第十九話 一人きりの拝謁
“晩餐会“の名称から、海夜は指定席に着いての食事会を想像していた。
けれど、三影のエスコートで辿り着いた場所は、ダイニングホールではなく奥宮の一角にある広い庭園だった。
これは夜のガーデンパーティーの様相だ。
庭木や花壇の植え込み、柵や園路にもいくつもランタンや灯りが灯され、晩秋の澄んだ空気に彩りを添えていた。料理や飲み物、果物やデザート類の配されたテーブルが並び、人々が思い思いに談笑している。
明るすぎない照明で寛いだ雰囲気が満ち、内心でホッと胸を撫で下ろした。
前日に脅かされていたのもあって、らしくもなく緊張していた。
マイペースな性格と言われる海夜でも緊張するぐらい、社交の場なんて訳が分からない。
「空が綺麗」
「うん、綺麗に晴れて良かった」
歩きながら目に入る空に感動する。滑らかな天鵞絨の夜空には、降りそうな星々が煌めいていた。
星明かりとランタンがロマンチックだ。
けれど、ここにいる人々はそれらではなく、海夜を見に来ているらしい。
無遠慮な視線を感じる。
近寄ってこないのは様子を窺われているのか、三影が牽制になっているのか。
「三影くんがいてくれて良かった。やっぱりわたしにはこんな華やかな場所、腰が引けちゃう」
「準備時間が足りなくてガーデンパーティーだって。父上には誤算だろうね。顔がはっきり見える光量じゃないから、瞳を確認できない人もいっぱいだよ、きっと。だからさ」
ぐい、と手を握られて顔を上げる。
「色んなこと、今は忘れて楽しもう! ねえさんの肩、そんな細っこいのに重いもの乗せすぎだよ」
その言葉に目を瞬いた。
知り会ったばかりの年下の子に心配される程、緊張していたらしい。
「……三影くん、モテるでしょう?」
このタイミングでこの気遣いは、女子のときめきポイントを刺激する。
率直に問えば、三影はニヤリと悪戯に笑った。
「まぁね」
その上しれっと肯定する。
おかしくて声に出して笑ってしまった。
今の三影は、昨日の印象の美少女めいた男の子、なんてとても言えない。
皇子らしく正装し、マントを留めるのはきらびやかなペリドットのブローチ。柔らかな印象の中にピリリと引き締めるように、胸元の徽章からモール紐が下がる。
長い黒髪をゆるく編み、肩から胸へ垂れさせる姿は、優し気なのに凛々しさがあって女子の目を惹く。
詰め襟だけど軍服じゃない。裾は長いけれど、フロックコートじゃない。
ファンタジーの世界の皇子さま。
しっくり来るのはその表現だ。
そういえば、キアリズ皇子も軍人だけど、海夜が想像できる軍服を着ていない。
かっちり武人、という感じの服装だが、制服のような窮屈な印象はない。今日もそんな感じの服装なのだろうか。
あの顔立ちなら何を着ても似合いそうだが、フォーマルな場だからといって着飾る印象がないのも事実だ。でもちょっと期待はしてしまう。
「まずは國皇陛下に挨拶、そしたら兄貴捜そう。護衛なのに傍にいないんだもんなぁ。まぁ会場が外じゃ、警備の方の指揮も気になるんだろうけど」
「……そういうのもあの人の指揮なの?」
「普段は違うね。担当官がいるから。今回はねえさんの社交界デビューで、ヤバい奴らも蠢いてる。それを警戒してるんだよ」
「えぇ? なぁに、それ?」
「とにかく俺か兄貴からは離れないで。一人になるのは絶対にダメだよ?」
言い含めるような言い方に、戸惑いながらも頷く。やっぱり何だか大ごとだ。
しかも、社交界デビューって。
できる範囲で、眞苑と白玖音から振る舞いの基本や重要人物の情報は教えて貰った。
予備知識もなく、いきなり社交界に放り込まれても、立ち往生するのは目に見えている。
皇家の色々も知識として詰め込んだばかりで、やっと理解が追いついたのに。
(とりあえず、泣き事言っててもしょうがない。やれるだけやってみよう! 失敗したら謝る! これだけは間違えないように)
ただ社交界で失敗したとして、その失敗が何だったのかに気付けるのか。
「ああ、いた。國皇陛下の一団だ。皆揃ってるから、ちょうどいい。挨拶回りしなくて済みそう」
「皆……?」
「重臣から親戚。大丈夫、それぞれ紹介するから。安心して」
緊張に身を強張らせると、三影は笑顔を見せて自然な仕草で恭しく手を引く。
「國皇陛下、並びに皆さま。第二皇子、三影がご挨拶申し上げます」
「ああ、待ってたよ二の宮。主役が来なくちゃ始まるものも始まらないと、今話していた所だ」
(主役。まさか、わたし……ですか……?)
