第二十五話 侍衛官
自衛官ではないです。
晩餐会から四日目の午後だった。
頭痛薬と吐き気どめの混合だという巨大な丸薬を、例によって医療室のお使いでキアリズ皇子から渡される。
毎食後の処方だったけれど、これが最後だと添えながら。
体調はほぼ回復したのに、念押しのような処方……医師夫婦や周囲に迷惑を掛けたことを反省し、お酒はもう呑まないと強く固く誓った。
ここ数日、午後になると皇子は薬持参で現れる。
何をしに来てるんだろうと首を傾げながらありがたく薬を頂き、言葉少なに語られる皇宮や世界の常識の話に質問したり相槌を打ったり、そんな風に午後を過ごしていた。
何だか奇妙な時間だわ、と感じていたが、今日は別の用事も兼ねていたらしい。
「初めてお目もじ仕ります。皇女殿下の侍衛官に指名され任官致しました、薔珠・黄花・サディルと申します。身命を持してお仕え申し上げる所存でおりますので、よろしくお願い申し上げます」
応接室にはピシリと制服を着込んだ女性軍人が二人立っていた。
赤毛の癖っ毛を短く切って映える顔立ち。
青灰色の切長の瞳。
シミ一つ無いきめ細かな肌はどう見ても女性なのに、目の前の人物のイメージは男性的なそれに近い。でも女性的な柔らかな雰囲気もあり、とてもミステリアスだ。
硬質な音がしそうな姿勢は、軍人と呼ぶに相応しい高潔な佇まいだった。
「黄花・サディルに連なる者だ」
皇子の言葉に失礼ながらじっくり観察して首を傾げた。
思い当たるのは善道公。その一家。
髪や瞳の色は、かの一家と同じだ。
でも雰囲気が違う。彼女の空気はどちらかというと。
「なんだ」
ちらりと皇子を見て一つ瞬く。
「……不思議。あなたと似てる。従兄弟だから?」
海夜の言葉を、心底不可解というように皇子は眉間に皺を寄せた。
「三影くんより似てるかも。綺麗」
心のままに感想を言って、相手がポカンとしていることに気づいた。
慌ててスカートを摘んで軽く礼を取る。
「申し遅れました。平尾海夜です。よろしくお願いします」
出遅れすぎたのか、しんと落ちる沈黙に、虎の堪えるような「ぐっふぉぅ」という奇妙な咳払いが響く。
それに舌打ちするのは皇子だ。
(えぇ、感じ悪い……)
明らかな虎への仕打ちに嫌な顔をするがあっさり無視されて、皇子はもう一人、小柄な人物に目を遣った。
彼女は一歩前へ出て薔珠の隣に立ち、革のブーツの踵を揃えてピシリと背を正した。
長い巻き毛の小柄な女性だった。
驚くのはその髪色だ。
ピンク。そう表現するしかない、柔らかな色合い。
こんなファンタジーな髪色の人物も存在するのかと、異世界の驚異を見た気分だった。
「シャイマ・平群と申します。同じく、侍衛官の任に着かせて頂きます。よろしくお願い致します」
小柄で甘い顔立ち。
けれど大人の女性としての魅力を抱え込んだ、弾けんばかりに凹凸のハッキリした身体。
そして、極めつけの高音の甘い声。
(きいちゃんの好きそうなタイプだわ)
幼馴染の貴一の歴代彼女を思い浮かべ、薔珠の時と同じように挨拶を返した。
「無事顔合わせは済んだな」
無表情に皇子に手を取られ長椅子に座らせられて、そういえばまだ足痛いのだった、と苦笑する。
これが普通の怪我ではなさそうだと、皆も気づいている。それでも治療してくれる医師夫婦には頭が下がるし、それを恐らく指示している皇子にも感謝している。
気を取り直して長椅子の横に立つ皇子を見上げる。
「侍衛官ってどういう方々?」
音だけ聞いて違う字が浮かぶのは、日本人だからだ。
