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【三章連載中!】花びら姫の恋  作者: 師走 瑠璃
【第一章】花びら姫の恋
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第十二話 受肉と解放



 「お前ら道端で何やってんの?」


 背後から掛けられた声に、海夜は我に返った。それと同時に、間近にある顔に動揺して「きゃぁっ、やだっ!」と力いっぱい押し退け、張り倒す。

 声を掛けてきた人物––––兄の元へ、急いで駆け寄る。


 「何、海夜の知り合い? それとも、家まで押し掛けてきたストーカー?」


 自分の背に隠れて窺う海夜の様子を見て、兄は後者の方かと勝手に誤解し舌打ちした。


 「お前ホント、変態引き寄せんの得意な。高校入ったばっかだろ。ちったぁ気をつけてろよ。貴一きいち美鈴みすずどうした? アイツらも説教。連れて来い」


 (違う違う、二人は関係ないわ)

 

 面倒くさそうに注意してくる兄から幼馴染二人の名前を出されて、否定するつもりで慌てて首を振る。

 

 「違うわ。あの人が道端に倒れてたから、様子を見ようとしたの。そうしたら目を覚ましたから……」

 「ここ、うちの私道。わかってて入ってんなら不法侵入、わかってなくても不法侵入」

 「一緒なの??」


 海夜に突き飛ばされて、地べたに尻餅をついていた同い年くらいの少年が、頭を振りながらも立ち上がったことに安堵する。

 道端に落ちているのを見つけた時はどうしようと思ったけれど、とりあえず立ち上がれるなら一安心だ。


 「良かった。どこかにぶつけたとか、ないみたい」

 「随分かわいい顔した変態だなぁ。お前、も少しマトモなの引っ掛けてこれないのか?」

 「? 意味わかんない」


 兄が呆れたように少年を見て呟いた言葉を、全力で疑問視する。

 大体、知らない人を変態扱いするのはどうなの。

 でも、そういえば“やっと会えた”的発言をしていた気がする。ストーカーとか、そんな類を疑うのが自然か。

 視線の先で、少年は何度か自分の手を開け閉めし、次いで辺りをぐるりと見回した。

 そして、こちらに目を向ける。


 「お、やるか?」


 兄が好戦的に拳を握り込むのを見て、ちょっと待って、と思う。

 兄は自分と母の人間関係に敏感だ。家族を大事にしてくれている証拠なのだが、なるべく穏やかな顛末にしてほしいと常々思っている。

 こちらに目を向けた少年が口を開いた。

 けれど、言葉が届く前にその声を阻む強い風が吹く。

 同時に足元には突如、ポカリと黒い穴が開いた。

 え、と思う間もなく吸い込まれるように落ちる。


 「お兄ちゃんっ!」


 声を上げて、手を伸ばしても兄には届かない。

 どうにもならず、落ちるに任せていると、不意に落下が止まった。

 ざり、と石や砂を踏む感触にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、足下に広がる花びらの海を目にして、冷たいものを浴びた心地で背が固まる。

 

 桜は、大好き。

 けれどこれは……、この花びらの海は、こわい。こわくて身体が震える。


 そう思った瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 ビシャリと不快な水音が耳を打ち、真っ赤な絵の具を撒き散らしたように、足元の花びらを染める。

 こわくてこわくて動けない足元に、小さな何かが転がってきた。

 ぬらぬらと赤い液体にまみれたそれは、黄土色と青の混ざった不思議な色合いの、眼球だった。


 「––––––––っ!!」


 鋭く大きく息を飲む。

 この色。

 この色合いの目は。


 「お兄ちゃん……っ!!」


 転がる眼球のすぐ側に、倒れ伏した兄を見つけて、そうして自分の胸元の赤に気づく。

 セーラー服の白い胸元を、花が咲くように真っ赤な血が染め抜いていた。

 同時に胸に走った激痛と混乱の中で、悲壮な悲鳴が耳を貫く。


 (だれ。

 これは誰なの、誰の声なのっ?)