國皇を中心にズラリと並んで立っているのは、重臣と思われる男性たち、その配偶者だろう女性たち。
皆これを見よとばかりに着飾り、貴婦人たちの身につける宝石がランタンの灯りに照り映えて眩しい。
國皇の言葉に一気に緊張が高まって、冷や汗のようなものが手の平に浮かぶのを感じた。
その手をきゅっと握られ見ると、三影が悠然と微笑んでいる。
“大丈夫だよ、取って食べたりしないから”
会場に入る前に彼に言われた言葉を思い出し、顔を上げる。
すると満足したように、國皇が笑んだのが見えた。
「そちらの手を引いて来られたご令嬢を、皆に紹介してくれるかな」
“テンプレだから、この言葉があったらまず俺が紹介するからね”
そう言っていた通り、三影は海夜に先立ち、片手を胸に当て礼を取った。
「こちらのご令嬢は先日、鳥星の昇った夜に保護された来訪者の女性です。縁あってこの度皇宮に迎えられました。右も左もわからぬ不慣れな方です。以降は皆さまの温かなご支援を賜りたく存じます」
さすがに場慣れしている。
三影の堂々とした様子に励まされ、背をそっと押されるまま、一人で居並ぶ人々の前に立つ。
値踏みされている。そう感じるほど不躾な視線が、雨と身に降り注ぐ。
試そうとでもいうように、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてこちらを窺っている視線。何の感情もなく人形を見るような視線。好奇心の赴くまま、この瞳を凝視してくる者までいる。
怖くて竦みそうになったが、ふいに耳元で聞こえた声に、心が震えた。
“海夜、人様の前に出て怖いと思ったらね。海夜はとっても頑張ってきたんだって、思い出しなさい“
四年前に鬼籍に入ってしまった、祖母の懐かしい声だった。
そうだ、祖母に沢山のことを教わってきた。それらが鮮明に、脳裏に浮かび上がるのを感じる。どうして忘れていたのだろう。
祖母は心配していた。海夜がいつか、大勢の人の好奇の目に晒される日が、来るのではないかと。
自分の方が、よっぽどひどい目に遭って生きてきたのに。
………五十二年。
人々の記憶から消えていくには十分すぎるほどの時間の中、こことは別の世界で必死に命を繋いでくれた、祖母の為に。
わたしはわたしにできる事をしなきゃ。
“お相手をしっかり見て。お顔は真っ直ぐ前よ。少し顎を引いて。天からの糸で頭の天辺が釣られているように、背筋をピシリと立てなさい。お顔はにっこり、笑顔でね”
まるで祖母が耳元で囁いてくれているかのように、子どもの頃に躾けられた言葉が、今この場で指導されているように甦る。
言葉の通りに動けば、興味なさそうだった人物たちも自然とこちらに視線を向けた。
“踵とつま先をきちんと揃えて。装いがスカートなら、指は三本。生地を摘んで指先まで集中して。美しく見えることを意識なさい。しっかり生地を摘んで、離れないことに確信が持てたら頭を下げて。頭だけ下げてはだめ。ゆっくり、腰からよ”
お祖母ちゃん、わたし上手にできてる?
「初めてお目にかかります、平尾海夜と申します。こちらへ来訪してからまだ日も浅く、日常のことはおろか宮中のことなど尚わからぬ身ですが、皆さまの良きご指導、ご鞭撻を賜りたく、よろしくお願い申し上げます」
礼を解き、顔をしっかり上げて明朗に口上する。
ぽかりと一団と自分との間の空間に、驚いたような空気が落ちた。だが誰もそれを拾おうとしない。
しん、と広がる空気に青ざめた。
(……もしかして、やらかした……っ?)
