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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第二十話 皇女の価値


 「ねえさんは、本当に家に帰りたい?」


 刈り込みの美しい園路を、海夜の手を引きながら三影は突然質問してきた。

 唐突すぎて、大きく瞬いてしまう。


 「父への拝謁を見ていて思ったんだ。ねえさん、こっちの作法が馴染みすぎだ。日本だと浮いてたんじゃない?」

 「……浮く……」

 「皇女として育てられてると思った。夜花さまのお考えはわからないけど、異世界の皇族としての教育を受けて、日本の社会に馴染む方が難しいでしょ。辛い目に遭ったりとか、したんじゃないのかなって」


 三影の遠回しな言い方に、うーんと考える。

 辛い目……には、たぶん幼い頃から遭っていた。

 大人より子供の世界の方が、単純で純粋ゆえに残酷だ。異分子だと感じたものを、子供は自分たちの身を守る為に容赦なく弾き出す。

 その異分子が、自分や兄だった。

 兄は周囲の目を気にしない大雑把な性格で、幼い頃から一人で行動する豪胆さがあった。

 けれど自分は、なぜ周囲に馴染めないのか、理由が分からなくて泣いてばかりいた。

 それを救ってくれたのが、幼馴染の二人だ。

 美鈴みすずという女の子と、貴一きいちという男の子。


 「ねえさんが辛い目ばかりに遭う世界なら、帰る必要ないんじゃないかと思ったんだよ。だから訊いたんだ。本当に帰りたいのか」


 見上げた三影の横顔は、何気なく訊いてくれているように見える。

 でもそれが、酷く残酷な質問をしているとわかっているのだろう。真っ直ぐ前を見る表情は硬かった。


 「勿論、やりたいこともあるだろうし、家族や親しい人と離れることが寂しいのはわかる。けど、それを超える何かが、ここにあるとは考えないのかなって」

 

 やりたいこと? 

 ……考えてもすぐには浮かばない、やりたかったこと。将来の夢。

 すぐ目の前に大学受験が迫る受験生なのに、将来就く具体的な職業は、実はまだ浮かばない。

 草花は好きだったから、何となく植物の勉強をしてみようかと思っていたけれど、それぐらいだ。どうしてもやりたいということは頭にない。



 “えー、でもアンタ小さい頃、お目々がピカピカきれいな男の子のお嫁さんになるのよって、ずっと言ってたじゃん?”



 美鈴の声が突然聞こえた気がして、びっくりして後ろを振り返る。


 「どうかした?」

 「え、ううん、……何でもないの」


 (驚いた……)


 美鈴までこっちに来たのかと思うぐらい、鮮明な声が耳に響いて、背後に誰もいなかったことに安堵する。

 美鈴との記憶だろうか。幼い自分がそんな発言をしたという記憶自体がなくて、首を捻るしかない。

 何のことだろう、と今すぐ美鈴に会って確かめたくなる。

 ––––––そう。

 たぶん、自分が家に帰りたい理由はこれだ。

 親しい人たちに、会いたい。突然いなくなって心配をかけて、ごめんなさいと言いたい。

 この国にもいい人たちが沢山いて、親しくなった人たちもいる。

 精霊なんて、見たこともない存在に慰められて、不思議な経験もした。

 知らないことを知るのは楽しい。

 でもだからといって、それがこの国に残りたいと思う程の強い理由にはならない。

 帰れる可能性があるなら、それを捨てることはできない程、日本の親しい人たちに愛着がある。


 「……辛い事を辛いままにしておける殊勝な性格なら、このままここに居たいって思うのかもしれない。でも、辛いままにしなくていいんだよって一緒に居てくれた人たちに、もう一度会いたいの。ここでそれを超える何かに出会えることが、この先にあるのかもしれなくても……、今のわたしは、日本に帰りたい気持ちの方が強い」


 言葉を選びながらそれでもはっきりと答えると、三影はようやくこちらに顔を向けた。


 「……ねえさんは、日本に帰れるよ。それは確かだ」

 「えっ? 本当っ?」


 静かに告げられた言葉に、海夜は驚いた。

 だって初耳だ。

 帰れるかもしれない、とは言われていたけれど、確証がないとも言われていた。

 期待をかけるとそれが叶わなかった時の喪失感が恐ろしくて、考えないようにしていたのに。

 三影ははっきりと、確実に帰れると宣言した。どういうことだろう。


 「界の管理人とか呼ばれる特殊な存在がいるんだけど。初代が女性の時の旦那さんが、そこと関係のある人だったらしいよ。そういう謂れで、この家系に危機があった時、一度だけ助けてやるって千年前からの約束があって、夜花さまは日本に留まれたらしい。今、そこと連絡取れないか試してる」


 諦めたように投げやりに話し出した三影に、呆気に取られる。


 (…………え? 管理人? 何……?)


