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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第二十七話 嵐の前


 結局散々剣をぶつけたり色々しても簡単に返り討ちにされ、観衆の笑いを誘うだけの二人がボロボロになる頃、稽古終了の鐘が鳴る。

 不貞腐れたような侍衛官二人を待ちきれず、外出着の裾に苦労しながら駆け寄った。勢い余って二人の首に抱きつく。


 「姫君、汚れてしまいますよ」

 「私達は埃だらけ、汗まみれですので」


 慌てて身を引こうとする二人に、更に抱きつく。


 「ありがとう、二人とも……! 格好よかったわ、あんな風に剣を振り回すなんて!」

 「……ですが、お約束を果たせませんでした……」

 「実力差は分かりきっていたので、左手を取る為、殿下と刺し違える覚悟でしたのに……」


 悔しそうにシャイマが呟くのを、背後から通り抜け様に皇子が聞き咎める。


 「迷惑な。おれは刺し違える気はない」


 歩きながら模擬刀を虎へ放り投げ、右腕のアームガードを外している手つきは投げやりで首を傾げた。


 「ご機嫌悪そう」

 「……それは、そうでしょう」

 

 苦笑気味の薔珠に、シャイマも頷く。


 「どうして? 二人とも頑張っていたし、最終的には皇子もちょっと楽しそうだったわ」

 「我らを痛ぶるのが楽しそうに見えていたのでしたら、それは間違いではないと思います」

 「私達が姫君の側仕えになってから、殿下の出る幕はありませんでしたから。ストレスも溜まるでしょう」


 訳知り顔で頷く二人に首を傾げた。


 (ストレス? そんなもの感じているようには見えなかったけれど)


 だって、三影の報告を聞く為に皇子とは毎日顔を合わせていたし、祖母の日記の訳を採点して貰ったりしていた。

 その中で会う皇子は普段通り。飄々として、捉え所なくどこか嫌味で。

 ……でもそういえば、皇宮内散策から部屋に戻ると、皇子からだという挿絵入りの本が届いていることが何度かあった。

 字は読めなくても、挿絵や図版があるとそれだけで楽しめると以前に話してから、皇子二人と侍衛官を中心に方々から本が贈られた。

 その一環で虎か誰かが届けてくれているのだろうと思っていたが、あれはもしかして皇子本人が直接持ってきてくれていたのだろうか。


 (………まさか。

 ……会いに来てくれていた、とか……?)


 ご都合主義な考えに、即座に勢いよく頭を振る。


 (いやいや、やめよう、こういう都合のいいこと考えるの。自分達は偽装結婚、それ以上でも以下でもなく、いわば共犯者!

 縁があってこの国に来たっていうなら、もっと雷に打たれるような出会いが待ってるかもしれない。抗えない引力のようなもので引き合う誰かが––––––……。)


 何となく桜舞う中で笑ってくれた少年の姿を思い浮かべ、ふわふわ漂い出す視線の先の不機嫌な皇子と目が合った。

 反射的に勢いよく目を逸らす。

 

 「姫、お顔が真っ赤ですよ」


 シャイマが外れてしまっていたフードをそっと優しく被せてくれる。薔珠まで仏のように笑んでいて、二人ともお見通しのようだ。何だか悔しい。


 「おっと、怖い人のお出ましだ。姫君、帰りましょう」


 薔珠が潜めた声で囁くので顔を上げると、彼女はこちらを見てはいなかった。

 彼女の視線の先には華やかな空気を纏った善道公爵家の長女、那珠が取り巻きの令嬢達を引き連れて皇子の元を訪れた所だった。


 「帰っちゃダメでしょ、ご挨拶しなきゃ」

 「いえいえ、お気遣いなく。シャイマ殿もあれは苦手だろう?」

 「否定はしない」


 えぇ? 二人とも貴族社会の決まり事をあれほど口酸っぱく教えてくれていたのに、自分達はそれをさっさと破るつもり?


 「お姉さまでしょう?」

 「だからこそ嫌なのです。先程の醜態に文句を言われるのは目に見えておりますから。あの方は、見た目だけたおやかな魔女ですよ?」

 「魔……。それは酷くない? 那珠さまは女神さまみたいだと、わたしは思うけれど」

 「女……っ」


 裏心なく言うと、那珠の実の妹である薔珠は絶句し、次いで腹を抱えて爆笑した。


 「……っ、っあ、あれの何をもってして……っ!?」

 「見た目も雰囲気もそのものじゃない? イメージだけど」

 「薔珠殿。貴殿の馬鹿笑いで気づかれましたが」


 豪快に笑い続ける薔珠の横で、常に冷静なシャイマが周囲の空気を読んで二人に伝えてくる。

 気づかれた? 