居並ぶ人々の顔を見ると、皆同じように目を瞬き戸惑った様子を見せている。
挨拶の口上が間違っていた?
それとも、祖母から教わった礼はこの国のものではなく、日本式の礼だっただろうか。
似てる、と思ってはいたけれど日本ではスカートを摘んで持ち上げたりしないから、黄國の礼じゃないの?? 西洋式でもないから、合っている筈……。
背後の三影に確認したいけれど、何らかの返答がない状態で動くことは欠礼にあたる。
(……どうしよう。謝った方がいいの……?)
笑顔のまま足が震えそうになった時、國皇の隣に立つ、がっちりと体格のいい男性がゆっくり手を叩いた。
「………驚いた。市井にいらしたとは思えぬ、堂々としたお振る舞い。丁寧に頂いた礼も古式ゆかしく、今どきあれ程優雅に行える者はそうおりますまい。感服致しました。我が家の娘たちにご指導頂きたいぐらいだ」
感心したようによく通る声で誉めてくれる。
「あ……、ありがとう存じます」
思わずほっとして頰を緩ませると、その人物は胸に手を当て礼を取り、快活に笑った。
「私は國皇陛下の弟で、善道・ジディ・黄花・サディルと申します。爵位は公爵。皇子たちの叔父にあたりますな。長いおつき合いになるでしょう。どうぞよろしくお願い申し上げる」
國皇陛下の弟……、皇子たちの叔父。
確かに、濃い琥珀の瞳に癖の強そうな短く刈り込んだ髪は艶やかな黒だ。そして偉丈夫ながら、知性ある瞳の光と精悍な髭のかんばせはすっきりと整い、個性はあるが貴種らしい美しさが見えた。
慌てて「こちらこそよろしくお願い致します」と返すと、彼の反応を皮切りに次々と挨拶への返答が返り出した。
一気に色々な人物たちの、顔と名前と身分爵位を告げられ混乱しそうになる。これはもう、自分で交流を持って覚えていくしかない。
そんな結論を持った時、最後に挨拶を返してくれた人物は、目の前まで来て片膝ついたので驚いた。
「あの、膝が汚れてしまいます。おやめ下さい……」
「いいえ、我が家は代々貴女の御家に仕えた家柄。我が父がこの場にいたら、泣いて喜んだでしょう。来訪を心より歓迎致します。お帰りなさいませ、姫君」
そう言って海夜の左手を取り、恭しく指先を自分の額に捧げる。
わぁ、本物のお姫さま扱いだぁ、と現実逃避したくなる程それは、感極まった行動だった。
「羽咋公、ご令嬢が驚かれています。その辺りで」
三影が嗜めて、ようやくその人物は立ち上がった。
目線は海夜の少し上ぐらいで、それ程体格に恵まれた人物ではないのに、穏やかな覇気のような充実したエネルギーがある。
羽咋公……國皇が言っていた、海夜の出自をはっきり知らされている人物の一人だ。
「申し遅れました。羅森・羽咋と申します。爵位は公爵。代々女皇陛下にお仕えし、皇配殿下も幾人か排出した家柄になります。どうぞお見知り置きください」
皇配……女皇の配偶者。
他の人々との温度差にも驚いたけれど、歴史ある家柄にも驚いた。
「では、わたしは遠い親戚になるのですね」
思ったことをそのまま口にしたら、隣の三影は驚いたように肩を引き、羽咋公は嬉しそうに大きく頷いた。
「はい! 当代にも姫君と年齢の合う男子が幾人かおりますので、後で紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
…………んん?
何だかおかしな方向に話が転がった。
親戚ですね、と親近感を持っただけだったのに。
「伯父君、いい加減になさって下さい。皆を差し置いてその発言は、ルール違反では」
ため息を零し、間に割り込んでくれる三影は嫌そうに羽咋公を宥める。
伯父。……三影くんの親戚でもあるということ?