「皇族専用の護衛だ。それなりの身分の軍人が着く。そういう意味ではおれの役目と似たような立場だが、おれに出来ないことがこの二人なら出来る」
「出来ないこと? そんなことあるの?」
「一緒に風呂に入りたいのか」
一言でこの二人の役割を表現されて、成程と納得できる程厚顔ではない。
「あなたのその、デリカシーのない所どうにかならないのっ?」
「そんなものに拘って命が危うくなるよりはいいだろう」
「鈴の子がいるもの!」
「役立たずの陽炎に頼る程落ちぶれていない」
ああ言えばこう言う。
会話するのも馬鹿らしい。
「……じゃあ、この方々とこれから過ごすのね」
会話は諦めて、建設的な話をしようと切り替える。
「そうだ。基本的に侍衛官は二人一組だ。どこへ行くにもこの二人を連れて行くことになる。その為の公爵家出身の軍人だ」
「……公爵家出身?」
薔薇のような雰囲気の二人を見て納得した。
雰囲気だけでも人の目を引く華やかさは、容姿だけではなく貴族特有の雰囲気がそうさせているらしい。
薔珠は幻だと言われる青い薔薇、シャイマは見た目のままにピンクの薔薇。
「……わあ綺麗」
「会話をしろ。薔珠大尉が善道家出身だというのは、見ればわかるだろう」
うふふ、と笑って別の世界にいる海夜を、思考回路がある程度読めるようになって来たらしい皇子が鋭く現実に戻す。
「シャイマ大尉は平群公爵家出身の軍人だ。平群は代々軍家系で、当主と後継以外は全員軍に入る」
平群。
祖母の亡命に関わる話の中に出てきた家だ。
「花梨さまのお家ね」
頷くとピンク色の髪の軍人は、驚いたように肩を引く。
「……ご存知で」
「ざっと話してある。夜花が日本に行く経緯のみだが。現在の皇宮内の絡みは体感する方が早い。故に貴官らを召喚した。一番迷惑を被っているだろう」
皇子の最後の一言に侍衛官二人は顔を見合わせ、示し合わせたように頷くとすぐに頭を下げる。何かに納得した風だったけど、何に?
「承知致しました。ご指名を心より感謝致します」
「一日も早く立派な妃殿下となられるよう、我らも惜しみなくご協力申し上げます。頑張りましょう、姫」
(そこ!?)
稲妻に打たれたような衝撃を受けて、自分の後ろに立っていた皇子を勢いよく見上げる。
なんだ、と片眉を上げる顔を抓ってやりたい。
「……もしかして、二人ともあなたのお妃候補なの?」
「最有力の二人だな。互いにそんな気は更々ない。周囲が騒いでいるだけだ」
「そういう人を連れて来ることに、違和感は感じないのっ?」
「何の違和感だ」
全くわからない、と無表情に首を傾げるので脱力する。
「姫、お気遣いなく。むしろ角も立たずに話を沈静化できるこんな好機は、滅多にございません」
「我ら二人、殿下に取り立てて頂いては参りましたが、それが誤解の元となっていたのが迷惑で仕方がございませんでした。誠に感謝申し上げます」
一気にまくしたて、薔珠とシャイマは美しい笑みを見せた。
(えぇと……気持ちはわかるけれど、ここまで言われる皇子も若干気の毒というか……)
同情の目で見たのがわかったのか、とんでもなく意地悪で美しい微笑みを皇子が浮かべたことに、ゾワッと悪寒が走る。
何が言いたい、と目が言った。何も言ってないのに。
偽装結婚なのに、まさか本当にお妃教育を受けることになるとは思わず、海夜は悲鳴を上げたい気分だった。
※
毎晩の桜の悪夢のお陰ですっかり早起きが身についた最近。
寒さが増すこの季節の早朝は、まだ真っ暗だ。
