第三十一話 ここにいてはいけない理由
ひどい怪我を負って救出された皇女は、高熱を出して一晩寝込んだ。
左肩が歪だったのは脱臼の為だと天地が診断し、こんな方向に脱臼している症例はあまり見たことがない、何をされたのかと静かな怒りが見えた。
大抵は肩前方に関節がずれることが多いらしいが、皇女の場合は斜め下に外れていたのだという。手を上げた状態で大きな力が加わると、稀にこうして肩がずれるらしい。
普通に生活していれば、まず負わない怪我だ。
右耳の鼓膜は破裂して内耳に出血が溜まり、左鎖骨の下に突き立てられた小さなナイフは、明らかな悪意が見える凶行だった。
それは、拷問に等しい暴力を受けた跡だといえる。
高熱にうなされる悪夢で、皇女は何度も悲鳴を上げた。
眠りたくない眠らせないでと、眠剤混合の鎮痛剤を入れる度に、泣きながら懇願されると美津里が嘆き、傍にいる妻と姉も憔悴していた。
その中で一人、全てを無言で受け止めている主人の、声なき怒りが降り積もっていくのを、虎は隣で見ていることしかできなかった。
※
善道公爵家の次女、璃珠の逃亡の報せがもたらされたのは、あの日の午後すぐだった。
報せの直後、皇家の鈴が慌てて主人を呼びに来て、皇女誘拐事件まで発覚した。
同時に起こった二つの事件。
これを繋ぐ点は、平群家というシャイマ嬢の出身公爵家だ。
璃珠と平群家の次期当主の間では、縁談が浮上したばかりだったという。対立する二家の融和が進む良縁であると、期待された話だった。
平群家は皇家に最も近しい家門の一つでありながら、前女皇を巡る過去のいざこざで、皇家と対立する派閥の大きな一角を成す軍系貴族だ。
四年前の軍内改革で軍系貴族による汚職が発覚した後は、平群系列の家門は悉く地位の降格、剥奪、そして免職処分を受け、本家の当主は主人により蟄居を命じられた。
それは、宮廷の表舞台から追い落とされたことを意味する。
その地位の復権を虎視眈々と狙って来たのが、次期当主であるルース・平群だった。
シャイマ嬢の異母兄であり、長男ながら庶子でもある。
女子の家督継承を禁じてはいない黄國では、庶出の立場は家督継承に於いて不利だったのだろう。嫡出のシャイマ嬢が家に居づらかったのも、異母兄による嫌がらせが大きかったようだ。
皇女が来訪した情報を掴んだルースは、凶行に及ぶことを躊躇わなかった。皇女が日本へ帰るかもしれない、という報せに、皇家を根絶やしにする機会を逃せないと暗殺を目論んだのだ。
それも、前女皇が弑された状況と全く同じ状況を作り上げてまで。
そこにあるのは私怨だ。
皇家と、主人への個人的憎悪。
この事件の根にはそんな単純な、けれど何よりも強い動機となる激しい感情があった。
ルースの逃亡道中に一緒であった璃珠は、四道伯の放った隠密兵に追い詰められ、置き去りにされた。現在は四道伯預かりの監視下に置かれ、後日改めて主人の尋問を受けることになっている。
平群家の押収品の中には相当数の彼見石があり、平群家が彼見石の密輸に関わっていたことを裏付ける証拠となった。目星をつけていた家門から証拠が出たことは、この後に続く捜査の手がかりになる。
平群家の今後の処遇は協議中だ。
爵位降格、または剥奪。領地を削りそこに封じておく。主人としては家格取り潰しを目論む腹もあるだろう。
現に國皇にそう進言したと聞いている。
そこまでは主人が立てた大筋通りの展開だ。
しかし皇女がここまで巻き込まれ重傷を負ったことは、この件に関わった皆にとって、大きな誤算だった。
「––––––何故、本件から外した筈の真道の名が出るのか」
あの日の事件以来、皇女の私室は事件現場として立ち入り禁止となり、捜査関係者以外には入れなくなった。
その為、海花皇女の私室であった主人の私室が一番加護が強い場所として皇女の治療に当てられ、その流れで主人は私室の書斎で執務を行っている。
限られた者しか入れないその書斎の中で、受け取った報告書を改めていた主人の空気が一瞬で冷えた。
