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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第三十五話 初恋泥棒への仕返し大作戦〜準備〜



 

 それは鈴の精霊である黄の提案だった。

 磋須木さすきは忠臣。きっと助けてくれる。

 現皇家と距離を置いている為不遇に見えるが、元は海花皇女の配偶者を輩出した家柄。

 天馬の事件さえなければ、皇配として黄花・サディル家を支えていただろう、と。だから虎さんは武尊の傍にいるのね、と納得する。

 黄に導かれて突然霞のように現れた兄妹に、侍女二人は腰を抜かさんばかりだった。

 兄を紹介し、二人が皇宮に居ない理由を訊ねると、辞職したのだと言った。

 璦蘭にはおかしな具合に伝わったのか。

 武尊が二人を罰する筈がないと思った。

 

 「殿下方の姫さまへのなさりように、我慢できませんでした。夫まで黙って従っているだなんて、磋須木の名に恥じます。お側近くで過ごした私達は、姫さまの人となりもよく知っておりますもの。そんな方があんな目に遭って、しかもそれが仕組まれたことと知ったら、もうはらわたが煮えくり返って……!」


 眞苑が毛を逆立てた猫のような様子になるのを、白玖音が苦笑して頷く。


 「それでも姫さまが戻られた理由は大体承知しております。けれど、よろしいのですか? 兄君さまは全く納得しておられないご様子ですよ?」


 白玖音の言葉に兄は大きく頷いた。


 「本当は今すぐ連れて帰りたい。なのにこのアホ妹は家族なんか眼中にない。又危ない目に遭ったのに、あのクソガキが手段を選ばず自分を巻き込んだことに、理解を示してやがる。馬鹿か。勝手にやらせとけ。天馬が与えた自由だぞ? あの悪鬼の理屈は納得いかなくても、ばあちゃんを自由にしてやったことだけは評価できる」


 それは兄の理屈だ。


 「わたしのご縁はここって、お祖母ちゃんが判断したから困らないだけの教育もしてくれたのよ。凄く嫌だったと思うわ。孫をここに送り出すのなんて。でも仕方ないじゃないっ、武尊はこっちの人なんだもの!」


 兄との口喧嘩に熱がこもって、大きな声になってしまった。

 鼓膜の再生が安定し始めたのに、耳に自分の声が響いて少し痛い。

 じわじわ滲む痛みを堪えていると、兄は呆れたような諦めたような、盛大なため息をついた。


 「……三回吸い直して」

 「うるせぇ。何でお前、ばあちゃんと母さんとそんなによく似てんだ。マジで嫌んなる」


 母から聞いた迷信を、当然知っている兄は一言で切り捨てる。


 「二人ともたった一つみつけた恋をずっと大事にしてた。小さな頃から凄く羨ましかったわ。今度はわたしの番なの。二人をよく知ってるお兄ちゃんなら、わかってくれるでしょう?」


 胸に掛けたきょうに手を置いて、言葉で気持ちを編むように兄に向けて言う。

 鏡の中に仕舞い込んだ、宝石のような花びら。

 これをくれた人が海夜の望む人。

 彼が困っているなら助けたい。血筋に纏わる背景が役に立つなら、それを利用されても本望だ。

 海夜の覚悟を見て、再び兄はため息をついた。髪をかきむしり、苛立ちまぎれに「クソっ」と呟いている。


 「……今度危ない目に遭ったら、何言っても連れて帰るからな? 二度フラれてんだから、三度フラれても文句言うなよ?」

 「三度目の正直通り越してるって美鈴に言われてるから、何回フラれても平気! ありがとう、お兄ちゃん!」

 「色々口出して里帰りもしないとか言われると、オレが文句言われるだろ……、親に」


 ……うん、この兄が一番うるさく言いそう。


 「では兄君さまのお許しが出た、ということで話をまとめましょうか」


 白玖音が一番年長の威厳を見せて、コホンと一つ咳払いをする。

 白玖音提案の内容に、眞苑が更に提案を出す。矛盾をつつく兄と、質問する海夜と四人で計画を話し込んだ。


 「……こんな子どもっぽいやり方で、武尊が引っかかって来るかしら……」

 「そうだな。引っ掛からなくても、オレは全く構わないけどな」

 「引っ掛かると思いますわ。姫さまが思う以上に、キアリズ殿下は姫さまにお心を砕いていらっしゃいましたから。それなのにあの仕打ちだったので、尚更腹が立ったのですけど」


 白玖音は苦笑して、ですがと続けた。


 「安心致しました。姫さまが殿下をそのように呼んでいらっしゃることに。全て思い出していらっしゃるのですね」


 磋須木の長女である白玖音は、武尊の周囲に纏わる黄花・サディルのくびきや二年半前の出来事も承知しているのだろう。

 だから海夜が傷心の時に、婚約者なんて嘘です、と言い切れたのだ。


 そうだ。

 婚約者って?