 「……キアリズ皇子が言ってた、祖母を日本に留まれるようにした存在って、その人のことなの?」

 「……へー、話したんだ、あの馬鹿兄。集団らしいよ、単一の存在じゃない。…………二人とも、割とマジで頑固だね」

 「が、頑固?」


 詰るような言いぶりに驚くが、先導してくれている虎まで同意するように頷いている。


 「ど、どこが頑固?」

 「全部。でも、ねえさんの頑固はしょうがない。阿呆なのは、兄貴だから」


 ……えぇ? わたしはしょうがなくて、皇子が阿呆って。

 もう何が何だか。


 「じゃあさ。果報は寝て待て、かな。俺が担当してるから、進捗状況は随時兄貴に聞いてよ。毎日報告あげるから、毎日聞きに行ってね?」

 「え、う、うん……」


 威圧するような笑顔で無理やり海夜を頷かせると、三影は満足げに息をつき虎に視線を向ける。


 「虎、聞いてたよね?」

 「承知致しました」


 短いやり取りだけで、虎は全てを察したように承諾している。


 (何? 今、何が取り交わされたの??)


 不穏さを感じて三影を見上げると、綺麗な顔で清々しく笑ってくれる。答える気はないらしい。

 何か彼の不機嫌の琴線に触れたようだ。

 なぜ。

 困ったなぁ……、と内心で嘆いている耳に、晩餐会の楽しげな空気とは違う喧騒が聞こえて、顔を上げる。


 「ああ、まだ解決できていないようですね」

 「兄貴は何やってんのさ。それを収める為に呼ばれたんじゃないの?」

 「いえ、この騒ぎで穴が開く場所の確認と、補助員の補充状況に呼ばれました」

 「現場は無能集団? 普通逆だよね。上が無能なら、現場の士気は上がるものだけど」


 散々兄の口の悪さを指摘していた三影だが、負けず劣らず辛辣だ。

 

 「そんな場所にねえさん連れて来させる無神経、どうにかしろっての」


 据わった目でボヤいている三影に苦笑して、木立の方に目を向けた。

 枝に掛けられたランタンは晩餐会の会場と変わらないのに、そこに集まっている人々はそれぞれの制服と揃いの外套を身にまとい、何かを言い争っている。

 その集団の輪の外で、大きな地図のような物を広げて、数人と話し込んでいるキアリズ皇子の姿が見えた。

 いつもの簡素な武官という服装よりは、少し飾りのある服を着込んでいるけれど、皇子としての権威には少しも配慮していないのが海夜でもわかる。

 護衛として出席すると言っていた通り、腰にはしっかり帯剣し、眼帯もいつも通り。

 動き易さを重視した革のブーツに、飾りといえば右肩に掛けた片掛ペリースマントを留めている、琥珀を埋めた精緻な細工のフィブラだけだ。

 ばっちり正装している自分が馬鹿みたいというか、逆にいつも通りで安心したというか。

 顔を見てホッとしたというのは、ちょっとした秘密だ。物凄く緊張していた自覚が湧いた。

 ようやく心から安堵した心地になって、三影に借りていた手を離した。

 三影もそれを察して、やっと笑ってくれる。


 「皇子、お連れしました」

 「何やってんの、こっちは大変だったのに」


 虎と三影が同時にキアリズ皇子に声をかけた時、海夜はガウンのスカートが引っ張られるのを感じて立ち止まった。

 二人はそのまま気づかずに歩いて行ってしまうけれど、気になって振り返ると、そこには小さな十歳くらいの子供が立っていた。

 ぱちり、と戸惑いに瞬き一つ大きくしたのは、濡れそぼったようにその子が髪の毛から雫を垂らしていたのと、その髪の色が一際目を引く色をしていたからだ。


 (オレンジ色……っ、凄く鮮やかな……)


 その子は裸だった。

 いや、衣服を身につけていないだけで、腰から下は魚のような朱金に輝く鱗で覆われていた。美しいオーガンジーの肩巾ひれのような、二又に分かれた尾鰭でしっかりと地面に立っている。