事件の記録の為に報告される文書の中に、事件時に現場に同席していた者として善道家末弟の名をみつけた主人は、無表情に薔珠大尉と四道伯を詰問した。
真道は計画の失敗を呼ぶ可能性があるとして、関わることを許可されてはいなかった。
四道伯は若干動揺し気まずそうに目を逸らすが、それを主人が許す筈もない。
「答えろ」
「……は。……公爵家の者としての自覚を持たせるべく、真道にも役割を与えておりました。殿下の“外す”というご命令後も、その役を解くことなく続行させていたのは事実です」
「お役目続行については私も支持致しました。四道伯と真道士官候補生のみの落ち度ではありません」
同席していた羽咋家のオズが一歩踏み出して庇うように言うのを、主人が一瞥して黙らせる。
その氷のような冷たい視線に、オズはいつもの説教とは違うのだと悟ったようだった。ごくりと息を飲み、大人しく下がる。
「庇い合い、傷の舐め合い。そんなもので成り立つ関係によって、何が失われかけたか反省は済んだか」
「殿下、我々の忠義をお疑い召されますな」
「疑ってはいない。信じてもいない。貴様らの二年前の言葉を忘れる程、おれも木偶ではない」
「あの時は、我々には皇女殿下のご存在は目に見えぬものでした。ですが今は違います。目の前にあり、血の通った存在として認識している。そんな方があのように傷付けば、我らとて心痛みます。特に薔珠はこの場の誰より殿下のお心を理解している筈です」
一昨日の事件からこちら、薔珠大尉も解決の為奔走しているが、それは余計なことを考える時間を自分に与えない為のようでもあった。
疲労が顔に色濃く見える。
「……人の心は誰にも測れぬもの。私の憂慮は殿下と同じようにとは参りません。そのような立場にもなく、……今後は尚のことでしょう。ですがこの一ヶ月、お傍で見守らせて頂いた姫君の素直な明るさには、私も……シャイマ殿も救われていました。裏心なく、この先もお仕えできれば良いと柄にもなく願う程に」
泣きそうに震える声は、彼女にはかなり珍しい。
主人との初対面は、彼らが互いに十歳の時だったと記憶している。
自分の特殊な性質も自覚して、体は女として生まれたが心に性別はないと言い放っていた。
いつもどこかに居場所を探して、人に期待される能力を持ちながら自分にさほど期待していない。
そういう所が虎の主人と似ていて、人に馴れることの少ない主人の数少ない友人といえる立場にいた。
二人は似ていると皇女に指摘されて驚いていたことが、虎には物珍しく微笑ましかった。
そんな人物だから、裏表なく接してくる素直な皇女に惹かれるのだろう。
「だからこそ今回の我が家の不祥事、我らの失態は贖い難いと痛感しております。如何様な罰も受ける覚悟です」
痛そうに顔を歪めながら薔珠大尉は頭を下げる。
無言で聞いていた主人は椅子から立ち上がり、三人の顔を順に見た。
説教が出るのかと思ったが、予想に反して主人は兄妹二人に告げた。
「二人、歯を食いしばれ」
言うが早く二人の頬を勢いよく張る。
(口より先に手が出るタイプだった、うちの皇子。申し訳ない)
内心で二人に謝る。
もちろん手加減はした筈だが、響き渡った音は十分痛そうな音だった。軍で痛みの伴う訓練も重ねている薔珠大尉はともかく、研究者としてデスクワークが中心の四道伯にはこの平手は堪えただろう。
打たれた頬を押さえ、正気づくように頭を軽く振っている。
「痛みを感じるだけましだと海夜は言ったぞ。平群中佐は何も感じられないのだと」
昨夕、治療中だったシャイマ・平群大尉の訃報が伝えられた。
任務中の殉職となり二階級特進だが、皇女は受け入れられないように首を振るばかりだった。
元々ほぼ心臓は止まり瞳孔も開きかけた状態での緊急手術で、管に繋いで延命していたに過ぎなかったのが、午後遅く急変し、夕方には完全に鼓動が止まった。
そのまま検死に回されるのだと聞いて、皇女がどうあってもその前に会いたいと泣いた。
