑っているのは事実だ。

 あいつ、何しに戻ってきたんだ? と首を傾げる。


 (“何をしに”?)


 考えることはひどく面倒で、放棄したくなる。

 ……記憶は戻っているようだった。

 あれだけ精霊を駆使して逃げ回っているのだから当然だろう。

 だが記憶を封じるきっかけになった、こちらの暗示について文句を言うつもりはないらしい。

 そこがまずわからない。やはりどこかがずれているのか。単なる阿呆なのか。


 自分の名ではない感覚の“武尊”という名が、あの兄妹に呼ばれると不思議と腹の辺りに落ち着く納得感がある。

 “懐かしい“と感じるような。そんな感情など感じなくなって久しいのに。

 けれどあの二人に“武尊”と呼ばれる度に、自分の中に何かが戻ってくるような感覚がある。一体何なのか。


 廊下の窓に面した休息所で、話し声が聞こえた気がしてそちらに目をやる。

 案の定、最近逃げられてばかりいる海夜と、一緒にいるのは異母弟の三影だ。その姿を見て反射的に走り出すのも、最近の自分にはお決まりの行動だった。

 こちらに気づいた海夜が、ハッと息を飲んで一目散に逃げ出す。手を伸ばしたすぐ先で宙に溶けた海夜に、ああまたか、と諦めに似た感覚を飲み込む。


 どれだけ手を伸ばしても、届くことなどないのだと思い知らされるのが、あの女だった。


 「第一皇子と正体不明の美少女が皇宮内で追いかけっこしてるって、結構な噂になってるの知ってる?」

 「……何を話していたんだ?」


 三影の揶揄うような質問には答えず、質問で返す。

 何やら楽しそうに話し込んでいたのは見ればわかったが、こちらには困ったような顔をして謝罪ばかり口にするくせに、何なんだ、とは思う。

 こちらのその態度に、三影は呆れたようなわざとらしい息をついた。


 「兄貴のそれは、未必みひつの故意だからね。いい加減にしなよ」


 意外な言葉に内心で嫌な顔をしてしまう。


 「……犯罪教唆のように言うな。何の話だ」

 「兄貴の傍にいて、ねえさんが何も思わないって本気で思ってたわけじゃないよね? そうなるように仕向けてた、そうなるのがわかってて放置してたって、思われても仕方がないことしてた自覚はあるんだよね?」

 「そんなわけがないだろう。おまえの中のおれは何者だ」

 「だったら犯罪そのものだ。ねえさんのじゃない、兄貴の犯罪だよ。ありえないでしょ。三回おんなじ人を好きになって二回ふられて、でもまた口説きに来たって。何回でも砕けるから大丈夫って。それでもダメなら大人しく帰るって言ってたよ。まあ実際、明日帰るらしいけど」


 顎を逸らして捲し立てた異母弟の言葉を、一瞬聞き逃した気がした。


 明日。


 「……それは聞いてないな」


 まともに言葉を交わさない、顔を合わすことすらしない。

 そんな状態で何が口説くということになるのか。

 何も成さずに諦めて帰る、という所が疑問でならない。


 「迷ってるって言ってたけどね。今日は医療室で診察の日だから来たんだって。明日帰ることになりそうだから、挨拶に顔を見せてくれてたんだ。……今は医療室にいると思うよ。行けば?」


 確かに、診察中ならば逃げることもできないだろう。

 それだけ聞ければ十分だと、踵を返す。

 逃げてばかりいるのはどちらなのか、この際どうでも良かった。まさかまた界渡りしてくるとは思いもしなかったから、油断していたのだ。


 そうだ、あの女は目を離した途端どこかへ吹かれて飛んでいってしまう、花びらのようなやつだったと。


 大きくため息が出た。

 “三回吸うといいのよ“と馬鹿みたいな迷信を、大真面目に言っていた顔を思い出して苦笑いが浮かぶ。

 医療室の扉を躊躇わず大きく開け放つと、中はもぬけの殻だった。

 既に診察が終わった後だったか。

 小さく舌打ちするがいや、と思う。

 部屋の中には確かに人の気配がある。

 ならば奥の小部屋か、と診察を兼ねた小さな治療室の扉を開けた所で、その手をふわりと掴まれた。



 「––––––つかまえた」



 細くて柔い手が少し震えながら、こちらの手を封じるように指を絡めてきた。




お読みいただきありがとうございます♪


次回で一章完結です。


ブックマーク等大変嬉しいです。

もしよろしければご評価ボタンポチりして応援頂けますと、執筆の励みになります!


よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