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僕は月のお姫さまの隣でその手を握る  作者: 市川甲斐
1 向日葵畑
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(2)

 中央図書館と教授の研究室のある研究棟の前を過ぎると、その先に比較的新しい建物が左右対称に建っている。向かって右側が文学部、農学部、国際学部の入る第2学部棟、左側が理工学部などの入る第3学部棟だ。


 第2学部棟は、文系学部が中心となることもあって、女子学生の比率が高い。第1学部棟も社会学部と法学部の文系学部で、半分は女子の筈なのだが、学内では総じて地味な女子が多いとの厳しい評価だ。それに比べて、第2学部棟は学内で最も華やかさがあると言われている。そういう学生達の雰囲気に沿ったものなのか、第2学部棟の学食のメニューには、ハンバーガーやパスタなど、洋食・軽食系が充実していることが魅力だった。


(仕方ないよな……)


 遥人は自分の服装を見下ろしてため息をついた。よく分からない筆記体の文字が書かれた白いTシャツに、膝下くらいのグレーの短いズボン。地味でセンスが無いだろうとは思うが仕方がない。


 建物内の廊下の壁には、所狭しとサークルやイベントなどの様々なポスターが張られている。ちょうどランチの時間帯になったこともあり、ざわざわと話しながら行き交う学生が多い。その学生達の流れに沿って、学食への入口に入ろうとした時だった。


「遥人! こっち」


 結構な大声で手を振りながら向こうから歩いてくる女子学生がいた。同級生の尾島おしまともだった。毎年11月に開催される学園祭の実行委員のメンバーで農学部の学生だ。明るいキャラクターが男女を問わず人気で、大学の2年間で皆の盛り上げ役としての地位をしっかりと確立していた。


「午前の試験だけで疲れちゃったわ」


 友恵は遥人の前に立って歩いて行くと、定食の窓口から迷うことなく日替わりランチを選んでさっさと会計レジに進んでいく。遥人も日替わりのパスタの窓口に並び、ミートソースパスタが出来上がると、サイドメニューのサラダを乗せて会計する。第1学部棟の学食にはパスタのメニューがないので、こちらの学食に来た時は大体パスタを注文することにしていた。


 会計を終えてテーブルの方を見回すと、端の方の窓側の席で手を振る友恵の姿が見えた。彼女の隣にも誰かが座っているようだ。近づいていくと、それが同じ実行委員で同級生の津野唯奈(ゆいな)だと分かった。唯奈の前には、2つのパンとコーヒーカップが置かれている。


「今日はこっちの学食まで遠征?」


「友恵からの呼び出しで来たんだよ。どうせ午後の講義まで時間もあるから」


「ふうん……」


 唯奈は何か言いたげに友恵の方をチラッと見た。唯奈は友恵と違い、落ち着きがあり英語が得意な国際学部の学生だ。やや天然なところがあるが、そのギャップが可愛いと男子学生の間ではかなりの人気がある。


 遥人は、彼女達が並んだ向かいに、パスタとサラダの乗ったトレーをテーブルに置いて座った。


「ええ! それだけ? もっと食べなよ。だから痩せてるんだって」


 友恵が驚いたように言う。彼女のトレーは日替わりの唐揚げ定食で、明らかにご飯が大盛りになっているのが分かった。彼女は太っている訳ではないが、登山部にも入っているため普段からトレーニングをしているらしく、普段からよく食べるイメージがある。


「午後の講義は寝られないから」


 遥人はそう答えて周りを見回した。学食内には確かに女子学生が多く、その間にパラパラと男子学生の姿も見えるくらいで、女子学生数人と男子学生1人が楽しく談笑しているグループもいくつか見られる。一方、こちらに「遠征」している男子学生だけの集団も目に入り、女子学生2人と一緒にランチができると思うと、密かに優越感を覚えた。


 友恵は、いただきます、と言って味噌汁を一口飲む。


「ようやく夏休みかあ。ここまで長かった」


「いやいや。普段から友恵はあんまり講義出てないでしょう。バイトばっかりで」

 

 唯奈が突っ込む。思わず友恵がそれに反論する。


「なんて失礼な。……まあ、半分くらいは正解だから許す。ユイちゃんは、夏休みはやっぱり実家?」


「そうね。家の手伝いかな。まあ、その分はしっかりとバイト代として貰うけどね」


 いいな、と友恵が羨ましそうに言う。唯奈の実家は東京下町の寿司店だ。彼女の案内で前に一度だけ、友恵や他の学生数人とともに、その店に行ったことがあるが、大将である父が握る鮮度の良い寿司が人気で、何人か弟子も抱えていた筈だ。広くはないが綺麗な店内で、カウンターの向こうに立つ体の大きな短髪の大将と、威勢のいい店員達のきびきびとした動きの中で、緊張しながら食事をした記憶があった。ただ、回転寿司ではない寿司をカウンターで食べたのはあれが初めてで、活き活きとしたネタとシャリの絶妙なバランスが、今でも印象に残っている。


「そうかあ。私はお盆辺りで実家に帰るのと、登山部のキャンプに行くくらいしか予定ないな。後はこっちに残ってバイトかなあ」


 友恵の実家は広島だ。彼女はあまり話したがらないが、高校時代に母を病気で亡くし、以来、父子家庭で3姉妹が暮らしていると聞いたことがある。そうした環境の中、長女として普段から家事も沢山していたようで、彼女は時々料理を作っては皆に振る舞う事があった。どちらかと言うと、明るく活動的なキャラクターから、料理とは縁遠いような印象があったが、そのギャップもあって初めて食べた彼女の料理の美味しさに驚いた記憶がある。


「遥人は何か予定あるの?」


 唯奈がチーズの乗ったパンを食べながら尋ねてきた。


「特に無いんだけど……どうしようかな」


 そう言えば、数日後から約2か月間の夏休みになるというのに、大きなイベントは何も決まっていない。唯一決まっているのは、アルバイトをしているコンビニエンスストアでの週2、3回の夜勤のシフトだけだ。


「お盆くらいは実家に帰ろうかな」


「実家ってことは、犬ヶ崎も行くの? いいなあ。私も行きたい」


「い、いや……。どうかなあ」

 

 友恵が羨ましそうな視線を送ってきたので、ドキッとした。遥人の実家は、千葉県の東端にある千子せんご市という街だ。その街外れに、犬ヶ崎という灯台のある岬がある。学園祭の実行委員では、毎年5月頃に成功祈願と称して、夜中の道を学生たちの車を連ねて犬ヶ崎まで行き、今年の学園祭に向けた意気込みを日の出に叫ぶという無茶苦茶なしきたりがあるので、実行委員の中では有名な場所だ。友恵は今年、その意気込みの一つとして、着替えもないのにその近くの海に自分から入って行って、周りのみんなを大笑いさせていた。


「友恵みたいな不用意な行動は止めてよね」


 冷静にそう指摘する唯奈に、友恵は舌を出して笑った。

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