熱が引けたばかりの身体では無理だと皆に止められる中、主人が何も言わなかった為に遺体に会いに行った皇女は、対面した途端その場で声もなく泣き崩れた。
何度も謝罪し、ズタズタに引き裂かれた体を見て、この姿を絶対に忘れないと呟いた。
忘れたら、それこそが自分にとっての罪であると。
今朝は何とか落ち着きを取り戻していたが、何の拍子で揺り返しがあるか分からない状態だった。
「市井で育った人間の方がよっぽど心得ている。おまえ達の覚悟とは何だ。黄花・サディルの貴種皇女の存在が、目には見えていないから関係ない。そんなことを簡単に言える口に用はない。出直せ」
容赦がない。
長年仕えた虎ですら、その言いぶりと昏い目つきにちょっと背筋がぞっとした。
見慣れぬ三人には尚更だろう。
「薔珠、おまえまで引きずられるとは何事だ」
口端の出血を手の甲で拭っている薔珠大尉に、主人は厳しく言った。
「……平群中佐の言葉を信じました。“何人も側に寄らせぬ”と。それまでの彼女の働きを見て、その言葉に頼りました。……彼女も共に私の護衛対象だということは、頭から抜けていました……姉に起こったことを把握する必要があると、……優先順位を誤ったのです……」
「平群が仕掛けてくることは目に見えていた。中佐は自ら呼び水になると申し出た貴重な協力者だ。それをみすみす罠にかけるような真似を。失態をどうカバーするのか、よく考えておけ」
「ですが痛み分けです。協力者は失くしましたが、平群の失墜は成功でしょう。良い時に皇女殿下が来訪して下さったとは、こちらの陣営皆の偽らざる本音です」
嘆く妹を横目に、四道伯は収穫の大きさにこそ意味があると胸を張る。
それに呆れて口を出すのは、四道伯とは幼馴染の関係のオズだ。
「大きな犠牲を払って成功と言えますか。皇女殿下の傷も深いでしょう」
「そうか、そうだな……。だが皇女殿下の家系の悶着でもあるのだから、ご協力頂くのも当然ではないか?」
四道伯は眉目秀麗で研究者としてはとても優秀だが、研究以外に無頓着なのが玉に瑕だと、皇宮内の侍女達の評価だ。
つまり、空気を読まない。
そういう所は伯父である國皇に似ていて、主人が手を焼く一因でもある。
それ以上言ったらまた主人の平手が飛ぶだろう。
場の空気を読むことに長けているのはオズの方だ。もう一言四道伯に注意しようとして、オズは主人の肩越しに奥の扉に目をやり、はっと口を噤んだ。
その視線を追い、虎も同じくハッと胃の腑の辺りが冷たくなる。
「皇子」
声を掛けたが気づいていたのか、主人は微かに振り向いて扉を見ていた。
「どうした。休んでいろ」
奥の私室へ通じる扉が細く開き、ふわりと柔らかな裾が覗いている。
少しの間の後、その裾がすっと奥に引っ込んだ。そして代わりに、扉がまた少し開く。
裾を翻させただろう人物が、扉に手を掛け中から皆を不思議そうに眺めていた。
肩には関節固定の為の器具を装着され、右耳を鼓膜保護の為の大きなガーゼで覆われた姿は痛々しかった。救出された直後は右頬が酷く腫れて熱を持っていたが、今は右目の辺りが少し腫れぼったいぐらいだ。
口許の切り傷や鎖骨下の刺し傷など傷は沢山あったが、貴種の治癒能力の高さによりだいぶ落ち着いている。
それでもその姿を見た薔珠大尉は、衝撃を受けたようにがくりと膝をついた。
「薔珠が来ているよって教えて貰ったの。あれから会えていなかったから」
裏のない笑顔でそう言うと、皇女は柔らかな足取りで二、三歩踏み出して来た。
だがそれ以上決してこちらには近寄らずにそこで足を止め、小さく首を傾げる。
「––––––何のお話?」
※
痛いのは生きてる証拠。
そんな風に自分に呪文をかけても、シャイマの最後の顔が消えない。
物言わぬ骸となった彼女の体は、内側から破られたという形容のままに酷い有様だった。
どれだけ痛かっただろう。どれだけ苦しかっただろう。
熱にうなされながら何度も夢に見た。いつもの暗闇の桜に加えて、シャイマの体が弾け飛ぶ。自分の無力さに、夢の中で何度も泣き叫んだ。
(どうしてこんなことに、いや、いや!)