 周囲を見回して注目を浴びていることに気づいた。

 那珠達は元より、鍛錬場の後始末に忙しく動き回っている軍関係者や指南相手達、引き上げようとしていた観覧者達まで薔珠の笑い声に釣られたようにこちらを見ている。

 わぁっ、と肩を竦めてフードを更に目深く被る。

 もう後の祭りだろうけれど、なるべくこの瞳は晒したくない。

 呆れたような皇子の「阿呆か」という声が聞こえてそちらに目を向けると、並んで立つ那珠と皇子の姿が目に入った。

 明るい桃色の外套に上等なレースや刺繍の入った外出着の裾が覗く。一見すると派手なのに、本人の顔立ちが豪奢なため嫌味がない那珠は本物の美女だ。

 その見栄えのあまりの豪華さに目が眩む。華を背負う所かシャンデリアのキラキラした、煌びやかな照り返しの光が見えるようだ。

 そうだった。

 あれだけゴージャスな美女に隣に立たれても、霞む所か引き立てあってしまうぐらい、皇子は外見だけはいいのだった。


 「すっごくお似合い」

 「それは心の内にしまっておいた方がよろしいですよ」


 笑いを収めた薔珠が真面目に言うので、口を指先で押さえる。

 確かに言っていいことと悪いことがあった。

 非公式とはいえ一応(偽装)結婚する相手に、他の女性とお似合いなんて言うのはマナー違反だろう。


 「薔珠? そこにいるのは薔珠ではなくて?」


 やはり妹に気づけば、姉である那珠は無視する筈がない。

 ふわりと甘やかに話しかけられて、薔珠は顔を逸らし舌打ちしている。

 家族のことは彼らにしかわからない軋轢のようなものがあるだろうが、こう人の目も憚らず嫌がるのは、薔珠の個人的背景が関係しているのだろう。


 「お久しぶりです、大姉上おおあねうえ。相変わらず神々しい程お美しく、お健やかそうで」


 仕方がなさそうに姉の前に立つと、薔珠は軍式の礼を取って挨拶をする。

 

 「海夜さまもいらしたの? 申し訳ありません、気づきもせずに。ご挨拶が遅れてしまいましたわ」


 薔珠を追って合流すると、那珠は羽扇で口元を隠しながら軽く会釈してくれる。


 「すぐに試合が始まって、こちらもご挨拶ができておりませんでした。不作法で申し訳ありません」


 笑い返すと、まだ会話の途中なのに強い力で腕を引かれる。

 そのまま後ろ向きに数歩下がるしかなくて、混乱気味に顔を上げると険しく眉間を寄せた皇子の背の後ろに入れられた。

 いつもと違う動きをして足がちょっと痛む。


 「奥宮まで送るから、雑務が終わるまで少し待っていろ」

 「え? 大丈夫よ、眞苑と白玖音と帰れるわ」

 「だめだ」


 強く言い切られて瞬く。

 困惑して背後に控えている虎に目を向けると柔和な笑顔だが、こちらもいけませんと目が言っている。

 来た道を戻るだけなのにそんなに警戒すること?

 先程まで剣を振り回していた人に、そこまでして貰うのも気が引ける。

 そういえばと、少し離れた先の那珠達と空々しい笑顔で会話している侍衛官二人が、汚れ具合に反して怪我が少ないことに皇子を見上げる。


 「約束を守ってくれてありがとう。二人とも、怪我が少なくて済んだみたい」

 「あの実力では逆に怪我をさせる方が難しい」


 すげ無く言われて苦笑する。

 直前が凄い実力者だっただけに、その落差は激しく感じるのかもしれない。


 「あの女性、凄かったわ。あんな風に動けるなんて才能もあるのだろうけれど、努力も沢山したのでしょうね」

 「体格には恵まれていた。本人の言うように、問題は持久力だろうがそれも努力次第だ」

 「あなたも沢山努力してそうなったのでしょう?」


 問いかけると、皇子は不思議そうに片眉を上げた。

 何の話だ、と言わんばかりで、とぼけているのかと疑いたくなる。


 「兄の稽古をずっと見てきたのよ、わたし。兄もあなたと似たような体格で、反射神経も身体能力も才能って呼ばれるものがあるんだって思わせられたけど、本人がずっと努力していたのも知ってるの。あなたが朝早くに、毎日素振りしているのと同じね」