 顔を見ると青い程の色白さと、白目のない朱金色の大きな瞳でこちらを見返してきた。


 (金魚だわ)


 直感でそう思う程、その精霊は海夜のよく知る身近な生物を思い起こさせた。

 スカートを摘んだまま、海夜の顔をまじまじと見て不思議そうに首を傾げる。


 「なぁに? 何かご用?」

 「オ前、皇女カ? 何シニキタ」


 (……ええと、それをこちらが訊いているのだけれど)


 質問に質問で返されて困っていると、不意に精霊がビクッと身体を竦ませた。

 あ、と思う間もなくかき消える。

 不思議に思った時、背後に立った人物から、温度の低い低音で話しかけられ合点がいった。


 「一人になるなと言われなかったか」

 「あなたが来たから、今の子消えちゃったんだわ。何かご用があるみたいだったのに」

 「会話をする努力をしろ」

 「そんなにツンツンしていると、精霊たちからも怖がられると思うけど」

 「……“も”は余計だ」


 呆れたように大きく息をつく皇子を振り返り見上げると、なんだと言わんばかりに片眉を上げる。

 ……うん、いつも通りでいっそ笑える。

 この人に、自分の装いについての感想を求めること自体が間違っているのだと、改めて思った。


 「お仕事は終わったの?」

 「おれの本来の役目はおまえの護衛だ。検非違使と護衛官が軍属という理由で呼ばれたが、一方的に腹を立てているのは、警備官の責任者ゆえ放置している。あれは執政官の一部だからな」

 「……それって、解決できない問題なんじゃ……」

 「所属部署が違えば命令系統も異なる。現時点では無理だな。検非違使と護衛官を引かせればどうにかなると思ったが、検非違使はまだしも、護衛官はそれぞれ担当の重要人物の護衛がある。それが気に食わずに警備官が突っかかってきて、騒ぎになったそうだ」


 騒ぎを横目にしているだけで、皇子には止めようとする気配はない。

 彼の横から海夜が覗き込むと、兵隊のような四角い帽子を被った人物たちの、一番前の男性が声高に何かを言っている様子が確認できる。

 

 「止めなくていいの?」

 「軍属と違って、執政官はおれの部下ではない。義理はないな」

 「えぇ……」


 らしくない。

 この人の性格なら、どんな立場だろうと止めに入る気がする。だって、関わっている片方は自分の部下なのだから。

 関わるのを窺う理由があるのだろうけれど。


 「どちらかが剣を抜いたら止める」


 思ったより物騒だ。いつもこうなのだろうか。


 「この晩餐会が急すぎたんだ。いつもなら縄張り争いでここまで警備官も騒いだりしない。おまけに会場が屋外では混乱も起きる。それを均しておくのが責任者の務めだが、……仕事をしない奴だとは、今回の件ではっきりしたな」

 「また心読んだの?」

 

 毎回内心の疑問にすっきり答えてくれてありがたいが、そんなに海夜の心は読み易いだろうか。


 「おまえは表情が読み易い」

 「そんなに顔に出てる?」


 この光量でも読めるって、どれだけ単純にできているのだろう、自分の表情筋は。

 思わず確かめるように自分の顔をあちこち触ると、皇子は少し吹き出した。


 「……はっ。おまえに腹芸は無理だな」

 「そんなことないわ。隠し事の一つや二つはあるもの」

 「ふぅん? それは暴けという、おれへの挑戦か」

 「どうしてそうなるのよ」


 隠し事、と言った筈なのに、どう解釈したらそんなひねくれた考えに至るのか。

 呆れて眉間に皺が寄るのを、また面白そうに口の端で笑う。


 「隠し事があると白状している時点で、暴いてくれと言っているようなものだろう」

 「言ってません。普通の人は、隠してるならそのまま触れないでおこうと思う筈よ」

 「おれの解釈とは違うな」

 「性格悪すぎる」


 呆れ果てて顎を逸らすと、また小さく笑われた。

 ドS。

 美鈴から聞いたことがある単語が浮かんで、これがそうかと納得する。


 「……静まったな」


 唐突に皇子が周囲の様子を見て声に出したので、気づいて辺りを見回す。

 騒がしかった空気が、むしろ息を詰めたように静かになっていた。言い争っていた集団も、黙ってこちらに注目しているものだから、居心地が悪くなってくる。

 三影と虎はどこ吹く風と静まった集団を監視するように見ていたが、海夜の視線に気づいた三影はにこり、と意味ありげに笑った。


 (はっ。

 みんなお仕事中なのに、個人的な会話をしすぎて呆れられたっ?)