いつもと違ったのは鈴がずっと鳴っていたことだ。しゃんしゃん、と慰めるように宥めるように。
だから目が覚めて、初めて鈴に話しかけた。
「あなたは私に起こっていたことが視える?」
すると、鈴の精霊はふわりと目の前に立った。その顔が泣きそうに歪んでいて首を傾げる。
「どうしたの? どこか痛い?」
「早ク私ガ気ヅイテイレバ……、何故眠ッテシマッタノデショウ。何故、アレカラ海夜サマヲ見守レナカッタノカ」
「? あなたはずっとわたしと一緒にいたわ。鏡とずっと一緒に」
「……鏡ハ、生キテイルンデスヨ」
「……それも私が忘れていること?」
首を傾げると、悲しそうに鈴は微笑んだ。
「忘レテイルト、ゴ自覚サレテイルノデスネ」
「どうして忘れてしまっているの? あなたは知っている?」
「貴女ノソレハ催眠暗示デショウ。ケレド、モウ殆ド破レカケテイマス。私ノ通訳ガナクトモ言葉ガ判リ、話セタデショウ?」
「………え?」
そういえば赤い精霊に攫われた時、鈴はこの身から離れた。
それは鈴の加護が無くなったということだったのに、海夜は言葉に不自由しなかった。
「……わたしにはこの国の知識が、元々あるということ……?」
ずっと疑っていた。
もしかしたら知っているのでは、と思うことは振り返れば沢山あった。
それらが勘違いではなかったということ?
「––––––海夜サマハ、夜花サマガ手ズカラ育テ教育ナサッタ唯一ノ姫君。唯一ノ“キサイガネ”デス」
?
“きさいがね”?
聞きなれない言葉だ。何のことだろう?
首を傾げると鈴の精霊である黄は、こうべを垂れた。
「何カアレバオ呼ビ下サイ。貴女ニオ共スルヨウ、夜花サマノオ言葉ガ遺サレテイマス。誰ガ弓引クトモ、我等ハ決シテ貴女ヲ裏切リマセン」
そうして静かに消えた黄は、りん、と余韻の残る清かな音を立てた。
それだけで周囲の空気が明るくなる。
どれだけ自分が悪夢に、シャイマの死に囚われていたのかその音に気づかされて、真実目が覚めたようにしっかりと顔を上げることができた。
シャイマの死を忘れてはダメ。
あの姿を忘れることなんて出来ない。忘れてはいけない。
でもそれに囚われ続けてもいけない。
だって、海夜は生きている。
シャイマが、……皇子が助けてくれた命なのだから大事に生きなきゃ。
そう思って過ごしていた午後早い時間、今日は薔珠が来るのだと聞いたから会えるだろうかと楽しみにしていたら、書斎から聞こえたのは平手打ちのような鈍い音だ。
立ち聞きはマナー違反。
わかっていたけれど、侍女達に凄く嫌な顔をされたけれど、気になって書斎への扉を開けた。
そこで聞こえた話の内容に、足元から崩れるような衝撃を覚えた。
何の話をしているの。
誰かが否定しないかと耳を澄ませても、そんな気配はなく、侍女達も険しく眉を寄せたまま黙りこくっていた。彼女達も知らされていなかったらしい。
(どこからが始まり?
わたしがここに落ちて来た時? それともそのずっと後? 逆にもっと前? 天馬が黄花・サディルを屠った時から?)
どうやったら、このこんがらがった糸の先を見つけられるの?
※
「……じゃあ、平群公がわたしを狙って来るとわかっていて、シャイマをわたしの側に付けたの……?」
責める口調になってしまって、いけないと自戒する。
利用していいと、理由があるならそれでいいと言ったのは自分だ。この人達を責めてはいけない。
「そうだ」
あっさりと、けれど重くキアリズ皇子は頷いた。全く何も言い訳せずに、海夜が責めるのは当然だというように。
その誠実さは何てずるい。
海夜が利用されるのは仕方がないと思っても、シャイマは?