 目標でもあるのかと不思議になる程、兄は毎日毎日黙々と、子供の頃から稽古だけは欠かさなかった。

 けれどどこかの武術大会に出場する訳でも、学校の部活動で活躍した訳でもない。

 ただ高校一年生の頃、所属していた道場から出場した空手の地区大会であっさり優勝してしまったら、もう二度と大会には出ないと言った。腕試しがしたかっただけだと。

 それからは空手ではなく、より実践的な格闘術に移行して、継父と二人で何やら楽しそうだなと思うこともある。

 無言でこちらを見下ろして来る皇子に笑いかけた。


 「何かに一途に努力できることに、貴種も亜種もないと思うわ。だから、その末にあんな試合ができるって凄い。あの女性が凄いことは皆がわかることだけれど、そういう人に目標にされるあなたって本当に凄い人なのね。確かに、剣を振ってる時のあなたって、かっ……」


 いつもの調子で話していて自分の言葉にはっと、我に返った。

 ……今、何だかとんでもないことを口走りそうになった。

 自然に出てきた言葉ではあったけれど。

 自分の中の皇子の印象は、悪くない方向に修正されていたけれど。

 けれど。


 (何で、“格好いい“?)


 心の中で最後まで浮かんだ言葉に、顔が一瞬で熱くなるのがわかった。

 恥ずかしいとかそういう感情以前に、自分の心の動き方に動揺している。


 「? “か“?」


 途中で不自然に言葉を切ったからか、皇子が不審げに首を傾げる。


 (え、わからないっ? この文脈でわたしが言いかけた言葉ぐらい、わかりそうなものなのに、わからないっ??

 普通わかるでしょっ? わからないのっ? 察しろは通じないのか。通じないかも、この人鈍そう!!)


 「……えぇと……」


 困り果ててどうしようと思うが、すぐ後ろに虎がいる状態でこういうこと言うのはどうなんだろう。

 彼なら聞こえないフリをしてくれそうだけれど、だからって気にせず言うのはあまりにも自分が痛い。痛すぎる。重傷を負う。瀕死になる。

 だから皇子に、指先でちょいちょいと屈んで貰うように手招きする。

 それでも身長差はあるが、つま先立ちで何とかその耳に手を添えて小さな声で囁く。

 

 「……かっこいいなと、思ったの」


 後から思った。

 言わなくてもいい選択肢があったのに、と。

 でも、言っておくべきなのかもとこの時は思った。

 後で凄く凄く、後悔したけれど。


 鳩が豆鉄砲、ってよく聞く言葉だけど、こういう顔?

 らしくもなく、ポカンとした皇子はすぐに眉間に皺が寄った。


 「……なぜ耳打ちなんだ?」

 「それは、……修行が足りないから……?」


 謎な言い訳に、一瞬黙り込んで考えた皇子はやはり謎だったのか、ふはっと吹き出した。


 「何の修行だ」


 (偽装夫婦になる為の、心構えの修行です)


 激しく鳴る心臓に内心で大慌てしながら、それでも表面上は平静を装った。

 皇都に来てから、そろそろ一ヶ月。

 結婚の準備だという花嫁衣装の採寸も終わり、同時に進んでいる披露宴のガウンのデザイン画も先日見せて貰った。本物の夫婦になる訳でもないのに、それを見て胸が高鳴ったのは事実だ。

 その一方で、皇権を海夜に返還する話は内々で保留にされていると聞く。

 製作が始まる花嫁衣装を一体誰の為に着ることになるのか。

 海夜次第だと言っていた國皇は、何の目的があって後継を指名しないのだろう。

 少なくとも海夜の周囲の人々は、この第一皇子が一番後継に相応しいと考えている。異母弟である三影だって、それを信じて疑っていない。

 だから旧皇家出身である海夜が、現皇家の皇子と縁を組むことに皆否定的ではないのだ。


 政治的な話は、正直よくわからない。

 海夜にとって最終目標は家に帰ることで、ここはまだ仮住まいの心境のままだ。

 それはきっと、心の定まる場所が不安定なままだから、というのもあるだろう。

 明日からの日程確認や雑事の為に軍関係者に呼び出されていく皇子を見送って、先程の思わず吹き出してしまったという体の彼を思い出す。


 最初はじめの頃は機械仕掛けの人形のような無表情に、人間味を見ることがこわかった。

 けれど今は逆に、海夜以外の人の前で無表情でいることの方が違和感を感じる程、表情を見るようになった。

 こわいと思っていたのに、安心する何かに変化している。

 海夜を見て、無表情が少し緩む。人前で硬かった口調が、海夜には少しだけくだける。

 それを、ほんのちょっぴり嬉しく感じている自分がいる。

 家に帰るまでとわかっていても、その時があんまり早く来なくてもいいと最近は思う。

 その変化を最初はとんでもないと思っていたけれど、今は振り向いた先にある広い背中を、もう少し見ていたいと思う自分を受け入れつつある。

 雷に打たれるような衝撃的な出会いじゃなくても、いいんじゃないかと思う時が来るのかもしれない。

 ゆるやかな何かに、身を委ねる時が。



 そうしてそれは、案外早く訪れるのだった。




お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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