文字の練習を終わらせてカーテンの隙間から外を覗けば、霜で窓枠がうっすらと白い。ガラスを伝って入る冷気に身震いを感じた時、聞き覚えのある音を耳が拾う。
空気を裂く音。
ああ皇子だ、と思う。
人々が起き出す前に、剣の自主鍛錬を皇子が日課にしていると虎から聞いた。だから最近は毎日、この音を聞いて朝早い時間を過ごしている。
皇都に移る前にも、同じように彼が早朝に剣を振り回していたことを思い出す。
あの時初めてまともに皇子と言葉を交わし、色々なことを知った。
ここが異世界だということ、帰れる可能性があること、それまでは皇子と偽装夫婦でいること。
それから––––––……。
ちゅ、と唇で鳴った音が耳に蘇る。
「………………っ!!!」
忘れたいことを思い出して、書斎机に突っ伏した。
身悶えそうになるのを耐えて耐えて、ようやく冷静になって顔を上げる。
まだ顔が熱い。
(だめだめ、思い出しちゃ。あんなの思い出したら、皇子と話すこともできなくなっちゃう)
口がくっついていた時間なんて、一秒にも満たなかった筈。
そう考えると、あんなに大騒ぎして皇子に申し訳なかった。
(……でも、いきなりあんなことする方が悪いんだし! 偽装なのにどういう行動よ! 最近もこちらの体調が最悪なのをいいことに、だ、だ、だ、抱きしめて……来るし……)
思い出して再び顔が熱くなる。
あれら一連の行動が、皇子の気まぐれだと理解している。
でも周囲から結婚を期待される女性達には、誤解されるのが迷惑だと本人達に言われる程塩対応なのに、海夜にはなぜか当たりが柔らかい。
……気がする。相対的なものだけれど。
偽装の相手。
別に本気で一生を共にする訳ではないから、揶揄えると思っているのかも。
失礼なとは思うけれど、一生一緒にいられないのは確かだ。
帰れると言われている。
大いに期待もしている。
……けれど、最近は後ろ髪が引かれつつあることは自覚していた。
知れば知る程この世界の不思議には馴染むし、周囲にいる人々は慕わしい。
精霊と触れあって癒されるなんて、日本ではあり得なかった。
それに。
空を斬る音が続く窓の外に、ため息を飲み込む。
皇子がそれ程嫌味な人ではないと、最近感じるようになって来てしまった。
“黄花・サディルの直系男子が“と悪口を言う人の中にも、その実力を認めている人は少なくない。それだけ皇子が、自身の存在を認めさせる働きをして来た成果なのだろう。
そういう人を、揶揄うからという理由で嫌える程、海夜も幼い精神構造はしていない。
では結婚相手として恋愛対象に見られるかといったら、それは別だった。
恋愛の情はよくわからないし、もう一つ。
“近親同士の婚姻は禁忌だから、本当に結婚はできない”
今は昔の制度。
でも皆が忘れてしまう程古い禁忌を持ち出してくるのは、皇子が何より気にかけているからではないのか。
貴種を両親に持つ為、能力が高すぎて忌避される理由の一因になっていると感じているような気がする。
だからきっと、皇子が本当に結婚する人は、貴種ではなく亜種なのだ。
※※※
侍衛官二人は皇子と同い年で海夜とも年齢が近いせいか、あっという間に海夜と馴染んだ。
皇宮内の決まり事や貴族内の距離の取り方等、細かなことを教えてくれる上、プライベートも話せる。
二人が付いてくれた翌日から、部屋の外に出てもいいと許可も出た。
嬉しくて、猫が家の周囲にテリトリーを広げるように少しずつ行動範囲を広げていたのが、他の貴族の目に留まったのかもしれない。
“第一皇子の最有力お妃候補と目された二人と、噂の謎の令嬢が一緒に過ごしているのではないか?”
