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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第二十一話 皇子の味方


 海夜は歩を進めた先の木立が途切れ、開けた視界に目を瞠る。

 冷たい夜風が首元を撫でるが、この景色の中にあって、そんなものは気にならなかった。


 「……綺麗」


 さぁ、と音を立てて風に浚われ、波立つのは虹色に水面を光らせる湖だ。

 降るような星空を背景に美しい湖が広がり、花々が園路を彩る。

 湖の中に沈められた虹色の灯りに、湖面と花々が照り映え、幻想的な景色だった。湖を取り巻く植栽には薔薇に似た花が咲き、八重の花弁が美しい。


 「湖に落ちるなよ」


 景色に見惚れる海夜の後ろから、現実に戻すような意地悪を言うのはキアリズ皇子だ。

 少し先に見える灯りを指して、三影が振り向く。


 「あっちに親戚がいるみたいだ。俺は挨拶に行くけど、どうする?」

 「……顔見せぐらいはする。先に行け」


 面倒そうな皇子に、三影は「本当に来てよ!」と念を押して先に行ってしまう。

 

 「どの親戚?」

 「さあ。興味がない」

 

 真実興味がなさそうに流して、皇子は湖に目を向けた。

 親戚にも色々ある。複雑な感情に共感する部分もある。でも海夜は、その親戚付き合いの中で揺るぎないものを見つけたと、ふと思い出し苦笑する。

 急に笑った海夜に、皇子は首を傾げた。


 「子供の頃いじめっ子の男子たちがいたけれど、祖父方の親戚だったって思い出したの。その子たち酷いのよ。服の中にカエル入れるの。わたしカエルなんて触れなかったから、大パニックで泣きながら家に帰ったわ」

 「……聞く限り、酷い話だな」


 さすがに皇子も眉間に皺が寄っている。想像したらしい。


 「そうしたら幼馴染二人と兄が物凄く怒って。ナメクジ集めてその子たちの服と靴の中に入れたのよ」

 「それも酷いだろう……」

 「酷いと思うわ。ナメクジ達も可哀想。踏み潰すのも潰されるのも、想像したら眠れなくなっちゃったもの」


 皇子の言葉に神妙に頷くと、また彼に小さく吹き出された。


 「……それは確かに、経験はしたくないな」

 「でもそれからは嫌なことはされなくなったの。悪口は聞こえたけど、気にならなかったわ。だって兄も幼馴染二人も、絶対わたしの味方でいてくれるってわかったから。あなたにもそういう人って、いるでしょう?」


 たとえば三影くんとか。たとえば虎さんとか。

 親戚という人たちの中にも、この人の絶対的な味方がいるかもしれない。

 そう考えて皇子を見上げると、不可解そうに眉間に皺を寄せて海夜を見ている。

 しかし今度は声に出して笑った。


 「ははっ。……それを言いたかったのか?」

 「親戚って、皇族の場合色々大変そうって思って」


 素直に頷いて真面目に言うと、何だか面白がられる。


 「……おまえ、意外としたたかだな」


 褒められたのか呆れられたのか。

 どちらでも良くて湖に目を向ける。

 先程の、金魚のような精霊が頭に浮かんだ。ここにいるのだろうか。

 海夜が湖に目を向けているのに気づき、皇子は湖畔沿いのガゼボに案内してくれた。ガゼボには既に幾つかのグループが陣取っていたが、外を回れば目の前に湖が見下ろせる。

 碧翠色の透明度の高い水に虹色に輝く灯りが沈められ、息を飲む程美しい中に、腰から下が魚の精霊たちが優雅に泳いでいる。

 朱金色の尾鰭を探して更に身を乗り出すと、皇子に肩を抱えこまれた。


 「何をやっている。本当に落ちるぞ」


 無表情に言う中に、呆れたような色が取れて苦笑した。本当に落ちる程身を乗り出す訳がないのに、信用がない。


 「ごめんなさい。精霊が見えたから」

 「基本的に精霊は人間に危害は加えないが、見慣れない貴種に城内の精霊どもは浮き足立っている。あまり刺激するな」

 「え、皇城おうじょうにも精霊っているの? 全然見かけないけど」

 「奥宮には精霊は近づけない。黄花・サディルの住居だからな。呼べば来るが」


 そうなんだ。ちょっと残念。

 そう思いながら水縁から離れると、ようやく皇子も肩から手を離してくれる。


 「……先程の父への拝謁は、見事だったな」

 

