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『天使の背中短編集』

魂と雨やどり

作者: すけともこ

長編執筆の息抜きに書き上げた短編の第2話です。

短編ですが、一度に読むには少々長めですので、お時間のあるときにゆっくりお読み下されば幸いです。

良い天気だからと城の外へ出てきたのが、そもそもの間違い…すべての始まりだった。



たまたま散歩に出ていたタイムさんに捕まって、香辛出版のある建物に連れていかれ、お使いを頼まれてしまった。



エスペーシア城の隣りに住んでいるカステーラ博士に、ウェントゥルス教の研究資料を渡してほしい。



そんな子どものお使いなんて、と一度は丁寧にお断りしたオレだったが…


向こうのほうが何枚も上手だった。



「そんなこと言っていいのか? バクリッコよ。この時間は城内の人間が自由に出歩いていていいわけない時間のはずだ…執事長のカルダモンさんにバレてもいいなら、断っても構わんがね?」


「……」



出会った瞬間から弱みを握られていたオレにはもう、断ることなんてできなかった。


サボりがばれて、晩ご飯抜きにされてはたまらない!


こうして、子どものお使いのような頼まれごとをされてしまったオレだったが…



渡されたダンボール箱は重たくて大きくてかさばるし…


良い天気だったのは一瞬で、もう大粒の雨が石畳を打ちつけ始めているし…


まさに踏んだり蹴ったりってやつだ。


オレは慌てて近くの教会の軒下へと避難した。



湿った土の匂いが鼻をつく…この匂いに気づいていながら帰路を急がなかったオレは、自分の甘さを呪った。


香辛出版からカステーラ博士の研究所なんて目と鼻の先だっていうのに、とんだ足止めを食らってしまった。



軒下から少し顔を出して確認してみると、西の空が晴れている。


ということは…通り雨か、助かった。


と、思いながら…数十分以上経ち、今に至る。



「……」



何もすることがない…暇だ…!


仕方ないので、タイムさんから聞いた「新月刊誌を担当する、バクリッコと同じ年頃の女の子」の話から妄想の翼を広げてみた。



オレと同じ年頃ってことは、クミンちゃんとも同じってことだから…


可愛いのはどっちかな…


美人なのはどっちかな…


胸が大きいのは…


……



なんて、真剣に考えてはみたものの…


数十分以上も考えていたら、さすがに飽きる。



「……」



ムスッとため息をつくと…冷たい風が鼻にツンと染み込んだ。


もうすっかり秋なんだ…そう思うと、胸が苦しくなる。


秋が来て、秋が過ぎれば…すぐに冬がやってくる。


…自然と、ダンボールを持つ手に力が入る。



冬は嫌いだ。


何もかも凍ってしまうから。


家も食べ物も、植物も動物も…そして、人間も。



「……」



いや…この国は凍えるような寒さとは無縁の、それほど寒くはならない国だ。


そう、頭ではわかっている。


でもオレは



「もし…そこのお兄さん。執事のお兄さん」



ふと聞こえてきた男の声に、オレははっと我に返った。


振り向いた先には、教会の開かれた窓があって、そこからだれかが手招きしているのが見える。


あの袖口は、黒の法衣だろうか…だとしたら、この教会の神父様だ。



やっべぇ…勝手に雨やどりしてたから、お説教くらうんだろうか…!?


もし、そうなったら…エスペーシア城の恥晒しもいいとこじゃねぇか…!


バクバクうるさい心臓と戦いながらも黙っていると、



「そこは雨が跳ねて冷えるでしょう。もう少し、こちらへどうぞ」



なんと…神父様は、こんなオレを気遣って優しく声をかけてくれたようだった。


嬉しくなったオレは、お礼を言ってもう少しだけ軒下の奥のほうへと下がらせてもらった。


このまま教会の中に入れてもらえたりするのかなぁ〜なんて虫のいいことを考えていると…


神父様は、さっきとは違う硬い口調で、



「本来ならば、雨は神からの恵みですから打たれて帰るよう言うのですが…そのお荷物は濡れてはいけないもののようでしたから、特別に軒下の使用を許可しますね」



なんて言ってきたのだ!