そんな噂が皇宮内で流れ始めていると、三影が教えてくれた。「うちの兄、策士だね!」と笑っていたけれど。
今日も植物に関心を寄せる海夜の為に、二人は皇宮内の温室へと案内してくれた。
そこに見覚えのある木肌を見つけて物凄く驚く。
「………桜!」
温室の中央に位置する人口池の人工島に、太い幹の苔むす老木。
葉は落ちて丸裸だが、立派な枝振りのその木肌はどうみても桜だ。年がら年中自分の家の敷地内にある桜を見てきたのだから、間違える筈がない。
「ご存知ですか? 来訪者が持ち込んだという逸話が残る、花の木です」
「よく知っているわ。大好きな花なの。家の敷地に沢山植わっていて、春になると一斉に咲くのよ。空気までピンク色に染まって見えて凄く綺麗よ。シャイマの髪色みたいに」
嬉しくて、つい興奮してしまった。
ポカンとするシャイマと、その隣で肩を揺らして笑っている薔珠にハッと気づく。
「……ごめんなさい、嬉しくて」
「私の髪色と似ておりますか」
「似ているわ。懐かしい色だけど、何かしらと思っていたの」
「……懐かしい」
ついでに桜餅の色も思い出して、美味しそうと思う。
不思議そうに首を傾げているシャイマは、桜餅のように甘い顔立ちなのに実は甘くなく、かなりの毒舌家だ。
貴族の濃密な繋がりと足の引っ張り合いと、腹の探り合い。そんなものに嫌気が差して士官学校の寄宿舎生活以降、実家への帰省は年末年始のみだという。
そういう意味では薔珠も似たようなものらしい。
薔珠の場合は、少し特殊な気質のせいで家にいづらくなったのだと話してくれた。
人工島に渡り桜の幹に手を置くと、懐かしさが一気に胸に押し寄せる。
この晩秋を通り過ぎ凍える冬を越えたら、またあの美しく懐かしい開花の時期が来る。
それが眼裏に蘇って、同時に毎晩の悪夢も思い出し体が強張った。
別のことを考えようとすぐに切り替えると、ふと思い出すのは美津里が言っていた“櫻“のことだ。
海夜の中には複数の記憶の断片があるようだった。
少し前のことと、もっと小さな子供の頃のこと。
どちらにも関わるのは、桜。
––––––それに、緑色の瞳の少年。
……先日確認した、皇子の瞳の中の緑。
記憶の中の少年達のように際立つ緑ではないのに気になるのは、これから結婚(偽装)する予定の相手の瞳に、キーワードのような緑色を見たからだ。
“櫻“だと言っていた“番の花“の少年は、この世界の人なんじゃないかと疑っていたので、どうしようもなく気になる。
「……二人には、“櫻“はいる?」
気づけば背後に控える侍衛官二人に問いかけていた。
でも“櫻”は婚約者のことだ。皇子のお妃候補に名が挙がる二人に、それはない筈。
でも二人はあっさりと「おります」と答えた。思わず勢いよく振り向く。
「えっ、本当?」
「“櫻”と呼ばれる存在でしたらいる者は多いのでは。心に強く誓いを立てれば、それがその者にとっての“櫻”ですから」
薔珠が答えてくれる内容に瞬く。
……何やら行き違いがあるような。
「“番の花”を贈るから“櫻”ではないの?」
「どこでそんな知識を? だいぶ古風ですね」
「“櫻”を受け入れたら、互いに花を贈り合うと聞きますが今は稀です。“番の花”の習慣自体、薄れて来ていますし」
「……物理的な花の贈り合い?」
そう問うと、二人はまたあっさり頷く。
夢と違う。
左手首内側に、あの子はしっかり桜の五枚花弁を刻んだのに。
「“櫻”っていう心に決めた人がいて、そこからが結婚の話? 成立したら“番の花”を贈るの?」
「……まぁ、大体そんな流れでしょうか」
“櫻”は好きな人、という意味なのか。
美津里の言ったこととも若干ずれる気がするけれど、結婚したいと思う人を指すということで間違いはないようだ。
貴族と庶民で風習の考え方が違うというのは、あることなのかもしれない。
(ん、でも二人とも“櫻”がいるということは)
「結婚したいと思う人がいるの?」
何気なく口にしたら、二人は咽せ込んだ。
んん、これは意外な反応。
この二人に想われるなんて、どんな人達なのか。そこは二人にとって一番柔い部分だろうから訊かないけれど、そういう感情を持てて、素直に肯定できる所は心から羨ましい。
「……そういうのは、いいわね」
「姫君にはもういらっしゃるではないですか」
「……えぇと」
誤魔化すように笑うと、薔珠に続いてシャイマも不思議そうに尋ねてくる。
「殿下に“番の花”を頂いたから、この話になったのではないのですか?」
さすがあの皇子が指名して護衛に付けただけはある。しっかり核心を突く質問に肩を竦める。
……でも逆にこの二人に協力して貰えば、不明だったものも明確になるかもしれない。
意識を逆転させて顔を上げた。
「えぇと、……“番の花“を貰った記憶があるけど、それが誰だったのか記憶に欠けがあってよく思い出せないの……」
「思い出せない、とは?」
シャイマは若干困惑気味に難しい顔をした。
「……皇子から結婚の話をされた時は突然すぎてびっくりしたけれど、そういえばここに花を刻まれた記憶があるわ、と思って」
金の小鈴が下がる左手首の内側をさすりながら、少し恥ずかしくてはにかむ。
花を刻まれたのは昔のことだけど、嘘はついていない……と自分に言い聞かせる。
「ならば、殿下にご確認されればよろしいのでは?」
「姫のお言葉を無視する程狭いお心ではないかと思います」
「我らには目もくれず、姫君の挙動ばかり見ていらっしゃる方ですから、逆に喜ばれるでしょう」
(そんなわけない。挙動を見ているのは、おかしなことをしないか見張られているんですよ)
そんな甘ったるい理由ではないと、即断できる程には皇子の視線は冷めている。
ただ、海夜から彼への印象は、最悪からやや普通へ変化しているから困っているのだ。
だって“番の花“の相手を調べるには、手首同士をくっつけなければいけなくて……。
それが、海夜にはどうしたって。
「……はっ、は、……恥ずかしいの……っ」
左手を胸元で握り込んで正直に告白すると、二人は沈黙した。
……は、恥ずかしい……!