 湖を眺めながら落とされた言葉に、見てたの? と少し恥ずかしくなった。


 「あそこまでやり切ることはなかったと思うが」

 「陛下にも言われたわ。他の方を知らないから基準はわからないけれど、皇家の方々にそう言って貰えるなら合格なのね」

 「来訪者にいきなりあんな礼をされたら、出自を知らない者たちは何者かと警戒する」


 無表情に平坦な声で言われ、うん? と若干の理不尽さを感じて首を傾げる。


 「さっきみたいな揉めてた所に、わたしを連れ出した人が言うの?」


 揶揄い気味に指摘すると、皇子は押し黙った。

 そして、自嘲するようなため息をついてポツリと肯定する。


 「……そうだな」

 「嫌味で言ったんじゃないのよ。ちゃんと理由があって、わたしが役に立つならどんどん活用して貰っていいの。わたしが今ここで役立てることって、血筋だもの。それで危険があっても、わたしをきちんと守ってくれる人だってぐらいには、あなたのこと信用してるわ」


 卑屈でなく事実を言えば、彼は否定も肯定もなく黙っている。

 それに関して海夜は、正直どうでもいいと思った。

 厭われる黄花・サディルの直系男子としての立場を安定させる。これは彼にとって、そういう利益がある偽装結婚。

 逆に海夜には、第一皇子の妃だという立場が社交界での盾になり、身を守る武器にもなる。


 「……祖母に沢山のことを教わっていたって、あの時思い出したの。あそこで失敗しちゃったら、祖母が生きた証をきちんと残すことができなくなると思って。だから頑張ったの」


 拝謁をやり遂げたことに物言いがつくのは、皆が自分の出自を隠しておきたい為なのだろう。

 けれど、祖母が孫に中途半端な教育をしたのだと思われるのは悲しかった。

 一族全員を悲劇的な事件で失くした皇女が、たとえ故郷に帰れなくても、自分が生まれた国を忘れて過ごしていた訳ではないと、伝えられるのは孫である海夜だけだ。


 「……夜花の生きた証か」

 「この国にいるなら、祖母から教わったことを役立てなきゃ。帰れるとしても、いつなのかはわからないもの。言葉も通訳して貰うだけじゃなく、他の来訪者の人たちと同じように授業を受けたいわ」

 「……来訪者たちと話したいらしいな。さすがに立場上、同じ教育を受けさせることはできないが、話す場は別に考慮する。言葉の勉強なら、夜花が残した日記があるから、それを読んでみるか?」

 

 (………日記? お祖母ちゃんの?)


 初耳の言葉に、数瞬遅れての驚きが来る。


 「そんなのあるのっ?」

 「皇族の義務だ。字を覚えたら早々に日々の記録をつけさせられる。どの時期にどんなことがあったか、子孫が参考にできるように。夜花の最後の一年の記録は、直系だという理由で海花の物と共におれが管理している」

 「読みたいわ。できたら海花さまの分も一緒に!」

 「それなら後で部屋に届けさせる」


 興奮して思わず皇子の袖を掴みがぶり寄ったら、彼は微妙に眉間を寄せた。


 「おまえ、寒くないのか」

 「え?」

 「肩が剥き出しの状態で、水縁に居て」


 指摘されて、皇子の目にガウンの形が入っていたことを認識する。

 しかも、寒さを気にかけることまで頭が回ったらしい。昨日の「転ぶなよ」からは少し進化した気がする。遅いけど。


 「平気よ。わたしが住んでた所、もっと寒いもの。わたしよりも肩が剥き出しの女の子、いっぱいいるじゃない。そういう人たちを心配してあげた方がいいわ」

 「その他は気にならない」


 ………“その他”。

 何て素っ気ない反応。

 散々三影に言い方を指摘されているのに、改める気が全くなくて呆れる。

 ガゼボの女の子たちが、皇子を気にしてチラチラ見ているのに視線すらやらない。

 偽装とはいえ妻になる人間と一緒にいる状況で、他の女性に目をやれというのもおかしな話か。でも偽物なのだから、気にすることはないのに。

 そんな風に考えて、本当に? と問いかけてくる空耳に気を取られる。


 “––––––本当に気にならない? この人の瞳が、夢の中の男の子と同じような緑だったら、その時はどうするの? 左手首に花の模様が浮かぶ人だったら、その時は––––……?”