 海夜が知らない武尊の過去に色々あるのは……、まあ……成人男性だもの、あるわよね、とも思うけれど。

 ……嫉妬しないかといったら、嘘になるけれど。

 でも、結婚を避けていたはずの武尊に、結婚を考えたことのある相手がいたという事実は、海夜に一抹の不安を与えた。



 ※


 

 妻からの連絡を見て言葉にならない衝撃と、声にならない悲鳴があがる。

 任務中の隙間時間とはいえ個人連絡プライベートに目を向けるのではなかった。

 頭を抱えて座り込みそうになり、共に任務に当たる検非違使隊に不審な目を向けられる。

 皇女とその兄が、虎の実家の磋須木家に身を寄せているらしい。

 皇女が何者かの夜這いに遭いそうになった、と怒りの連絡が妻から来ていた。

 主人が皇城おうじょうにいない隙をついたのだろうが、抜け目がなさ過ぎて逆に呆れる。



 “三影殿下は事情をご存じです。貴方が協力し、責任を持って薔珠嬢をこちらに引き入れて下さい。さもなくば、息子と姪には一生会えませんよ”

 


 そう締められた文章に、内心でため息をついた。

 これは一方的だ。

 確かに、何も知らせずに皆を巻き込む形にしていたのは悪かった。

 皇女は命も危うかったのだから、どれ程謝罪しても足りない。臣下にあるまじき行動だった。

 だが、それで虎の生きがいを盾にされるのは悲しすぎる。


 「虎、何を見ている」


 心の乱れを読んだように、主人に声を掛けられて肩が竦む。

 勢いよく振り向いて何でもない、と首を振るが、主人は不審そうに隻眼を眇めた。

 この片目を差し出したという皇女の兄が、今回彼女と共にこちらに来たことはかなり驚いた。皇女への仕打ちを承知しているように、殴るから逃げるなと主人へと言い放って意識を失った豪胆さ。

 黄花・サディル直系男子の一人だが、卑屈さを感じない人物だ。皇女と同じ環境で育っただけはあると、つい主人の環境の不憫さと比べる。

 主人とて卑屈ではないが子供の頃から知る身としては、性格が歪みがちになるのも仕方がないとは思う。

 歪んでいるとは言っていない、断じて。


 「地下道の検証に入っていて気づくのが遅れたが、三影からおかしな連絡が来ているぞ」


 そう言ってメッセージを見せる主人は可笑しそうだった。

 曰く、皇宮から兄妹がいなくなったから、すぐに帰って来い。

 それを見て既に色々始まっていると悟り、顔から血の気が引くのを感じた。


 「あの二人には帰る場所があるだろう。そこに帰っただけだ。まだここに居るとしても、頼る場所は見当がつく」


 そう言って、チラリとこちらへ視線を寄越す。

 ……バレている。

 それはそうだろう。こちらに知り合いがいない彼らでは、行動範囲の狭さですぐに居所など知れる。


 皇女が消えた二日間。

 主人に変わった所はなかった。

 ……表面上は。

 ただ私室を管理する侍従から、水差しが壁に叩き付けられ粉々になっていたという報告を受けた。それが何より、主人の心情を表していた。

 だが感情を見せたのはそれきりだ。

 再び心を凍らせるように、今回の騒動の一部である家門を追い詰めようと動き出した直後。

 皇女が来訪者としてではなく、自分の意志で界渡りして来たのだ。

 どういうつもりかなど明白だろうに、主人は予定通り任務に入り、慣れぬ者を侍女に付けさせた。

 さすがに留守にしたその日に夜這いが入るとは考えていなかっただろうが、何かが起こることは予想していた筈だ。

 そうまでして皇女を自分の傍へ寄せたくないらしい。怖い目に遭わせればさっさと帰る、若しくは連れ帰られると踏んでいる。

 何せ今の皇女の傍には、主人に腹を立て無理やり連れ帰った元凶の実の兄がいるのだから。

 皇女を大事に思いつつ反目し合う二人の意見が、“日本へ帰る”で一致している所がおかしな点だ。


 だが今回はその兄が協力すると言い出した。

 どう転ぶか。


 とりあえず薔珠大尉を引き込む算段を考えなければ、と虎はため息混じりに思うのだった。



 ※


 