口にするだけでも恥ずかしい。顔が火を噴きそうな程熱い。
どうしてこんなに恥ずかしいのか、考えることを拒否しているのにそれでも顔が熱い。
真っ赤な顔を見られたくなくて、両手で顔を覆って俯く。
「……お可愛らしくて驚きました。些細なこと程恥ずかしいのはよくわかります」
「……恐れながら、抱きしめてしまいたくなりました」
「貴官のその発言は殿下への報告案件になりますよ、薔珠大尉」
「上等だ。殿下が然程に狭量であるか賭けるか」
「狭量云々が問題ではなく、貴官の性的嗜好の問題であると理解されよ」
「何が問題か。私は性別に拘りがないだけだ。魅力的な人物であれば惹かれるは当然」
「それが報告案件なのです。姫に欲情されては困る」
(よ、欲……っ!)
シャイマはこうして顔に似合わない単語を次々と繰り出すのだ。困ってしまう。
「貴官には欲情できんから安心しろ。私には甘ったるすぎる。特にその胸が」
「貴女の姉上方よりはマシですが」
「あの方々はそれを磨いてこられたのだ。高い矜持でもって誇示しておられるのに文句は言えん」
「今のが本音ですか。殿下も胸焼けがすると仰っておられますが」
「……あのぅ、二人ともそれぐらいにして貰えると……」
まな板ではないがささやかな方である海夜はとても傷ついた気がして、男子中学生のような会話をしている二人を止める。
「軍人さんって率直なのね。裏表がないのは凄く安心するわ」
「女皇の国柄、歴史的に女性軍人も多くおりますが、やはり軍の主体は男性ですから。どのように取り繕っても性に対して率直になりがちです」
「姫にはお耳汚しで、大変ご無礼を……」
二人同時に恥入ってしまって、むしろ二人の方が可愛らしい。
おかしくなって笑うと、二人も同じように笑ってくれた。
「あのね、さっきの“番の花“をくれた人が、誰なのかっていう話なのだけど」
「はい、確認したいのですね」
「それが殿下であれば、憂いなくご結婚への準備も進められるでしょう。当然、ご協力申し上げます」
ふざけ合っていても、話の要点をしっかり踏まえてくれるのは二人が優秀な証拠だ。とても助かる。
「不自然でなく左手首を殿下に晒して頂く方法……微妙に難しいですね。悩まれるのもわかります」
「……では一計を。年始に軍は一般公開も含めた観閲式を行います。そろそろ各地から代表の隊が到着して、訓練や隊列の調整も始まる頃合いです。そこで殿下が御大将に就任なさってから恒例となった、武術指南という名の試合が組まれるのですが、それに申し込みます。殿下の左手一本、頂きましょう」
「えっ、薔珠が皇子と打ち合うのっ? 危なくない?」
薔珠は長身でバランスのいい体つきだ。
手足がスラリと長く、筋肉のつき方も軍人らしくしっかりしている。
それでも皇子との体格差は歴然で、リーチだって違いすぎるのだから全く及ばないだろう。
怪我をさせてしまったら申し訳ない。
「ご安心を。平群大尉と二人でかかりますので」
「お任せ下さい。良い腕試しになります」
試合と聞いて尻込みする海夜に軍経験の長い二人は軽く、しかし企みのある顔でニヤリと笑った。
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