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工事の進捗

 ダニエラの知らせを受けてゴブリンの巣まで戻ると、既にアズとロロも戻って来ていた。

 エリアの監視をしていたのがダニエラで、しかもトリスがシャルと共に外から戻って来たということが引っかかったのか――アズは、まるで威嚇で唸る犬のように眉間に皺を寄せている。

 そうして小さく呟かれた言葉は、「()()お得意の抜け駆けですか、チビシアパイセン」だ。


 自分が目を離した隙に妹がシャルを独占していたことが気に入らなかったらしい。

 しかし、トリスは自ら過ちを告白したことで吹っ切れたのかなんなのか、悔いるような表情を浮かべるどころかツンと顔を逸らして聞き流している。


 果たしてそれが良いことなのかどうかは謎だが、変に負い目を感じて空気が悪くなるとか、口論を始めるよりはマシだろう。少なくとも、争い事を好まないシャルからすれば。


「アズ、ロロ、進捗(しんちょく)はどうだ? 何か問題や事故、怪我は――なさそうだな」

「今のところ進捗()問題ねえッスよ。ボス部屋……サハギンの巣に湖があるくらいだから、すぐさま水源にぶつかって難航するかと思ったけど……意外と順調で」

「そうか、それは良かった。五十メートル直下掘りするまで、あとどれくらいかかる?」

「ああ~~……まあ、そッスね~……」


 ゴム手袋を嵌めた両手でゴブリンの死体を集めながら、工事状況の確認をするシャル。問われたロロの答えは歯切れが悪く、これでもかと泳いだ目はアズに向かった。すると、アズがパッと破顔して口を開く。


「すみませんシャルルエドゥ先輩! ちょっと張り切り過ぎちゃって、五十メートルどころか八十メートル掘っちゃいました! 今は新規エリアの空間を確保するための掘削作業中です!」

「………………何? もう? いや――掘り抜いた周りの土砂が穴の中へ雪崩(なだ)れ込まないように、壁を固めながら進めないと危険だろう? 一体どうやって……」

「ふっふっふ……「次元移動」の魔法を使って、岩盤をくり抜くと同時に別の場所へ運んでいるだけですよ。体力を使うことなく、そして時短! 最高に効率の良い工事方法です!」

「……だから、周囲の土砂の補強工事は? 作業中に事故で死にたいのか?」


 改めて問いかけたが、真剣な眼差しをするアズの回答は相変わらずぶっ飛んでいた。


「思ったんですけど――自分「次元移動」が十八番(オハコ)なんで、例え真上から土砂が降ってきたとしても生き埋めになる前に察知して逃げられるなって。ほら、補強工事なんてしたところで外の縦穴については最終的に埋め立てちゃうでしょう? なんだかソレって、労力と時間と資源の無駄っていうか――」


 シャルはアズが最後まで言い切る前に、血脂で汚れたゴム手袋を付けたまま彼の両頬をギュウとサンドした。

 そうして、アズの「プェアァッ!! 油粘土にヘドロとレバーを練り込んだ匂いがするゥッ!!」という悲鳴を他所にロロを呼びかける。


「これではロロに監督を任せた意味がない。危機管理もクソもないじゃないか、ロロらしくないな」

「いや、その……俺が止める間もなく開幕ズドンと八十メートル直下掘りされちまって――その後もことごとく俺がしようとする忠告の先を行かれまくって、もうこりゃ駄目だって」

「誠に遺憾(いかん)だ。二人に対する僕の信頼を返して欲しい」


 押しのけるようにしてアズを解放すれば、彼はすぐさま「収納」の中へ消えて行った。恐らく顔を洗いに行ったか、胃の中のものを出してから戻って来るつもりだろう。


「う~ん……アズちゃん、工事を急ぎたい気持ちは分かるけどぉ、死んだら元も子もないのにね~? 分かってるのかなあ~」

「どうしてあんなに破滅的なんだ、ヤツは――トリス、君の兄は昔から()()なのか?」

「ええと、やっぱり養成学校を卒業してから病気が悪化したような気がします……?」

「クレアシオンに配属されなかったことが人生を棒に振るほどの事件だったと? 来期から枠を広げるべきか……? だが今期はたまたま指名が被ったというだけの話だし、広げることで「クレアシオンだけは嫌だ」と泣くエルフが増えると僕は複雑だ」

「エド先輩……」


 アズが姿を消したことで気が抜けたのか――というか、またしても「やはり私の過去の行動が兄を変えた一因なのかも知れない」という罪の意識に苛まれたのだろうか――トリスは複雑そうな顔をしている。


 トリスが裏切らなければ。もし試験結果を同点にできていれば。せめて卒業時、双子の立場がイーブンであれば。

 アズは結局のところ、クレアシオンの枠は一つしかないからと振るい落とされていたかも知れない。結末は同じだったかもしれない。

 しかし正々堂々と競った結果の敗北ならば、今ほどぶっ飛んだ変人にはならなかったのではないかと思ってしまう。


「なんつーか、まあ……それだけリーダーの魔性が強力だってことだろうな。生きとし生ける者全てを狂わせちまうんだから」

「……僕が悪いのか?」

「悪いと言うか、そういう特性つきのエルフとして生まれたんだから最早自然の摂理だろ? 誰のせいとかじゃなくて、どうせこの世の森羅万象は神の采配によるものじゃねえッスか。アズはエルフに交配されて生まれたハーフかも知れねえけど、リーダーみたいに神の息がかかったエルフが存在する以上、アイツの行動理念を単なる『異常』で片付けるのもなあ……真剣に悩むよりも「そういうもんだ」って飲み込んじまった方が良い気がする。ヒト族がダンジョンに対して思う意見と同じだ」


 僅かな時間ながらアズの行動に振り回されて疲弊してしまったのか、ロロはまるで悟りを開いたように遠くを見つめながらそんなことを言った。

 もしかすると自らの特性に悩むシャルを気遣った発言なのかも知れないが、恐らくアズの相手に疲れているだけだろう。


「ロロちゃんってたまに物分かりが良すぎるし視点が俯瞰(ふかん)的すぎてえ、実は神様側のエルフなんじゃないのかなって思う時がある~」

「ンな大層なもんじゃねえッスけど、それだって誰にも……俺にも証明できねえ事でしょう? いちいち深く考えて落ち込んだって無駄なんスよ、俺らは皆神々の操り人形――くらいに思っていた方が気楽で良いって。だから次、アズの相手はリーダーに任せる」

「何が「だから」なのかは分からないが、こうなってしまっては仕方がないな……」


 (てい)よく子守を押し付けられたシャルは、エルフの大釜から出てきたゴブリンの水晶を拾い上げながら小さく肩を竦めたのであった。

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