 息も絶え絶えに耳を塞ぐ視界には、慰めるように嘲笑うように、花びらだけが雨のように舞っていた。





 「海夜!」


 肩を揺さぶられて、薄ら目を開けた。

 寒い、痛い。どうしようもなく体が震えている。

 目の中に、まだ舞い散る花びらが見える気がして、思わず逃げ出そうともがき痛みに声を上げる。

 

 「……っ、あっ!!」

 「落ち着け、どうした」

 「いやっ、痛い……っ」

 「それはおまえが暴れているからだ。また傷が開くぞ」

 「ちがう……っ!!」


 足の傷の痛みではない、胸の傷が痛い。だってこんなに、こんなに血が……。

 自分の両手を見下ろして、胸元を見下ろして、そこにあった筈の赤がないことに気づく。

 その現実に気がつくと、不思議な程落ち着きが戻った。


 (夢。

 ……またいつもの夢? 夢を、見ていた?)


 手を握り、無理やり体の震えを抑え込む。

 何とか成功して顔を上げると、訝しげな表情の皇子と、心配そうに眉を顰めた美津里が覗き込んでいた。


 「落ち着いたか」


 皇子が安堵したように息をつく。美津里が気遣わしげに背を撫でてくれて、その温かさにほっとした。

 そうして二人を見て現状に思い至り、恥ずかしい現実に一気に引き戻される。


 「っわたし、夢みて騒いだのっ? もしかして……っ」


 恥ずかしさに顔が真っ赤になるのが、自分でもわかった。


 (恥ずかしい……! 十八にもなって、夢見が悪くて騒ぐなんて!)


 そう思って掛布に突っ伏したくなった時、鼻先に奇妙なモノを突きつけられた。

 皇子が指先で摘んでいるもの、それは小さな精霊だ。


 「? ……この子、何?」

 「こいつらが、おまえを助けろと起こしにきた」


 摘まれた精霊は、下ろせとばかりに暴れている。

 見れば、わらわらと掛布の上にも、沢山の小さな精霊たちが集まっていた。


 「これは自然の中に消えるものどもだ。それを受肉させて助けを求める程の、どんな強烈な悪夢だ」

 「何の話?」


 (“じゅにく”って?)


 「海夜、私は精霊は見えないし感じないけれど、ここにいる精霊たちは私でも見えるわ」


 要領を得ない海夜に、察した美津里の言葉で海夜は理解した。


 (“じゅにく”って、“受肉”って書くのね。実体化とか、そういうこと?)

 

 「小さき者の受肉など初めて見たが、それらがおまえを助けろと言う。様子を見に来たら、死人のような真っ青な顔色で眠っていた。だから叩き起こした」


 皇子の平坦な声で説明されて、納得する。

 夢を見て騒いだとか、そういう恥ずかしいことではないらしい。良かった。

 ……でも起き抜けに暴れたような……。それはそれで恥ずかしい。


 「お騒がせして、ごめんなさい。もう平気なので、二人とも戻って寝て下さい」

 「もう夜明けだ。眠り直すほどの時間じゃない。……海夜。精霊に助けを求める程の、何を見た」

 「……ただの夢よ。助けなんて求めてないわ」

 「痛いと叫んでいただろう」

 「あれは……」


 胸の傷が痛くて。

 ……って、何だか失恋の歌みたいで、口にするのはちょっと恥ずかしい。


 「……足の傷が痛かったの」


 だから、ちょっぴり嘘をついた。

 泳ぎ気味な目線をどう思ったのか、皇子と美津里は複雑そうなため息をついた。



 ※



 朝の支度を済ませた後、朝食まで皇子が精霊と貴種の話をしてくれるというので、ありがたく耳を傾けた。


 「精霊と貴種は親戚関係だといわれている。古いことでよくわかってはいないが、原初さいしょに受肉した精霊が、貴種の先祖だという話がある」

 「精霊の大神おおかみさまですわね。子供の頃よく聞かされました」


 美津里が皇子の話に頷く。

 小さな頃に童話で聞かされるぐらい、この話は有名だということか。この世界にいるのなら、知っていなければならない常識ということだ。


 「貴種が精霊と共に生き、世界に散らばって行く過程で、突然変異のように亜種が現れた。貴種とは姿形や生態が変わらないこともあり、この二種族が混血して現在に至っている。亜種の中で精霊に関する能力が強い者は、貴種の因子が濃い者だと云われている。大占などがこれに当たるだろう」


