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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第二十六話 武術指南



 「……なぜ、ここにおまえがいるのか」


 早朝の朝陽の中で目の前に仁王立ちされて、海夜はうわぁと肩を竦めた。


 わからないように、バレないように。

 羽毛たっぷりの外套を着込み、ファー付きフードを目深く被って一般観衆の中に居たのに、一目でバレた。

 似たような格好のご令嬢だらけだし、これなら大丈夫、と会場に来て安心していたら、すぐに勢いよく歩いてきた皇子が目の前に立った。


 (この人何なの……、レーダーでも付いてるの……?)


 慌ててフードを押さえて俯き、やり過ごそうとしてみる。


 「ど、どなたかとお間違えで……」

 「眞苑、白玖音」

 「はい、殿下」


 当然のように遮られ、同じくフードを被った侍女二人に目を移している。そして、侍女達は皇子に従順だった。


 「連れて来い」

 「承知致しました。さ、姫さま」


 踵を返す皇子を追うように、侍女達は手を取り背を支え促してくる。後にする人々が騒ついているのが耳に入るが、振り向けない。

 侍衛官二人と練った計画が、初っ端で頓挫した。ひどい。

 最初から武術指南を見学したいと申し出てしまえば、間違いなく許可は降りない。観衆の中なら目立たない、と言われていたのに。

 一を聞いて十を理解する皇子は、海夜を見つけた時点で察したようだった。


 「護衛につけた者どもの姿が見えないが、職務怠慢か」

 「えっ、えーと、えぇと……」

 「一般観衆の中に紛れて、立場上おれが放っておかないと考えたか。小賢しいな」


 虎や軍関係者が集まる本部まで来ると、皇子はようやく振り向き、真上から圧をかけて来る。


 「ここまでどうやって来た。奥宮から軍の鍛錬場はそれなりに距離がある。他の者は馬車を使うというのに」

 「……散歩を兼ねて歩いてきました……」

 「足は」

 「痛くないわ。慣れたもの」


 簡単に言うと皇子の眉間が盛大に寄る。それから大きなため息をつかれた。

 

 「痛みは慣れるものじゃない。阿呆か」

 「朝陽に湖が光って綺麗な景色だったわ」

 「会話をしろ」


 皇子は再びため息をつくが、それがとても気になり首を傾げた。


 「ため息つくと、幸せ逃げちゃう」


 だから海夜は、ため息をつきたくなってもなるべく我慢する。

 そんな海夜の言葉に、皇子は器用に片眉を上げた。


 「ため息ついたら、その分三回息を吸い直すといいのよ。逃げた幸せ、戻って来るから」

 「……それは又深く息をつくことになるが。同じじゃないのか」

 「深呼吸だから違うわ」

 「単純に深呼吸すればいい話だろう」


 何だ、三回吸い直すって。


 不思議そうな皇子の後ろで、虎や軍関係者達が我慢するように肩を震わせている。それを不思議に思いながら、もう一度皇子を見上げる。


 「子供の頃は三回吸って又息をついたらどんどん幸せ逃げちゃうってこわくなったけど、小さく息を吸えばいいんだって気づいてから気が楽になったの」

 「三回に拘るな?」


 皇子の心底呆れた声音に、我慢できなくなったように虎が吹き出した。それにつられて他の人も次々吹き出している。

 母から聞いた人生の哲学なのに笑われた。

 皇子まで息をつくように苦笑するものだから、益々残念になる。


 「……おまえと話していると気が抜ける」


 幼馴染二人にも全く同じことを言われるのだけど、そんなに馬鹿っぽく見えますか。


 「おまえはここにいろ。虎をつける。どうせ侍衛官どもはリストに名があるんだろう?」


 皇子の言葉にさっと笑いを収めた虎が、薄いファイルを手に頷く。


 「本日最終の指南相手として、名が」


 それを聞いた皇子は意地悪そうに口の端で笑った。


 「叩きのめしてやろう」

 「ちょっ……! 二人に怪我させないで」

 「それを承知で挑んで来る筈だが」

 「そ、そうかもしれないけど……っ」


 だって本来は二人とも試合に出る筈じゃなかった。怪我をさせてしまったら申し訳ない。

 ……とは言えない身なので、もごもごと口の中で言い募るしかないのが情けないけれど。


 「……心配せずとも、おまえの護衛として使えなくなる怪我は負わせない」


 付け加えるように言われてほっとする。


 「稽古であって勝負ではない。それを見たがる見物客やからは多いが、こちらの武器の扱いによっては自分達が危ない目に遭うということがわかっていない。見せ物ではないんだが」


