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僕は月のお姫さまの隣でその手を握る  作者: 市川甲斐
2 予知夢
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(2)

 夜の海に出かけたのはそれから2日後だった。友恵はファミレスのバイトをしているが、お互いのバイトの都合もあり、意外とすぐに行くことになった。


 その日に来た1年生は、友恵が呼びかけた大智たいちと真菜という男女だった。2人は付き合っている訳ではないが、夏休み前から実行委員会室の中でも話をする姿をよく見かけていた。遥人の運転する軽自動車の後部座席は、身長の高い大智にはやや窮屈そうだが、彼はあまり気にすることなく、隣の真菜と楽しそうに話をしていた。


「遥人さん。海までどのくらいかかるんですか?」


「1時間半くらいかな。いや、そこまでかからないか」


 真菜の質問に曖昧に答える。昼であれば1時間半程度はかかるだろうが、既に時刻は9時を過ぎ、交通量も少ないと思われるので、もっと早く着きそうな気がした。


 霞ヶ浦の真ん中に突き出た場所に掛けられた橋を渡り、そこから海岸に向かって車を走らせていく。橋を渡るまで多少は交通量があったが、橋の向こうからはめっきりと車が減って、こちらの車のヘッドライトだけが暗闇を照らしていく時間が長くなった。


 友恵は普段通りベラベラと様々な話題を明るく喋っている。「去年の学園祭は……」とか、「冬休みに委員会メンバーでスキーに行って……」とか、絶えず話を続けていた。話を聞きながら、実行委員の仲間との記憶を思い出していく。気づけば、大学に入学してから1年半が経とうとしている。友恵の話を聞いていると、委員のメンバーとは委員の活動だけでなく、色々な場所に遊びに行ったり、飲み会をしたりと、良い関係ができていたと改めて実感した。


 1時間程のドライブで、車は真っ暗な駐車場に着いた。ドアを開けると、強い潮風が顔に吹き付けてくる。


 友恵は花火の入った袋と緑色のガスライターを持っていた。風も吹いたり止んだりを繰り返しているので、火が付かないということもなさそうだ。遥人は、持ってきた懐中電灯を付けて、暗闇の方に歩いていく。すぐ隣に友恵が並び、後ろから大智と真菜がついてきた。


 小竹海岸は、太平洋に面して真っすぐな海岸線が続く砂浜で、お盆を過ぎたとはいえ、昼であればサーファーをはじめとして若者が集ってきているはずだ。ただ、流石に夜になれば真っ暗なだけで人気は全くない。遥人はこれまでも何度かここには来ているが、ほとんど夜しか来たことはなく、それもいつも実行委員のメンバーとだった。


「夜の海って、何か不思議な感じで、いいですね」


 大智が嬉しそうに言う。彼は「海なし県」の出身で、海よりも山の方が愛着があると前から言っていた。しかし今日は、真菜がいるというのもあるのだろうが、夜の海に少しだけ気分が昂っているような感じだ。


「じゃ、花火しようよ」


 友恵が言いながら花火セットの袋を開けた。真菜が持った花火に、ガスライターで火を付けると、白い光が辺りに広がった。


「綺麗……」


 真菜がそっと呟いた。友恵も自分で火を付けると、大きく手を振り回して暗闇に円を描いた。彼女はそれを持って海の方まで砂浜を走っていく。すると、その向こうに白い波の姿が見えた。


「濡れるぞ!」


 声をかけると、「大丈夫」と大声で返しながら、こちらに走って戻ってきた。火が消えると、再び辺りが暗闇に戻って行く。


 4人で次々に花火に火を付けていくと、あっという間に全部無くなった。最後に線香花火を付けたが、風が強いので火花がすぐに砂浜に落ちてしまった。


 花火が終わると、祭りの後のように寂しい感じになる。「少し海の近くまで行ってみれば」と友恵が言うと、大智と真菜は海沿いの方まで走って行った。


「何か、1年生って、いいよね」


「確かに。でも、僕達も1年しか違わないはずだけど」


「1年って、結構長いよ」


 そう言うと、友恵も暗い海の方に向かって数歩足を踏み出した。その後ろ姿を見つめる。ショートの彼女の髪が風に揺れて、その首元が見える。その姿を見て、ふと、母の占いの時に見た光景を思い出した。


(あの時の女性——)


 セミロングだった頃の友恵の姿を思い出して、その時の女性と重ね合わそうとする。しかし、今となっては、夢に見た女性の姿も朧げだ。あの時以来、同じような夢を見ることはなかった。最近では、バイトや実行委員の活動が忙しかったこともあり、次第にその夢のことも忘れかけていた。あれはやはり、意味のない夢だ。


 その時、友恵の声が聞こえてハッとなった。


「あのさ、遥人——」


 彼女が振り向く。その真っすぐな視線が遥人を見つめる。


「私……不思議な夢を見たの。何故かその夢を、忘れられなくて」


「夢?」


「どこかの山奥の風景みたいでね。たくさんの向日葵が咲いた畑の前で、私が立っているの」


「えっ……」


「私が振り返ると、遥人がこっちを見ているの。私と、あなたしかいない。2人だけの世界で」


 思わず息を呑む。今、目の前の友恵は、真面目な顔でこちらを見つめていた。周りを楽しませるようないつもの笑顔がない。


「友恵……それは……」


 その時、強い風が吹いた。すると、その後ろから1年生2人が叫んだ。


「センパーイ!」


 その姿を友恵も振り返る。2人は息を切らせて走って来た。


「夜の海って、何か面白いですね」


 ハアハアと息を上げながら真菜が楽しそうに言った。気が付くと、友恵もいつもの笑顔になって応えた。


「でしょう。やっぱり夜の海っていいよね。……じゃあ、そろそろ、帰ろうか」

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