 (だから大占家には、沢山の精霊がいたのね)


 診療所もこの軍事施設の中も、興味深そうに寄ってくる精霊が少ないことには気づいていた。それが少し寂しくもあり、同時にこれが日本での日常だったとも思い出す。


 「貴種は精霊に干渉する能力を持つ。現代では亜種との混血が進み、その干渉能力が弱い者もいるが、それでも亜種の精霊使いよりは精霊からの信頼度も高い。だからこそ、海夜に関しては解せない」


 いきなりこちらに話を振られて、首を傾げる。

 足元や応接卓の上で飛び跳ねたり、ティースプーンを滑り台にしたりと好き勝手に遊んでいる小さな精霊たちを見遣り、皇子は足を組み直した。


 「精霊を受肉させる能力は、貴種にはさほど珍しい能力ではない。だが、こんなチビ達を受肉させることは珍しいだろう。大占の屋敷でも、土地神ともいえる古いものを受肉させた。それも珍しい。精霊への干渉能力が広範囲ということだが、おまえの精霊との親和性は無自覚でいられるものではない筈だ。日本で普通に過ごせたというのは間違いじゃないのか」


 珍しい珍しいって……。

 人と違うと言われて嬉しいことと、そうじゃないことがあるのに、このひと本当にデリカシーがないのか。

 むう、と眉間を寄せながら海夜は皇子を見る。


 「でも日本で精霊とか、人の目に見えないものを見た経験はないわ」

 「……そういう者を広く受肉者と呼ぶが、受肉者の近くには必ず精霊の受肉を解く解放者がいる。その者がお前に悟らせていないのかもしれない」

 

 (解放者?)

 

 また新しい言葉が出た。

 正直頭がパンクしそうだが、自分に関わることを投げ出すこたはできない。


 「それは何?」

 「物質世界に受肉すれば、精神体に近い生物の精霊とて我々と変わらずに影響を受ける。五感に囚われ、快楽を快楽と感じ、苦痛を苦痛と感じる。五感を知らないものが突然それを与えられても、精神が保たないことが多い。精霊の核が歪み崩壊する。それを防ぐ為、元の姿に戻すのが解放者だ」


 ズラズラと難しい単語が皇子の口から流れてきて瞬きする。

 内容を半分ぐらいしか理解できなかったが、要するに身体より先に精神に異常を来すから元の状態に戻してあげるのが解放者、ということだろうか。

 じゃあ受肉者が海夜なら、解放者って?


 「その解放者とかいう人も、貴種なの?」

 「……受肉者も解放者も、貴種にしか存在しない。受肉者が解放者より先に生まれることはないと聞くから、家族の誰かなんじゃないか」

 「わたしより先に生まれている貴種……」


 それはおそらく、母か兄。

 生まれた時からずっと一緒という意味なら、二人とも同じだ。

 けれど、何かあれば駆けつけてくれたのは母より兄の方だった。父がいない分、家族の面倒見はかなり良い。品行方正な方ではないけれど、ご近所からの評判はいい兄だ。

 その兄が、自分が無意識に実体化させてしまった精霊達を、元に戻しているかもしれない?

 もしもそうだとして、内緒にする意味って何?

 そもそもの疑問がある。


 「何の意味があって、精霊を実体化させるの?」

 「貴種自身の身を守る為だ。それ故、本来は自分より高い能力を持つ精霊を受肉させる。こんな自然に溶けるものを呼んでも無意味だ。逆に自然神に近い精霊を受肉させても、制御できずに自分が喰われる危険性もある。本能でできないものなんだが」

