7.彼女は知っている②
「あれ……怒っちゃった?最初に言っておくけど、どんなに怖い顔をしても絶対に教えてあげないからね」
「………言う(ビュゥゥゥゥゥゥウ)……」
僕の声を、突然の強風がかき消した。
「ごめん聞こえなかった、なんて言ったの?」
髪を押さえながら、僕に問いかけてくる。
風のせいで聞こえなかったのだから、彼女に悪気はないのは分かっている。
それでも込上げる怒りとパニックで僕は怒鳴ってしまう。
「言うなよっ!!絶対に誰にも言うなよ!!」
そんな僕の懸命さに呆れたのだろうか?
彼女は苦笑を浮かべ、無言で頷いた。
「分かってるって。そんなに大声で言うと誰か来ちゃうよ。ちょっと落ち着いて…ほら、どうどう……」
人を小馬鹿にした態度が気に入らないけど、確かに誰かがここに来るのは困る。
彼女の言葉に従うのも癪だけど、心を落ち着けるために深呼吸をする。
「ねぇ、立ち話も何だからさ。あそこで座って話さない?誰か来ても隠れる事が出来るからさ」
僕が落ち着いたのを見計らって、屋上の入口の真上にある給水タンクを指す。
「うん、分かった……」
了承して、既に歩きだしている彼女の後に続く。
梯子を前まで来ると急に振り返る。僕と目を合わせそこで立ち止まった。
何だ?早く登れば良いのに……僕がそんな事を考えていると、彼女はこれ見よがしに溜息を吐いた。
「はぁぁぁ〜。ねぇ……ちょっと聞きたいんだけどさ……君って気が利かないって言われる事ない?」
どうだろうか……?いちいち気にした事はないけど、少し考えてみる。
が、特に思い当たらない。
「もういいよ、聞いた私が馬鹿でした。それじゃ君に分かるように教えてあげる。私達は、今からこの梯子を登らないとでしょ?そして私は女の子……どう?これで分かった?」
そう問いかける彼女がスカートを摘んだ事で、そこでようやく合点がいった。
「あ……ごめん、気がつかなかった。僕が先に登るよ」
確かに気遣いが足りなかった、すぐさま謝罪を入れ梯子に手をかける。
直ぐに登ろうと梯子に足をかけたタイミングで、彼女が思いもよらぬ事を口にした。
「分かればいいのよ、大体一度パンツを見たからって次も簡単に見れるなんて思わない事ね。私はそんなに安い女じゃないんだから」
そう言って得意気に胸を張るが、昨日あれだけ堂々と見せておいて、どの口がそれを言うか……と内心思ったが、ぐっと堪えた。
彼女が登ってくるのを待つ間、屋上からいつも見ている景色と変わらないんだな……とそんなくだらない事を考えていた。
「わぁ〜、絶景かな絶景かな!!少しの高さの違いなのに、いつも見る景色と何か違う気がするよね!!」
僕達の感性はどうやら真逆らしい。
「さて、とりあえず座ろっか」
そう言って座り込む彼女から少し距離を置いた位置に僕も座り込む。
「じゃ、早速さっきの話に戻るね。まずは、さっきの君が言ってた事に関する答えね。私は誰にも言わないよ。信じるかどうかは君次第だけど……それだけは断言出来る」
「そっか……ありがとう。それと、さっきは怒鳴ってごめん」
「気にしてないからいいよ。それで、さっきも言ったけどさ?私が何で知ってるかは言えない。一応さ?私も噂とか聞いてるから何となくどんな状況か理解してるつもりだけど、君の口からちゃんと話して欲しい」
「それを言って僕になんのメリットがある?」
「それじゃ私からも聞くけど……私が来る前にさ、君はどうして柵から身を乗り出していたの?そして何を考えていたの?」
それを聞いた僕は、言いたくないとばかりに彼女から目を逸らす。
「目を逸らさないで私をちゃんと見て。君の心は限界が近いんじゃないの?どうしてそこまで自分を追い込むの?」
「…………」
限界なんてとうの昔に超えている、自分を追い込んでいるのは誰も傷つけたくないからだ……そう吐き出してしまえればどんなに楽だろう。
「本当に頑固なんだから……。君さ?普段自分がどんな顔してるかなんて考えた事ある?君を嫌いな人達は分からないと思うけどさ、本当に酷い顔しているよ。その顔を見た君の家族や友だ……あ、ごめんごめん。君の家族がどんなに心配してるか考えた事ある?」
言い直す瞬間、彼女から感じたのは気まずさ……だけでは無かったような気がした。
「そんな事は君に関係ないだろう……」
「関係ないよ。でもさ、その悲劇のヒロインみたいな態度されて見過ごす程人間腐ってないつもり。手術まで時間もそんなにないんでしょ?このままだと君……本当に病気に負けるよ」
「僕の病気の事を知っていて、そんな事を言って不謹慎とか思わないの?」
死を意識している人間と話しているという自覚が無いように思えるが、不思議と不快にはならなかった。
それはきっと、僕を本当に心配してくれている……何となくそう思えたからだろう。
「君の為を思って言ってあげてるんだ、そんな事を思うわけないよ。これだけ私が言ってるんだから、そこは素直に分かったって言えばいいのに。もう分かったわよ私の負け。ちゃんと話してくれたら、パンツ見せてあげる!!これでどうだ!!」
真面目に話していたかと思えばすぐにはぐらかす。こういう場面に慣れてないのを必死で取り繕っているのだろう。
そりゃそうだよな……僕が彼女の立場ならそもそも話を聞こうなんて思えない。
彼女がパンツさえ見せれば、物事が全て解決すると本心では思ってないと信じたい。
疑惑が払拭された訳でないので、僕はジト目は向けておく事にした。
「何よ、その目……。ダメよ、見せてあげられるのはパンツまでなんだから。それから先は……絶対ダメ!!」
勝手に慌てふためく彼女を見て、思わず笑ってしまった。
「やっと笑ってくれたね」
「君の馬鹿さ加減に、身構えている僕が馬鹿らしくなったよ」
「ようやく話してくれる気になった?」
「話すまで帰してくれなさそうだしね。でも、ちゃんと話したら約束は守ってもらうけどいいんだよね?」
会って間もないのに、この子になら話していいと思えた。
軽口を叩かながらも、僕はようやく覚悟を決める。
「約束?あ、やっぱりパンツ見たかったんじゃない、この変態!!」
「何とでも言ってくれ」
上手く話せるだろうか。いや、きっと彼女なら分かってくれるはずだ。
話す前から僕は既にそんな安心感に包まれていた。
まずは、いつも読んで下さってありがとうございます。
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本当は胸が暖かくなる様な物語を書きたいと思って始めましたが、どうしてかこの様な形で進行しております。
感想を見る限り、不愉快にさせてしまっているようで申し訳ありません。
皆様のイメージする『ラブコメ』とは遠いかもしれませんが、タグはそのまま残させていただきます。
引き続き、どうぞ宜しくお願い致します!!




