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僕は月のお姫さまの隣でその手を握る  作者: 市川甲斐
2 予知夢
16/50

(6)

 翌日は、実行委員会室に行こうか迷っていたが、その気持ちを察したのか、朝起きると大森からメッセージが入っていた。どうやら今日は、板野は来ないらしい。大森に感謝のメッセージを返信してから、昼前には委員会室に行った。部屋に入ると、大森が軽く手を挙げたので、こちらも頭を下げてそれに応じた。 


 室内の人数は多くはなかった。いつものようにパソコンを立ち上げてしばらく作業していると、友恵が何気なく隣に来た。


「昨日、大丈夫だった?」


「あっ……ああ。うん」


 彼女も板野に絡まれた話を誰かから聞いたのかもしれない。あまり彼女とその話をしたくないと思い、すぐに話を変えた。


「それより、農学部の飲み会も盛り上がった?」


「うん。やっぱり、農学部の飲み会って楽しいわ」


 友恵は笑顔でそう答えると、ちょうど別の委員が彼女を呼んだので、「じゃあね」と言って自分の席に戻っていった。


 板野は不在とはいえ、度々昨日の不快さを思い出してしまい、あまり仕事が進まなかった。友恵も午後からバイトらしく昼でいなくなり、午後には部屋は数人ほどになってしまったので、遥人も3時頃には委員会室を出た。


 その日は夜10時からバイトがある日だった。バイトがある日は、夕方に仮眠を取ったうえで、出勤時間に間に合うように、夜8時半頃に起きて準備をすることにしていた。遥人はアパートに戻り、少し眠ったが、気が付くと既に9時近くになっていた。慌ててシャワーを浴びて目を覚ますと、ふと、昨日の竹内とのやり取りを思い出し、図書館から借りた本を持ってバイトに向かった。


 その日は店長とのシフトだった。あまり来客も多くなく、商品や書籍の入れ替えが普段より早めに終わったので、事務室で持ってきた本を広げた。


 まずは目次に目を通していく。その本は、鳥井先生が関わった地域活性化の事例が5つ掲載されていた。各事例は、地域の現状とそれに応じた課題設定、そして解決策の提示もしくは実施という構成になっているようだ。


 続いて、竹内に紹介された真月村の章を開いて、ざっくりと概要に目を通していく。その事例の真月村というのは、山梨県にある山間の村で、戦後の開拓で農地を広げてきた、農業が主たる産業の村だった。地理的に山岳部に位置するため、交通の便も悪く、主産業であった農業も後継者が育たず、若者は次々と村外に流出していく。周辺の市町村が合併を進める中、村はタイミングを逸して合併協議を進めることもできず、単独での生き残り策を考えざるを得なくなった。


 そのために、鳥井先生が提案したのが「向日葵」だった。遊休農地に大量の向日葵を植えて、観光地化を図りながら、向日葵の種を使って油を製造したり食品に加工したりする産業を作り出す。向日葵を植える畑を少しずつ変えていくことで、農作物の連作障害も防止し、農業の生産性を上げ、それにより農業後継者を育て、農業と観光を両立させるというものだった。


 その章の最後のページまで来た時だった。


(あれ?)


 そこには1枚の写真があった。それは白黒で、不鮮明ながら、向日葵の広い畑と、その向こうには切り立った山々が写っている。写真の下には、「ヒマワリ畑と南アルプスの山々」と書かれていた。


 遥人は自分のスマホで「真月村」と検索し、役場のホームページを開いた。トップページに「ヒマワリ畑」というリンクが見えたのでそこを開くと、何枚もの画像が掲載されている。それは向日葵を撮影した写真で、その中には向日葵畑の向こうに山々が写されたものもあった。


(この写真——)


 遥人は「真月村」という地名をこの本で初めて知った。もちろん村のホームページを見たこともないし、行ったこともない。しかし、その写真の風景に見覚えがあった。それはこの前、母に占いをしてもらった時に夢の中で見た光景と似ていたのだ。しばらく忘れていたその夢のことが急に思い出され、なぜか胸がドキドキしてくる。


(どうして、この場所が……?)


 不思議に思っていると、商品の棚卸や注文を終えた店長がパソコン画面からこちらを振り向いた。


「何だか分厚い本だね。どんな本なんだい?」


「えっ、ええ……。来年からゼミが始まるんですが、これは僕が入ろうと考えているゼミの教授が書いた本なんです。だから少し読んでみようと思いまして」


 そう言って店長にタイトルを見せる。


「ふうん……難しそうな感じだな」


「いえ。そんなに難しくはないんです。この教授はフィールドワークを大事にしているみたいで、色々な地域に実際に出向いて、データや写真もたくさん使って解決策を提示しているので、その分、ページ数が増えているようなんです。だから、結構読みやすいですよ」


「なるほど。要するに現場主義だな。私も昔、自動車製造機械の部品工場で工場長をしてたから分かるけど、そういう現場感覚は大事だと思うよ」


「現場……ですか」


「そう。机の上で考える事も大事だけど、実際にその場に行ってみる事はもっと大事。現場に行けば、そこで働く人間の動き方、機械の音、油の臭い、そこから見える風景みたいな色んな事が分かる。五感をフルに使った事実が見えるんだよ。そういうものはデータでは表すことができないからね。私もその当時は、問題が発生した時はもちろん、日々そういう現場に行って改善策を考えていたものだよ」


 なるほど、と頷きながら、もう一度、先ほどの向日葵の写真に視線を落とす。確かに店長の言うのはもっともだ。もし、この風景が気になるならば、そこに行ってみればいいのではないか。スマホでルートを検索すると、真月村には、車で行けば早ければ片道4時間くらいで着きそうだ。


 遥人はスマホでシフト表を確認する。8月下旬に連続してシフトに入ったので、9月初めのシフトは意外に空いている。時間は十分にあることを確認し、店長に「僕も現場に行ってみます」と言うと、彼は満足そうに頷いた。

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