 「三影、後は虎に任せておまえは来い」


 異母弟にそう言うと、皇子は海夜の背に手を添えそのまま踵を返す。

 慌ててそれを追いかけて来て、三影は「結局何の為に呼ばれたの」と文句を言っているが、それは同感だ。


 「血を流さずに収まっただろう」

 「え……あっ! ねえさんのこと、利用したな!?」

 「? 何のこと?」


 兄弟の会話が理解できずに首を傾げると、三影は憤慨したように兄を睨み上げ、説明してくれる。


 「軍部は黄花・サディルの女皇にょおうに従う集団なんだよ。勿論、執政部だってそうだけど、軍部の忠誠は伝統的で突出してる」


 その軍のトップにいる兄を横目で睨みつけ、海夜へ申し訳なさそうに目を伏せる。


 「うちの国は祭政分離して、祭を司るめかんなぎの女皇に軍部が付くことで、内乱なんかが起こりにくい構造なんだ。だから、同一皇朝で長く国が続いてきたっていう歴史がある。警備官は軍部から執政部への派遣っていう形で、そのまま執政部の小間使いになってる部署だけど、元軍部には違いない。黄花・サディルの貴種女性が、いきなり目の前に現れたら何も言えないよね。それを、この人は利用したんだよ」

 「へぇ……。そんな歴史があるの」


 説明に感心すると、三影は毒気を抜かれた複雑で微妙な表情になった。


 「へぇ、って。利用されて腹立たない? 自分で収めることもできるのに、わざわざ怪我人をあんなとこまで歩かせたんだよ?」

 「おれが口を出せば、警備官どもは剣を抜く可能性があった。そうなれば大騒ぎだ。どこに飛び火するか、知れたものじゃない」


 悪びれずに言うキアリズ皇子に、三影は「ねえさんの気持ち考えなよっ」と厳しい。


 「三影くん、ありがとう。別に気にならないから怒らないで」


 代わりに怒ってくれる三影に苦笑してしまう。

 

 「キアリズ皇子は誰も怪我させずに済ませたかったんでしょう? それでわたしが役に立つならそうした方がいいって、わたしも思うわ。この世界に来て初めて役に立てたかも? そう思うと、ちょっと嬉しい」


 そうだ。ただここにいるだけじゃなく、自分にできることをやらなければ。


 「それにキアリズ皇子の立場を守るっていうのも、この偽装結婚の契約の一部だし。わたし、約束守れたでしょう?」


 胸を張って笑うと、両隣にいる二人はしん、と黙り込んだまま一緒に笑ってはくれない。


 (えぇ……、ちょっとくらい褒めてくれてもいいのに……)


 内心がっかりしていると、三影は指を絡めて海夜と手を繋ぎ、その手を自分の口元に持っていく。

 わぁ、恋人繋ぎだぁ、と一瞬どきりとした。


 「……やっぱ、俺と結婚する?」


 そうして手袋越しに手の甲にキスを一つ落とすが、その目が悪戯げに笑っているのを見て冗談だと悟る。

 三影と結婚したらさぞ大事にしてくれるんだろうと、将来の三影の結婚相手を羨ましく感じながら、笑って「ありがとう」と返した。

 すると、右隣にいるキアリズ皇子が面倒臭そうに小さく舌打ちする。


 「だからおまえがこの役をやれと言っているだろう」

 「ここまでねえさんとの噂広げといて、それ無理だよね? ねえさんの名誉傷つけまくってるの誰さ」

 「……二人とも、臭い物を押し付け合うような会話を、本人を目の前にしてはやめてくれる?」


 確かに、こんな立場も性格も面倒な女が願い下げなのは分かるけれど、せめて本人のいない所で話してほしい。


 「そういう訳じゃない」

 「そういうんじゃないよ」


 口を尖らせて抗議すると、二人とも揃って否定してくれる。

 けれど、弁明もない所を見ると、臭いモノだと思っていることは確かなようだ。


 (まあ、いいけれど)


 内心の諦めのため息を飲み込み、考える。

 皇女としての価値だけであっても、人の役に立てるのならば御の字。

 いつまでこの国にいるのかはわからないけれど、少しずつでも自分の居場所を作れるように、努力だけはしようと考えた。




お読みいただきありがとうございます♪


ブックマーク等大変嬉しいです。

ありがとうございます。

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