シャイマの為に怒る気さえ削ぐのか。
「殿下、誤解を招きます。姫君、殿下は貴女に害が及ばぬよう心を砕いておられました。これは宮廷の膿を出す為に必要なことなのです。ご理解下さい」
四道伯が海夜の苛立ちに油を注ぐ発言をしてくれて、怒りのやり場を見つけることができた。
「……その尻拭いの為に、シャイマは死んだの?」
皇宮内をきれいにする為に海夜は過去からの使者のように扱われ、それに巻き込まれる人々が傷つくのを見なければいけないのか。
「膿なんて、どうせこれだけではないのでしょ? その度にわたしが利用されて誰かが死ぬの? その為の偽装結婚なの?」
「………そうだな」
「偽装というのは何の話でしょうか? 姫君、そちらでは声が遠いでしょう。どうかこちらへお寄りください。薔珠、お連れしろ」
膝をついたままだった薔珠が、兄の言葉に従う為かゆっくり立ち上がる。それを牽制するようにかけた声は、震えてしまった。
「薔珠も知ってたの、シャイマのこと」
「……貴女を何があってもお護りするよう、厳命を受けておりました」
薔珠に手を取られる直前に、すい、と後ろに避ける。
「……わたしがここにいたら、こんなことを繰り返すの?」
今度犠牲になるのは、この薔珠かもしれない。侍女達かもしれない、海夜が大事に思う人達の誰かかもしれない。
「繰り返すだろう。おまえがここにいてはいけない理由だ」
はっきりと皇子に頷かれて落胆し、納得する。
少し前、海夜は帰りたくないと我儘を言った。
けれど、それはだめだと皇子は拒絶した。
帰らなければならないと。でもその理由がわからなかった。
それが、こういうこと。
「……来て、黄」
鈴を撫でると、精霊は目の前にはんなりと微笑んで現れた。呼べば必ず来てくれる、海夜の味方。
そう。周囲が全部味方ではなくても、子供の頃からずっと一緒のこの精霊だけは絶対に裏切らない。
知っていた。どうして忘れてしまっていたの。
わたしは、精霊を識っていたのに。
「姫君!」
すぐ間近で薔珠が声を上げたのを聞いて、顔を上げる。
そうして、ぐるりとそこにいる皆の顔を見る。
「……誰も、シャイマを惜しんではくれないの?」
「惜しんでおります。……ただ立場上表立って何かを表現することはできないのです。ご理解下さい……」
シャイマが政敵である平群家出身だから?
これが政治争いなの? 女性が一人亡くなっているのに?
強い視線を感じてそちらを見た。
皇子が海夜と黄を見て、何かを言いかける。
聞きたくなくて、耳を塞ぐように黄の腕の中に飛び込んだ。
※
一人になりたいと願った海夜を、黄が連れて来てくれたのは植物園の桜の前だった。
少し前、この桜の前で三人で“櫻”の話をした。あの時はこんな未来があるなんて思いもしなかった。
シャイマは海夜の盾と同時に、海夜を狙う平群家の人間が接触し易い、二重スパイとして送り込まれた。両陣営の情報をうまく操作し、皇家に益になるよう上手く立ち回っていたらしい。
でもあんな風に命を落とすなんて思っていただろうか。
海夜の周囲にはいつだって、無作為の精霊の騒ぎがあった。それを兄と母と祖母が、いつも火消ししてくれた。
忘れていたのだ、全て。
だから海夜は周囲に馴染めない子供だった。異分子扱いされても仕方がない程、人間の世界に馴染めなかったから。
今回の事件も、海夜が精霊を引き寄せる体質なのを忘れて、何の対策も取らずにいた結果だ。
あの赤い精霊が海夜を狙って呼ばれたのなら、海夜を見つけることなど簡単だった筈。
その時にきっと二重スパイを演じていたシャイマは、何かを持たされていた。
精霊が言っていた“ひのみいし”とかいう物だろう。
シャイマが死んだのは、海夜が記憶に蓋をしていた為に起こった、海夜の責任だ。
皇子が立てた計画の為でも、薔珠が目を離したからでもない。
海夜が自分から目を背けていたから。
涙が出ることも許せないのに出てしまう。ごめんなさいと大声で叫びたい。
でもできない。
俯いて桜から目を逸らした時、ふいに声をかけられた。
「––––––怪我は、どんな具合ですか?」
空耳かと思った。
聞き覚えのある声だ。でもここで聞く筈がない。
思わず顔を上げるけれど姿は見えない。
やっぱり空耳?
そう思った視線の先、桜の太い幹の向こうに佇む人影を見つける。
見覚えのある背格好、この国では見ることもない和服。
「––––––辛いなら帰りましょう、家へ」
「………おじさま?」
母の再婚相手。
無精髭さえ和服の重厚さを引き立てる、何より雰囲気のある継父。
平尾天降が立っていた。
お読みいただきありがとうございます♪
ブックマーク等大変嬉しいです。
ありがとうございます。