 口が悪いので理解しにくいが、一般人が見物しているのは危ないので、軍人としてはやめて欲しいということか。試合する側からすれば、近い位置の見物は万が一を考えるだろう。


 「見学席を囲ってしまえばいいのではないの? ここから先は入ったらダメって」

 「権力の世界は色々あるらしいぞ」


 目を遣るのは明らかに高位貴族の為に一段高く設けられた席だ。

 でもそれは、海夜から見ても少々マズイのではと思う程、鍛練場と近い位置だった。高位貴族があれだけ近い位置ならば、と他の者達が近くで見たがるのもわかる気がする。

 そこまで考えて、はたと気づく。

 先程の自分がまさにそれだった。二人が活躍する所を近くで見たくて、もっと良い場所をと考えた。

 試合を行う側のことも考えず、自分の都合だけでものを考えていたのだ。


 「……ごめんなさい……」

 「突然何だ」


 萎れて俯きポツリと謝った海夜に、皇子は肩を引く。


 「わたしも薔珠とシャイマを近くで見たくて、さっきまであそこに居たわ……。軍人さん達の考えは頭になかった。怪我しても文句を言えない立場だわ」

 「この体制を変えられない軍に責任がある。おまえが謝ることじゃない」


 軍の総責任者である皇子が言うと、忙しく立ち働いていた軍関係者達もこっくりと一斉に頷く。その揃った動きに、場違いに笑ってしまった。


 「軍人さんって物々しいイメージだったけど、面白い方も多いのね」

 「この一場面だけで判断するのは単純すぎる」

 「そうかしら。あなたの言葉に頷ける人達に、悪い人はいない気がするわ」


 軍人達を何となく見て皇子に目を戻すと、奇妙な顔をしている。

 困惑したような迷惑そうな、どちらともいえないような。

 不思議に思っていると、カランカラン、と金物のベルが鳴る音が辺りに響き渡った。集まっていた観衆が騒めく。

 鍛錬場の中央には、防護用のボディプロテクターを身につけた集団が勢揃いしていた。


 「……始まるな」


 鍛錬場を眺めて無感動に呟いた皇子に、彼らと見比べて違和感を感じる。


 「プロテクターは着けないの?」


 身を守る防具系の物は、インナーバンド一体型のアームガードが右手に装着されているだけで、あとは普段より更に簡素な服装だ。

 剣を握る左手に至っては、薄手のインナーバンドと手袋しか着けていない。


 「防具は動きにくい。……おまえの口からそういう言葉が出るのは意外だが」

 「兄と継父が武術やる人なの」

 「…………継父?」

 「母の再婚相手」


 言ってなかった? 

 首を傾げて確認すると、今度は怒っているとはっきりわかる眉間の皺で、こちらを見返してきた。

 何かを言いかけた姿がらしくなくて、内心で面白がったことはたぶん伝わっている。


 「……これが終わったら、覚えていろ」


 ボソリと低く呟かれて引く。


 (そこまで怒ること?)


 虎から模擬刀を受け取り鍛錬場に向かう後ろ姿に、応援の声をかけようかと思ったが、観覧席から黄色い声が上がってやめた。

 先程見た特別席も全て埋まって、最前列は善道公爵家の面々が見える。

 色々ある権力も大変そうだが、彼の場合権力以外に纏わりつく、不特定多数からの秋波のようなものも、意外と大変なんじゃないかと思うのだった。



 ※



 少々気楽に考えていたかもしれないと、海夜は後悔する。

 皇子の指南している相手が結構な怪我をしているからだ。酷い出血はないが打ち身や擦り傷は当たり前、刃を潰した模擬刀で稽古している筈なのに創傷のある者までいて、だいぶ腰が引けた。

 こんな激しい稽古の中に、侍衛官達を送り出してしまったのか。

 見るからに青ざめると、隣に立つ虎が苦笑した。


 「本日は剣の指南ですので切り傷など負う者もおりますが、それはランク分けしてあるからです。始めから手練れの者を指南すると、後進の気づきに繋がらないので」

 「……剣の腕がもう少しの人から始めているということですか?」

 「この場に立つだけで他の者達より抜きん出ていますが、上には上がいるものです。まずは皇子の剣を体感して、その後手練れの稽古を見ることが成長に繋がります」

 

