ポイントの使い道
エリアの原状回復を終えて、再びダンジョンの外まで出てきたシャル一行。シャルやロロ、ついでにトリスから何度も叩かれた後頭部を擦りながら、アズは唇を尖らせている。
ダークエルフという生まれを無視して接してくれたから、シャルが好きなのだと言うダニエラ。成績不良者だったのに最初から信頼し続けてくれたから、シャルを尊敬するのだと言うロロ。トリスとアズについては、ハーフという特性上言うまでもない。
しかし、チーム全員から話を聞いても、アズはまだ納得できないようだった。シャルに惹かれるのは、そういうものだから大した理由はないと言われても――理由なら、十分あるではないかと思っているのだろう。
「全く腑に落ちていない様子だな」
一人考え込むアズを見て思うところがあったのか、シャルは肩を竦めながら問いかけた。すると少年は、当然のように頭をぶんぶんと縦に振る。
「当たり前でしょう! 自分がどれだけの期間、シャルルエドゥ先輩に恋焦がれているとお思いですか!? 言っておきますけどね、絶対に「魅了」なんて関係ありませんから! それは確かに、特別講師として学校を訪れていた先輩と話してから、追いかけようと思ったのは事実ですけど――自分もルルトリシアも、在学中に先輩に触れられたことなんて一度もありませんし、卒業するまでは会う機会も滅多にありませんでした! 『シャルルエドゥ毒』には侵されていません!」
「言い方が失礼すぎる。……厳密に言えば「魅了」ではないから、会うだけで十分なんだ」
「そもそも会うだけで十分なら、ロデュオゾロ先輩はもっと早い段階で篭絡されていたはずじゃないですか? つまり、シャルルエドゥ先輩の特性なんてものはオマケに過ぎず、結局は先輩そのものが素晴らしいという話でしょう?」
キラキラと瞳を輝かせながら熱く語るアズに、シャルは若干引いた様子で後ずさった。僅かに動いた口元からは「確かに、これほど激しく好かれるのは久しいな」という言葉が漏れている。そうして一向に諦める気配がないアズと、面倒なのか詳細な説明を渋るシャルのやりとりを見かねたのだろうか。ダニエラが横から「アズちゃ~ん」と微笑みながら呼びかけた。
「エルフ族が十億ポイント貯めたらぁ、どうなると思う~?」
「十億ですか? まず、エルフ族が一生かけて保有するポイントの平均が、八億だっていう夢のない話を前提に言いますけど……定年を迎える前に、この労役から解放されるんでしょう?」
ダンジョン時間で実働八時間働いて得られる平均ポイントが、約五千。それを約四万年続けるのだから、本来十億くらい割と楽に稼げるはずだった。しかし、途中で冒険者が亡くなるペナルティで大赤字を食らったり、ダンジョン内で破壊されたオブジェクトや罠を購入したり、宝箱に入れるアイテムを購入したり――そういったことにもポイントを利用するため、結局のところ生涯収入は八億止まりで終わることが多い。全くブラックにも程がある。
更にこのポイント、いくら稼いだところで交換できるのはダンジョン経営に関わるものばかりだが、実は貨幣とも交換できる。エルフ族がダンジョン経営に掛かりきりになっていても、外の世界で難なく買い物をして暮らせるのは、このお陰だ。ただし、貨幣と交換できるせいで過度な贅沢を覚えたり、ポイントを貯蓄したくとも生活のためには交換するしかなかったりと、メリットばかりではない。
「でもぉ、エルフの生涯収入が平均八億ってことはぁ、たぶんどれだけたくさん頑張っても、定年の四万歳までは時間がかかるでしょ~? それってぇ、今更労役から解放されても意味がないって思わない~?」
「そりゃあ……思いますけど。でも、ほんの数千、数百年でも早期退職できたら、嬉しいものじゃありませんか?」
「え~? 私はひとつも嬉しくな~い。そこまで働いたら、もう残り数千年働こうが働くまいが、同じだし~。そんなことのために馬車馬のように働くなんてぇ、バカみたいでしょ~? じゃあ、無理せず体を壊さないように適度に働いて、普通に定年を迎えればよくない~?」
蠱惑的に小首を傾げるダニエラに、アズは「それは、まあ……」と口ごもった。恐らく、彼自身にもそういった意識があったからこそ、マイナス五百万ポイントになろうがお構いなしに転属を願ったのだ。心の底から早期退職したいと願っていれば、そんな馬鹿な真似はしなかっただろう。
「実はぁ、そもそも生きている内に十億ポイント貯められるエルフが少なすぎて、あんまり知られていないんだけどぉ……得られる特典は、労役からの解放じゃないって話があるの~」
「……えっ? でも、そんな話学校では――」
アズが目を丸めると、ダニエラは口元に人差し指を立てて「し~」と囁いた。
「生き証人が居るから、間違いないんだよ~。なんか~神様がご褒美に一つだけなんでも叶えてくれるって話だからぁ、私もシャルルンも十億貯めたくて頑張ってるの~」
「シャ……え、そんな嘘みたいな話をシャ――、しゃ、しゃっ……シャルルエドゥッ! ――はあ、すみません! ビックリして、くしゃみが出ました!!」
「今後二度と、貴様の鼻水と一緒に僕の名前を飛ばすな、二度とだ」
シャルがこれでもかと眉を顰めれば、アズは「はい!!」と威勢のいい返事をした。しかしすぐさま首を傾げると、「それ、本当の話なんですか?」と懐疑的に問いかける。
「僕のじぃじが証人だから間違いない」
「ええ? でも先輩、「十億貯めて労役から解放されたヤツなんて、見たことがない」って、他でもないじぃじさんのお言葉じゃありませんでしたっけ?」
「アズが四万年かけて十億貯められたとして、神に「なんでも叶えてやるぞ」と言われた時に願うのは、労役からの解放なのか? ついさっきダニーと話したばかりじゃないか、馬鹿みたいだと」
「あ。……じ、じゃあ、エルフ族全体の解放を願うとか? そうすれば、ダンジョン管理なんて役目はこの世から消えるじゃないですか。なんでも叶えられると言うなら、そう願うエルフだって居るはずで――」
シャルはアズの言葉を遮るように「そこまで献身的なエルフは、最早エルフ族じゃないな」と一刀両断した。エルフは他のどの種族よりも優生思想が強く、『エルフ』という生き物を好むし、同胞にも甘い。しかし同時に、誰よりも我が身こそが尊いと信じてやまない矛盾を抱えているのだ。
自分の人生を賭けて稼いだポイントを、個ではなくエルフ族全体を救うために使うなど――己が達成した偉業の見返りとして神から貰い受けるはずの景品を、他人に無償で引き渡すなど。
そんな自己犠牲は美談でもなんでもなく、自身の尊い生き様を全否定するに等しい『悪行』なのである。