 「お迎えに上がりました、殿下方!!」


 突然通る声で話しかけられ、心臓が飛び上がった。

 思考に沈んでいたせいで、すぐ近くまで人が来ていたことに気づかなかった。

 驚きで跳ねる心臓を押さえながら声の方を見ると、少年が一人立っていた。

 しかもすぐ間近に。

 思わず反射で一歩後ろに下がる。

 すると一歩詰めてくる。もう一歩下がると、また詰める。

 内心でひえぇ、と悲鳴を上げると、背に庇うように皇子が間に入ってくれた。


 「しつこい。下がれ」


 鋭く叱られて、少年が見るからにしょんぼり項垂れる。


 「待ってもいらして下さらないので、お迎えに上がったのですが、ご迷惑でしたか……」

 「迷惑だ」

 「ちょっ、言い方キツすぎるわ。子供相手に」


 やり取りの温度差に驚いて少年を庇うと、皇子は呆れたように視線を寄越す。


 「十五歳は子供とは言わない。軍の士官学校に在籍する者を、子供扱いしても益はない」

 

 士官学校?

 確かに少年は体格がいい。少年期特有の線の細さは残るが、しっかり筋肉が付いて動きも俊敏で、軍人だと言われると納得がいく。

 そもそも誰なんだろう。皇子が身元を把握しているなら親戚の誰か?

 そこまで考えて、少年の快活な笑顔に思い当たるものがあった。


 「あ、善道公の……?」


 立ち居振る舞い、それに顔立ち。

 拝謁の時に目にした、皇弟だという男性によく似ていた。


 「は! 善道・ジディ・黄花・サディル公爵の次男、真道まどうと申します! 恐れながら国王陛下の甥、皇子殿下方の従兄弟にあたります!」


 滑舌良くきびきびと頭を下げる様子は、公爵子息というより根っからの軍人に見える。


 「挨拶を許した覚えはない。さっさと行け」

 「え、待って。わたしがご挨拶返してないわ」

 

 皇子の冷たい反応に驚く。

 その時、園路へ上がる階段上から多数の気配と声がして、皇子の雰囲気が冷気を帯びた。

 うわぁと思い背から覗けば、連れ立ってやってくる集団の中に三影の姿も見える。


 「お前、まさか本当に迎えに行くとは。度胸はいいが命知らずだな」


 集団を率いてきた若い男性が、真道に呆れたように話しかけている。

 三影がこちらに寄ってきて、皇子の背に隠された海夜にごめんねと囁いた。


 「二人で話してたからそのままにしときたかったんだけど、アイツ空気読まないから」

 「ご親戚なんでしょう? ご挨拶はしなきゃいけないもの」

 「……自分からは来ないだろうなぁ、と俺は思ってたから」

 

 そう言って、皇子をチラリと見上げる。

 無言で無表情。

 それだけでこの秀麗な顔は他人を圧する迫力がある。

 その上で構えるように仁王立ちなものだから、どうどう、と動物を宥めるセリフを言いたくなる。

 これから助けて貰わねばならない人たち。皇子だって同じ筈なのに、警戒しているのはなぜなんだろう。


 「殿下、お久しゅうございます。お変わりないようで安心致しました。まぁ、あなたに限って変わることはないと思いますが」


 礼を取りながらも、にやついた口元を隠しもせず、手前にいた男性が皇子に話しかける。


 (……んん。聞き間違い? 何だか馬鹿にしたような)


 一瞬、首を傾げかけた。

 三影を見ると、眉間に力を入れながらも苦笑気味だ。


 「いや、そうでもないか。髪、切りました? どういう心境の変化で?」


 その指摘に心臓が飛び上がる。肩が竦んで内心冷や汗が滝のようだ。


 (それはわたしの軽口が原因です、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)


