9.噛み合わない噂
彼女に話す前に、一度頭の中を整理する。
ここ最近起きた出来事を振り返るというのは苦行ではあったが、必要だと思った。
話し始める前に、上手く説明出来るか分からないが聞いて欲しいと一言だけ断りを入れる。
彼女は小さく頷いてくれた。
「病気を知った経緯から話してしまうと長くなるのでそこは置いておく。ちなみに僕の病気の具合については?」
「う、うん……難しい病気だって聞いてる……」
若干言いにくそうにする素振りから、彼女は僕の病気について正しく理解しているのだろうと推測し説明は不要と判断した。
「最初は、乃空にも話そうと思ったんだ。自分だけでは受け止められなくて、誰かに聞いて欲しかった……」
「それが普通だと思う。それなのに何故しなかったの?」
「しなかったんじゃない、出来なかったんだ。言いたいと思う反面、迷惑がかかるんじゃないだろうかとも思った」
「まぁ、それについては色々言いたいこともあるけど……君の気持ちも理解出来る。でもさ?それこそ彼女から告白されたタイミングが、打ち明ける絶好の機会だったんじゃない?」
「いや、むしろその逆で絶対に言えないと思った」
「ん〜、何で?そこがちょっと理解出来ないんだよね。いやさ、別に私の考えが正しいとか思ってるわけじゃないよ?ただ、私が君の立場なら言うけどな……と思って」
「怖くなったんだ……」
「怖い?もしかして話したら距離を置かれるとか思った?無責任な言い方かもしれないけど、月夜野さんはそんな子とは思えないけど……」
違う、そうじゃない……。そんな心配は一度だってした事がない。
僕がその時感じた恐怖はそうじゃない。
「今から話す事さ?自意識過剰だと自分でも理解している。どう思ってくれても構わないから、せめて笑わないで聞いてくれると約束してくれるかい?」
「何それ。別に笑う事なんてないでしょ?細かい事は気にせず、どうぞどうぞ」
別に場の雰囲気を和ませたくて言ったわけじゃないのだが、先程までの真面目な空気が霧散した気がした。
話す前から少し不安になったが、彼女の言葉を信じて腹を括る。
「もしも僕が死んだら、彼女もきっと後を追うのではないかと思ったんだ……」
それを聞いた彼女は、僕の言った事が理解出来ないとばかりに、呆けた顔になる。
「えっ!?何それ、ちょっとそれ本気で言ってる?」
我に返った彼女からの第一声はそれだった。
笑われるのも嫌だが、まるで頭のおかしい人の様に、真顔でこう切り返されるのもかなり堪える。
「その場に居なかったから言えるんだよ。普通さ、高校生の告白って『ずっと好きでした』とかそういう感じのものだろ?君が今までにされた告白も大体そんな感じじゃない?」
言った後に、彼女も告白された事がある前提で話した事を少し心配したが、どうやら問題はなかった様で肯定の返事がきた。
「まあ、そうね。ただ、君達の場合は幼馴染だから小さい頃からずっと……みたいな感じだろうけど」
「まぁ、そう思うよな。でも乃空の告白は違ったんだよ」
僕はそこで一度止める。
告白された内容を誰かに言うのは……マナー違反ではないだろうか?
