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僕は月のお姫さまの隣でその手を握る  作者: 市川甲斐
1 向日葵畑
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(1)

 始めてください、と教壇に立つ男が言った。


 そこは3百人程が収容できる、この紫峰大学でも最大規模の階段型教室だ。普段の講義では半分も埋まることはないが、今日は試験日であるため、ほぼ満席になっていて、階段状になった後ろの席から見ると壮観な眺めだった。科目は民法の基礎で、教員免許を取得するために必要な科目になっているのと、教授の方針により最終試験の結果だけで単位が取れることから、学部を問わず、広く様々な学生が選択している。


 猪野いの遥人はるともその1人として、解答用紙に書き込んでいた。手元には、試験のために買った、教授自らが執筆した書籍を開いている。試験自体は書籍持ち込み自由だが、教授からは、答えを書くというより、その意見に至った課程を重視しているとしつこく言われており、理論立てて書くことが求められる。この場にいる大半の学生と同様、彼も普段の講義にはほぼ出席しておらず、法学部の友人から入手したノートのコピーと、手元に置いた教授の書籍が、解答にあたっての材料だ。周りも黙って筆記用具を動かす音しか聞こえず、不気味なほど静かだ。


 30分を過ぎた頃、記述を終えた学生が席を立ち始めた。遥人も必死に記述を続け、1時間を経過した頃にようやく立ち上がり、出口付近に立っていた補助役の学生に解答用紙を渡して教室を出た。


(ハア……結構、難しかったな)


 大きくため息をつく。手書きで大量の文字を書いたのも久しぶりで、かなり右手の指先に疲労感がある。社会学部の入る第一学部棟のコンクリート造りの古い建物の廊下を、他の学生たちとともに外に向かって歩いて行く。


 午後の社会学の単位は、先ほどの民法の単位と違い、毎回の出席が求められる講義だ。講義内容から、印象深いものを毎回感想として提出する必要があるが、最終試験は特にないので、気持ちとしては既に試験は終わった感じだ。


 建物から一歩外に出ると、不快な熱気が体を包んだ。夏真っ盛りの8月初めの日差しが降り注ぎ、冷房の効いた教室内と違って、一気に汗が噴き出てくる感じがする。時間を確認しようとして、スマホを手にすると、メッセージが届いていた。


(第二学部棟か――)


 そこに書かれている内容を見て、スマホをポケットにしまってから歩き始めた。


 紫峰大学のキャンパスは南北4キロ、東西1キロにわたる広大な敷地にある。学内の移動も、北の端から南の端までとなると相当の距離があるので、学内を円形に周遊する道路には無料バスが走っている程だ。その周遊道路の内側に学部毎に様々な建物が点在しているが、それ以外の敷地の大半には自然が残されていて、雑木林も多く、大きな池まで存在する。そうした風景を縦断するように南北にほぼ直線的に歩道が作られていて、それが大学内を移動する学生達の主要道だ。正式にはペデストリアンデッキと言うが、長いので通称「ペデ」と呼ばれている。


 蝉の鳴き声が辺り一面に響きわたる中、遥人は手に持ったリュックを左肩に背負ってペデを北に向かって歩き始めた。試験の時期というだけあって、多くの学生が歩いたり自転車に乗ったりして行き交っている。目指す学食までは歩けば5分程で着く距離だが、気温が高いのに加え、ペデを通る学生が多いためなのか、何となく息苦しく感じ始めた。


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