オレは開いた口が塞がらなかった…


いやぁ、さすがはウェントゥルス教南風派。


…オレみたいな新参者には、まだまだ理解できないことが多いんだな。



「…お兄さんは、ウェントゥルス教はどちらの宗派でしょう?」



神父様は話し相手がほしかったのか、教会の中から声をかけてきた。


奥のほうにいるから、姿は見えない。


にもかかわらず、この大雨の中でもよく声が聞こえる。



というか、この質問…


答えは決まってるようなもんじゃないか。


でも…まぁ、聞かれたことには答えないとな。



「オレは南風派です。改派して、5年になります」


「ほう…ということは、以前は北風派?」


「はい。いろいろあって、南風派に落ち着きました。でも、仲間は北風派のままで…オレは、彼らに南風派の良さを伝えきれなかったんです」



…気づけば、そんなことまで口をついて出ていた。


聞かれてもないことまでベラベラと…


もしかすると…話し相手がほしかったのは、オレのほうだったのかもしれない。



「お仲間は、今はどこに?」


「…少し前に事件を起こして、そのまま国外追放になりました。それ以来、会ってはいません」


「なるほど…あの2人組のことでしたか」


「……」



オレは肯定も否定もしなかったが、神父様にはお見通しのようだった。


それにしても…


城内だけで片付けたはずの事件なのに、まるで見てきたように「あの2人組」なんて断言できるとは。


神父様って、やっぱりすごいんだなぁ。


…そう思って感心していたのだが、



「心配しなくてもいいですよ、お兄さん。あの2人組なら、今は大平原プラデラで悠々自適に暮らしていますから」



なんて言ってきたのだ!


オレはまたしても開いた口が塞がらず…


気がつけば、大声でまくし立てていた。



「神父様! み、見えるんすか!? アイツらが!?」


「ははは、そんなに驚くことではありませんよ。プラデラはこの国の南にあって、比較的近いですから。少し風が吹けば、何もかもわかるんですよ」


「そっ…そう、なんすか…」



さすがは、風から神の声を聞くウェントゥルス様の教えを継ぐ神父様…!


ウェントゥルス様と同じように、神父様も神の声を聞くことができるんだ…!



オレは、もうアイツらの心配なんて忘れていた。


今はただ、神父様の偉大なチカラを目の当たりにして、文字通り飛び上がりそうになっていたのだ。



「神父様! 他には!? アイツらが元気だってのはわかったんで、もっといろんなこと知りたいっす!」



オレは、開け放たれた窓に向かって声を張り上げた。


故郷のノルテ王国のことも聞いてみたかったのだが…神父様は「う〜ん」と唸って、



「残念ながら、ここからではプラデラの情報が限界のようです。他の場所…もっと遠い場所は、よくわかりません」



まるで、だれかの思い出の品を壊してしまったかのような申し訳なさそうな口調に、無邪気な頼み事をしたオレも気まずくなってしまった。



「い、いや…いいんです…」



オレはぽつりと呟いて、また前を向いた。


通りには、まだ激しい雨の作り出す白煙が充満している。


いったいいつになったら止んでくれるのか…少し途方に暮れかけた、そのとき。



「遠くは見えませんが、近くならよく見えるんです…ほら、もうすぐお兄さんのお迎えがいらっしゃいますよ」



なんと、神父様は教会の中でそんなことを言い出したのだ。


まさか、この雨の中を…?


サボりがバレないようにお使いを頼まれたオレを、いったいだれが迎えに来てくれるっていうんだ。


もしかして…クミンちゃん?


オレは微動だにせず、白く煙る大通りをじっと見つめていた。



「……」



集中して通りを見つめること数分…


それらしき人影が、薄靄の中をこちらへ向かって来るのが見えてきた。



人影は2人…


ひとりは、フードを深くかぶった…少年か。


もうひとりは…


黒髪メガネの…まさしくパンデロー。


…うん、自分の傘をさして、オレの分らしい傘を持っている。



え、こんなところにパンデロー?


ってことは…


フードの少年って…!