 身を縮ませていると豪奢なガウンと眩い装飾品で飾った女性が二人、皇子の背を覗き込むように身を乗り出してきた。

 羽扇で口元を隠しながら、香水の香りが移りそうな程近くで顔を覗き込まれて、無遠慮さに少々戸惑う。


 「あら、ホント。琥珀だわ」

 「お父さまの仰った通り? 本物?」


 黄花・サディルの貴種の証だというこの琥珀の瞳を見たかったようだが、本物かと疑いたいのは自分の方だ。

 何せ日本では琥珀ではなく、黄土色なのだから。

 でも、間違いなく黄花・サディルの貴種であった祖母が、同じ黄土色だったので本物のようですよ、と我ながら苦笑する。

 珍しそうにしげしげ眺める女性たちの鼻先を、海夜との空間を遮断するように勢いよく片掛外套ペリースマントで遮ったのは皇子だった。


 「……無礼だな」


 黒彪クロヒョウが唸ったみたいだった。

 思わず青ざめて心の中で、どうどう! と叫ぶ。

 泡を食う海夜の視界を自身の外套で遮ったまま、皇子が「大丈夫か」と尋ねてくるが大丈夫じゃない。

 心境的に、全く大丈夫じゃない。


 「だから言ったじゃん。兄貴には彼女に関する冗談、これっぽっちも通じないよって」


 鼻先を擦られ怒る女性たちと、それを見て爆笑しているらしい男性に呆れて、三影が肩を竦める。


 「殿下のお役目から考えれば当然です。少々趣味が悪いのでは、四道しどう伯」

 「いやいや、これは必要なことだと考える。噂の彼女に対しての殿下の反応、態度、対応、見ておかないとこっちもやりづら……ごほん、動きづらい」

 「なぜ言い直しましたか、今」


 遮られた視界のせいで様子を把握しにくいが、男性が二人企んだような言い回しで話している。

 戸惑って三影を見ると、彼も困ったように笑っていて状況がよくわからない。


 「ご令嬢たちは大丈夫?」


 鼻先をあんな勢いで掠られて怪我をしなかっただろうか。

 外套を捲って確認しようとすると、皇子に押し留められる。


 「何ともない。気にするな」

 「そろそろこれ、どかしてくれると嬉しいのだけど」

 「だめだ」


 えぇ? 

 隠された状態のまま話せとでもいうのだろうか。


 「鬱陶しい。早く本題に入れ」


 言葉の通り鬱陶しそうにしながら皇子が言葉を投げると、騒がしかった場がぴたりと静まった。

 一斉にこちらに意識が向けられる気配がする。


 「殿下方にご挨拶に参りました。さすがに噂のご令嬢にご足労頂くには、我々の身分では障りがあります」

 「当然だ。誰一人気づかないのなら、さっさと見限っていた」

 「この愚弟が突進して行かなければ、もう少し遠くで見守るつもりだったのですが」


 真道が小突かれたのか「イテッ」と小さく声を上げている。


 「潮時でしょう。そちらにお隠れのご令嬢へのお目通りを、お許し願えますか」


 (隠れてるんじゃないんですよ、目隠しされてるんです)


 突っ込みたかったが、皇子が無言で一堂を観察しているので黙って待ってみる。

 ややあって、皇子はこちらへ選択権を投げた。


 「父方の親戚とそれに従う者どもだ。話してみるか?」

 

 どうして選ばせるんだろう? 

 自分が信用する人間には問答無用で会わせてきた人が。自分で考えて決めろということ?

 皇宮は魔窟だと、以前に皇子は言っていた。

 そして侍女に付けてくれた信用できる人間は、虎に繋がる二人の女性だけ。

 つまりそれだけ、この皇子は皇宮という場所で孤立無援なのだ。

 たぶん原因は血筋。海夜も継いでいる血。

 ならばせめて同一線上の自分くらいは、彼の絶対的な味方でいてあげなければ。


 「……あなたに意地悪を、言ったりしたり、しない人たち?」


 そう問いかけると、皇子と三影は疑問符の浮かぶ顔でこちらを見返してきた。


 「根性はおれより悪いと思うが」

 「え、それは相当ってことじゃない。あなた、虐められてるんじゃないの」

 「……そうだとして、おれがやられっ放しでいると思う方がどうかしているだろう」


 反射で返すと三影がぶフゥ、と上品とは言い難い声で吹き出して、皇子に睨まれている。


 「そうね、倍にしてやり返しそうだものね、あなた」

 「いや、三倍だよ。あれ酷かったなあ」


 三影が思い出して笑っているのは、子供の頃のことだろうか。

 三倍。

 兄と幼馴染達がいじめっ子達に行った報復と、どちらが酷かったのか聞いてみたい気もする。

 でも今は、この気持ちを表明しておく方が先だろう。


 「あなたの味方ならいいのよ、それで。それがわたしの中の基準だから」


 結論を言い切ると、兄弟二人は意外そうに同時に、こちらに目を向ける。

 ふ、と皇子がため息に似た苦笑を落としたのが聞こえて安心した。

 どうやら間違えなかったらしい。

 皇宮のことなど何も知らない海夜が全ての基準に考えなければならないのは、契約上とはいえ結婚の約束をした、このキアリズ皇子だ。

 

