好きの理由2
カフェの外に出ると、昼過ぎということで人通りが多い。チラチラと刺さる通行人の視線を受け流したままシャルが目指すのは、ダニエラの家だ。
ダニエラは、シャルの腕に自分の両腕を巻きつけたまま、上機嫌に歩を進めている。彼女を家まで送り届けたのち、シャルもまた自宅へ戻って休まなければならない。ブラックにも程がある環境で働く、エルフ族――休める時には迷わず休む! が鉄則だ。
「アズちゃんに聞かれた時はね~? 若い子の前で恥ずかしいと思ってぇ、建て前を話したのぉ」
間延びした話し方に戻ったダニエラに、シャルは諦めたように小さく「ああ」と相槌を打った。止めても彼女が口を閉じないなら、言うだけ無駄だと判断したのだろう。
「ダークでも、エルフはエルフだからって、学校へ入れられたけど……同級生のエルフも教師のエルフも、フェロモンに中てられておかしくなっちゃうでしょう? あ~あ、本当に怖かったなあ。異性には襲われるし、同性にはいじめられるしぃ」
「僕も似たような経験をしているから、まあ、ダニーの苦労はいくらか分かる」
「……だよねえ。だって私のフェロモン、シャルルンの傍に居ると負けちゃうから。だから、一生ストーカーを辞められないの~大好き~」
ダニエラは、周囲の通行人たちに視線を巡らせてから、最後にシャルを見上げるとニッコリと破顔した。当然シャルは、げんなりとして「一生ストーカー宣言は、嬉しくない……」とぼやいている。
いくらサキュバスクイーンの力を引き継いだダニエラでも、神造エルフの特性の前ではかすむ。彼女の雄を惑わすフェロモンよりも、シャルのハーレム遺伝子の方が遥かに強い。
彼ら二人が肩を並べると――いや、シャルの力が及ぶ範囲にダニエラが入ると――ダニエラは、なんの力も持たないただの色違いエルフになる。彼女が雄をおかしくするよりも先に、シャルが全てをおかしくさせるからだ。現に、街行く人々はダニエラではなく、シャルにばかり視線を注いでいる。これこそ、彼女がストーカーを辞められない要因である。
シャルの近くに居れば、男を惑わさない、襲われない。女から『泥棒猫エルフ』と罵られることもない。至極平和に心穏やかに生きられる。ダニエラも年齢を重ねるにつれてフェロモンの制御も上手くなったが、無意識下に垂れ流される分は対処の仕様がない。
「学校でシャルルンと会ってからぁ、私、ずっと楽しいの~。体質だからどうしようもないんだって諦めてたけど、光明が見えたって言うか~……それに、今まで誰にも触れなかったけど、シャルルンは触ってもどうにもならないのが分かってるから、安心してベタベタできるでしょう? シャルルンのシャルルンは、悪さしないでちゅもんねえ~」
「どこに向かって話しかけている――いや、言わなくて良い。聞いた僕がバカだった」
こじんまりしたアパートの前に辿り着くと、二人は足を止めた。シャルの腕から離れたダニエラは、はにかみながら彼に手を差し出す。まるで握手を求めているかのように。
「送ってくれて、ありがとう~。シャルルンが傍に居ると何も起こらないからぁ、本当に助かる~」
「それは構わないが……ダニーもアズも、睡眠不足で疲れているんじゃあないのか? 疲れると、思考が下世話な方向に逸れやすいらしいぞ」
「私のこれは正常だしい、たぶんアズちゃんも、疲れなんて関係ないと思う~。……ねえ、もしシャルルンが普通のエルフになったらあ、私たちってどうなるんだろうねぇ」
「さあ……どうだろうな」
一向に下ろされない手に、シャルは彼女の手を軽く握った。しかしその手が小さく震えているのに気付くと、訝しげに眉を顰める。
「私は、シャルルンのお願いが一番大事だからぁ、ちゃんと応援するよぉ。もし私のフェロモンに中てられちゃったらぁ、本当に責任も取るし~……」
「ふと、思ったんだが――皆して、僕が普通になった後の世界を不安視しているだろう?」
「別に、私は……好きだから、シャルルンがどうなっても平気だよぉ」
ダニエラは、あまり自然ではない笑みを張り付けている。その頬にシャルが手を伸ばせば、彼女はびくりと小さく肩を揺らした。過去に起きた異性トラブルによって、様々なトラウマがあるのだろう。
いずれ変わってしまうシャルを受け入れるという言葉だって、かなり無理しているに違いない。彼女が好きなのは、シャルという男そのものよりも、彼から得られる安心感だ。ひとつも間違いが起こらない、シャルとの関係性を愛しているのだ。
シャルは、宥めるようにそっとダニエラの頬をひと撫ですると、すぐさま手を引いた。
「どうして皆、当然のように、変わるのは僕だけだと思い込んでいるんだろうな」
「……え?」
「神造の特性が消えれば、君らの過剰な好意も消えるのに。僕の気持ちが離れたらとか、嗜好が変わったらとか……どうしてそんなことばかり心配しているのか、分からない。将来を不安視すべきは、恐らく僕の方だ」
「で、でも~、特性が消えたって、シャルルンはシャルルン……でしょう? 姿形が変わる訳でも、考え方や価値観が変わる訳でも――」
「僕は神の手で造られた作品だから、皆に無条件で好かれるんだ。それが消えるということは、見た目も頭の中身も、何もかも変わるのかも知れない。それなのに、どうして君らの想いだけは永遠のように捉えているのか……不思議で」
「………………それってなんか、シャルルンが死んじゃうみたい」
ぽつりと零したダニエラはすぐさまハッとすると、「ごめんねえ」とシャルに抱き着いた。
「本音を言えば、何もかも変わっちゃうのは不安……でも、応援したいのも本当だよ。だって、少なくとも今は好きで仕方ないから」
「ああ、ありがとう」
ただ生きているだけで、多くの人に囲まれてきたシャル。彼の人生を問答無用で支援する特性が全て消え去った時、果たしてどんなエルフになるのか――。最近、あまりにも多方面から『不変』を願われたせいか、彼もまた普通について考えさせられたのかも知れない。
シャルは穏やかな声色で「早く休んだ方が良い」と告げると、自身もまた家へ戻ろうと踵を返した。