「何を仰る。貴方とて例外ではありませんよ。年齢が合うという以上に、ご身分もご容姿も、これ以上お似合いの方を探す方が難しい」
「おやめ下さい。ご令嬢に失礼でしょう。私は未成年の半人前ですよ。それに、合うというなら私以上の適任をお忘れでは?」
……それは、あの無表情の朴念仁のことでしょうか。
「……あの方は、危険でしょう。この場に現れもせぬ欠礼も、如何なものですか」
濁すように呟く羽咋公は、認めたくないことを眼前に突きつけられて、誤魔化すような口ぶりだった。
「あのような態度でいらっしゃるから、陛下も後継を決められぬのです。ご功績は輝かしくいらっしゃるが、それだけでは人心はついては来ませぬ」
「羽咋公、そこまでで。皇家の行く末を案ずる気持ちは有難い。だが、場に合わぬ話題は避けなさい」
「は、陛下。出過ぎた口をお許し下さい」
穏やかな菫色の瞳に闘志を燃やした男性は、國皇に嗜められすぐに引っ込んだ。
「ごめんね、大丈夫?」
「平気よ」
そっと囁いて確認してくれる三影は、海夜が毒気に当てられていないか純粋に心配してくれている。
微笑んで答えれば、三影も微笑み返してくれた。
「君たちは十分お似合いに見えるけれど、ご令嬢にその気はないのかな」
いつの間にか目の前に立っていた國皇が、人を食った笑顔でとんでもない発言をする。
「陛下、酔ってらっしゃいますか」
國皇の手のワイングラスを胡乱げに睨み、三影はさりげなく背に隠してくれた。
「酔ってはいないよ、楽しんではいるけれど。ところで先程話題になった人物は何処にいるんだい? 全く顔を見せないが。一緒に来なかったの?」
昨日の命令と真逆のことを言う様子に面喰らう。
別々で来いと言ったのはこの人なのに。
「別で、と命じられたと聞き及んでおりますが」
「バカだな、そんな真正直に受け取らなくても。そこを押して一緒に来るから意味があるんだろう」
(えぇと、……どういう意味が?)
ひねた返答にこれは確かに面倒くさいかも、と皇子二人に同情してしまう。
「貴方がそのような方だから、兄も自由にやるということではないのですか」
「言うね」
グラスの中身を一気に煽って、國皇は三影の背後の海夜に視線を寄越した。
青混じりの琥珀の瞳が強く目を捉える。
「ご令嬢、先程の礼はお見事でした。居並ぶ諸侯が呆気に取られて無言になる程、威厳と気品がお有りだった。夜花さまは想像以上に、貴女を厳しく育てられたようだ。私にこれ以上の文句はありませんよ」
「文句を言うおつもりでしたか」
三影の嫌味に片手を軽くひらめかせて、うるさそうにあしらっている。
「晴れて貴女は皆の認める所となったわけですが、私も貴女の身元を公表するのはリスクの方が高いと判断しています。貴女を少々見くびっていた。瞳を見ればわかる程度のお嬢さんだと思っていたが、あれ程完璧に拝謁をこなしてしまうとは、予想外でした」
「お誉めに与り光栄です。けれど、祖母に躾けられた通りのことをしただけです」
「では、あの挨拶口上は? 市井にいた十八の小娘が場の空気に呑まれず、あの口上は大したものです。並みの度胸ではできない。出来る、という自覚と下地があっての技術ですからね。夜花さまから吸収できるものを、全て吸収なさっていらっしゃる。私としては嬉しいが、皇子たちからしたら危うく感じるのは当然でしょう」
?