 見取り稽古ね。

 兄と継父のやり取りの中で知った言葉を頭に浮かべる。


 「怪我を負った者は、無駄な動きが多いのでしょう。皇子はそこを指摘して打ち込んでいるので」

 「全然喋っているように見えませんけど」

 「口より先に手が出ますから、あの方は……」

 「ああ……」


 言い辛そうにする虎に、心の底から納得する。

 それにしても、開始からまだ一時間程なのに七人の指南相手の内、三人を伸している。

 四人目も皇子の動きに付いていくのが精一杯という様子だ。

 悪鬼を退けた様子から強いんだろうと思ってはいたけれど、これは規格外じゃないだろうか。

 そもそも十五歳で軍の総大将なんて、規格外を通り越して常識外。


 「……薔珠とシャイマが最後ということは、この方々よりも強いってことですか?」

 

 四人目への容赦ない胴への一打を見て青ざめる。


 「本来の最終指南はこの後の五人目です。大尉達は後からの申し込みで、余興という形で頼むという、善道公爵閣下の申し添えもあったという話です」


 そういえば、薔珠が「ここで使うべきはコネです」と笑っていた。……要するに締め切られていた募集に、父親のコネを使ってねじ込んだのか。


 「ごめんなさい……」

 「姫君が謝られることではありませんよ」


 謝る理由があるんです……。

 恋の告白に協力して貰うようなことを、軍人である二人に強要した自分がいけない。

 そこまで考えて、自分の思考に混乱する。


 (…………告白? しかも恋って、何でそんな単語が思い浮かぶの??

 違う違う、告白とかじゃなくて、……確認! あの子が誰なのかっていう、確認! 記憶の曖昧さの確認よ!)


 内心で首を横に縦にと忙しく振って、何とか気持ちに折り合いをつける。

 その耳に、稽古試合の喧騒とは全く別の音が届いた。

 水滴が一粒落ちるような軽い音なのに、抗えない引力がある。

 その途端、周囲の音が遠ざかった。


 「皇女。何シニキタ」


 草むらの影に鮮やかな朱金が見えた。

 水に濡れそぼった髪、青白い顔に落ちる雫、白目のない大きな朱金の目。

 晩餐会の夜に遭遇した、あの金魚のような精霊だった。

 けれどあの時と姿が違う。

 十歳ぐらいだった姿は十三、四歳程の少女へと成長していた。


 「……金魚?」

 「助ケテ」


 静かな言葉運びなのに、絶叫のような思念が胸に飛び込んで来る。

 同時に現実の音が耳に戻った。

 は、と瞳を何度か瞬いて現実感を確認する。


 「これは見事です。皇子の背後を取るとは」


 観衆の大きな声援で引き戻されたようだ。

 ということは今、精霊の世界に引きずり込まれていた。

 湖の魔女の言葉が脳裏に過ぎる。



 “人間ヨリ精霊ニ近イ“



 そんな言葉は否定したかったのに、人間達から引き離されたことに違和感を感じなかった。

 精霊が近づかない奥宮から出た途端にこれだ。

 気をつけなきゃと顔を上げた先には、皇子の背後を取ったと騒がれている女性の姿が見える。

 ボヤっとしている間に、五人目の稽古が始まっていた。

 皇子が背後を取られた経緯はわからないが、荒く息をつく女性にとっても、これは予想外の様子だった。打ち込もうとした足が動揺してブレたのがわかる。

 

 「踏み込みが甘い。背後を取ったら相手に隙を与えず斬れ」


 自分の胴へ入る筈の一撃を難なく肩越しに受けて、皇子は女性の剣を弾き返している。

 弾かれた勢いにもんどり打って、女性は後ろへよろけた。

 素早く体勢を立て直し構えるが、その合間に皇子がこちらを睨みつけてきた。

 一瞬でまた女性の方へ注意を戻す。


 「えぇっ? 何で睨まれるの……」


 理不尽さにボヤくと、虎は苦笑したがタイミングが合いすぎだ。

 精霊に呼びかけられた時と。

 ……もしかして、それで? 

 精霊に引きずり込まれたのを視ていた……? 

