企画提案書
アポなし不法侵入者アズから企画提案書を受け取ったシャルは、その内容に目を通した。先ほどの反省文十五枚と比べれば随分と薄いため、熟読したとしてもすぐに終わる。
どうも彼の構想では、『隠しエリア』へ通じる入口を――クレアシオンで新米冒険者死傷率ナンバーワンの――ゴブリンの巣エリアの中につくるつもりらしい。
特に死傷率が高いエリアに上級冒険者の通る動線を確保すれば、わざわざエルフが助けに入らずともヒト族同士で手を取り合えるはずだ。そうすることで、新米の生存率が上昇するのではないか――恐らくそう言った意図があるのだろう。
まずは、ゴブリンの巣エリアに特殊な宝玉がなければ開くことのできない扉を設置する。そして――のちのちエルフが原状回復をする時のことを考えて――「時間停止」の効果範囲を上手く区切るために、他エリアと同様通路を設ける。
その先に広がるのが新規エリアだ。設計図を見る限り、短辺十五メートル長辺三十メートルでバスケットコート程の広さだろうか。
「一部屋だけ――その割に随分と広い場所を作るつもりなんだな」
シャルの予想では、隠しボスのエリアがひとつ増設されて、その先に隠し宝物殿のエリアが作られるのではないか。または、いっそもうひとつ新たなダンジョンをつくるぐらいの勢いで本格的に部屋を増やすのではないか――そのどちらかだった。
しかしアズの設計図には、だだっ広い新規エリアがひとつズドンと置かれているだけだ。
「自分、そこで冒険者にレイド戦をさせたいんですよね~」
「……レイド戦? それは構わないが――しかし、現存する魔族の数はそれほど多くない。そもそもヒト族が相手ではボスと連戦するなんて不可能に近いぞ」
――『レイド』とは、主にオンラインゲーム用語として扱われる言葉だ。多数のプレイヤーが協力して、少人数では到底倒せないような強敵または大量の敵を相手に勝ち抜き攻略することを指す。
一般的なダンジョンにはボスが一体しか居ない。しかしレイドでは、複数のボスが同一エリアに同時もしくは順番に連続して出現するため、冒険者は必然的に連戦乱戦を強いられるという訳だ。
少なくとも数十人パーティで臨まなければ即死する上、結局のところヒト族は本気の魔族が相手では絶対に勝てない。三歳児がどう足掻いても成人に勝てないのと同じで、力の差があり過ぎるのだから。
命の危険を感じた場合エリア外まで逃げれば死にはしない代わりに、再びレイドゾーンに入り直しても討伐は最初からやり直しである。なぜなら、ヒト族の『エリア移動』はエルフにとって仕事開始の合図だ。一度でも移動したら原状回復されてしまうのがダンジョンというものである。その仕組みに例外はない。
一旦攻略し始めたらクリアするまで勝ち抜き続けるしかないのだ。
冒険者が挑んだとしても、勝ち抜くどころか生きて帰ることすらできない超難易度エリア。大人数で挑戦したとしても、相当ノリの良い魔族が「ぐわぁ~! や、ら、れ、た~!!」と死んだふり――と言う名の「時間停止」からの「収納」または「次元移動」で退避――をしてくれるかどうかに係っている。もしも彼らの機嫌が悪かったら、キュッと捻り殺されて終わりだ。
あまりやり過ぎれば神に精神を破壊されてモンスター堕ち待ったなしだが、魔族にだって一日に殺しても許される人数という明確なラインが存在する。だからこそ、根っからの快楽主義である彼らは割と頻繁にヒトをキュッとやってしまう。日頃の業務でかかるストレスを発散するためのガス抜きのようなものだ。
つまりレイドゾーンというのは、ただただヒトが死んで終わるという地獄の赤字ゾーンであり――気付けば、どのダンジョンでも採用されなくなった粗雑な案だ。
「いえ、魔族ばかり集めても難攻不落エリアになっておしまいですし、ヒトは死にまくります。それで自分が『徳』を積めるとは思えません。ですので、魔族ではなく多種多様なモンスターと連戦させたいんです」
「……当然ザコではなく、そう簡単には攻略できないように上級レベルのモンスターばかり集めるんだろう? エルフがエリアの状況を逐一監視しながら順番に水晶を割って行けば、モンスターとの連戦は可能だな。全て勝ち抜いたところで「時間停止」してしまえば、何もなかったはずの空間にタイミングよく宝箱を配置することもできる――か」
「そうです! 簡単にクリアされちゃったら上級者の呼び込みとして弱いですから、難易度はそれなりに上げたいですね」
アズはにこやかに笑いながら、だだっ広いエリアでレイド戦をさせることの利点を続けた。
まず、掃除のしやすさ。不要な柱なし、凝った装飾の壁なしとくれば、原状回復も容易い。出現するモンスターの数が多いとしても、他エリアと違い『巣』という扱いではないため環境を整える必要もない。大量に生産されるモンスターの死骸についても、最後にまとめて大釜にぶち込んで水晶に変えるだけだから簡単だ。
そして、冒険者の滞在時間の長さ。いつまでも続く連戦と一度でも外に出れば最初からやり直しという鬼のような仕様に、彼らはなかなかエリアを離れられない。しかも大人数で力を合わせて挑む必要があるので、同日にレイドゾーンの利用待ちをする冒険者も少ないだろう。
冒険者が同一エリアに滞在すればするほど、エルフの実働は難なく加算されていく。モンスターが片付くたびに新たな水晶を投げ込むことくらい、普段の原状回復と比べれば余裕である。
エルフが楽をしながら効率よくポイントを稼げて、そしてヒト族が死に過ぎない程度の高難易度エリア。
このエリアを新規増設することによって、クレアシオンで一日に死んでも許されるヒト族のカウントも変動するかも知れない。まずはつくって稼働してみないことには分からないが。
「ふむ……色々と考えているんだな、偉いぞ」
「うぐっ!? い、いきなりなんですか!? 甘やかさないで下さいよ!! ――抱いてください!」
「脈略がなさすぎる。それにしても、大釜に複数種類の死骸を入れても問題ないのか? 妙な合成獣が生み出されそうで怖いんだが……」
「あ、それは試したことあるんで平気ですよ! そもそもほら、モンスターの肉が足りなくなったら動物の肉で代用するじゃないですか? モンスター同士でも全く問題ありませんでした!」
現存するダンジョンの中で、同一エリアに複数のモンスターが生息する場所はない。モンスター同士で喧嘩するかも知れないし、大釜に死骸を集める時に問題があるかどうか微妙だからだ。
――前例のないことなのに「既に検証済みだ」と即答するアズを見て、シャルは「さすがマイナス五百万ポイント、恐れ知らずだな……」と呟いた。