意味がちっともわからない。
誉めてくれているようだが、ここまで物言いがつくのは何故なんだろう。
首を傾げて國皇を見返すと、飄々とした態度をきれいに隠して、彼は海夜の耳元で囁いた。
「お気をつけなさい。この国は、一枚岩ではない」
「父上」
咎める三影に國皇はさっと離れて、またしても人を食う笑顔で息子に文句を言う。
「ちょっと忠告しただけじゃないか。私も誤算だが、君たちの方がもっと誤算なのはよく知っているよ。せいぜい頑張りなさい。この暗がりが、彼女の身元特定の足枷になったなら、それは怪我の功名だね」
「負け惜しみにしか聞こえません」
三影が牽制するように唸ると、國皇は声を上げて笑い、それ以上は何も言わずに皆の元へ戻っていった。
その背を見送り、三影は大きくため息をつく。肩の荷が降りたように、ふにゃりと緩んだ笑顔を見せた。
「はー、めんどくさかった。あの人の相手は兄貴に丸投げしたいよ」
それはそれで、火花散る攻防を見る気がする。
「さて、父上への義理は果たしたから、さっさと兄貴捜しに行こう。足は大丈夫?」
「平気よ。天地さんに痛み止めの注射打って貰ったの。心配してくれてありがとう」
「痛くなったらすぐに言ってね。全く、あのバカ兄。怪我人だってわかってるくせに、捜させんなっつーの」
文句を言う三影に兄弟仲の良さを感じて、何だか微笑ましくなる。
「三影くんたち、仲良いのね。呼び方も堅苦しくなくていい感じ」
「俺たち皇宮で育ってないからね。ほぼ庶民みたいな環境で、一緒に育ってるから」
「え、そうなの? ガチガチに教育されて、育ってるんだと思っていたわ」
「俺の母が四歳の頃に亡くなって、それからは父方の祖父の屋敷で一緒に育てられたんだ。だから、異母兄弟でも仲はいいと思う」
物凄く納得がいった。
人に懐くタイプには見えないキアリズ皇子が、三影には段違いで気安い理由。
幼い頃から分け隔てなく一緒に育てられていれば、気心も知れるだろう。
「あ、虎発見」
三影が手を振ると、頭一つ抜けた白金髪の青年がこちらに向かってくる。
「三影さま、姫ぎ……ご令嬢、気の張る儀式をお疲れ様でございます。お迎えに上がりました」
「遅いよ。なんで本人が来ないのさ。怪我人だってわかってるよね?」
「警備処がごたつきまして……。中々決着しないので、私が寄越されました」
「はぁ? まさかまた派閥争いとかじゃないよね、警備で」
「……ええと、ですね」
三影の鋭い指摘に虎の視線が泳ぐ。その反応に、三影は大きくため息をついた。
誤魔化すように、虎は笑って話題を変えた。
「ご令嬢、そちらのガウン良くお似合いです。遠目にも輝くようでしたが、近くで拝見してもやはり素晴らしくお美しいですね。眩しい程です」
彼の褒め言葉は上滑りしていた。取ってつけたのが分かり易すぎる。
一応笑顔でお礼を返すけれど。
「ありがとうございます。眞苑と白玖音が、足に負担のない物を選んでくれました」
腰から下のスカート部分が、ふんわり広がるプリンセスライン。
怪我をしている左足側に、腰から大きなドレープの波が落ちるアシンメトリーデザインは、スカートを膨らませるパニエも最低限のボリュームにできる為、足の負担を抑えられる。
祖母のワードローブの中から、侍女たちが見繕った内の一つ。
あまり胸の開くものは避けたい海夜の希望とデザインが合致したのもあるが、ガウンの色が皇子たちの瞳の色味に合うペールグリーンだったのも手伝って、あっという間に決まり、直しに出されて今朝戻ってきたのだ。
お針子さんに無理させた……、と申し訳ない気持ちでいっぱいだが、感謝を伝える暇もないほど忙しく支度されて今に至る。
三影も裏表なく褒めてくれたから、朝早くからの支度を頑張って良かったと思ったけれど、そういえば最難関がまだ待ち受けているのだった。
キアリズ皇子という、朴念仁が。
(あの人きっと、身近な人が髪型変えても気づかないタイプよね)
身も蓋もなく考えて、ふと気になることを思い出す。
皇子たちの瞳の色が緑だということ。
三影は確かに、見てすぐに気づく明るい緑色の瞳だが、キアリズ皇子は琥珀と黒だ。
緑色といわれる可能性があるとしたら琥珀の瞳の方だが、薄暗い室内の中で見たので気づかなかった。
(今度、見せて貰おう)
軽く考えて、海夜は虎に案内されるままに足を運んだ。
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