人月神話は今ここに-産業ギルドをパワハラで辞めさせられた俺、美少女豪商に拾われ前世の記憶を使って奴らを見返してやる。戻って来いと言われても、もう遅い!-
短編です。どうぞ。
「今ある無駄を7割、削ってください」
前世の嫌な記憶が蘇る。
俺の名前はエルマー・ノイマン。
前世の名前は田中央翔、という名だったな。
今となってはもうどうでもいいけど。
前世の仕事は職場改善をしていた。
オペレーティング・リサーチ、所謂ORをして人事、生産、営業、経理、経営からその形態を変えて、仕事の効率を上げる役割だった。
上の言葉は、その仕事のしていたときに、上長に言われた言葉だった。
全く以ってORについて関わりのなかった職場なら兎も角、あそこの職場はORの先達によってある程度効率化の図られた職場であったため、その言葉をそこで発するというとは、正に鬼畜の所業と言えるだろう。
俺は頑張った。
だが、その先に待っていたのは、昇進や昇格、昇給などではなく、更なる効率化の要請と、更なる残業、そして休日出勤だった。
俺としては商品開発部が新たな商品を開発し、その工程を効率化するとなれば、「無駄の7割を削る」こともそこまで難しくもなかっただろう。
だが、商品開発部は俺の手柄を横取りしていたのだ。
「効率化したのは我々の開発があったこそ」だと。
実際には奴らは何もしていなかったのに。
そしてその末に俺は残業をしていたとある日に、胸が痛くなって倒れ、そして気づけば、この世界に赤ん坊としてオギャアオギャアと泣き生まれていたのだった。
恐らく、心筋梗塞とか、そのあたりの病気だったのだろう。
話は現世に戻る。
この世界には魔法と、それらを駆使した技術、魔導工学なるものが存在する。
魔導工学には魔法そのものを駆使する研究を行う魔法工学、魔法陣や既存の物理工学と合わせた研究を行う魔械工学、ポーションや生化学と合わせた研究を行う、生魔工学がある。
俺の現職の勤め先となる、「産業ギルド」ではその全てを研究しており、また、直営の工場も有してり、特に魔械工学や生魔工学で生み出された技術を量産、販売し、ギルドの運営費を稼いでいるらしい。
勿論、研究を国に修め、国からの報奨金だか奨励金だかを受け取ってもいるらしいが、職員の給料の大半は工場で生み出した製品の売上で支払われている。
俺はそういうところに所属し、主に製品開発と工場での生産を行っていたのだが……。
「……多い。無駄が……多すぎる……!!!!!」
工場内の職員はくっちゃべりながら作業をし、工具やら治具やらを戻さず、それを探すために大幅な無駄が生まれている。
また、そんな風に、テキトーに仕事をしているため、不良品率も高い。
それ以外にも無駄を生み出す要因もあったが、それは多すぎるため、今は割愛しよう。
俺は前世の記憶からその性を抑えきれず、この職場の生産部と話をすることにした。
「もっとこの工程をこういう感じで効率化すれば、生産効率が上がると思いま――」
「君さ、生産部もやっているとはいえ、研究もしているんだよね?」
「は、はぁ……」
「正直言ってこんな”どうでもいい”ことを考えるよりも、もっといい研究を進めてくれないかなぁ?」
「そ、そちらも勿論力をいれて、頑張らせていただいていますが……」
「研究で成果を出さなければ、意味なんてないんだよ。大体、それを行って、どれくらい利益が上がるって言うんだ?」
「このレジュメに書かせていただいた通り、悲観値でもおよそ今の1.12倍の利潤が――」
「嘘つけ!俺たちのやり方を否定するつもりか!?たかだか研究者風情が生産に口出ししやがって!」
「で、でも、これをやって生産効率が上がればあなたの――」
「五月蠅いっ!!!黙れっ!!!」
「そんな……」
「もういい!!!貴様は今日限りでクビだ!!!」
「な、なぜ……!?」
「分からんか?今回のこれ、一体何回目だと思っている?それほどまでに君が”ヒマ”であるという証左なんじゃないか……?そんなに”ヒマ”だというのならご希望通り、暇を出してやると言っているのだ」
「生産部の貴方が、研究の方に口出しできるとは……」
「研究の長に口出しするとして、貴様のような研究成果をロクに出していない木っ端研究員風情と、生産部の長、彼はどちらを信用するかな……?」
「……」
「今ならまだ、『ただ退職を受けた人間』としてこの建物から出られるぞ?”不法侵入者”という、犯罪者ではなくなぁ?」
生産部の長は、ニヤリといやらしく笑った。
この世界に、労働基準法も無ければ労基署もない。
成す術など、なかった。
こうして俺は、産業ギルドを追い出された。
……。
「はぁ~……。これからどうしよう……」
この世界は労働基準法などないので、追い出した月まで給料を払わなければならないわけではない。
職を失って数日、様々なところで就職のための面接を受けたが、どこもかしこも落ちてしまった。