 「ふうん……」

 「軽いな」

 「わたしが受肉させている実感がないのだもの。解放者がいないのなら、この子たちどうなるの? ずっとこのまま?」

 「元々自然に溶けるものだ。数時間もすれば消えていなくなるだろう。放っておいて問題ない」


 ハムスター系の小動物を思い起こさせて可愛いのに、消えてしまうのか。ちょっと残念。

 手の平のお菓子を精霊たちが齧るのを見ていると和む。

 そんな様子の海夜を眺める皇子はふと、以前から考えていたという素振りで言葉を落とした。


 「おまえ、自分に暗示をかけていないか」



 ※




 朝早く、国境警備隊本陣の門が開くと同時に、最少の荷物を携えた天地が合流し、出発前にもう一度海夜の傷を診察して満足そうに息をついた。


 「やっぱり貴種さまの治癒力の高さは凄いね。こめかみの傷は、ほぼ治癒してる」

 

 駅舎まで馬車での移動と聞いて不安だったが、乗ってみると驚く程安定していて、胸を撫で下ろした。車酔いを覚悟していたのだ。科学文化は海夜の居た世界と同等以上と聞いたから、その辺りの技術力か。

 馬車には皇都へ招聘された医師夫婦が同乗していた。

 駅舎への道すがら、美津里に皇都の雰囲気を訊ねると、笑顔で答えが返る。


 「綺麗な所よ。建物も人も、千年の都っていう風格があって。皇宮には来訪者も多くいるし、海夜にとっては過ごし易いと思うわ」

 

 その答えを聞いて、心がぱあっと明るくなる。


 「日本人が? 皇宮に?」

 「来訪者は初代國皇の第二妃も務められて、漢字をもたらしたとも云われているんだ。何かしらご縁があってこちらに来た人が殆どだというし、大事にされるんだよ。だからまずは国の機関で保護して、皇宮内にある教室でこの世界の常識を学ぶらしい」


 美津里の言葉を引き取った天地の返答に、異邦人である自分たちがそんなに手厚く保護されているとは思っていなくて、感謝すると同時に安心もした。

 同郷の人々が、辛い目に遭っていなくて良かったと。


 「わたしも、その教室に通うんですね」

 「どうかな。きみは特別な女の子だし」

 「そうね。私たちも皇都に着いたらきちんと身をわきまえるわね」

 「……もうお話しできないんですか?」


 美津里たちの意外な言葉に、明るくなった心が一瞬沈む。

 皇女だといわれるけれど、その為に親しい人から遠い扱いをされるのは寂しい。


 「気楽な言葉遣いでの会話はなくなるわ。でも、皇宮には殿下のご兄妹方や、従兄弟君もいらっしゃるからお話できる方も多い筈よ」


 励ますように美津里が手を包んでくれて、最初から変わらない温かさに嬉しくなる。


 「美津里さん達がいてくれて良かった。わたし一人で皇宮なんて、心細くて」

 「私も、一度は諦めた道にもう一度向き合う機会を頂けて、貴女にも殿下にも感謝しているわ」

 「……美津里さんは皇宮で働きたかったんですか?」

 

 一度は諦めた道、というのが気になり尋ねると、美津里は一つ頷いた。


 「試験を受けたけれど通らなくて。実技と筆記は全く問題なかったって、試験官だった祖父に確認したから面接で落ちたのよねぇ。秘匿性の高い皇宮向きじゃないって判断されたんだわ」

 「美津里って口が軽そうに見えるんだよね。実際は逆なのに」

 「世間話大好きだから。話してないと息苦しい」

 「そういうとこかな」


 軽口を叩き合う夫婦の話に、海夜は一抹の不安を感じた。


 「わたしは美津里さんのような、明るいお医者さまがいてくれたら心強いですけど……。皇宮は、そういう人を弾く場所なんでしょうか」


 つい不安を口にすると、美津里はもう一度手を握りしめて笑いかけてくれる。


 「今の皇宮は、それほど閉塞感のある場所ではないそうよ。ここ二年程でだいぶ開けた場所になっているって。國皇陛下は研究者肌で、あまり政務にご熱心な方ではなかったようなの。元々乱れ気味だった国内は、どんどん荒んでしまって……、まあ正直、あまり良い政治を行って下さってはいらっしゃらなかったのよ」