でも、説明しないと理解してもらえないとも思う。
少しだけ悩んだが、結局続ける事にした。
「彼女は『結婚を前提でお付き合いしたい』と言ってくれた。きちんとお互いの両親にも報告した上で、婚約者としての立場を求めた。僕が健康なら何も問題なかった。でも、彼女の真剣な思いに今の状態では応えられるはずがない」
「えっと……怒らないで聞いて欲しいのだけど、それってさ?答えを保留にすれば良かっただけじゃないかな?」
「その結果もしも僕がこの世を去ったら、きっと僕という存在が彼女の人生において邪魔になると思った。だから拒絶する道を選んだ」
「君の気持ちはとりあえず分かった。それで君にもしもがあって何故彼女が後を追うとか思ったの?」
「それ言わないとダメか?」
「言ってくれないと、私置いてけぼりなんですけど……」
少しだけ拗ねたように、上目遣いを向けてくる。
その仕草に負けた訳でないけど、観念して話を続ける。
「『貴方の為に私は生まれてきた』『貴方の為なら私は死ねる』って冗談じゃなく真顔で言うような子だぞ?本人の口から聞いたのはその時が初めてだったけど、幼稚園の頃から今までずっと思っているとか言われたら心配にならないか?」
「うわっ……自分で聞いてて聞かなきゃ良かったって思った。君も極端な性格だけど、月夜野さんも同じだって事が、まだ知り合って間もないけど分かったよ」
僕も君が遠慮がない性格だって事をこの短期間で理解した……と言い返したかったが、その言葉を飲み込んだ。
「でもそうなるとさ?君が拒絶した時点で、彼女既に危ういんじゃないの?」
「それを考えなくもなかったけど、手術がもし成功すればその後できちんと誤解を解けばいいと思った。失敗して僕が死んでも、最悪な男だと思われるだけで済む。そうなれば後を追いたいなんて思うわけないだろうし、その時はこれが最善だと思った」
「そう……大体分かったわ。それじゃ、次の質問。君、噂の事ってどこまで知ってる?」
「幼馴染を振った事、鳳月さんを脅して無理矢理付き合っている事、鳳月さんと別れて今度は君に手を出してる事……僕が知っているのはこれぐらいだよ」
「私と君が付き合っている……はぁ〜?何それ!?私、そんな噂聞いたことがないけど!?」
その噂については、今朝教室に入る直前に聞いたと説明した。
説明を受け、彼女は何やら考えている様子なので邪魔をしない様に大人しく景色を眺めていた。
数分経った頃、彼女の中でようやく結論が出た様で話が再開する。
「まぁ、いいわ。その話はとりあえず一旦置いておいて、話を戻そっか。それで何で鳳月さんと付き合っているって噂になったの?」
「彼女は告白の場に居たらしく、僕が屋上から去った後、泣き崩れる乃空に対してその噂の内容を伝えたと言ってた」
「鳳月さんが?それをする意味は何?そんな事して彼女に何のメリットがあるの?」
僕に分かるものか……。
その問いの答えは、こっちが聞きたいぐらいだ。
「さぁ?でも彼女にも何か事情がありそうな雰囲気だった。今のところハッキリしているのは彼女が噂を広めたという事だけだ」
「まぁ、君の話だけ聞くとそう考えるのが妥当ではあるんだけど、そうなると一つだけ腑に落ちない事があるんだよね……」
そう言って彼女は、腕を組んで小首を傾げる。
世の中には『あざと可愛い』という言葉があるが、この言葉は彼女の様な人の為にあると思えるぐらい様になっていた。
「腑に落ちないも何も、本人が僕にそう言ったんだ。噂を広める様にするとあの日ハッキリと口にした!!」
自分の考えが否定され、つい語気が強くなってしまった。
「知らない様だけど実はさ?君と鳳月さんが付き合っているという噂には『続き』があるんだよ」
続き?まだ他にも非難されている事があったのか……。
少し気持ちが持ち直してきたとは言え、正直これ以上は聞くのが怖い。
だが、僕の気持ちはお構いなしとばかりに彼女が続ける。
「私が聞いたのは、君の性格に嫌気を差した鳳月さんが別れ話をしている。巡谷君を刺激して話を拗らせたくないから『彼には関わらないで欲しい』と鳳月さん自身が言っているというものだった。どう?これが私が聞いた君の知らない噂の部分。ね、辻褄が合わないでしょ?」
「…………」
「ほら〜、黙ってないで何か言ってよ。って聞いてるの?お〜い」
確かにあの告白から数日は嫌がらせがあったが、すぐに収まった。
彼女が皆を止めていたという事なのか?一体どういう事なんだ?
思考の海に潜り始めた僕の耳には、そこから先の彼女の言葉は何も入ってこなかった……。
重要なお知らせ。活動報告でも書かせていただきましたが第一話の冒頭部分の一部を変更させていただきました。
訂正前から既に読み進めてくださって方、大変申し訳ございません。※5月8日に変更しております。
いつも読んで下さってありがとうございます。
そして、ブクマ・評価・感想・誤字脱字・ミスのご指摘ありがとうございます。
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↑定型文すいません
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私のメンタルが削れるのが先か……皆様のメンタルが崩れるのが先か、これからも一緒に我慢比べを楽しんでくだされば幸いです!