 三影のお使いという名目で磋須木家に現れた人物に、海夜は驚いた。

 

 「……お久しぶりです、國皇陛下」


 直接顔を合わせるのは、一か月前の晩餐会以来だ。

 医師夫婦との仕事の引き継ぎで皇都へ来ていた信川里しんせんりを伴って、國皇はいつもの泰然とした態度ではなく殊勝に頭を下げた。


 「まずは怪我のお見舞いを。皇子達の不始末に、何とお詫び申し上げようか。夜花さまやご両親に申し開きもできない」


 そう言って信川里を見る。


 「皇宮医療室の者を遣わすと貴女方の居所が知られて迷惑だから、信川里を連れて行くようにと二の宮から言われてね。診察と治療を一旦彼にお願いしますが、構いませんか?」

 「ありがとうございます。お願いします」

 

 そうして信川里に笑いかけると、彼は白っぽい灰色の髭の口元を綻ばせ、眩しそうに目を細めた。

 美津里の祖父である彼は、海夜が記憶のないまま一か月前この国へ落ちた時、慌てて皇都に海夜の存在を知らせに走った人物だ。


 「……やはり夜花さまに似ておられる。お顔立ちも、雰囲気も」

 「祖母をご存知なんですね。そんな気はしていました」

 「貴女が子供の頃にこちらへいらした時、あの時のお顔の傷も診ました。女の子の顔に二度と消えない傷だと痛々しかった。お帰りになられる時に父君が消しておられたが、ずっと気がかりでしたよ。……陛下に口止めされていたので、お伝えする機会もございませんでしたが」


 そう言って、信川里は恨めしそうに國皇を見る。


 「私も必死でね。日本に帰れるという情報を、貴女に与えたくなかった」


 その言葉を、同席していた兄が聞き咎めた。


 「何もかも承知で、妹の身を貴方の息子達に投げて利用させた。貴方自身も妹を利用できる駒として見ていた証拠では? 武尊の不幸の原因がどんな言葉を尽くそうと、祖母への言い訳にもなりませんよ」

 「お兄ちゃん」


 言いたいことはわかるが、ちょっと言い過ぎ。

 そう思って嗜めると、國皇は殊勝な態度のまま俯いていた。あれだけ皮肉を言っていた人物と同じ人だろうか。

 後で聞いたら、武尊の生みの母である皇妃と、その娘の皇女に滅茶苦茶に叱られたらしい。

 

 「仰る通り。私はあの子を作り出しておきながら、男子は要らぬと棄てた男です。彼が今生きていられるのは、代理母となった女性が私の元から逃げ出してくれたお陰ですよ。そうでなければ、強制的に堕胎させていた」


 呟かれる内容に、予想していても胸が抉られる。


 「ホント酷いね。直系ってだけで男子は生存権もないとか。祖母が嫌がる筈だ。海夜が戻って、ここに直系男子が存在するって知っただけで泣いてたよ。どんな目に遭ってるかって。よく覚えてる」

 

 心底軽蔑するというように兄は吐き捨てた。


 「そうやって一人頑張って来たあいつに、貴方は日本へ行って死んでこいと命じた訳だ。生き残るつもりはなかった、って言ったあいつの目、ホントに絶望してたよ。今は生ける屍なんじゃねぇの」

 「お兄ちゃん、それ以上はやめて」

 「馬鹿か。おまえがここに残って、誰だかと結婚して子供産む時、それが男ならどんな目に遭わされるかちゃんと理解してんのか? 親父と母さんはそれを心配してんだ。あいつもそうだろ。ばあちゃんがどんだけお前に期待してても、現実はお前は置いてかれただろうが」


 どれだけ言ってもやめない兄は、この際言いたいことを言ってやろうという腹らしい。


 「……夜花さまが、期待?」

 「こいつの縁はこっちにあるそうですよ。オレは全く認めないけど。祖母は一人遺してしまった直系男子が、不憫でならなかったんだ。親父から聞いて武尊の血筋も知ってた。海花が生きてれば生まれる筈だった子供に重ねてたらしい」


 そうしてこちらに視線を流す。


 「海夜をきさいがねとして宮廷作法やら礼儀やら、精霊に関する皇家の知識全般詰め込んで育ててました。嫌な話だけど、貴方の息子の為に。でもあいつは拒絶した。そこで終わりで良かったんだ」