おいおいおい。



「あっ! バクリッコ! ここにいたんだね! よかったぁ〜!」



オレに気がついたフードの少年が、水しぶきとともにこちらへ駆けてくる。


この声、この喋り方…間違いない。


フードの少年は軒下でオレの隣に立つと、思いっきりフードを脱いだ。



「あ〜、蒸れて暑い! パンデローがどうしてもって言うからかぶってたけど、すっごくムシムシする!」



その場に現れたのは、黄金に輝くサラサラの髪の毛と、首に巻かれた薄橙色のスカーフ…


ああ、やっぱり。



「カステーラ博士のところへ遊びに行ったら、もうすぐ来るはずのバクリッコが来ないって話になって…どこかで雨やどりしているかもしれないから、迎えに行くことになったんだよ。パンデローがひとりで行くって言ったんだけど、面白そうだからついてきちゃった!」



エスペーシア王国第1王子であるターメリック王子13歳は、声変わりしてもほんのり高い声で楽しそうに微笑んでいた。



「…それはそれは、王子様自ら、ありがとうございます」



オレは『面白そうなことには首を突っ込まずにはいられない』ターメリック王子様にペコッと頭を下げた。


そして…そんな王子様に振り回されている従者のパンデローに、少し同情した。



当のパンデローはというと、水しぶきで大事なローブが汚れないようにしているのか、ゆっくりこちらへと歩いてきていた。


確か、王子様の従者になって、まだ数週間のはず…それなのに王子様のわがままを聞くしかないなんて、大変そうだな…かわいそうに。


…なんて、思っていたのだが。



「こんにちは、バクリッコさん。傘を持ってきましたが…その荷物じゃ、自分でさせませんよね…私が代わりにさしますから、心配いりませんよ」


「……」



ようやく軒下にやって来たパンデローは、曇天の空模様と対になるような晴れやかな顔をしていた。


まるで…王子様と一緒にいられる日々を、心の底から楽しんでいるかのような…



なんだよ、パンデロー…心配して損したじゃねぇか。


お前…幸せ、なんだな。



「…バクリッコさん?」


「あ…あ、お、おう…ありがとな!」



何の返事もしないオレに首を傾げていたパンデローに、オレは慌ててにっと笑ってみせた。



パンデローは、彼の叔父のカステーラ博士によると、一言では語り尽くせない辛い経験を乗り越えて、現在の王子様付き従者に落ち着いたのだという。


パンデローの母親は、確か竜巻のせいで亡くなっていて…オレも、ノルテ王国の大吹雪で母親を亡くしている。


パンデローは、少しグレていたオレと違って、必死に今を生き抜いて…


こうして、幸せそうにしている。



オレも見習わないとな…


忘れかけていたふたりの仲間が頭をよぎったが、



「あ! 雨が小降りになってきた! これなら、傘だけでも濡れずに帰れそうだよ!」



王子様のはしゃいだ声につられて、オレは西空を見上げた。


今まで白く煙っていた水しぶきもすっかりなりを潜め、白んだ空からポツポツと雫が落ちてくる程度になっていた。



夏の通り雨じゃなくて、秋の長雨だったのか…


最初の見立てを間違えていたなんて、もう5年もこの国に住んでいるのに、恥ずかしいじゃないか。



フードをかぶりなおして手招きをしていらっしゃる王子様の後を、オレは苦笑いを隠すように歩きだそうとして…


ふと思い出した。



危ない危ない、何も言わずに帰るところだったぜ。


オレはくるりと振り向いて、開け放たれた教会の窓の中へと声を張り上げた。



「神父様! 雨が小降りになってきたので、これで失礼します! 雨やどりさせてくださって、ありがとうございました!」



しかし…


大声を出したのにも関わらず、神父様からの返事はおろか、教会の中からは何の気配も感じられなかった。



…いない?


どこかに行かれたのか?


この雨の中を?


まさか。



首を傾げていると、先に歩かれていたターメリック王子様が戻っていらっしゃって、オレを奇異なものを見る目で見つめなさると…とんでもないことをおっしゃった。



「バクリッコ…この教会は、ぼくが生まれた頃から、神父様はおろか住む人のいない無人の教会なんだけれど…」


「……」



なっ!? そんな馬鹿な…!


風なんて吹いていないのに、すうっと背筋が寒くなった。


だっ、だってオレは…


オレは、さっきまでここで神父様と話をしていて…ウェントゥルス様みたいな不思議な力も見てたっていうのに…


ここが無人?