研究職は今までにやった研究内容に不十分だと感じられて。
飲食店のウェイターなどは、今は人手が足りていると言われて。
もう、財布に入っている金はない。
今着ている服以外は、下着以外は全て売ってしまった。
この世界に、クレジットカードなどはないから、こうなったら財布も売ってしまうしか……。
ギュルル~……
腹が鳴る。
飯も1日1食に変えて、量も減らしている。
ハッキリ言って、もう限界は近い。
「うっ……」
目の前がグラングランと揺れて、地に膝を着いた。
もう、ここまでか……。
栄養失調かな。
前回は心筋梗塞で、今回は栄養失調で、それも若くして、か。
ハハ、前回も今回も、碌な人生じゃ――
「おい、君!大丈夫か!」
若い女の声だった。
「大丈夫じゃ……ないです……」
腹から何とか声を絞り出して、そこで意識は途絶えた。
……。
「ハァッ……!」
「……起きたか」
意識を取り戻すと、自分が寝ていた寝床の横に意識を失う前に聞こえた声で話す、銀髪碧眼の、ただ美女と言うには若く感じ、美少女というには大人びた感じがする女性が立っていた。
「え……こ、ここは……?」
「私の屋敷だよ。君が私の前で行き倒れてしまったから、急いでここに連れてきて、体力を回復させるポーションと、砂糖水を飲ませたんだ」
「貴方は……?」
「質問ばかりだな」
「す、すいません」
「いや、まあいいが」
その女性はフフッと笑った。
「私の名前はカミラ・フォン・ベルガーシュミットベルクという」
「フォン」と、最後の「ベルク」……貴族……か?
「俺は……エルマー・ノイマン」
「エルマーか、良い名だな」
「……どうも」
前世の名前も、今回の名前も、特にいいとか悪いとかの感情を抱いたことは無かったし、そう言われることも無かったので、少し戸惑って応えてしまった。
「そうか、エルマー・ノイマンか」
「何か……?」
「最近、噂を聞いたんだ。とある男が、『産業ギルド』を辞めた、とな」
「は、はぁ……」
「また、私はとある論文に注目したんだ、『工場内活動の省略化と効率化による生産活動の向上とそれによって得られる利益について』という論文だ」
「……」
「私はかなり注目したよ。この論文の内容は理にかなっているし、画期的だ。しかしそれと同時に、伝統と前例に拘る石頭の老人どもには、到底理解できるものでもない、とね」
「そう、ですか……」
「ただ私は、その男を私の運営する工場に、是非とも迎え入れたいと思ったんだ」
「……工場?」
「私は貴族としての称号は持ってはいないが、その血族でね。商才があったので、色んな事に手を出して、今は様々な工場を運営しているよ。紡績工場に、鍛冶工場、あとは……ポーションを作る生魔工場に、魔械工場もね」
「はぁ……すごいですね」
「ハハハ、無理に褒めなくてもいいんだぞ」
「別に無理したわけじゃないですが……」
見た目的に若いだろうし、それだけの才能に溢れているのなら、それは羨ましいことだ。
「話は戻って、そして担当突入ではあるが、先の論文の著者である、『エルマー・ノイマン』とは、君のことであっているか?」
「はい……多分」
「なるほど。では辞めた男というのも……?」
「そっちは、完全に俺ですね」
「道理で。産業ギルドに行っても、見つからない訳だ」
「ハハハ……」
「君はあそこで野垂れ死にかけていたが、今何か職に就いていたりするのか?」
「いえ……」
「そうか……なら、私のところで、働いてみないか?」
「え?」
「私は今以上に業種を広めてより統合的な生産場と研究を生み出してみたいと思っている。そこで君の力を借りることが出来れば、それをより早く、より効率よく出来ると踏んだんだ。どうだ?最初の3ヶ月分は先払いして、3ヶ月後、継続して就職するかどうかを決める、というのは。少なくとも、その間の衣食住は保証しよう」
「分かりました」
「ハハッ、返事が早いな」
「食えるなら、今すぐにでも!」
「そう焦るな。分かった、少し早いが、今すぐ昼餉を用意しよう。そのあと、私の工場の紹介をしよう」
「ありがとうございます!」
「本当に、現金な男だな……」
こうして俺は奇跡的に、その日の飯と職場を手に入れることができたのであった。
― 3ヶ月後 ―
あの美女だか美少女だか分からない豪商、カミラに拾われて、3ヶ月が経った。
因みに年齢を聞いてみると、「乙女の秘密」とはぐらかされた。
前の職場のせいで麻痺して失言してしまったが、前世のようにセクハラだと怒られなくてよかった。
ここの職場は、今まで働いた全ての職場の中で、最も充実していた。
職場改善案を出して、軽んじられることもなければ、手柄を横取りされることもない。
あとついでに、上長は綺麗な女性だ。
目の保養になる。
閑話休題。
今は契約更新のための会議をすることになった。
「あれから、3ヶ月経ったが、君はどうだ?」