 「四道。挨拶を許す。顔を上げろ」


 皇子が片手の外套を下ろすと、ようやくその場にいる人々を確認できた。

 二十代半ばの男性を筆頭に、広場に入るには少々手狭と感じる人数が揃っている。


 「ご尊顔を拝見でき恐悦至極にございます。善道・ジディ・黄花・サディルが嫡男、四道・黄花・サディルと申します。父の臣籍降下に伴い爵位を頂き、現在は伯爵位を持つ身ですが、正式な家名は保留中の為、皆には四道伯と呼ばれております。どうぞお見知り置き下さい」


 滑るような挨拶口上の後に顔を上げた四道という男性は、整った顔立ちながら右目に片眼鏡モノクルを掛けて風変わりな雰囲気だった。貴族というより学者風だ。


 「ご挨拶ありがとうございます。平尾海夜と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」


 先程の物言いのついた拝謁を踏まえて無難に返すと、両隣が安堵の息をつく。

 変なことを言うつもりなんてなかったのに、そんなに危なっかしいだろうか。


 「弟に姉二人、そしてこれは羽咋はくい公の四男です。三影殿下の縁類ですね」

 「オズ・羽咋と申します。執政官としてキアリズ殿下にお仕え申し上げております」


 軽く自分の姉弟を身振りで示して、重要なのはこっちだと隣に立つ男性に視線を流す。

 ……オズ。

 名前を聞いて連想するのは、有名なあの作品だ。

 子供の頃は魔法使いの名前だと思っていた。

 今の海夜のように、住んでいる所とは別の場所に突然落ちてしまった女の子の、家に帰るまでの物語。

 親近感が湧いて笑みが浮かんでしまう。


 「? 何か?」


 紫の瞳の青年は、海夜の笑顔に首を傾げた。

 はっ、いけない。顔に出た。

 慌てて取り繕うように弁明する。


 「えぇと、オズというお名前が、有名な物語の中の魔法の国の名前と同じだったので親近感が湧いて。オズという名前に、夢が叶う連想をする人もいるかもしれない。素敵なお名前ですね」


 結局かの作品の主人公ドロシーは、北の善い魔女に授けられた銀の靴の魔法の力で家に帰ったけれど、現実の自分にはそんなに都合よい話はない。

 家に帰せると言われていた、エメラルドの都の魔法使いは詐欺師だった。

 じゃあ、海夜にとっての魔法使いである皇子は? やっぱり詐欺師?

 海夜もドロシーのように自分の手の中にある魔法に気づいていないだけで、実はとっくに家に帰れる方法を持っているのかもしれない。

 時々、そんな風に思う時もある。

 オズは海夜の言葉に豆鉄砲を食らった鳩のように、ぽかんとしたまま何度も瞬きを繰り返した。

 それを見た四道がオズの肩に手を置いて笑う。


 「寿ことほがれたな、家で自慢しろよ。ご令嬢、私の名には何かありますか」


 えぇ?

 突然そんなことを言われても困る……。


 “しどう“。

 音だけなら思い当たらないこともない。

 美鈴が日本神話テーマのゲームにハマった時、一緒に読んだ本の中にその名前はあった。


 「ええと、音だけでしたら四道将軍という名称を聞いたことがあります。知略武勇に優れた四人の将軍を指す言葉だそうですが、時の王様に信頼された方々だそうです。……四人分の信頼のあるお名前って凄いですね、よく考えると」


 この人の名前とんでもなく強そう。

 オズと並んでぽかんと口を開けた四道に笑いかけ、こういう人が味方なのは皇子にとっていいことなのでは、と暢気に笑ったまま彼を振り返ると、口を手で塞がれ再び背の後ろに隠されてしまった。

 目の前で皇子が睨むように低く唸る。


 「……おまえはやっぱり口を開くな」


 (ええ!? 何でっ!?)


 驚くのと理不尽さと、両方を感じて三影を見ると、彼まで同じように不穏な笑顔で頷いている。

 全く訳がわからない。


 兄弟の行動の意味を問うことは藪蛇な気がして、言われた通り口を閉ざそうと思った。




お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

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