しかも、最近じゃなくて10年以上前から…!?



得体の知れない体験をして何の言葉も出てこないオレだったが、王子様はまったく気味悪がられることもなく…


何か思い当たる節でもあるのか、小さく微笑んでおられた。


そして、



「…たぶん、これのせいだと思う」



そうおっしゃって、オレの抱えていたダンボールを少しだけ開けられた。


見えたのは…古い木造の風見鶏だった。



「カステーラ博士から、中身のことは聞いてたんだ…なんでも、この国に伝わる中でもいちばん古い風見鶏みたいだよ」


「風見鶏って確か…ウェントゥルス教のシンボルでしたっけ?」



神の声である風を、目に見える形にしたもの…それが風見鶏である。


…と、博士が言っていた気がする。


そんなウェントゥルス教を研究するカステーラ博士と同じくらいウェントゥルス教に詳しいターメリック王子様は、知識の浅いオレにこっくりと頷かれて、



「これは、ぼくの想像だけど…この風見鶏にウェントゥルス様の魂が宿って、教会の神父様として現れたんじゃないかな」


「ウェントゥルス様の魂が…」



まさか、そんなこと…と、フツーの人間なら一笑に付すような想像だが…


もしも本当に魂が宿ったのだとしたら、辻褄の合うことばかりだ。



オレの前に現れたウェントゥルス様(の魂)は、その能力を使って教えてくれたのだろう。


救えなかった同郷の仲間のこと、オレと同じ辛さを経験した弟分のこと…


気に病んだり、気遣ったりしていたけれど…それはもう必要ない。


オレにはもう、何も心配することなんてないんだって…!



そうか…そうだったのか…


オレには思い当たることが多すぎて黙っていたのだが、



「王子様、私は信じます! この風見鶏にウェントゥルス様の魂が宿っていたことを、私は信じたいです!」



何も言わないオレが王子様の言葉を疑っているとでも思ったのか、王子様の後ろに控えていたパンデローが大きく頷いていた。


まったく心外だ!



「なんだよパンデロー、だれも信じないなんて言ってねぇだろうが!」



ダンボールを持った腕で軽く肘鉄をお見舞いすると、パンデローは「えー」と言いそうな顔ですっと肘鉄を避けた。



「あはは、ありがとう、ふたりとも。信じてくれて、嬉しいよ」



ターメリック王子様はオレたちのやり取りに微笑まれると、前に立って歩き出された。


パンデローは王子様のフードを微調整してから、オレに傘をさしかけてくれた。


…いやいやパンデロー、そうじゃないんだな。



「オレは濡れてもいいからさ、この風見鶏を雨から守ってくれよ」


「あ、そうですね。わかりました」



オレたち3人は、エスペーシア城…の隣にあるカステーラ博士の研究所へ向かって歩き始めた。


もうすぐ到着というところで、オレはふと疑問に思ったことをパンデローに聞いてみた。



「なぁ…魂って、窓とか開けられたりすると思うか…?」



もっと奥へ入るよう手招きしてくれた、法衣の袖口を思い出す…


あのとき、すでに窓は開いていた。


10年以上も無人の教会だというなら、窓を開けたのはあの神父様ということになる。


そんなオレの質問に、パンデローは瞬きを繰り返して、



「いやいや、魂に実体はありませんから、この世界の物には触れないと思いますよ。だから、窓なんて…」



と、自分でそこまで言って、教会の窓が開いていたことに気がついたらしい。


オレは、驚いて声をなくしたパンデローに、



「へっ…へへへ…」



と、笑いかけるのが精一杯だった。



…オレの見た黒衣の袖口。


いったいだれだったのだろう…



おわり

最後までお読み下さり、ありがとうございます。

短編は、どれも「長編パンデロー以後、長編シーナ以前」の期間の内容になっています。

読みにくくて申し訳ないのですが、今作は前作『行方と幸せ』よりも以前の話です。

(前作は春先でしたが、今作は晩夏といったところでしょうか)

他作品や長編作品も合わせてお読み下されば幸いです。

感想やアドバイス等も絶賛受付中です!

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