「はい。これからも良ければ、続けさせていただきたいと、思っています」
「そうか……。私も、君を雇い続けたいと思っていたんだ。君も続けたいと思ってくれていたみたいで良かったよ。雇用契約の方も、今までの3ヶ月の短期契約から、不祥事が無ければ終身までの正式契約にしようと思うが、どうだ?」
「ありがとうございます!」
「君は、いい返事をするな。そういうところ、私は好きだな」
「誠に!感謝の限りで!」
「……時に君は、私の事をどう思っているのだね?」
「え?……どう、とは?」
「自分で言うのもなんだが、私は容姿に優れていると考えている。私は私の能力を活かせず、好きでもない男と結ばれ、退屈な人生を送っていくのが嫌だから断ってはいたが、私を娶りたいとする貴族は多くいたんだ」
「そう、ですか……」
「それに今でも、下心丸出しで食事やらに誘ってくる身の程知らずの男もいる。だが君はどうだ?今まで仕事と支給する衣食住に関すること以外に、私と話したことがあったか?」
「はぁ……無かったような……」
「そうだ!君は失礼じゃないのか!私と言う結構容姿のいい女が近くに居ながら、食事や外出に誘おうともしない!」
「いや……私にとって上長ですし……誘ったところで支払いとか俺が出すっていうのも、なんだか変な感じになっちゃいますし……」
「君は男色趣味なのか……?」
「性自認は男ですし、女の人の方が好きですよ?カミラさんのことも、とても綺麗だと思ってますし」
「なぁっ……!コホン。ならせめて、もっと話さないか……?」
「仕事以外に接点とかあまりないので、話すことって……」
「ああ!もういい!君は私と結婚できるとしたら、結婚したいと思うのか!?」
「はい。そりゃもう」
「……ならなんで、今まで誘ったりしてこなかったんだ……」
「カミラさんは命の恩人ですし、そんな風に見るのは失礼かなって」
「はぁ……そんな律儀な……。そういうところも好きだなもう!」
「……好きなんですか?俺の事」
「そうだよ!君は私にとって、私の活動を軽んじてくることもないし、仕事はちゃんとしてくれる。顔は……好みってほどでもないが、悪くはない」
衝撃の事実。
「私が研究開発して、それを君が効率化する。仕事から見ても私たちは相性がいいんじゃないのかい?それに、私は君のことが好きだし、君も私のことを悪くは思っていないんだろう?」
「まあ、そうですね……寧ろ好きです」
「ならっ……結婚しよう!私の婿になれ!」
「は、はぁ……よ、よろしくお願いします?」
なんだこれ、展開が早すぎてついていけない。
どういう訳か、この銀髪碧眼美女と結婚することになったのであった。
あとで年齢を聞いてみたところ、この時点で17歳であったらしい。
美女というより大人びた美少女だったらしい。
そして今の俺は27歳。
10歳差かぁ……。
この世界では割とあることらしいし、アプローチを仕掛けてきたのは向こうだけど、なんか犯罪感があって後ろめたさを感じる。
兎も角、俺は紆余曲折あり、俺の仕事がしっかりと評価される職場と、美しい妻を手にすることになったのであった。
― 5年後 ―
「貴方、今日から人が工場にたくさん入って体制も結構変わると思うから、朝礼もよろしくね」
カミラは生まれて1歳になる息子のイーヴォを抱えて執務室へ向かった。
こんなに波乱万丈に生きてきたが、今はかなり充実している。
綺麗な妻、元気な子供たち、今までとは違い、しっかりと評価される職場。
これまでやってきたことは意味があったと、実感できる。
今まで働いてきた積み重ねを実感できる、その職場に入った。
工場の朝礼台に登る。
「皆さん、おはようございます。多くの方は初めまして。初めての方に言います。あなた方が今からする、この工場にとっても、あなた方にとっても初めての仕事になると思います。あなた達はこれで継続的に稼げるのか、不安に思う人もいると思います。しかし、私は誓います。あなた方が行う仕事は私がその中の無駄を7割削り、利益が出るようにします。だから、安心してください。そして、私について来てください!」
この工場に初めて来た人は、ポカンとしていたが、俺が指定した工場規定に従った人たちはうんうんと頷いていた。
自分が設定した規定は工場の効率を高め、昇給もなされているのだ。
知らない彼らも、今から知ることになるだろう。
この工場がどれだけ他の工場よりも効率が良く、安全であるのかということを。
「それでは、作業に入ってください!」
俺の号令が響き、作業員たちはスタスタと作業場へ向かう。
俺の人生は、更に幸せに満ち、輝くものとなるのであった。
また、産業ギルドに所属する人たちがこちらの工場や研究所に引き抜かれ、前の上長や産業部の長が傘下に入ることを踏ん反り返って要請するのを蹴り返したのは、また別のお話。
人月神話要素無くて草。
楽しんでいただいたのなら幸いです。