 それで集中力が削がれて、背後を取られたのだろうか。


 「さすが最終指南ですね。体力も体捌きも今までの者達とは段違いです」


 虎が感心したように唸るのでそちらへ目をやれば、確かに今までとは剣のスピードが明らかに違う。

 人間の関節ってこんなに柔らかく動くの、と驚く程の可動を見せている。

 何よりきちんと皇子が剣を斬り結んでいる。四人目までは単に受け流していたのに、女性の剣をしっかり受けて逆に切り返しているのだ。

 観衆が息を飲み怪我の治療を終えた指南相手達が、食い入るようにその光景を見ていた。

 女性の一歩の踏み込みは、明らかに皇子には足りない。

 その分をもう一歩素早く踏み込むことで補い、一歩増やした分で増した勢いを、打ち込む剣に乗せてスピードを上げているようだった。

 そのスピードを制御するだけでも並の筋力ではないのに、更に彼女は切り結んだ剣の下で片足を振り上げる。

 軸足の筋肉が盛り上がるのが見えて、素人の海夜でさえ目を見張る。

 素早い蹴りが繰り出され、それを皇子が女性の内腿を片手で押さえ込み捻るように回して、いとも簡単に転がした。


 「へぇ、おれと同じ戦闘スタイルか。面白いな」


 地面の上に倒れ込んだ女性を眺めて、肩に模擬刀を担ぎながら皇子は愉快そうだった。

 無表情だけど。


 「恐れながら、っ殿下の、……動きを研究して、ここまでに、昇華致しましたっ……!」

 「動きを研究。何で」

 「御前武術大会です……っ」

 「……ああ、アレか」


 女性の息が戻るのを待つ間、皇子が何を考えたのかわかった気がする。

 女性という筋力骨格の性差を超えて、自分と同じような動きを追い求める面白味を見ているようだ。


 「あの頃のおれより目方はもう少しありそうだが。それ以上筋肉はつけない方がいいだろう。持ち味の俊敏さが落ちる可能性がある」

 「殿下のように動こうとするとこうです……っ。筋肉以前の話です……っ」

 「持久力の問題か。ならば泳げばいいんじゃないか。なるべく標高の高い場所で」

 「……は。泳ぐ……っ?」

 「息継ぎが呼吸法の練習にもなる。肺を鍛え、呼吸を整えれば今のような動きにも馴染むぞ。息吹は生命そのものだ。さほど筋肉もないくせに、呼吸が長いだけで頑丈な者も存在している」


 チラリとこちらに目を向けられて、反射的に目を逸らす。

 湖に落ちたことを言っているのね。いいこと言ってると思ってたのに。

 

 「一案だ。おれ自身が試した訳ではないゆえ確実ではないが、そういう訓練法があるとは聞く」


 肩に担いだ模擬刀を下ろし、息が整ってきた女性に皇子は片手で剣を構えた。


 「試すも試さないも貴官の自由だ」

 「ご助言、感謝致します」


 そう言って女性は浅く息をつき、身を軽く沈めたと同時に走り出す。

 そのまま構えを解かない皇子の脇を、掠めるように剣を繰り出すがそれはフェイントだった。

 大きく横へ振り抜いた剣の遠心力を利用して、皇子の顔目掛けて回し蹴りを仕掛けるが、皇子は後方へ回転すると片手を着いて軽く着地した。

 それを読んでいたように女性は袈裟懸けに剣を振るうが、それは皇子の剣で払われる。

 すかさず女性は深く身を沈め、足払いを繰り出した。しかし皇子はそれを前方に回転して避けた。


 息も継がせぬ攻防に虎や軍関係者、指南を受けていた者達の目は輝いている。

 皇子も凄いが、あの女性。あれだけ動き続けて重い剣を操りながら、体の重心がしっかりと定まっている所が凄い。

 そして、あんなに早く蹴りや突きを繰り出せる反射神経と身体能力も凄い。


 「あの方、凄いわ……」

 「ええ。あのスピードを維持してああして動くことは並大抵ではありません。身体への負担が大きすぎて、皆ある程度で皇子のようになることは諦めます。皇子は特別ですから」

 

 虎の言葉に心臓が鋭く脈打った。

 “皇子は特別“……。

 その通りなのだろう。でも貴種も亜種も、同じ世界で同じ空気を吸って生きている。

 そこに特別な線引きは存在しない筈。

 稀少だと言われても、見た目も精神構造も何も変わらない。

 その中で特別扱いされたとして、果たしてそれが自己肯定感に繋がるのか甚だ疑問だと思った時、一際大きな歓声が上がる。

 皇子が女性の剣を弾き飛ばして胸ぐらを掴み、地面に引き倒した。勝負ついたように見える。

 だが女性から降参の声は上がらない。


 「担架を。気絶している」


 皇子が救護室に向けて声をかける。


 (気絶!? そんなに無理をして動いていたのっ?)