 國皇。

 キアリズ皇子の父親だという人か。数少ない、貴種の一人だという。


 「四年前に、キアリズ殿下が軍部のトップである御大将ぎょだいしょうの御位に着かれてから、色々変わり出したのよ」


 そう言って美津里は、前方の窓の向こうに見える、騎馬の皇子の後ろ姿をチラリと見た。

 

 「まず、直接の統率下にある軍部が変わったのですって。汚職が横行して統制が行き届かなかった地方軍にも、殿下直属の軍務機関から監査が入るようになったらしいわ。本来の能力ある人たちが、重要ポストに抜擢されるようになったの」


 あの年齢で軍のトップも凄いことだと思うけれど、改革にまで乗り出したということか。


 「お陰で最近は国中の治安回復を肌で感じるけれど、殿下が内政に関わり出した二年前には、皇宮内部の監査も厳しくなったみたい」


 だからあの人、いつもあんなに忙しそうなのね。


 「軍が機能して治安が回復すれば内政も安定するでしょ? そうすると国民に還元される分も大きくなって、経済が回り出すわ。人が潤えば国も潤う。国が安定して潤えば人口も増えて、税収入が捗る。更に国が潤って良い循環が起こるの。これをあのお若い殿下が指揮なさったっていうんだから、素直に驚くわよね」


 そういえば軍事施設の中では憧れの目を向けられている所も多く見かけたけれど、あの容姿のせいだと思っていた。

 きちんと実が伴っていたのか。


 「……すごい人なんですね」


 少々生き急いでいるようにも見えるけれど、皇族がそういうものならばあの達観した態度も頷ける。

 空地が同い年と言っていたから、十九歳か。日本でいえばまだ大学生。

 それを考えれば、国の中枢で影響ある仕事を成している事実は驚嘆する。

 

 (お兄ちゃんと変わらないってことだものね……)


 日本にいる兄は、今年大学二年生の二十歳。

 あんな夢を立て続けに見たりしなければ、海夜が心配するのも烏滸がましいくらい、しっかりと独立した人間だ。

 最後に会った兄は目が抉れる所か、目元に傷すらなかった。どうしてあんなこわい夢を見るのだろう。




 “おまえ、自分に暗示をかけていないか“



 

 今朝の言葉を思い出す。あの時、皇子の言葉に内心でぎくりとした。

 暗示とは何のことかわからないけれど、今朝の夢で不可思議なことはあった。

 夢の中で、海夜は胸に傷を負って苦しんでいた。

 痛くて痛くて、本当に死ぬんじゃないかと思うほど息も詰まって、呼吸ができなくて。

 ………それと同じ場所に、傷跡が、実はある。

 二年半前、事故に遭った時に負った傷だと家族からは説明された。

 左腕には、裂傷の跡だという薄い傷跡も。

 自分が貴種という身体頑強な人種だと知って納得したけれど、この胸の傷って命に関わったのかしら、と他人事のように考えて来た。

 貴種だから助かった。

 そう思えるぐらいこの胸の傷は深い。

 背中にも似たような傷跡があるから、何かが貫通した跡らしい。

 聞いた当初はよく生きてたなぁ、と自分に引いた。でも痛みも殆どないし塞がっているしで、時間が経つにつれて気にならなくなった。

 気にしろ、と幼馴染たちは言うけれど。

 それが実は、ずっと見ていた夢に繋がるかもしれないと気づき、思いもよらなくて困惑していた所に皇子の指摘だ。


 (暗示……。それって、記憶障害の事故に関わること? そもそも暗示ってどうやってかけるの? それに、わたしがわたしに暗示をかけているなら何の為に?)


 この傷跡とあの夢が繋がるのなら、それは現実にあったことなのか。忘れている記憶ということになる。

 けれど、兄の目は抉れていない。


 (……だめかも、整理できない……)


 矛盾だらけの現実にこんがらがってきて、思考を一旦閉める。考えても情報量が少なすぎて、まとまった考えが浮かばないのだ。

 それよりも、と直近の問題を考えようと顔を上げる。

 皇都へは転移駅というもので移動するらしい。どうせなら風景を楽しもうと窓の外を見た視界に、丸屋根の大きな建造物が入ってきた。





お読みいただきありがとうございます♪


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