 良くない。

 協力してくれると言っていたのに、全く納得していない兄の発言に腹が立つ。

 信川里が耳のガーゼを外しながら、「中々気持ちのいい殿下ですな」と笑う。褒めちゃダメですよ。


 「……夜花さまは、黄花・サディルが戻ることを考えていらしたということですか」

 「さあ。そんな深く考えてなかったでしょうね。孫娘の縁がこっちにあって、可哀想な甥っ子がいてって、そんだけです」


 國皇の言葉を軽く流して兄はべぇ、とこちらに舌を出した。可愛くない。

 躊躇うように國皇は、それでも海夜の顔を真っ直ぐに見る。


 「貴女を駒のように考えていた。それは否定しません。貴女は皇権が欲しい虫どもをおびき寄せる、格好の餌でした。言葉が悪くて申し訳ない。ですが同時に、私が期待を寄せる花でもある」


 虫と花。

 喩えにも言い方必要。


 「今、ここまで腐敗したこの国を任せられるのは、皮肉なことに私が一度棄てたあの子しかいないのです」


 ……ええと? 要するにどういう?


 「後継が決まらないのは指名しないのではなく、できないからです。何度指名しても、指名した本人から拒絶される。皇子に皇家を継ぐ意思がありません」

 

 國皇は虚な目を兄に向けた。


 「それは恐らく兄君が仰ったように、彼が生ける屍のようだからでしょう。そうしたのは私です。……ですが、先祖伝来のこの国の皇統を絶えさせるのは申し訳ない。だから貴女に期待した」


 「結局他人任せか」と、ボソリと呟いた兄に黙ってて、と視線を送って言葉の続きを待つ。


 「貴女を得る者が皇権を得る。そう言っておけば如何なあの子でも動く筈だ。皇権を拒絶していても、貴女までは拒絶できない。逆に貴女を虫から守ろうとすればする程、自分から皇権を手にする方へ流れるしかない。そう策を弄しました」


 ですが、と彼は大きく息を吐いた。


 「貴女は日本へ帰す予定だと、愚策を弄するなと本人に叱られましたがね」


 だから拝謁をこなしたことに物言いがついたのか。皇女であることが他の人間に知れれば、無数の危険に晒されるから。


 「陛下のご懸念とお考えは、理解できました。……けれど、武尊はわたしを拒絶しています。頑張りたくても頑張れるだけの機会がないんです。何故ここまで拒絶されるのか、……もう、嫌われてるぐらいしか思いつかない……」


 でも、“諦められない”と彼は言った。

 あれって何なの? 

 わたしに経験が少なすぎるから、理解できないの??

 期待していいのか、したら馬鹿を見るのか、後者だとわかっていてもほんの僅かな希望に縋りたくなる。

 ……だって海夜は、全てを諦めていたのだ。

 そんな海夜に温かさをくれた人が“諦められない”と呟いたことが、棘のように抜けずに残っている。


 「馬ぁ鹿、お前一度死んでんだぞ、オレと武尊の前で。しっかり鼓動が止まったのも確認してんだからな。一瞬の油断であっさり死ぬ人間、常に危険のあるここに置いとくのなんか無理。しかもお前が死んだ原因、オレらを庇ったからだろ。あんな恐怖体験二度としたくない、オレなら」


 (……………! あ)


 思わずのように兄が口走った理由に目が醒めた心地がした。

 兄も余計だと気づいたのか、ハッと口を手で押さえる。

 胸にある、背中まで貫通した傷痕。

 この傷は一度命を奪ったのか。確かに深すぎて、命がとどまったのは奇跡だと思っていた。

 それを、ずっと皇家を守ってくれていた鏡と黄が救ってくれた。精霊の命を、貴種である海夜に譲ってくれたのだ。

 そうして二人は長く眠って沈黙し、海夜の自己暗示は自分では解けないぐらい深くなってしまった。

 でもそこにひびを入れたのは、やっぱり武尊だった。

 

 (––––––……失くした婚約者って)


 確信に近い答えを得て顔を上げる。


 「わかってて黙ってたの、お兄ちゃん?」

 「あ? うるせぇ、知るか」


 誤魔化すように目を逸らし、ぞんざいな口調で吐き捨てた兄は自分の失言に不貞腐れている。

 それが何よりの答えだ。


 「––––––うん。何となくやれそうな気がして来ました」


 耳の治療を終えた信川里はその言葉に「頑張れそうですか」と頷き、國皇はほっと息をついた。

 やり切ってやり切って、それでもフラれたら立ち直れないだろう。

 でも、多分そんなものなんだ。

 貴種だの国だのと大きな話になるから竦むだけで、元々は小さな恋から始まった話。


 海夜の初恋の話なんだから。



お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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