 救護班が担架に女性を乗せて運び出して行く。それを見送る皇子も、さすがに少々息を乱していた。

 だが進行係の軍人が、観衆に向けて告げる内容に無表情のまま目を眇める。

 今年の剣の指南はここまでだということ、ここからの稽古試合は前御大将・善道公の指示によるものであり、指南には当たらないということ。


 「……指南でないなら何なんだ」


 苛ついたような言葉に、鍛錬場へと姿を現した薔珠とシャイマは二人揃って礼を取った。


 「我らの忠誠を示す為です、殿下」

 「全ては我が主人あるじの為」

 「その主人は今まさに青ざめた顔をしている。やめた方が無難じゃないか」


 こちらに目を向ける皇子に頷きそうになるが、我慢する。

 この事態を招いたのは自分だ。二人は海夜の為と胸を張ってくれるのだから、それを肯定して応援しなければ。

 でも怪我だけはしないでほしい。


 「そもそも忠誠を欲しがる人間ではないぞ。履き違えていないか」

 「それは我らの関係性への侮辱です。忠誠を信頼という言葉に置き換えて頂きたい」

 「言い出したのはおまえだろう」


 薔珠の言葉に皇子は呆れたように一つ息をついて、模擬刀をくるりと逆手に持ち直した。


 「どうしてもやるのか」

 「殿下にその気がなくとも」

 「その左腕を頂くと約束しましたので」

 

 もうそれはどうでもいい。無事に戻ってきてほしいだけ。

 号令がかかり走り出した二人に、皇子は首を傾げた。


 「何の話だかさっぱりわからないが、生憎こちらも怪我をさせるなと約束させられている」


 逆手に持った剣で薔珠の剣を受け止め、同時にシャイマの剣を右腕のアームガードに受けて、皇子は無表情に冷酷な言葉を放つ。


 「指南でないなら気を遣う必要はないからな」


 言いながら容赦なく二人を宙へ投げ払う。二人同時に足払いを喰らわされていたように見えたのは気のせいか。

 べしゃあ、といい音を立てて地面に転がった二人に、目を覆いたくなる。

 気が気じゃなくて祈るように両手を握りしめ、走り出しそうに逸る気持ちを抑え込む。


 「卑怯な……っ、剣の試合ですよ、剣を使うのが流儀でしょう!」


 シャイマが怒りの声を上げるのを聞いて、良かった元気そう、とひとまず安心する。


 「二人揃ってようやく及第点の腕前で、よく剣の試合に参加しようと考えたな」


 それを聞いて驚いた。

 二人とも剣が得意という訳ではないのにこの試合に参加したらしい。どうして。


 「剣は軍の必須科目です。……が、得意科目があるとそちらに注力するので、剣の腕を更新する時間がなかったのかもしれません。共通で使える武器が剣だったのでしょう」


 苦笑する虎に、笑えないと青ざめた。

 あんな試合を見た後だけに、皇子に得意でもない武器で挑む無謀さがよくわかる。

 これは何としても二人を止めなければいけない案件だった。


 「姫君の為と仰っていましたから、どうでもお二人で成したかったのでは。好かれましたね。珍しいことです。お二人とも、軍内でも人と馴染まれる方ではないので」


 虎の言葉に切なくなって笑みが零れる。

 皇子といいこの二人といい、……自分といい。

 どこか心の隅が欠けていて、それを補い合うように共鳴する。

 別々の場所で生きていた背中合わせだったものが、当然そこにある物事のように引き寄せられ、向かい合った。

 次の選択は、手を触れるか否か。


 そこでふと、これがそうなのかもしれないと考えた。

 自分がここに来た理由。

 縁だと言われたけれど、それはきっと流れる筋の中に立ち、それに沿って流れていくだけのもの。


 縁であり、そして……––––運命と呼ばれるもの。




お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

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